NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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綱手捜索編
捜索開始


 静まり返った病室。

 パラパラとただページを捲る音だけが響く。

 

 ──気まずいのォ……。

 

 自来也は頬を軽く轢つかせながら内心で溜め息を吐く。

 

 彼の前にいるのは恩師、三代目火影である猿飛ヒルゼンだ。かつては班員と隊長として様々な任務を熟してきた間柄である。

 彼らが共に過ごした時は、長いとは言えないが、決して短くはない。

 その過ごしてきた時の中、ヒルゼンは今まで自来也に見せたことのない表情を浮かべていた。例えるならば、肉食獣が獲物を虎視眈々と狙う表情か。

 

 真剣な眼差しのまま、ヒルゼンは一つ頷く。

 それに応じて、自来也の指が動き、ページを捲るパラリという軽い音だけが病室に響いた。

 

 ──いったい、何が悲しゅうてワシはこんなことを……。

 

 状況が許せば、自来也は天を仰ぎ、そして、天に向かって唾を吐いただろう。

 それほどまでに嫌だった。

 

 現実から逃げるかのように、自来也の脳にはヒルゼンの病室に着く前の光景が再生されていた。

 

「エヘヘヘ」

「この大事にお前は一体、何をしておる」

「いい歳をした大の男が下らぬことを」

 

 自来也に向かって、軽蔑した声を投げつけるのは三代目火影と共に長く里を安定させてきた立役者である二人。

 それもそのはず。自来也は自身の師である三代目火影が寝込んでいるにも関わらず、見舞いにも来ず望遠鏡で女湯を覗くという犬畜生にも劣る行為で無聊を慰めている。

 

「ホムラのおっちゃんにコハル先生か。ご意見番がこのワシに何の用かのォ?」

 

 渋い顔を隠すこともできない二人だが、二人には自来也を呼びに来た理由がある。

 

「ヒルゼンが目を覚ました」

「先生が!?」

「そして、お前を呼んでおる」

「ワシを?」

 

 自分が三代目火影に呼ばれた理由がわからず、不思議そうな表情を浮かべた自来也に向かって重々しく頷きながら、ご意見番の一人であるホムラは苦虫を噛み潰したような表情で言葉を繋げた。

 

「お前のことだ。皆まで言わずとも分かっておるだろう」

「……」

 

 ホムラの言葉で自来也の表情が引き締まる。

 

「今、木ノ葉隠れの力は恐ろしいほどに低下しておる。この状況で最優先させねばならぬのは、更なる危機を想定した準備だ」

「隣国のいずれかが、いつ大胆な行動に出るかもわからぬ。よって、三代目火影が力を取り戻すまで、里の力が戻るまでの間、各部隊からトップ数人を召集して緊急執行委員会を作り、これに対処してゆくことを決めた」

 

 ホムラの隣に立つコハルが彼の意思を汲み取り、結論を述べた。

 

「……が。それには、まず……。信頼のおける強い指導者(リーダー)が要る」

 

 自来也の顔を見つめる四つの目。

 

「……今や揉め事の種はそこら中に転がっておる。大蛇丸だけではない」

「いいか、一つ基本的な方針を言っておく」

 

 四つの目は自来也を(しか)と見つめる。

 

「五代目火影は今すぐにでも必要だ!」

 

 コハルは長く溜め息を吐いた後で、重い口を開く。

 

「そして、先程、火の国の大名と設けた緊急会議で……自来也。それがお前に決まった。」

「おあいにく様。ワシはそんな柄じゃあないのぉ」

「我儘な性分は子どもの時から変わらぬな、お前は」

「これは決定だ。それに、三忍と(うた)われたお前ほどの忍が柄でないなら他に誰がいるというのだ!」

「三忍なら、もう一人いるだろ……綱手の奴が」

 

 ご意見番の二人は悩む。

 自来也は確かに力はある。人望もある。ただ、人を纏め導くといった政治の世界で生き抜くという能力は乏しいと二人は考えていた。

 良く言えば自由。悪く言えば奔放。

 政務に限って言えば、これほど合わない人間もいないだろう。

 

 それに比べれば……と、二人は綱手の顔を思い出す。

 だが、自来也が推薦する人物には、一つ大きな難点があった。

 

「確かに、あの子ならその器かもしれんが……その行方が皆目、見当もつかん」

 

 里にいない者を火影に据えるなど笑い話もいいところだ。

 

 しかし、二人の心の声を読み取ったのか自来也は間髪入れずに答える。

 

「ワシが見つけて連れてくる。そうすりゃ、問題はないだろ」

「……しかし……」

「やる気のないワシより切れ者の綱手姫の方が火影に向いとる」

「……」

「どーする?」

「……わかった。早急に考慮しよう。ただし、綱手捜索隊として三人の暗部をお前に付ける」

「心配しなくても逃げやしねーっての。見張り役は余計だのォ。ただ……」

 

 一度、言葉を切った自来也は肩越しにご意見番の二人を見遣る。

 

『まあ、それはそれとして』と表情を緩めた自来也は軽く伸びをする。

 

「猿飛先生の見舞いが先だのォ」

「……待て、自来也」

「ん?」

「ヒルゼンからの伝言だ」

「伝言?」

 

 先ほどまで話していた内容が本題ではなかったのかと自来也は眉を潜める。

 後回しにしたということは、下手をすれば火影就任よりも大きな話の可能性もある。例えば、大蛇丸が弱っている今が音隠れを攻め滅ぼす好機であると考え、音隠れに対する宣戦布告をするといったような血腥(ちなまぐさ)い話になる可能性が大きいと、自来也は当たりをつけた。

 

 此度の戦は全て大蛇丸の掌の上。砂隠れは彼に利用された被害者に過ぎない。

 木ノ葉崩しが終結した後、殺された四代目風影に大蛇丸が変化し、里を操っていたという醜聞を砂隠れは公表。その後、木ノ葉に対して、全面的な降伏を宣言した。木ノ葉としても木ノ葉崩しの爪痕は大きく無視できないものであったため、砂隠れの降伏を受け入れた。

 

 そのため、後顧の憂いの一つは潰れた。

 音隠れを攻めている間に、砂隠れが背後を突くことはないだろうと、ご意見番の二人は考えているのだろうと自来也は思う。

 だが、そう易々と大蛇丸が討ち取られてくれないであろうことを、同班であった自来也は誰よりも理解していた。

 

 だからこそ、戦端が開かれる前に止めなくてはならない。これ以上の犠牲者を出させる訳にはいかない。

 口を開こうとした自来也だったが、ワンテンポ、ホムラの方が早かった。

 

「お前の“アレ”を持ってきて欲しいと……ヒルゼンが」

「“アレ”?」

「うむ、その……“アレ”だ。お前が書いた……あの、うむ。……その……小説……“アレ”だ」

「……イチャイチャパラダイスのことですかの?」

「そう、それじゃ」

 

 自来也は困惑しながらもコハルに目線を遣る。

 

「……ワシらのイタズラなどではない。ヒルゼンがそう言ったのじゃ」

 

 そうして、脳の再生が終わった。終わってしまった。

 

 天に向かって中指を立ててやりたい。

 それほどまでに嫌だった。

 

 自身が執筆した官能小説を恩師に読ませるというのは。

 ホムラとコハルの言う通り、素直に自作をヒルゼンの病室に持っていった自来也は挨拶もそこそこに自作を広げさせられたのだった。

 そして、筆者の眼前で官能小説を読まれる上に、ページを捲る役目まで押し付けられた。ホムラとコハルが居た方向を振り向くが、そこはすでにもぬけの殻。ヒルゼンと二人きりの病室の中、自来也はただただ堪え忍ぶ。

 

 これほどまでに心を掻き乱されることがあろうか。これほどまでに羞恥心を試されることがあろうか。

 いや、ない。

 

 ──なぜ、ワシがこんな目に……。

 

 涙が零れそうになる自来也に気がつくことなく、ヒルゼンはギラギラとした目付きで官能小説──イチャイチャパラダイス──を読み耽っている。

 これには、“仙人”と自他ともに認める自来也でも、耐えきれないと思わせられるほどだ。

 

 だが、仙人である前に彼は忍び耐える者──忍者──である。

 

 涙を浮かべながらも、彼は逃げることはなかった。

 

『ふぅー』とヒルゼンが大きく息を吐くまで、ページを捲り続けた自来也。ざっと二時間ほどであろうか。

 

「して、自来也よ」

「はい!」

 

 やっと話が進められる。やっとページを捲らなくてもいい。

 この状況から解放されると、自来也は心の中でガッツポーズを取った。

 

「最高じゃった」

「あ、はい……」

 

 ──まだ……続くのかのォ……。

 

 胃の内容物を戻しそうになりながら、涙目でヒルゼンを見つめる自来也の様子に気がついたのだろう。

 ヒルゼンは一つ咳払いをし、自来也に感謝を述べることにした。

 

「お主のお陰で悪夢から解放されそうじゃ」

「悪夢?」

「うむ……だが、ここで話すのも時期が悪い」

 

 ヒルゼンは首を横に振る。

 夢の内容など思い出したくないというように首振りは速かった。ヒルゼンの心中を察した自来也はそれに習う。彼としてもヒルゼンが悪夢の内容を思い出したせいで、再び自作を読ませるというような状況に陥るのは本意ではない。

 

「自来也よ」

「はい」

 

 しかして、真面目な顔つきを作る二人。もちろん、言うまでもないことではあるが、官能小説はすでにベッドの横にある棚にしまわれている。

 

「お主……」

「火影にはワシよりももっと相応しい者がおる」

「……そうか。綱手……かの?」

「ああ。綱手なら、忍としての実力、血筋、性格……は置いておくが、まあ、今の木ノ葉に必要な火影になれる人材とワシは見とる」

「……自来也よ。迷惑をかける」

 

 今は里にいない綱手。そのことを知っていたヒルゼンは自来也が綱手の捜索をかって出たということに気がついていた。

 先回りし、謝意を述べるヒルゼンに自来也は『気にするな』というように軽く手を振る。

 

「それで、先生」

「む?」

「旅の供に一人連れていきたい奴がいる。面白い卵を見つけたんでのォ」

「ナルトを連れていけ」

「え?」

「ナルトだ。ナルトを連れていくんじゃ」

「あ……ああ。ワシからもナルトを連れていきたいと言おうとしていたから、それは問題はないんだがのォ」

 

 自来也は思い至らなかった。

 

「一応、聞きますが……なぜ、ナルトを?」

「自来也よ。これはワシからお主に対する個人的な依頼じゃ。それもSランクを優に越えるほどの難易度。お主にしか頼めぬ」

「Sランク以上の……まさか!?」

「ナルトに女体の素晴らしさを教えるのじゃ!」

「“暁”!? ……今、なんと仰いましたかのォ? 最近、歳のせいか耳が遠くなっており、聞き取れなくて……」

「ナルトに女体の素晴らしさを教え諭すのじゃ!」

「“暁”の奴らのことは?」

「そんなことより、ナルトが筋肉を広めることを防がねばならぬ!」

 

 ──そんなこと……!?

 

 小規模ながら、Sランクの賞金首がゴロゴロいる組織について、『そんなこと』で終わらせたヒルゼンに自来也は戦慄する。そして、同時に思い至った。

 

 ──ナルト。お前、先生に一体、何をした!?

 

 自来也は知らない。

 夢の中で筋肉(マッチョ)に囲まれる恐怖も、筋肉披露(おいろけ)の術で黒光りした筋肉が目の前にポージング付きで現れる嫌悪感も。

 だが、これ以上ないほどに追い込まれているヒルゼンの心は感じとることができた。

 

「まあ、努力はします」

「おお! 自来也よ、頼むぞ。お主だけが頼りじゃ」

 

 だからこそ、『これで里は救われる』と小声で呟くヒルゼンに向かって、無駄な努力になるであろうことは自来也の胆力であっても伝えきれなかったのである。

 

 +++

 

 

 ゴールデンデイ……食事制限を続けていると基礎代謝が下がってしまう。それを防ぐため、一週間に一度、好きなものを好きなだけ飲食する日をナルトは設けている。それが、ゴールデンデイ、または、チートデイと呼ばれるもの。

 偉大なるボディビルダー、天王寺美貴久もこう言っていた。

『“食”とは……心と筋肉(からだ)を形作るに最も不可欠な要素。“食”無くして筋肉なし!! よって“食”無くして勝利無しッ!!』と。

 

「お待ち!」

 

 卓に置かれたラーメンに対して、脳裏で自動的に行われるカロリー計算をナルトは捨て置いた。目の前にあるのは店主が丹精込めて作り上げた一杯。これ以外のものに気を割かれるなどあってはならないこと。

 

「有り難く頂こう」

 

 レンゲを掴み、まずはスープを一口。

 

 ──旨い!

 

 こってりとした脂溶性たんぱく質が胃に注がれた。豚骨の風味が強いながらも、その奥には確かに感じることのできる魚介類の風味。

 渾然一体となったハーモニーがナルトの体内全てに響き渡る。確かなパンチはありながらも、あっさりと飲むことができるスープ。

 では、次は?

 

 箸を取り、麺を取り上げ、一息に啜る。

 

 ──旨い!

 

 通りにまで響く音がナルトの心情を物語っていた。

 止まらない箸と、啜る音。集中が研ぎ澄まされていく。

 

 さて、次は?

 

 彩りよく飾られたネギと海苔、チャーシューと煮卵。そして、ナルトとメンマ。

 

 ──旨い!

 

 そのどれもが脇役ながらも、確かに自己を主張している。だが、ただ自分の存在をアピールするだけではない。スープと麺。そして、それぞれが調和してコーラスを奏でている。一つ食べれば、また別のものを食べたくなり、その螺旋はより深くナルトをこの一杯に引き込んでいく。

 

 余談ではあるが、豚骨ラーメンにはナルトを乗せることは多くない。いや、少ないとも言えるだろう。しかしながら、ナルトは重要だ。

 

 ラーメンを全て食べ終わり、後に残るのはナルトとスープのみ。スープに浮かぶナルトを眺め、そして、感謝をしながらナルトを摘まみ、口に放り込む。この儀式とも言える食べ方をするのに、ナルトは必要不可欠だ。

 その後、再度、この一杯に出会うことのできた奇跡に感謝をしながら、スープを飲み干す。これが粋である。

 

 ──旨かった……。

 

「ごちそうさま」

「あいよ!」

 

 スープすらも残さず飲み干したナルトは器を一段高い卓に置き、店主に声をかけた。

 次いで、左に座り、一杯目のラーメンを啜る師に向かって、声をかける。

 

「すまぬ、もう一杯頼んでも良いだろうか?」

「まだ食うのか、お前!? 今ので六杯目だろ!?」

「然り。今日はゴールデンデイなのでな」

 

 その十分後。

 自来也はナルトがラーメンを食べ終わるのを待ち、ラーメン屋“一楽”から連れ出した。

 

「修行?」

「うむ」

 

 中忍試験本選前の口寄せの術の修行を終えた後、姿を見せなくなった師から、声をかけられたナルトだが、その表情は優れない。

 

「その申し出……済まぬが、断らせて貰う」

「……そうだろうのォ」

 

 頬を掻く自来也の姿にナルトは目を丸くする。

 提案を断ったにも関わらず、それを予期していたかのような反応。ナルトの困惑を他所に自来也は言葉を続ける。

 

「やはり、里のことか?」

「然り」

 

 自来也の質問にナルトは大きく頷く。

 

「木ノ葉の傷跡は未だ深い。修行に明け暮れ、(うつつ)を抜かす訳にはいかぬ」

 

 ナルトの言う通り、先の戦いで木ノ葉隠れの里に刻まれた傷は深い。

 音と砂の強襲により、少なくない忍が犠牲になってしまった。そして、里のトップである三代目火影は病床の身。

 つまりは里の力、そして、火の国の国力が低下している状態である。そして、国力が弱まった隙を突こうと虎視眈々と狙う他国の目もあることから、それを悟らせないために常より少ない人員で常と同じ量の任務をこなさなければならない。

 

 簡単に言い換えると、猫の手を借りたいほどに忙しい。

 

 そして、他者に負担を掛けることをナルトは避けようとする。もし、他人が重い荷物を持っていたとしたならば、その荷物と、そして、その人物を両脇に抱えて進むのがナルトである。他人の負担を減らし、自分の筋トレに繋げる。

 

 そうであるから、ナルトは自来也の提案を飲むことはできなかった。

 

「まぁ、聞け」

 

 だが、自来也は約一ヶ月、ナルトの修行を見てきた師である。ナルトの考え方も解るようになってきた。

 

「修行と言ったが、ずっと修行を続ける訳じゃない」

「……つまり、どういうことだ?」

「ワシとお前で超重要任務に当たる。里の行く末をも決めるような重大な任務だ。だが、それには少し時間が余ることがあってのォ……」

 

『解るだろ?』というように自来也はナルトを見遣る。

 

「それで空いた時間は己の修行をつけてくれるという訳か」

 

『しかし……』とナルトは疑問を口にする。

 

「師よ。貴殿は一廉の武芸者。なぜ、矮小な己にそこまで目を掛けていただけるのか?」

「……ワシはなぁ」

 

『矮小?』という言葉を頭の隅に追いやって自来也は口を開く。

 

「昔、四代目火影を弟子にしていてな。そんでお前はその四代目に面白いくらい似ている。ああ、言っておくが容姿じゃない。その有り様というか方向性というか、まあ、そんなのだ。それが、いや、そんだけの理由だっての」

 

『それに』と自来也は大きく頷いた。

 

「お前にも協力して貰った方が話が早く進みそうだしのォ」

「協力?」

「ああ。超重要任務とは言ったが、やることは単純で人探し。ワシと同じ班だったくノ一を探す任務だ」

 

『つっても』と言葉を繋げながら自来也は頭を振る。

 

「そいつはなかなかの曲者でのォ。一所に留まるような性格じゃあない上に、老けるのが嫌で容姿をコロコロ変えておる。それに、頑固で人の言うことを聞かんじゃじゃ馬だ」

「ならば……」

 

 ナルトは膝を曲げる。

 

「乗ってくれ、師よ」

「え?」

「その方が速い上に、修行になる」

 

 なるほど、と自来也は頷いた。

 ナルトの今の行動。自来也を背に負ぶり目的地まで走ることで、情報収集役の自来也の体力を温存して綱手の捜索をスムーズに行う。その上、ナルト自身の足腰の修行(筋トレ)にもなる。

 よく考えておると自来也は関心する。時間は有限。その中で効率を突き詰めていけば、より早く強くなることができる。そのことをナルトは理解しているのだと自来也は考えた。ならば、断ることはできない。

 

「それじゃあ、頼む」

「無論」

 

 そう言ってナルトの背に乗る自来也だったが、その考えが間違いであることに気がつかない。

 ナルトはこう言ったのだ。

『その方が“速い”上に、修行になる』と。決して、“早い”──効率よく進み時間を短縮できるという意味で言ったのではない。

 ただ単純に物理的なスピードとして“速い”という意味でナルトは、その言葉を口にした。

 

「うっ……」

 

 グンッと自来也の体が後ろに流れる。

 

「お……おぉおおおおおおッ!?」

 

 ──速ッ……というか、これは息が……。

 

 後ろに流れる景色。正確には後ろに流れる雲。

 余りにも早すぎるスピードで自来也の背が海老反りになる。体勢を戻すこともできない上に、風圧により正確な言葉を発することもできない。ナルトに自分の意思を伝える手段がない。

 

「あばばばばばば……」

 

 口からは意味不明な言葉が垂れ流しとなる自来也の手は万歳の状態で後ろに流れていた。

 

 ──確か、時速100kmで走ればFカップの感触を感じることができたんだったかのォ……。

 

 どこかで聞いた情報だ。

 そこで、自来也はヒルゼンの言葉を思い出す。

 

『ナルトに女体の素晴らしさを教えるのじゃ!』

 

 ──先生。ごめん、これは無理だのォ。

 

 そこで、自来也の視界は暗転したのだった。

 

 +++

 

 第二演習場。

 かつて第七班の三人がカカシと演習を行った場にサクラは来ていた。

 

 目を閉じ、ゆっくりと丁寧にチャクラを練り、それを体の隅々まで行き渡らせる。準備は万端。

 カッと目を見開いたサクラは目にも止まらぬ速さで蹴りを三連続で繰り出す。息もつかせぬまま、体を回転させて跳び回し蹴りを放つ。着地した後、足払いをかけ掌打を打ち、距離を取るためバク転を三回、そして、バク宙を一度挟み、再度バク転。

 

「水遁 水乱波!」

 

 バク転が終わると同時に印を組み上げ、術を放つ。

 

 一介の下忍とは思えないほどに完成された所作だ。しかし、サクラの顔は優れない。

 

 ──これじゃ……ダメだ。

 

 演習場にはサクラ一人。だが、サクラの目の前には、あの日の我愛羅の姿が映っていた。

 イメージの我愛羅に持てる技術で闘いを挑んだものの、一つとして届くことはない。それほどまでに力の差は大きかった。

 

 ──私は……何も出来なかった。

 

 そう思うのはサクラだけではない。

 

 ──オレは……何も出来なかった。

 

 木ノ葉の山の中、大きく抉れた岩の前で大きく呼吸しているサスケもサクラと同じ思いを抱えていた。

 

 思い出すのは我愛羅と闘うナルトの姿。

 

 ──ナルトの強さは異常だ。近くでずっと見ていると分かる。アイツは何か凄い力を秘めている。筋肉じゃない。チャクラじゃない。何が……何が違う?

 

 そして、守られる自分の姿も思い出してしまう。

 サスケの奥歯がギリッと音を立てた。

 

 ──オレは……オレはどうしたら強くなれる?

 

 その有り様、方向性が四代目火影とナルトは似ていると自来也は語ったが、サスケの歳では、そのことに気づくことができるほど経験を積むことはできない。

 だからこそ、サスケは、そして、サクラも力を求めるのだった。

 

 +++

 

 所変わって、カカシの自室。

 上忍たち──アスマ、紅、ガイ──が暗い面持ちでカカシを取り囲んでいた。

 

「奴らの様子じゃあ、まだナルトは見つかってないみたいだな」

 

 厳しい顔で口を開くガイにアスマが疑問を口にする。

 

「でも、おかしくないか? あいつら、すでに里に入り込んでた。この里でナルトを見つけるのなんて簡単だろ。……目立つし」

「しっ!」

 

 ガイが指を口に当てる。静かにするようにという合図だ。

 そして、すぐに扉が開かれた。

 

「カカシ……!?」

 

 部屋に入ってきたのはサスケだ。

 と、サスケの目がベッドに横たわったカカシに向けられる。次いで、部屋の中を見渡したサスケは寝ているカカシを囲む上忍たちに目を向けた。

 

「どうしてカカシが寝てる? それに、上忍ばかり集まって何してる? 一体、何があった? 答えろ!」

「ん、いや、別に何も……」

「あの“イタチ”が帰ってきたって話はホントか!? しかもナルトを追ってるって……あ!」

「チィ……」

「バカ……」

 

 タイミング悪くカカシの部屋に入りながら情報を全て語ってしまった特別上忍、山城アオバであるが、彼を攻めることはできない。

 それほどまでに“イタチ”という名前の影響力は木ノ葉にとって大きなもの。

 そして、木ノ葉の里以上に影響が大きいのは……。

 

「痛ッ」

「何でこーなるのッ!!」

 

 アオバを押し退け、カカシの部屋から飛び出したサスケを追い、ガイも部屋から出るがサスケの姿はとうに見えなくなっていた。

 

 ──アイツがこの里に帰ってきただと!? しかも、ナルトを追ってる!? どういうことだ!? とにかく……アイツに捕まれば、ナルトでも終わりだ! そんなこと……そんなことさせるか!!

 

 サスケが足を止めたのはラーメン屋、一楽。ナルトの行きつけの店で、主にゴールデンデイ(食事制限解除日)で利用している。

 

「オッサン! ナルトが昼、ここに来たハズだ! それからどこに行ったか分かるか!?」

「ああ、ナルトねェ。えっと確か、自来也さんが来て、一緒にラーメン食って……どっか行くって言ってたな。えっと、里から少し離れた歓楽街のある宿場町にいくとか何とか……で、自来也さんと連れだって一緒に出たよ」

「自来也?」

「天才忍者 三忍の自来也だよ。まあ、見た目はただの白髪のでかいオッサンだけどね」

 

 それだけ聞けば十分だというようにサスケは再び走り出す。

 

「オイ!」

 

 一楽の店主、テウチの制止も無視して走り出したサスケの背に向かって呟く。

 

「ナルトに何かあったのか聞きそびれたな」

 

 +++

 

 木ノ葉隠れの里より少し離れた宿場町、そのファンファン通りにある宿屋の前に腰を下ろした自来也は青い顔でナルトを睨み付ける。

 

「もう、お前には二度と乗らん」

「承知……」

 

 大きく息を吐きながら自来也は、やおら立ち上がりナルトに鍵を持たせた。

 

「コレ、部屋の鍵。お前は先に部屋行ってチャクラ練って修行してろ」

「承知。師はいかがされる?」

「ワシはのォ……」

 

 今までの青い顔が嘘のようにキリッとした表情を浮かべた自来也はナルトに背を向ける。

 

「取……じゃあなく調査が必要だからのォ」

 

 そう言って喧騒に消えていく自来也だったが、すぐに彼の声が聞こえてきた。

 

「そこのねーちゃん! ちょっとお茶しねーかのォ!」

 

 悩むナルト。

 自来也が声をかけた女性が嫌がっていたら、すぐさま引き離すのがナルトではあるが、彼女に嫌がる様子は見られない。

 しばし迷い、修行をしようと部屋に戻るのであった。

 

 +++

 

「ハァ……どこだ、クソッ!」

 

 ナルトが部屋に戻った後、宿場町に到着したサスケは悪態を吐く。

 不倶戴天の敵がカカシを襲い、そして、ナルトを狙っている。目的地に全速力で駆けつけたが、ナルトと自来也がどこにいるか分からない。

 

 ──しらみ潰しに探すしかねーか。

 

 適当な宿に目をつけたサスケはフロントマンに訪ねる。

 

「ここにオレと同じ歳の金髪筋肉と白髪のでかいオッサン、泊まってるか!?」

「ん~、金髪の君ぐらいの少年と白髪のオッサンなら……」

「案内してくれ!」

「ああ」

 

 サスケの鬼気迫る様子にただ事ではないと感じ取ったフロントマンはすぐにフロントから席を立つ。

 サスケの額宛にある木ノ葉マークは身分証明書としての役割を果たしている。自国の里の忍からの要請を断る理由はなかった。

 

 フロントマンに部屋まで案内されたサスケは、すぐにドアをノックする。応じて、ドアが少し開く。

 

「ナルト!」

 

 開ききるのすら待てないというようにサスケはドアを無理矢理大きく開き、ナルトの名を呼びながら部屋を覗き込んだ。

 

 ──違う……。

 

 そこにいたのは、サスケと同じ年頃の金髪の少年と、その祖父と思しき白髪の男。

 筋肉は、ついていなかった。

 

 その同時刻。

 部屋にいるナルトは茶を入れていた。

 

「して、貴殿らは?」

「ナルトくん、一緒に来て貰おう」

「名も名乗らぬ貴殿らと共に? いささか礼を失していると苦言を呈する他ない」

「……この人、うるさいですねェ。少し痛めつけておいた方がよろしいのでは? イタチさん?」

「やめろ、鬼鮫」

「……」

 

 ナルトの部屋にいるのは、巨大な刀のようなものを背負った大男と剣呑な雰囲気を醸す痩身の美青年。

 どちらも只者ではない。それを感じていながらも、ナルトは二人を部屋に招き入れ、茶を出した。

 

「名乗りが遅れて、申し訳ない。オレはうちはイタチ。そして、こちらが干柿鬼鮫だ」

「……そうか」

 

 ──うちは?

 

 疑問はまだ口に出すべきではないと判断したナルトは言葉を飲み込む。

 ナルトの出した茶の側に正座をしたイタチと名乗った青年は湯飲みを傾ける。それを見、話ができると考えたナルトは先ほどのイタチからの要請について口を開いた。

 

「して、貴殿らと共に行き、己に何をしろと?」

「君に眠る力を取り除きたい。協力してくれないか?」

「己に眠る力……狐殿のことか?」

「ああ」

「有り得ぬな。断る」

「我々は数多くの忍術に精通している。君の中にいる九尾を取り除く術もある」

「違う。それは貴殿も分かっていることだろう?」

「……」

「狐殿に対し、害意を持つ者に狐殿は渡せぬ。話がそれだけなら、お引き取り願おう」

「なッ!?」

 

 空間が軋んだ。

 チャクラの圧力で歪んだ世界の中、驚いた表情を見せる鬼鮫とは対照的に、ナルトとイタチは表情を変えず互いに視線を交錯させる。

 

「では、力で」

「致し方あるまい」

 

 立ち上がり、示し合わせたかのように部屋を連れ立って出ていくナルトとイタチ。鬼鮫も慌てながらイタチの後ろに控え、落ち着きを取り戻した。

 ナルトから放出されたチャクラに驚いたのは確かな事実。だが、それはナルトの年齢では考えられないほどのチャクラが放出されたため。脅威であるから驚いたわけではない。鬼鮫の力はこれまでナルトが出会ってきた忍の中でも最上位に近い位置にいるほどの忍。

 今のナルトには負けることはないと鬼鮫は冷静に結論を下した。

 

 ナルトに勝てる。それは戦いでのことのみ。

 拘束し、拉致するにはナルトの力は決して無視できない。一瞬の隙を突かれ、拘束を引きちぎる姿が容易に想像できた。

 

「イタチさん。ナルトくんの手足をぶった斬っておきます。野放しにしておくのは余りに厄介。いいですね?」

「……」

「じゃあ……」

 

 油断が一つもない目付きでナルトを見据える鬼鮫。

 応じて、ナルトも組んでいた腕を解いた。

 

「久しぶりだな……サスケ」

「うちはイタチ……」

「!」

「む!?」

 

 陰に隠れて顔は見えない。が、それは確かにサスケの姿だった。

 

「おやおや、今日は珍しい日ですねェ……。二度も……他の写輪眼が見れるとは」

 

 だが、今までナルトが見たことのないサスケだった。

 陰の中、写輪眼を爛々と光らせたサスケの相貌は能面。溢れた感情が表情を消してしまっている。

 サスケのその顔は見たことがなく、そして、見たくはない顔だった。静かで、然れども、激しい。

 

「アンタを……殺す!!」

 

 サスケの殺意がうちはイタチに注がれていた。


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