NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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 戦いから二日後。

 大蛇丸が、音の忍が、そして、砂の忍がもたらした被害は甚大だった。

 時の火影、三代目火影は両腕を失い、今も意識が戻らない状態。建物や道路は忍術による爪痕がそのまま残っている。

 そして、この戦いで命を失った木ノ葉の忍も多い。

 

 だが、木ノ葉隠れの里には力があった。

 四代目風影が中忍試験前に殺害され、大蛇丸、もしくは彼の手の者が四代目風影として振る舞い、此度の事件を引き起こした。そのことを明らかにした砂隠れを許し、和睦の協定を結ぶ木ノ葉。里の復興を優先させるためとはいえ、恨みを流し、砂の忍たちを許した彼らの心の内はいかばかりか。

 

 失ったものを数え、そして、それでも前を向く木ノ葉の里の忍たちは三代目火影が大蛇丸に語ったように強い。

 小雨が降りしきる中、行われた合同葬儀でも未来を見据え、しっかりと立つ忍たち。カカシやガイ、アスマに紅といった上忍。中忍試験で試験官を勤めた忍たち。それに、サスケやサクラ。その同期とリーたち一つ先輩である下忍たち。

 他にも多くの忍たちが参列していた。

 

 その中で一際目立つのは常とは違う喪服に袖を通したナルトだ。

 葬儀が進む中、ナルトは隣に立つ恩師に向かって声を掛けた。

 

「イルカ先生」

「どうした?」

 

 険しい顔つきを崩さず、ナルトは静かに口を開く。

 

「己が背負うと決めた火影の名の重みが改めて理解できた」

「……」

「縁が繋がった者に、死を覚悟してでも里を守り通せと命を出さねばならぬのは……辛いことだな」

「……そうだな。人との繋がり。大切だから、皆、その糸を離さないように握ってる。その糸と糸を組み合わせて大きな、大きな布ができてる」

「それが火の意思」

「そうだ。だから、この戦いで死んでいった人たちの糸も無くなりはしないのさ。オレたちと組み合わさって、ほどけはしない」

「……重いな、火影は」

「だからこそ、オレたちが支える。そうだろ?」

「然り。今の金言、己の心に刻み付けよう」

 

 献花台に目を向けたイルカは一度、頷く。

 そして、未だ目を覚ますことができない三代目に向かって、心の中で呟く。

 

 ──木ノ葉隠れの小さな木の葉たちに、火の意思は受け継がれています。木の葉についた、その小さな火種はやがて強く大きく燃えて、またこの里を照らし、守るのでしょう。

 

 風がイルカの頬を撫でる。

 

 ──いつの日か新たな火影となって。

 

 雲の切れ間から光が差した。

 それは、木ノ葉の里のこれからを示しているようで、イルカは目を細める。

 

 ──がんばれよ、ナルト。

 

 言葉にしなくともよかった。

 隣に静かに佇む、この漢ならば言わなくとも努力を続け、そして、いつの日にか火影の座に納まり、この里を照らすことだろう。

 

 そう考えて、イルカは安心したように微笑みを浮かべるのだった。

 

 +++

 

「なあなあ、三代目のじいちゃん! オレってば、いつか火影になる!」

 

 思い出すのは、小さな小さな少年。

 父親譲りの金髪と碧眼。母親譲りの顔立ちと性格。

 そして、二人と同じ夢を持つ少年だった。

 

「そんで、里の奴ら全員にオレを見せつけてやるんだってばよ!」

 

 少年はキラキラした瞳で、そう語る。

 

「オレは……いや、己は……」

 

 少年の口調が変わった。雲行きが怪しい。そう感じた三代目火影は不安げな目付きで辺りを見渡す。

 

「火影となる。そして……」

 

 いつの間にか三代目火影を十重二十重と取り囲むように木ノ葉の忍が取り囲んでいた。

 いつの間にか、小さな少年は今の姿に変わっていた。

 

「己が筋肉を!」

 

 小さな体は大きく、見上げるほどに大きくなっていた。

 キラキラとした瞳は彫りの深い顔で影になり、窺うことはできない。

 

「皆に魅せつけよう!」

 

 キラキラとした筋肉が目の前に迫っていた。

 三代目火影、猿飛ヒルゼンはゆっくりと顔を右に向ける。

 

「オレも魅せつけよう!」

 

 筋骨粒々の男がいた。黒髪の端正な顔立ちの少年だったハズだ。

 うちはサスケだったハズの筋肉がそこにはいた。

 

 ヒルゼンはゆっくりと顔を左に向ける。

 

「私も魅せつけよう!」

 

 筋骨粒々の女がいた。桜色の髪が美しい少女だったハズだ。

 春野サクラだったハズの筋肉がそこにはいた。

 

 ヒルゼンは目を瞑る。

 

『オレの!』『私の!』『見てくれ!』『ナイスでしょ?』『最高じゃないか!』『フンッ!』『ハッ!』

 

 目を閉じていても声は聞こえる。衣擦れの音も聞こえてしまう。きっと目を開けたら、局部のみを隠した筋肉、いや、里の者たちが自分を取り囲んでいるのだろうなとヒルゼンは理解していた。

 ヒルゼンは耳を押さえ、しゃがみこむ。口を真一文字に閉じる。彼のその姿は三猿──見ざる、聞かざる、言わざる──を体現していた。

 

 ああ、これは夢じゃな。

 

 余談ではあるが、夢であることを自覚しながら見る夢のことを明晰夢と呼ぶ。さらに余談ではあるが、明晰夢は自分である程度、コントロールすることも可能だ。例えば、明晰夢の中では思うだけで空を飛ぶことすら可能になる。

 

 消えてくれ、とヒルゼンは願った。夢ならば消えてくれと、もう筋肉に囲まれたくないのじゃ、と願った。

 

 結論を言おう。

 無駄だ。

 

 自分でコントロールできるとはいえ、限度がある。筋肉を消すことなどできはしなかった。

 

 目を閉じていても、筋肉たちが自分に近づいてくる気配がする。耳を閉じていてもソイヤッソイヤッと囃子が聞こえてくる。口を閉じていても、喉の奥から悲鳴が出そうになる。

 

 幻術ならば、どれほどよかっただろうか。

 幻術返しをした後、術者を血祭りにあげることも厭わない。ハト派であるヒルゼンにそう思わせるほどに彼は追い詰められていた。

 

 縮こませた体に生暖かいものが当たり、離れ、そして、また当たる。ヒルゼンはさらに体を小さくさせるが、それを嘲笑うかのように生暖かい気配はぐるぐると自分を中心に円を描くように回り始めた。

 

 キャンプファイアを取り囲み、踊る人間を想起させる。

 もしくはかごめ唄か。いや、息づかいまで感じることができるほどの近さはスクラムを組んだラグビー選手のようでもある。

 

 ヒルゼンの体がガタガタと震え出す。

 それは久方ぶりに感じる恐怖。かつて、雲の金銀兄弟に命を狙われ、追われていた時よりも数段上の恐怖。

 これが正しく恐怖と呼ぶものだとヒルゼンは脂汗を全身から流す。

 

「じじィ! こっちだ、コレ!」

 

 孫の声だ。

 齢十にも満たない孫ではあるが、震える祖父を慮って助けに来たのだろうとヒルゼンは笑顔を浮かべ、目を開けた。

 

「見るんだ、コレ」

 

 成長した孫の姿がそこにあった。

 上腕二頭筋は丸太を思わせるほどに太く、腹直筋は6つに綺麗に割れている。

 

「──」

 

 叫んだ。

 声にならない大絶叫を上げた。

 

「ヒルゼン!」

「大丈夫か!?」

 

 隣から聞こえてきた声に弾かれたように反応する。

 ぼやけた視界の中、知己の顔が心配そうに自分を覗き込んでいた。

 

「ここは……?」

「木ノ葉病院の集中治療室じゃ」

「二日も目覚めんかったのじゃぞ」

 

 かつての班員、そして、今は自分を陰日向で支えるご意見番のホムラとコハルがそこにはいた。もちろん、筋肉はついていない。

 

「……筋肉は?」

「筋肉? ああ、お主の腕のことか。そのことじゃが……木ノ葉の医療忍者が総出でかかっても、壊死を食い止めることはできんかった」

「すまぬ、ヒルゼン。ワシらではどうすることもできぬ」

「……を」

 

 頭を下げる二人にヒルゼンは小さな、とても小さな声で声をかける。

 

「ん? どうした? 聞き取れなかったが」

「里のことか? 里は今、復興を進めておる。ガトーカンパニーが援助を申し出てくれての。想像以上に進んでおるから安心せい」

「……自来也」

「……そう気にするでない。自来也に五代目火影に推薦しようと言うのじゃろ?」

「此度の事件はお主だけの問題ではない。大蛇丸のことについては、何も気づけなかったワシらも同罪じゃ」

 

 言葉数が少ないヒルゼンの心の内を読み取り、ホムラとコハルは会話を続ける。

 消耗しているヒルゼンの負担をなるべく少なくしようという二人の心意気だ。

 

「違う。自来也の……」

「師としての責任を取るために火影を辞する、か。だが、責任の取り方は他にもある」

「うむ。それに、お主が火影を辞めるとなると他里への影響もある。辞任するには時期尚早じゃ」

「イチャイチャパラダイスをくれ」

「今はしっかりと休息を取り……え?」

「左様。まずは体力を……え?」

 

 ホムラとコハルは顔を見合わせる。お互いの困惑した顔がそこにはあった。

 聞き間違いだろう。そう結論づけた二人は頷き合う。

 

「自来也を呼んでくるから少し待っておれ」

 

 そう言って、席を立つ二人の行動は早かった。

 すぐさま、自来也を探すために集中治療室から出ていく。

 

 二人を見送ったヒルゼンは病室に一人、取り残された。

 今は一刻も早くイチャイチャパラダイスで脳内に焼き付いた数多の筋肉を消し去りたい。夢の光景を上書きしたかった。

 

「はぁ……」

 

 どうか、正夢になりませんようにと願いながら、ヒルゼンはシーツに再び沈み込むのであった。

 

 +++

 

 清潔なヒルゼンの病室とはうって変わり、ジメジメとした地下室に二人の人間が姿を表す。

 ドカッと椅子に体を預けた人物が一人と、その人物に随伴している人物が一人。灯りの蝋燭が二人を照らす。

 蛇のような顔に痛みから汗を流す人物──大蛇丸──と蝋燭の光で眼鏡を白く光らせる人物──カブト──だ。

 

「おのれ、猿飛め」

「まぁ、そう簡単ではありませんよ。何せ相手にしたのは五大国最強と謳われる火影なのですから」

 

 出来る限りの治療はしたのだろう。包帯がしっかりと巻かれた大蛇丸の腕を見ながら、カブトは言葉を紡ぐ。

 

「しかし、上出来ですよ。あの五影を……!」

 

 大蛇丸の目線に気づいた。

 

「私を慰めるような台詞は止めなさい。殺すわよ」

「……もちろん、そのようなつもりはありません。確かに、里は落とせませんでしたが、この計画のもう一つの目的、うちはサスケ。彼にはアナタの首輪がつけられた」

「ククク……この腕と私の全ての術と引き換えにね」

 

 痛みを訴え続ける腕から目を離し、大蛇丸は目線を横に向ける。

 

「そもそも、あのうちはイタチを手に入れることができれば問題はなかった。しかし、それはもはや叶わぬ夢。彼は私以上に強い。それに……」

「……」

「……だから、あの組織を抜けたのよ」

 

 大蛇丸の目線の先。

 数々のホルマリン漬けにされた標本。その奥に鎮座する死蝋化したかつての左手。装飾品もなく、埃を防ぐ布もかけられていない左手。

 それは大蛇丸の中では手痛い敗北の印。

 

 過去を振り払い、大蛇丸はカブトを見る。

 

「このままではいられないわ」

「と、言いますと?」

「腕を治す。そのための方法が私にはある」

「……転生忍術ですか?」

「ええ。けど、サスケくんは手元にない」

「では、すぐにでもサスケくんを“音”に連れてきます」

 

 カブトの提案に大蛇丸は頭を振る。

 

「その前に、お前にはやってもらいたいことがあるのよ」

「やってもらいたいこと……?」

「木ノ葉の三忍。私と同じ班だったくノ一。彼女を探しなさい」

「……綱手様、ですか?」

「ええ。私の腕を治せる……おそらく唯一の忍よ」

「わかりました」

 

 獲物を定めた蛇は行動を起こす。

 それは迅速で、そして、非情であった。

 

 地下室を出ていくカブトを見送り、大蛇丸は木ノ葉崩しが失敗した原因を考える。

 

 三代目が使った知らない術? 

 三代目が想定していたよりも老いていなかったこと? 

 再不斬と白の助太刀? 

 

 どれもその奥にこそ、原因があることを大蛇丸は見抜いていた。

 

 なぜ、三代目が自分が知らない術を改良までしたのか。

 なぜ、三代目が想定よりも体を鍛えていたのか。

 なぜ、再不斬と白が助太刀に現れたのか。

 

 その全ての原因は……。

 

「早く、引き離さないといけないわねェ……」

 

 自分を睨み付けていた漢の姿を思い起こし、大蛇丸は唇を舐める。

 それは怒りからか、緊張からか、それとも闘争心から来るのか大蛇丸といえども分からなかった。


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