烈光☆雷光☆ピカッと閃光☆烈光☆雷光☆RED☆
──この者が……。
サスケの殺意を浴びながらも表情を少しも変えないイタチを見て、ナルトはあの日のサスケの言葉を思い出す。
──それから……夢なんて言葉で終わらす気はないが……野望はある! 一族の復興とある男を必ず……──
第七班として、顔を合わせた日のことだ。
サスケは自分の野望を、こう語っていた。
──殺すことだ──
「ほう……写輪眼。しかもアナタに良く……一体、何者です?」
「オレの……弟だ」
ナルトの正面に立ち、彼を見上げるイタチの言葉はどこまでも冷たいものであった。
ナルトは兄弟というものを知らない。彼は常に一人。親もなく兄弟もいない。親戚もだ。
天涯孤独の身、故に、兄弟というものがどのような関係なのか真の意味で知ることはない。
だが、この二人の関係は兄弟というものではないと感じていた。
『我愛羅の兄として礼をいう。うずまきナルト』
我愛羅との闘いが終わった後、カンクロウはそう言って頭を下げた。
このような殺意で繋がる関係は兄弟と呼ぶことはできない。ナルトの心はそう言っていた。
「うちは一族は皆殺しにされたと聞きましたが……アナタに」
鬼鮫の言葉が静寂をもたらす。
静まり帰った廊下で動く者は一人もいない。
殺意。
虚無。
興味。
そして、憐憫。
それぞれが違う感情を持ちながらも、誰一人として動かない。
と、小さな小さな衣擦れの音がした。一般人であれば、誰も気づくことができないほどの小さな音。
ゆっくりと振り向くイタチが立てる音だった。
眼を細め、サスケを見つめるイタチ。その心は虚無。
眼を開き、イタチを見つめるサスケ。その心は殺意。
思い出させられるのは、最悪の記憶。喪失と敗北の記憶だ。
色味が反転した世界で倒れ伏し、何も写さない父と母の眼を見て、死に怯えるだけの少年だった記憶。
──貴様など……殺す価値も無い。……愚かなる弟よ──
「……アンタの言った通り……」
──このオレを殺したくば……恨め! 憎め! ──
「アンタを恨み、憎み、そして……!」
──そして醜く生き延びるがいい──
「アンタを殺すためだけにオレは……」
──逃げて逃げて……生にしがみつくがいい──
尊敬していた兄を憎悪の対象と見定めた記憶だ。
「生きて来た!」
「……千鳥?」
雷が暗い廊下に灯る。かつて澄んだ光を放っていた名刀が、怪しい輝きを纏う鬼刀に変じてしまっていた。
殺意という感情に振り回され、コントロールが効かない術──千鳥──がサスケの手の皮を剥がしていく。
「うオォオオオオオ!」
自らを焼くほどの力を手に灯し、サスケは全力でイタチに向かって駆け出した。
全てはこの日のために。両親の、一族の仇をとるための、この一瞬のためにサスケは駆けた。
が。
それは至極あっさりとイタチに止められた。
サスケの全力。
呪印を解放していないとはいえ、我愛羅の絶対防御をも貫いた千鳥。破壊力は抜群だ。
実際、イタチの後ろにある壁は千鳥によって、大きく、そして、長く抉られている。掘削機でもなければ開けることができないほどの大穴を開ける威力を誇るサスケの千鳥。
だが、当たらなければどうということもない。
──なんと……!?
サスケの左手首を押さえるだけで、サスケの攻撃の方向を変えたイタチ。
彼の忍としての技量は他と隔絶している。ナルトが息を呑むのも当然だろう。
「少しは強くなったか……」
「テメェ……」
微塵も表情を変えないままイタチは呟き、そして、サスケの左手首を掴む右手に力を込めた。
「ッ!?」
ボキと音がした。
事も無げに行われた行為。それはイタチがサスケの手首の骨を折る音だった。
「……」
イタチは少しだけ瞼を上げる。悲鳴一つあげないサスケに驚いたかのようだ。
だが、それだけ。
「ぐっ!」
左足を上げる。それだけで、蹴りを放とうとしていたサスケの体が鞠のように廊下を弾んだ。
「うッ……くっ……」
固く結んだ唇から声が漏れる。
だが、サスケの殺意は一切の衰えを見せない。利き腕が折られようが、肋骨が折られようが、その殺意は緩められることはなかった。
「お前は……お前だけは殺す」
「無理だ」
「一族のことだけじゃない」
「何を……?」
「お前はカカシを襲った。カカシは寝込んでいる」
「……」
「そして、ナルトを狙っている」
「……そうだな」
「だから! オレはお前を殺さなくちゃいけねェんだよ!」
左手は動かない。だが、右腕は動く。
呼吸が苦しい。ならば、呼吸をしなければいい。
かつての自分が大切に思っていた両親、そして、一族を奪った仇敵。
そして、今は隊長であるカカシを襲い、班員であるナルトを狙っている怨敵。
──許せるか!
ここでイタチを殺す。
殺意を乗せた拳であったが、先程と同様に手首を掴まれる。
そもそも、イタチはサスケの殺意など意に介していない。
千鳥を発動した時に生じる身体活性で飛躍的に上がったサスケのスピードを見切ることができたイタチだ。傷を負い、遅くなったサスケのスピードは止まって見えるほど。
警戒すら必要のない攻撃だ。
「があッ!!」
再び、イタチの蹴りが腹に入り、サスケは堪えきれずに叫ぶ。
想像を絶する痛みが体中を駆け巡り、床に倒れ伏すサスケ。ため息を吐き、イタチはサスケから目を背け、そして、振り返り、目線を鋭くした。
「まさか、ここまで時間が稼げないとは思ってもみませんでした……自来也様」
「む!?」
イタチの言葉でナルトは振り返る。そこにあるのは頼もしい師の姿。
「お前ら、ワシのことを知らな過ぎるのォ……男、自来也。女の誘いに乗るよりゃあ、口説き落とすがめっぽう得意……ってな」
女性を担ぎ上げた自来也の姿がそこにはあった。
「この男、自来也! 女の色香にホイホイと付いていくよーにゃできとらんのォ! ワシぐらいになれば己の色香で女がはしゃぐ!」
「……」
「……」
「……」
「お前ら、ノリが悪過ぎるぞ!」
イタチ、鬼鮫だけでなくナルトも口をつぐむ。
口角泡を飛ばしながら怒鳴る自来也だったが、彼の言葉は鬼鮫に遮られた。
「クク……伝説の三忍と謳い称された自来也様ですからね。あなたがいくら無類の女好きでも、そう簡単に足留めが成功するとは思いませんでしたが……」
「どうやら、その女にかけていた幻術は解いたようですね」
「ナルトからワシを引き離すために女に催眠眼で幻術をかけるたァ……男の風上にも置けねェやり方だのォ」
自来也は肩に担いでいた、未だ意識の戻らない女性を優しく廊下に座らせる。
「目当ては、やはりナルトか?」
「……通りでカカシさんも知っていたハズだ。なるほど……情報源はアナタか……」
「……」
「……ナルトくんを連れていくのが、我が組織“暁”から下された我々への至上命令」
「ナルトはやれんのォ……」
「どうですかね……」
睨み合う自来也とイタチ。イタチの眼がこれまでになく、鋭くなる。
サスケとの闘いでは見せなかった戦闘体勢だ。
「ちょうどいい。お前ら二人はここで……」
「師よ」
「……ワシが始末する!」
「手ェ出すな」
小さく、されど、はっきりと声が響いた。
弾かれたかのようにイタチは振り向く。
「こいつを……殺すのは……オレだ……」
彼の目線の先にいたのは満身創痍のサスケだ。
「今……お前などに興味はない!」
「ぐあッ!」
三度、イタチは弟を蹴り飛ばす。
──もはや印すら結べぬ分際が……。なぜ、お前は、そこまでして……?
サスケが睨み付けていた。
「上等だァアアア!」
蹴る。
「ぐっ!」
蹴る。
「ぐあッ!」
蹴り続ける。
「があっ!」
サスケが立ち上がろうとする度に、イタチはサスケを蹴り、幾度となく床に彼を沈ませていた。
「か……はっ!」
──な、何で……あの時から少しも縮まらない……この差は何だ……?
段々と、サスケの動きが鈍っていく。
──今までオレは……何をしていたんだ?
体は……腕は折られた。
──一体、オレは……。
心は、心だけは折られてなるものかと声を挙げた。
が、無意味。その復讐心ゆえに、サスケは自来也に向かって『手を出すな』と叫んだ。自分がイタチを殺すのだと宣言した。その時はどんなに無様でもイタチを殺すという意思があった。
だが、今。
拳を一発すら当てることができず、ただ蹴られ続けているだけ。嬲られ続けているだけ。
反撃の糸口はなく、そして、あれほどまでに煌々と燃えていた復讐心すら風前の灯火だ。
──オレは……。
揺れる視界の中、イタチの後ろ、自来也の後ろに立つ漢の姿が目に入る。
サスケの心を汲んだナルトは動かない。
自分が戦ってはならないと理解しているからだ。カカシがイタチに襲われたと聞いて、大腿四頭筋がほんの少し盛り上がったナルトだったが、結局は動くことはなかった。
それは、サスケを案じているが故に。ここで横槍を入れようものなら、サスケの心が傷を負う。そのことを理解しているが故に、我慢に我慢を重ね、サスケが嬲られている光景を見続ける他ないのだ。
サスケの心が使命感で燃え上がる。このままでは終わらせない。
そう考えたのはイタチも同じだった。だからこそ、イタチはサスケの首に手を当て、ゆっくりと目線が合う高さまでサスケを持ち上げる。
「少しは大きくなったか」
「……は?」
「だが、まだ弱く小さい」
イタチはサスケと眼を合わせた。
「うわぁあああ、あああああ……!」
響き渡るサスケの絶叫。悲しみと苦痛。
イタチが何をしたか想像がついた鬼鮫はイタチを諌める。
「イタチさん……日にそう何度も、その眼は使わない方がいいです……よッ!?」
全ての感覚が『ここは危険だ!』と『なぜ逃げないのか?』と大声を上げている。
鬼鮫は幻視する。自らの後ろに怒髪天を突く阿修羅がいることを。いや、幻視ではない。嗅覚、聴覚、触覚、味覚。全感覚で危機を具現化して知らせている。
そして、彼の相棒たる大刀・鮫肌も巻かれていた晒からトゲが飛び出て、さらに小刻みに震えている。
──鮫肌が……警戒している!?
こんなことは過去、一度としてなかった。
さらに信じられないことに、自分の手が無意識の内に下がり、床に鮫肌の
鬼鮫のこめかみから汗が一条の線となって流れる。
「……素晴らしい」
そして、鬼鮫はナルトに向き直り、鋭い歯を剥き出して笑った。
手足を縛り拘束して動けないようにする? 不足。
手足を切り落とし、動けないようにする? 不十分。
手足を削り、痛みで動けないようにする? 不完全。
体の有りとあらゆる突起物を削り落とし達磨にしたとしても、この漢は残された背筋でコメツキムシのように飛び上がり首元に噛みつく。
この漢は、最期の最期まで抵抗を続けるであろうことを鬼鮫は理解した。
ならば、こちらも本気でナルトを削り、心すらも食らい尽くす必要がある。それほどまでに、この漢は危険だ。
「行きますよ……ッ!?」
そう言って、鮫肌を構え直そうとした瞬間、鬼鮫は違和感に気づく。
「忍法 蝦蟇口縛り!」
肉が鮫肌に絡み付いていた。そして、宿屋の廊下、その視界の全てが同じ色合いの肉で埋められている。
これほどまでの忍術を扱うことができるのは、一握りの忍のみ。
自分ではない。イタチでもない。ならば、下手人は……。
「残念だのォ……イタチ、鬼鮫。お前らはもうワシの腹の中」
自来也が床に手をつけていた。
もう終わりだと思ったのだろう。
虚ろな表情のサスケの耳元にイタチは口を寄せる。
「何故、弱いか……足りないからだ……」
意識が朦朧としていながらも、イタチの囁き声はサスケの耳に残ってしまっていた。
「……憎しみが」
言うことは全て終わった。
イタチはサスケから目線を自来也に向ける。
「妙木山 岩宿の大蝦蟇の食道を口寄せした。お前らはどーせお尋ね者だ。このまま岩蝦蟇の餌にしてやるからのォ」
「邪魔ですねェ……」
「鬼鮫、来い!」
「……チィ。昂ってきたんですが、仕方ないですねェ」
ブチブチと肉を裂く音が響いた。
鮫肌にいつの間にか絡み付いていた岩蝦蟇の食道の肉だ。それを有り余る膂力で引きちぎり、鬼鮫はイタチを追って駆けていく。
だが、それを易々と見逃す自来也ではない。
「これまでここから抜け出せた奴はおらんのォ!」
先程まで宿屋の廊下の床だった岩蝦蟇の食道に掌を押し当て、チャクラを流し込む。同時にイタチと鬼鮫の近くの食道の肉が猛烈な勢いで狭まっていく。
「壁の方が速いですね。このままでは……」
「……」
冷静に分析を下す鬼鮫。そして、それはイタチも同じだった。
「一気に抜ける。付いて来い」
「はい」
「……天照」
その声は自来也まで届くことはなかったが、結果は岩蝦蟇の食道から自来也の感覚にもたらされた。
イタチと鬼鮫が駆けていった方向に急いで向かう自来也の目に飛び込んできたのは、黒い炎で焼かれた岩蝦蟇の肉。
──奴ら、一体どうやって抜け出た? それに、この黒い炎は何だ? 本来、火を吹く岩蝦蟇の内蔵が焼かれるとは……。
考えを纏めながらも、自来也の動きは止まらない。
巻物と筆を懐から取り出し、広げた巻物に術式を書き込んでいく。
「よし! 封印術 封火法印!」
自来也が術を発動させると、黒い炎は巻物の中央部に吸い込まれていく。全ての黒い炎が吸い込まれたと同時に、自来也は太い糸で固く巻物を閉じた。
「これでまずは大丈夫だのォ」
巻物を懐に仕舞いながら自来也は今来た道を辿り、動かないナルトの傍に立つ。
「ナルト」
「うむ」
ナルトがサスケに手を伸ばすと、岩蝦蟇の肉が蠢き、サスケの体が解放された。ナルトがサスケを受け止めたのを見届け、自来也は下駄を鳴らす。
と、景色が元の宿屋の廊下に戻った。
だが、元に戻ったのは廊下のみ。サスケの意識は戻らない。
意識の戻らないサスケから目を離すことなく、ナルトは後方に向かって声をかける。
「そこにいるのは……ガイ先生か」
「な、なんでバラすんだ! ナルト! ……こうなっては仕方ない! トウッ!」
物陰から姿を表したのはリー、ネジ、テンテンの担当上忍、マイト・ガイだった。
「そこのイカつい
「この御仁は我が師、自来也殿。敵ではない」
「……自来也様!?」
「ああ、イカつい
「すみません」
額に井桁模様を作る自来也に謝るガイ。自来也は『相変わらず、そそっかしい奴だの』とため息を吐く。
それで溜飲を下げた自来也はナルトが抱えるサスケに目線を向けた。
「それより、サスケを早く医療班の所へ連れていかねーと、ちとヤバイのォ。腕の骨と肋骨が折れちまってる上に、全身に打撲。それに、何やら瞳術で精神攻撃を喰らって意識がない」
──この子も、あの術を……。
未だ意識の戻らないカカシ。そして、カカシと同じように瞳術をかけられたというサスケ。
大の大人でも耐えきれなかったほどの精神攻撃。まだ少年であるサスケが耐えることができる道理はなかった。
傷ついたサスケの姿が愛弟子の姿と被る。
「教え子が傷ついた時……こんな時、心から思いますよ。医療スペシャリストの、あの方がここにいてくれたら……とね」
「……だから、これから“そいつ”を探しに行くんだっての」
「そいつって……もしかして……」
俯き加減だったガイの顔が上がる。
「ワシと同じ三忍の、病払いの蛞蝓使い……背中に“賭”を背負った綱手姫を、な」