NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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夏色の祭り

 宿屋から出た三人、ナルト、自来也、そして、ガイの表情は固い。特に、ナルトの表情は険しかった。

 

 ナルトは腕に抱える意識の戻らないサスケの顔を覗き見る。

 苦しみを端的に表した、サスケの表情を見て、ナルトはぐっと唇を噛みしめた。

 

 ──己は……。

 

 あの時、どうすればよかったのかとナルトの頭の中を後悔が広がっていく。

 確かに、あの時の自分の選択は間違っていないハズだった。しかし、それはサスケの心を汲んだだけのこと。結果を見れば、サスケは未だ苦しみの中にいる。その上、体に傷を残したままだ。

 

 あの時、イタチがサスケを蹴り続けている時、自分が飛び出していれば、サスケの体に傷はつけられなかっただろう。サスケの心に傷はつけられなかっただろう。

 しかし、飛び出していれば、サスケの心に(わだかま)りを残すこともまた事実。

 

 ──どうすれば……良かったというのだ? 

 

 まさに八方塞がりだ。

 飛び出そうになっていた体を抑えつけていた時と同様、ナルトは奥歯を噛みしめる。

 

「自来也様」

 

 と、悔恨に沈むナルトの耳にガイの声が届いた。

 

「綱手様をきっと……捜して連れてきてください」

 

 綱手という名前のくノ一。

 自分と自来也が捜す者の名であり、そして、“医療スペシャリスト”とガイが呼んだ者の名だ。

 

 ナルトの目が決意に燃え上がる。

 

「すぐに見つけて、里に来てもらう。サスケやカカシ先生、そして、リーを治療してもらう。……必ずだ」

 

 ナルトの宣言を聞いたガイは深く頷き、ナルトが両腕で優しく抱いていたサスケの体を自身の背に乗せる。

 

「ナルト、頼んだ。それと、君が綱手様を連れてくるまでサスケはオレに任せろ」

「うむ!」

 

 ガイはキラリと歯を光らせ、懐に手を入れた。

 

「君みたいにガッツのある漢は好きだ! 君にコレを紹介しよう! コレだッ!」

「それは……!?」

 

 そう言って、ガイが取り出したのは濃い緑色の全身タイツ。

 

「通気性・保湿性に優れ、動きやすさを追求しつくした完璧なフォームに美しいライン! 修行の時に着ると、その違いがすぐ分かる! すぐクセになる! そのうち、リーのように常に着ていたくなるだろう! もちろん! オレも愛用している!」

「おおッ!」

 

 ガイの説明は止まらない。

 立て板に水の如く、一切、滞ることのない説明がナルトの興奮を高めていく。

 テンションを高め合う二人の横で自来也は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。もうついていけない。そう言葉にせずとも語っているようだった。

 

「ストレッチ性は?」

「抜群だ!」

「洗濯方法は?」

「洗濯機に入れてもヨシ! 手桶で手洗いしてもヨシ! 伸び難い素材を使っている!」

「……加圧は?」

「あまりない! だが、フィット感で病み付きになることは間違いない」

 

 と、ガイは真面目な表情を作り、静かに言葉を紡ぐ。

 

「ナルト、これはオレから君へのプレゼント……いや、先行投資だ」

「……そうであるならば、ありがたく頂く。そして、ガイ先生よ。一刻も早く綱手殿を捜し出すことを、改めて約束しよう」

 

 やっと話が終わった。

 自来也はこの隙を逃さない。これ以上、この話題を引き伸ばす訳にはいかない。

 

 ナルトに向かって声をかける。

 

「サスケの外傷は木ノ葉病院で診て貰えば安心だ。なにせ、ワシが死にかけた傷も治せたぐらいだしのォ。てな訳で、行くぞ、ナルト」

「承知! では、ガイ先生よ。また後程!」

「ああ! 頼んだぞ、ナルト!」

「無論!」

 

 そう言って、ガイとナルトは踵を返す。一方はサスケを里の病院に送り届けるために、そして、もう一方は最高の医療忍者を里に連れ帰るために。

 だが、自来也は険しい顔つきを崩さない。

 

「ナルト、お前……まさか、それ着て旅する気かのォ?」

「無論!」

「……」

 

 止めてもナルトは聞かないことを自来也は理解していた。

 トレーニングウェアと言ってもいい全身タイツを、修行馬鹿のこの漢(ナルト)が着たがらない理由はない。どんなに周りから『ダサい』と言われようが、間違いなく着るだろう。

 

 その着こなしを想像し──濃い緑の全身タイツを着た筋骨隆々の大男──自来也は頬が引き攣るのを抑えることができなかった。

 ついでに言えば、その濃い緑の全身タイツを着た筋骨隆々の大男が自分の隣をノシノシと大股で歩く姿を想像してしまっていた。

 

 そのようなことは認めることができなかった。

『ボンッキュッボンッのナイスバディなおねーちゃんの全身タイツならバッチコイだったんだがのォ』と横にズレてしまった思考。それを首を振ることで元に戻す。

 

「師よ、如何なされた?」

 

 首を振る自来也の姿に疑問を覚えたナルトが尋ねる。

 

 首を振る。否定。全身タイツ。否定。ダサい。否定を否定で返される。それを否定。ナイスバディなおねーちゃん。……綱手。……火影。

 

 そこで、自来也の脳内のピースがカチリと嵌まった。

 

「のォ、ナルト」

「む?」

「お前がなりたいのは……ガイか?」

「いや、己が成りたいのは……火影だ」

「なら、違うのォ? そのタイツは……」

 

 手に持つ全身タイツをナルトはじっと見つめる。

 

「むむ……確かに」

「なら、わかるのォ?」

「然り。己は己の忍道を貫けという話だな」

「まぁ、そうだ、のォ……」

 

 自来也は薄目でナルトを見つめる。

 話しているのは、ファッションスタイル。それを人生のスタイル──忍道──へと上手く誘導できたものの、改めてナルトの姿を見てみる自来也は一旦、目を閉じた。

 

 今にも繊維が弾き飛びそうなオレンジ色の小さなトラックパンツ。サイズは合っていない。

 逞しい胸筋で永遠に閉まることのないオレンジ色の小さなジャージ。サイズは合っていない。

 臍というか腹を覆うには裾が絶対的に足りていない黒色の小さなTシャツ。サイズはもちろん、合っていない。

 

 ──全身タイツの方がマシだったかもしれんのォ……。

 

 少し後悔した自来也だったが、どちらにしろ酷いのなら少しでも目に慣れた服装の方が、まだ心が楽だと結論づけた。

 

「じゃあ、行くかのォ」

「承知」

 

 自来也は知らない。

 この旅の途中、ナルトが全身タイツをパジャマにするという未来を、自来也はまだ知らない。

 

 +++

 

 歩くことしばらく。

 自来也を再び背に乗せ、駆けることを提案したナルトだったが、にべもなく断られた。ならば、と抱えて走ることを提案したナルトだったが、それも自来也は滅多に見せることのない冷たい表情で断った。

 

『急がば回れって諺もあることだしのォ』と自来也が言うので、ナルトも不承不承ながら頷くしかなかった。

 だが、気はどうしても急く。サスケが、カカシがリーが傷ついているにも関わらず、悠長にする時間などない。

 そう感じているナルトは自来也に声を掛けた。

 

「して、師よ。修行についてだが……」

「まぁ、そう焦るなっての……。綱手の情報収集もしながらの修行じゃないと意味がないからのォ」

 

 と、自来也の足が止まる。

 

「この街でな」

 

 大地をくりぬいたかのような盆地に作られた街。色とりどりの屋根は旅人を歓迎しているかのようだ。

 それだけではない。耳を澄ませずとも分かる。

 

 賑やかな喧騒が街から響いていた。

 祭りだ。

 喧騒の中に飛び込むナルトは頷く。と、ナルトが何かに気がついた。

 

「ふむ……街行く者の顔は皆、笑顔だ……む?」

 

 が、ナルトの前に出ていた自来也はナルトの表情の変化に気がつかないまま、言葉をかける。

 

「とーぶんの間、祭りは続くからのォ……その間はこの街に泊まる。修行もここでやるぞ……ナルト?」

 

『きっつい修行を、な』という自来也の台詞は飲み込まれた。

 ナルトの表情の変化、いや、それ以上の変化を見てしまった自来也は目を白黒させる。

 

「……ナルト? え? は? ん? お前、何を? 何をしてるか聞いてもいいかのォ?」

「すまぬ、師よ。人助けだ」

 

 改めて自雷也はナルトの姿を見る。

 

「どこの世界に(ふんどし)一丁で人助けをするような奴がいるか! いるわきゃあねェだろうがのォ!」

 

『お前には一つ教えておかねばならん』と自来也は言葉を続ける。

 

「忍の三禁だ」

「それは?」

「忍をダメにする三つの欲のことだ。その三つの欲とは酒・女・金のことを指す」

「重々、気をつけよう」

 

 踵を返すナルトに向かって、自来也は叫んだ。

 

「褌一つで行くとこなど決まっておる! お前はまだ12歳! そういうアダルティな所に行くのは早すぎる!」

「行かぬが?」

「嘘つけェ!」

「あの~」

「あァ!?」

「ひっ……!」

 

 突如、かけられた声の方向へ自来也は唸る。

 そこにいたのは、法被(はっぴ)を着た青年。自来也の知り合いではない。そして、里から出たことがほとんどないと聞いていたナルトの知り合いでもないと自来也は当たりをつける。

 

「誰だ、お前?」

「わ、私はこの祭りの実行委員会の者です」

「で?」

 

 自来也は結論を急がせる。『女の魅力も分からんガキがアダルティな所に行くなど十年……百年早い!』とナルトに説教をしなくてはならない自来也にとって、目の前にいるお祭り男は邪魔でしかなかった。

 

「実は太鼓の演奏者が一人、腱鞘炎になってしまったんです。街一番の太鼓打ちで、彼が奏でる重低音は腹に響き、実に素晴らしい音なのです! ですが、練習のし過ぎで腕を痛めてしまったので、彼の太鼓の音が聞けない! これでは祭りが盛り上がらないと悩んでいたところに、このお方から声をかけられまして。そこで、ピンときたのです。このお方ならば、この逞しい腕ならば! 彼にも負けないほどの重低音を奏でることができ、そして、祭りを盛り上げることができるに違いないと! そして、このお方に頼むと、すぐさま、引き受けてくださって服を脱がれたのです」

「で?」

「この方に代理で太鼓を打って貰おうと頼んだ訳です」

 

 自来也は大きくため息を吐く。

 

「ダメだ。ナルト、行くぞ」

「そんなッ!?」

「しかし、困った人を見捨てては置けぬ」

「お願いします! このお方……ナルトさんで、よろしかったでしょうか?」

「然り」

「お願いします! ナルトさんのお力をお貸しください! お父さん!」

「ワシはこいつの父親じゃねーしのォ。そういう訳でパスだ、パス」

 

 手を軽く振って、自来也はお祭り男に背を向ける。

 

「お願いします! おじいさん!」

「あァン!?」

「ひっ……!」

「この方は我が師だ」

「では、お願いします! お師匠様!」

「だから、ダメだっての!」

「そこをなんとか!」

「ん?」

 

 と、歩き出そうとしていた自来也の足が止まった。

 彼の視線の先には御輿。正確に言えば、御輿の上に乗っている見目麗しい女性の姿。

 法被姿の女性の姿だ。活動的な生足が自来也を魅惑する。

 

 改めて確認するが、自来也の忍としての実力は上位の中の上位。名は世界中に轟き、“里の狂気”、“伝説の三忍”と謡われた自来也の状況推察力は並みではない。

 

「……気にいったァー!」

 

 瞬時に状況を把握、そして、その後の展開も予測した自来也はお祭り男と肩を組み、耳に口を寄せる。

 

「それで、だ」

「は、はい」

「ナルトに太鼓を叩かせる。それはいいが、ワシも最前列で見たい。ああ、もちろん、ナルトの勇姿を、だ」

「それはそうでしょうとも」

「だから、のォ……」

 

 ピンときたお祭り男は自来也に囁く。

 

「……もちろんです。特別席をご用意します」

「うむ!」

 

 自来也は大きく頷く。

 彼はナルトが太鼓を叩く姿を見たかったから、特別席を要求したのではない。御輿の行く先を見据えての行動だった。法被姿の女性が乗る御輿の進行方向には、太鼓が並ぶステージ。その横にはパイプ椅子が並べられている。

 

 つまり、御輿の上に乗る女性を一番近くで見ることができるのは、ステージ横のパイプ椅子。

 そして、その席は関係者と思しき者たちが座っている。ならば、そこに座るために祭りの実行委員会に所属しているお祭り男を利用するのが一番だと自来也は考えたのだ。げに恐ろしきは未来視にも似た、推察力。

 伝説と称された忍の力の面目躍如である。

 

「ナルト!」

「承知!」

 

 自来也の心中を知ってか知らずか、いや、確実に知らず、ナルトは自来也の呼び声に打てば響くとばかりにステージの方向に走り去っていった。

 

 そうして、自来也の思惑通り、ナルトの思いの通り、お祭り男の願い通りに事が進み、ナルトはステージに立つことになった。

 

 祭囃子と喧騒。歓声と指笛。

 太鼓の前に立つナルトは達人の言葉を思い浮かべる。

 

「達人サライ。太鼓を叩くことになった時はどうすればいい?」

「ハハハ、何を仰るナルトサーン。そんなのチョーベリーイージー、ネ。裸になって華麗に盛大にアイアイヤー! パーリーピーポーもおませなあの娘もなんかイイ感じになりマース! ギリギリのチラリズムで招待して土足で大サマーセールをハグ&キッスしてやりまショウ!」

「分かり申した!」

「ナルトサーン。いい子ですネー。それじゃあ、ワッショせーのワッショと轟かせまショウ」

「承知!」

 

 忍者学校(アカデミー)時代、山籠りをしている中で出会った達人の言葉を思い起こし、ナルトはバチを握る。

 そして、響くは重低音。

 

「せいやッ!」

 

 続くは漢囃子。

 センターに立つナルトは太鼓を叩き、祭りをより一層、盛り上げる。

 ナルトの獣じみた第六感は周りで叩かれる太鼓の音や、後ろで奏でられる尺八の音を妨げない。それどころか、飛び入りで参加したにも関わらず調和していく。

 昼にナルトたちが食べた最高のラーメン、テウチが心血を注ぎ作り上げた最高の一杯を彷彿とさせるかのような、重低音のハーモニーとなる。

 

 高まるテンション、ステレオの重低音、コンディションは最高。

 体を揺らし、黄色い歓声を上げる薄着の女神たち。それを見て、鼻の下を伸ばす自来也。

 

「はッ!」

 

 綱手を捜す任務を忘れた訳ではない。サスケのことも、カカシのことも、リーのことも心配だ。それに、里が木ノ葉崩しで受けた傷跡を忘れることはできない。

 

 だが、ナルトは目の前で困る者を見捨てることはできない。もしも、思い悩み苦しむ者よりも仲間を優先させたならば、彼らはナルトに失望することだろう。

 

「おうッ!」

 

 だからこそ、ナルトは声を張り上げる。白い歯を輝かせ、希望を知らしめす。

 

 チラとナルトが視線を向けた先。

 そこには、涙を流しながら笑顔を浮かべるお祭り男がいた。その横にいる手首に包帯を巻いた男もまた、お祭り男と同じ表情を浮かべていた。

 腱鞘炎になり、この祭りの舞台に立てなかった男だ。その悔しさは如何ほどか。計り知れないほどの悔恨。それを吹き飛ばすべく、ナルトはさらに声を上げる。

 

 貴殿の努力は無駄になっていない、と。貴殿の努力が友を動かし、そして、己をも動かしたのだと示すために声を張り上げ、太鼓を叩くのであった。


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