NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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木ノ葉崩し、終結

 戦闘が終わった。砂ももう吹き飛ばされたのか、二人の間には何も遮るものはなかった。

 横たわる我愛羅にナルトはゆっくりと近づく。

 

「くッ……来るな!」

 

 怯え。

 ついぞ、我愛羅が感じることができなかった感情だ。いや、それには語弊がある。

 

「オレの存在は消えない……消えないのだ! 消えて堪るか!」

 

 他者に我愛羅が怯えることはない。我愛羅が怯えるのはただ己の内から出る感情。孤独という感情だけだ。

 

 ──バケモノ。

 

 ──死ね。

 

 ──それか……係わるな。

 

 ──バカ。

 

 ──見るなって。

 

 ──どっかいけ! 

 

 独り。

 誰も我愛羅を見ることはない。誰もが遠巻きにして、見ているようで見ていない。

 我愛羅の心を見ている人間は一人としていなかった。

 

 いや、一人、たった一人だけいた。が、その一人からも恨まれていた。そう語っていた。理解者であると思っていた、叔父である夜叉丸はそう語って死んでいった。

 

 だから、他者を喰らうことでしか自分を表現できない。

 他者の中に自分を残すことができないからこそ、生き抜くことでしか自己を確立できない。

 

 今、まさに自分が消えてなくなる恐怖を我愛羅は味わっていた。

 

 動かない体。切れたチャクラ。そして、砂の盾すら動かない。

 

 敵はゆっくりと自分の頭の横に膝を突く。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……」

 

 自らの命はまさに風前の灯火だ。

 かくして、敵の、うずまきナルトの手が我愛羅に向かって伸ばされた。

 

「辛かったな」

「!?」

 

 暖かい。

 強く優しく、そして、逞しい腕に抱き止められている。

 少し、苦しい。だが、何故だろうか? その苦しさが、とても安心する。

 

 この感覚。覚えがある。記憶にはない。だが、この体が覚えている。

 だからなのだろう。普段は自動で我愛羅を守る砂の盾が動かなかったのは。

 

 我愛羅はナルトの腕の中で震えながら口を開いた。

 

「何で……? 何でお前は他人の、敵のオレのためにそこまで」

「貴殿が悲しい目をしていたからだ」

 

「ただ一つだけ、心の傷を癒せるものがあります」

 

 幼い頃には、いや、今の今まで理解できていなかった。

 

「ただ、これは厄介な薬で他人からしか貰うことができません」

「………………何?」

 

 覚えているのは一つだけ。

 

「愛情です」

 

 暖かだったことだけだ。

 

 愛情。それも夜叉丸が語った愛よりも大きく深い。自分の身近な大切な人だけではなく、こいつは……。

 

 ──ああ、だから、こいつは強いのか。

 

 敵にも愛を向ける。

 忍としての所作ではない。裏切りや騙しが跋扈する忍世界で、そのような甘い考えでは自分だけではなく、味方にも危機をもたらすだろう。

 だが、この漢ならば。そう思わせられる、何かがあった。今までの忍世界を変え、そして、よりよい世界に導く。

 この漢についていき、そして、いつの日か並び立ちたい。そう思わせる何かがあった。

 

 しかし、もう遅い。

 自分がやってきた所業は到底、許されるものではない。音が持ちかけた計画とはいえ、木ノ葉崩しに砂が、そして、自分が荷担していたのは紛れもない事実。

 木ノ葉の忍からしてみれば、許されざること。

 

 もう、この漢と会うこともないだろう。

 

 精一杯の虚勢を張り、我愛羅は体中の力を振り絞って、ナルトの腕から逃れる。彼の愛を受けてはならない。そう感じたからこその行動だ。体を離し、ふらつく足でナルトから更に距離を取ろうとする。

 と、我愛羅の前にナルトから紙束が差し出された。

 

「これは……?」

「己が辛い時に何度も読み返した書物だ。もう……」

 

 少し寂しそうな顔したナルトだが、それは一瞬のこと。すぐに元の自信が溢れた顔つきに戻る。

 

「もう、己には必要ない」

 

 そう言って、ナルトは我愛羅の手に優しく紙束を握らせる。

 それはお世辞にも綺麗とは言いがたい。何度も捲られたのだろう。

 端はボロボロになっており、薄汚い。手垢がついており、汚い。破れた箇所をテープで止めており、醜い。

 

 だが、それには情熱があった。剥き出しの心が、そこにはあった。

 

「いい……の?」

「無論」

 

 我愛羅は目を瞑り、両腕でその紙束をぎゅっと抱き締める。

 小さな少年が宝物を大切に、大切にするように。

 

「我愛羅!」

「無事か!」

 

 守鶴の巨大な姿が消えたことで戦闘が終わったのだと判断したのだろう。

 テマリとカンクロウが我愛羅の隣に駆けつけた。

 

「我愛……羅?」

 

 テマリは動かない我愛羅に顔を寄せる。

 

「!?」

 

 泣いていた。

 あの無表情で感情がないような振る舞いをしていた我愛羅が感情を表に表していた。年相応の小さな少年の振る舞いだった。

 

「ッ!」

「!?」

 

 テマリは思わず、弟を抱き締める。今の我愛羅は今までとは違い、恐ろしくはなかった。それどころか、この小さな生き物を守らねばという感情に駆られる。

 力強く我愛羅を抱き締めるテマリを見たカンクロウはナルトに視線を戻す。

 

「ナルト」

「む?」

「砂の忍として礼は言えねェ。アンタらの里を攻撃したのは、どう言い繕っても事実だ。礼を言うのは筋違い。けど……」

 

 カンクロウは晴れ晴れとした顔を浮かべた。

 

「我愛羅の兄として礼をいう。うずまきナルト」

 

 頭を下げる。

 

「ありがとう」

 

 その言葉を最後に、カンクロウはテマリと共に我愛羅に肩を貸し、姿を消した。

 森の中を砂隠れの里に向かって担がれながら移動する中、我愛羅は呟く。

 

「テマリ、カンクロウ」

「ん?」

「なんだ?」

「……済まない」

 

 テマリとカンクロウは顔を見合せ、軽く微笑み合った。

 

「別にいいって」

 

 木ノ葉から去る三人の足取りは、木ノ葉に来るときとは違って、とても軽やかだった。

 

 我愛羅は木ノ葉隠れの里に来てからの出来事を思い起こす。

 

「聞き忘れていた。そこの……名は?」

「うずまきナルト」

「ナルト……か」

 

 初めてナルトと出会った時のこと。

 

「オレの……愛すべき部下だ」

 

 リーとの戦い。彼を庇ったガイの立ち姿。

 そして、病床のリーを殺そうとした時、ナルトとシカマルに止められたこと。

 

「どうやら六歳を過ぎた頃、オレは危険物と判断されたらしい。オレは里の危ない道具として丁寧に扱われていただけのようだ。奴らにとって、今では消し去りたい過去の遺物だ。では、オレは何のために存在し、生きているのか? そう考えた時、答えは見つからなかった。だが、生きている間はその理由が必要なのだ。でなければ死んでいるのと同じだ」

「何、言ってんだ……コイツ」

 

 我愛羅はふっと笑みを浮かべる。

 

「では、トレーニングをしては如何か?」

 

 そうだな。それがいい。

 もし、また会うことができたのなら。

 自分を救ってくれた漢に胸を張って会えるように、心身を鍛えなければならない。

 

 我愛羅はもう一度、笑い、そして、顔を上げた。

 

 木の葉から漏れる太陽の光は暖かく、そして、美しい。生まれ直した我愛羅を祝福しているかのようだった。

 

 +++

 

 残されたナルトは彼らをただ見送る。彼らの未来に幸あれと願いながら、見送っていた。

 

 すっと目を閉じ、踵を返したナルトは草むらに向かって声をかける。

 

「無事か?」

 

 草むらを掻き分けて3人の忍と一匹の犬が姿を表した。

 

「ああ」

「うん」

「もちろんだ」

「うむ」

 

 サスケ、サクラ、シノ、そして、パックンだ。

 サクラを連れ、ナルトと我愛羅の戦闘区域から脱出したサスケは、パックンに連れられたシノと合流。そして、戦闘が終わるまで待機していた。ナルトと我愛羅の闘いを邪魔しないように、そして、ナルトと我愛羅の交流を邪魔しないように。

 

 だが、もう全てが終わった。木ノ葉崩しは終結だ。

 

「ナルト、怪我はない?」

「無論」

「ウスラトンカチが」

「む!?」

 

 サクラに強がって見せたナルトだが、サスケが軽く胸を小突くと、力が抜けたように座り込む。

 

「あんな戦い方していたら、チャクラがすぐ切れるだろうが」

「……むぅ」

「確かにね。それとサスケくんも」

 

 サクラがサスケの肩を上から下に押すと、先ほどのナルトと同じようにサスケも地面に座り込む。

 

「……お前もだ」

「キャッ!」

 

 むすっとした表情のサスケがサクラの手を引っ張ると、サクラも堪えきれず座り込む。というよりサスケの体に倒れ込む。

 

「……すまん」

「え……えっと、うん」

 

 慌てて体を離す二人を見て、ナルトは優しい笑みを浮かべた。

 

「おい、ナルト」

「気にするな。己は空を見上げておく」

「おい!」

「今はオレの蟲たちと、この忍犬が辺りを警戒している。少し休息を取った方がいいだろう。ナルトの言う通り、オレも空を見上げておく」

「シノ! テメェもか!」

 

 頬を赤に染めるサスケとサクラ。その二人を見て、誰からともなく笑い声が溢れる。

 

 ひとしきり笑った後、それぞれ、横になり空を見上げる四人。

 今回の闘いはそれぞれが現時点で発揮できる最高のパフォーマンスを、いや、限界をも越えたパフォーマンスを発揮した。

 チャクラ、スタミナ、精神力。全てを使いきった故に、求めるのはただ一つ。休息だ。

 

 彼らが空を見上げてから、まもなく四つの規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 そんな少年少女の寝顔を見つめながら、忍犬──パックン──は呟く。

 

「やれやれ。これにて一件落着、かの。そうだろう?」

「ま! そうだな」

 

 少しの音も立てずに、パックンの後ろにカカシが降り立った。

 パックンと目を合わせたカカシは、彼と頷き合う。

 

「しばらくはこのままにしてようか」

「それがいいじゃろう」

 

 きっと、今日の経験は彼らにとって大きな糧となる。だが、糧をしっかりと消化するには時間が必要だ。栄養を体に行き渡らせ、自らの体を作っていく。

 身体も、そして、精神も同じだ。強くなるために必要なフローに差異はない。

 

 そのことを理解しているからこそ、カカシは待つ。

 部下たちを誉めるのは、その後でもいいと考えながら、木漏れ日の下で未来に想いを馳せるのであった。

 

 +++

 

 倒れた三代目火影を医療班に渡した暗部の隊長はすぐさま、恩人たちの元へと駆け寄る。

 礼を失しては木ノ葉の忍の名折れ。あってはならないことだ。

 

「礼を言う。再不斬、白。そして、恩賞は必ずする。だが、しばらく待ってくれないか? 里の混乱が収まってから……」

「要らねェよ」

「え? しかし!」

「知るかよ」

 

 再不斬ににべもなく断られ、暗部の隊長は困惑の表情を仮面の奥で浮かべる。

 

「だが、今のお前たちは霧の抜け忍だろう? これからは我々、木ノ葉がお前たちの後ろ楯になる。そのぐらいのことをお前たちはしてくれたの」

「雇われているんだよ、オレたちはな」

「ええ」

 

 再不斬に続いて白も頷いた。

 

「行くぞ」

 

 ──待ってくれ! 

 

 二人にそう声を掛けようとした暗部の隊長だったが、二人は唐突に足を止めた。

 彼らの前から三人の人影が姿を表したからだ。

 

「再不斬、白。私もナルトさんには会いたいのだが」

「そうだ、オレたちも会いたい!」

「お前たちだけズルいぞ!」

「うるせェ!」

 

 どうやら、二人の知り合いだと暗部の隊長は当たりをつける。前に立つ小柄な一人はサングラスをかけており、素顔を見ることはできない。そして、その小柄の人物の後ろにいる二人は黒いフードをかぶっており、こちらも顔が分からない。

 だが、再不斬の態度から、ある程度気心の知れた仲であろうことは想像に難くない。

 

「その方は……」

「ああ? こいつらか? どうでもいい奴らだ」

「そんな言い方ないだろう!」

「ふふ……」

「白も笑うな!」

「いえ、再不斬さんが本当にどうでもいい人を呼ぶ時は“使えない道具(ジャンク)”と呼ぶので」

「……」

 

 小柄な人物はパァと明るい笑顔を浮かべる。

 それを見て、暗部の隊長は心の中で首を傾げる。暗部という忍の中でもトップクラスの実力を持つ者しか入れない部隊、その隊長として選ばれた彼の観察眼は並みではない。

 小柄な人物が再不斬がいう“雇い主”だということを見抜いていた。だが、抜け忍を雇うようなものはアングラなものしか有り得ない。正規の忍に依頼できないような後ろ暗い任務を依頼する時に、足のつきにくい抜け忍を雇うものだ。

 だが、雇い主と思しき小柄な人物はとてもではないが、アングラな場所にいたことがあるような性格ではない。人前で子どものような笑顔を浮かべるなど、それこそ、有り得ない。

 

「私は木ノ葉隠れ、暗部の所属のため名を明かすことができず申し訳ない。あなたが再不斬と白を雇った方と見受けられますが、お名前を頂戴しても?」

「ああ、これはご丁寧に。そして、ご挨拶が遅れ申し訳ありません」

 

 一度、暗部の隊長に頭を下げた小柄な人物は、改めて名を名乗る。

 

「私はガトー。ガトーカンパニー社長のガトーと申します。そして、この度の被害に対して援助を申し出ます」

「え? ガトーカンパニーが? 気持ちはありがたいのですが、私の一存ではどうも……。木ノ葉のご意見番との会談を進めさせていただきますので、しばらくお待ち願えますか?」

「ええ、もちろんです。……再不斬、白。お前たちもそれでいいよな?」

「勝手にしろ。オレは先に出る。……ゾウリ、ワラジ」

 

 再不斬はガトーの後ろに控える二人に声を掛けた。その二人は波の国でナルトたちと敵対していたガトーの用心棒の二人だ。

 

「ん?」

「どうした?」

「お前らはガトーに着いとけ」

「ああ。それは言われなくても、そうするが……」

「いいのか? ナルトさんに会わなくても? なあ、白もそう思うだろ?」

 

 ワラジが白に尋ねるものの、白は首を横に振る。

 

「少し残念ですが……ボクも再不斬さんと同じ気持ちです」

「なんで!? 用事でもあるのかよ?」

 

 溜め息を吐いて、再不斬は首を鳴らす。

 

「修行だ」

「まだまだボクたちは強くなりたい。今回のことで改めて、そう思いましたから」

 

 一度、頭を下げた白は暗部の隊長を見つめる。

 

「それに……礼なら彼に」

「彼?」

「ええ。いずれ、この里の火影になる……」

 

 白は視線を上に、今は四つの顔が刻まれている木ノ葉の象徴に向けた。

 

「……うずまきナルトくんに」

 

 言うべきことは終わった。

 そう雰囲気を醸し、再不斬は踵を返す。

 

「行くぞ、白」

「はい」

 

 それだけの言葉を残し、再不斬と白は去っていく。

 

「ありがとう!」

 

 せめてもと、足りないとは分かっていても、言葉だけでも感謝を示したかった。

 暗部の隊長は彼らに向かって深く、深く頭を下げる。

 

 ──本当にありがとう。

 

 暗部の隊長が頭を上げると、彼の視界の奥にいる再不斬がすっと右手を上げ、すぐに下ろした。

 

 それだけで十分だった。

 

「……ありがとう」

 

 掠れた小さな声が仮面の奥でくぐもった。

 

「それでは、これからの復興について話し合おうじゃないか」

 

 ガトーが声を張る。

 忍が感情を露にしてはならない。

 そのことを再不斬や白、それかゾウリかワラジから聞いたのだろう。だから、大きな声で隠した。

 

「忙しくなるぞ!」

 

 ずれた仮面を直し、暗部の隊長は大きく息を吸う。

 

「はい!」

 

 ここまでしてもらったのだ。

 ここで動かなければ男が廃る。暗部の隊長は大きく足を踏み出す。

 

 木ノ葉は強い。

 すぐに立ち直るだろう。ガトーの援助を受けて。

 きっとガトーも中忍試験本選でナルトとネジの闘いを見て感化され、援助を申し出たに違いないと暗部の隊長は考えていた。

 そして、ナルトに向かって心の中で謝意を述べるのだった。

 

 暗部の隊長は知らないことだが、かつてはアングラだったガトーを変えたのは波の国の小さな少年、イナリ。そして、イナリを変えたのは……。

 

 このことはここで語らずともいいだろう。

 暗部の隊長が謝意を述べる先は、結局のところ変わらないのだから。


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