NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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強さ

 白い煙が晴れていく。

 徐々に薄くなっていく中、一際、目につくのは旭日を思い起こさせる橙だ。

 そして、その真正面に聳え立つのは、山を思い起こさせる巨躯を誇る砂色。

 

 ナルトと我愛羅は睨み合う。

 

「死ねェ!」

 

 我愛羅が右腕を振るうと、右腕の至るところから砂でできた手裏剣が飛び出した。

 一枚、二枚の話ではない。数百枚単位で向かってくる砂でできた手裏剣は暴風をも撒き散らしながらナルトと、そして、ブン太とガマ吉に迫る。

 

「よぉけ、掴まっちょれ!」

「承知!」

 

 ナルトが頭の上にいるガマ吉に手を添えて、彼の体を支えた瞬間、景色が急激に動く。ブン太の跳躍だ。

 砂手裏剣を避けると同時に、一足飛びで我愛羅との距離を詰めたブン太は腰に履く長ドスを振り払う。

 

「蝦蟇ドス斬!」

 

 振られた長ドスと共に砂でできた我愛羅の巨大な右腕が空に舞う。

 

 ──何て野郎じゃ。重とーてドスを振り抜くのがやっとじゃ。それに……。

 

 地に落ちた大質量の長ドスと我愛羅の右腕にチラリと目線を遣り、ブン太は心の中で毒吐く。

 

 ──さっさと殺らんと、地形が変わってしまうのォ……。

 

 ブン太の考えとは裏腹に、我愛羅の砂でできた右腕はサラサラと砂に還ると同時に元の場所へと戻っていく。そうして、先ほどと変わりない腕を取り戻した我愛羅にブン太は舌打ちをした。そして、自分の手元から離れてしまった長ドス。

 どうしても、長引いてしまう戦い。ナルトが口寄せの術で支払った代償であるチャクラは多いとはいえ、ブン太を口寄せし続け、更に戦闘を行うには心許ない量。

 

 どうあっても、短期決戦にもつれ込ませなければならない。

 どうするかと考えを纏めているブン太に、いや、自分の出番を今か今かと待っているナルトに向かって我愛羅が声を掛けた。

 

「うずまきナルト……」

「む?」

「砂の化身の……本当の力を見せてやる」

 

 砂体の額から姿を表し、印を組む我愛羅の様子を見て、ブン太は目を細める。

 相手も短期決戦の腹積もりだと見抜いたブン太は、砂の化身の力を分かっていない様子のナルトに説明を行う。

 

「あの霊媒も守鶴に取り憑かれて不眠病の症状が出とんのォ……あの目のクマ見てみぃ」

「む!」

「化け狸“守鶴”に取り憑かれたモンは一夜とて満足に眠ることが出来んようになる。恐ろしゅーてな」

「むむ!?」

「寝てしもーたら、じわじわと守鶴に自らの人格を食われ、いずれ、自分が自分じゃのーなってしまうんじゃ! 普段、ほとんど寝ることができんから、霊媒は人格が不安定になっていく傾向がある」

「むむむ!」

「じゃけんのォ……普段はあの霊媒が起きとる内は、守鶴は本来の力を抑えられとるんじゃ。じゃがのォ……」

 

 短期決戦。それは望む所。長期戦では限りなくゼロに近い勝ち筋に差した一筋の光明ではある。

 だが、短期戦と言えども勝ちの目は薄い戦いだ。

 

「あの霊媒が自ら眠りに入ったら……ちと面倒じゃ。ナルト、耳を貸せ」

「承知」

 

 印を組み上げた我愛羅は宣言する。相手がどれほど強大でも捻り潰す。

 その黒い意思を高らかに謳い、我愛羅は目を閉じた。

 

「狸寝入りの術!」

 

 ゆっくりと目を開く砂の狸。

 その目が、変わった。

 

「シャハハハハハアァ! やっと出てこれたぜェ!」

 

 ビリビリと身を痺れさせるほどのチャクラの奔流。数々の戦いを生き抜いてきたブン太と言えども、この醜悪なチャクラには、踏み出すのを躊躇してしまう。

 それほどまでに、目の前の相手──守鶴──は強い。

 

「ひゃはァー! いきなりぶち殺したい奴、発け~ん!」

 

 目も口調も何もかも変わった目の前の敵はニタリと笑みを浮かべる。

 

「風遁 練空弾!」

「水遁 鉄砲玉!」

 

 四発の巨大な風の弾がブン太に向かって放たれた。それに応じて打つのは四発の巨大な水の弾。

 ブン太が一度に打てる最大数だ。

 花火が近距離で破裂するような轟音と共に、飛沫がブン太の体を濡らす。

 

「練空弾!」

 

 四発の巨大な風の弾、その後ろに隠れて更にもう一発。

 

「ブン太殿!」

「くっ!」

 

 避けられない。

 鉄砲玉の反動で動くこともままならないブン太の頭に練空弾が弾けた。

 

「かぁーッ! たいぎぃのぉ! アホほどチャクラを練り込んだモンを打ち込んで来よってからに!」

 

 爆風の中を掻き分け、ブン太が姿を表す。ブン太が我が身を犠牲に守ったのだろう。そこには先ほどと変わらず、頭の上に傷一つないナルトの姿。だが、ブン太は別だ。

 顔中のそこかしこに裂傷を作りながらも、ブン太は体を無理矢理に動かす。

 

「無事か!?」

「おお!」

 

 目が霞むのか焦点が定まらない様子のブン太を見て、嗜虐心が刺激されたのだろう。

 今度は先ほどのものとは規模が違う。守鶴は口先にチャクラを凝集させ、一点に圧力を加えていく。

 丸くなっていくチャクラの塊を見て、ブン太は呟く。

 

「ヤバいのォ……」

 

 ブン太の焦りの表情。それが守鶴の好物だった。

 怯え、戦慄き、命を散らす。それが弱者に許されたただ一つの礼儀だ。

 

 口の中に一度、チャクラの塊を納めて安定させ、そして、吐き出す。その破壊規模はこれまでの非ではない。

 もっとも、吐き出させることを相手が許せばの話ではあるが。

 

「!?」

 

 目の前を縦に通りすぎるオレンジ色。

 守鶴の防衛本能が警鐘を鳴らした。が、それは遅い。

 

「むぅん!」

 

 鼻先に上から下に通り抜ける衝撃。

 一瞬、見えたあの影はナルトと呼ばれた人間の姿に酷似していた。

 

 ──くそガキがァ……。

 

 殴り付けられた衝撃で放とうとしたチャクラが霧散した。再び放つには僅かな時間ではあるが、溜めが必要だ。

 その隙を見逃すブン太ではない。距離を詰めてくるブン太を迎撃しようと守鶴は体勢を整える。

 

「作戦失敗じゃが……ようやった、ナルト、ガマ吉!」

「!?」

 

 殴り付けた反動でブン太の近くまで跳んだナルトをブン太の右腕が優しく捕らえる。

 

 “作戦失敗”。嫌な予感がする。

 ブン太の頭に乗るナルトがボンッと白い煙に包まれた後、小さな蛙が姿を表した。

 変化の術だ。変化の術でナルトの姿に化けていたガマ吉が変化の術を解いたのだと守鶴は理解した。

 嫌な予感がする。

 

 守鶴ではなく、いつもの冷静な我愛羅であれば、ナルトとブン太、そして、ガマ吉が立てた作戦の正体にすぐに気がついたことだろう。

 その作戦。

 何らかの攻撃で彼ら三人の姿が隠れ、守鶴の目から見えなくなった時が作戦開始の合図となる。

 隠れた時に、まず、ガマ吉がナルトの姿に変化する。次いで、ブン太がナルトを上空に放り投げ、放物線を描きながら守鶴の額にナルトを着地させ、術で眠る我愛羅をナルトに小突かせて起こさせる。

 

 だが、守鶴がチャクラを口内に集めたことでナルトは我愛羅を攻撃するのではなく、守鶴の攻撃を妨害した。それは、ブン太とガマ吉を守るための行動。つまり、我愛羅はまだ起きない。作戦失敗だ。

 

 ここにいるのは砂隠れの忍の我愛羅ではない。

 ただ殺戮兵器として扱われ続けた守鶴であった。彼には作戦を見抜く戦術眼も、そして、作戦が失敗した後に彼らがどうするのかも予測し得ない。

 

 諦めない心。そのことが守鶴には理解できなかった。

 

「行けや! ナルトォ!」

「応ッ!」

「うらァ!」

「!?」

 

 だからこそ、ブン太がナルトを自身に向かって全力で投げるなど予想し得るハズがなかったのだ。

 

「我愛羅よ!」

 

 ごうごうと空を切って進むナルトは耳元を通りすぎる風に負けないように声を上げる。

 

「己は!」

 

 恐ろしい勢いで流れる景色に負けないように声を上げる。

 

「貴殿を救う!」

 

 傷つき、涙を流した()を助けるために声を上げた。

 

 守鶴が手を上げてナルトを止めようとしたのは、遅きに失した。

 オレンジ色の軌跡を靡かせながら、ナルトの体は我愛羅本体に肉薄していたのだ。迫るナルトを防ごうとした砂の盾が我愛羅を守るように自動的に動き、五重の砂の壁を作るものの、ナルトの体の勢いを完全には止めることはできない。

 

「ぬん!」

 

 ナルトの額と我愛羅の額がぶつかり合った。

 

 ──よっしゃ! 霊媒が寝入ってから、そう時間も経っとらん。今の状態なら、この一撃で十分……過ぎるな。死んじゃあねぇかの? 大丈夫か? 

 

 ブン太の心配ももっともである。ここで改めてナルトの身長と体重を確認しておこう。

 忍者学校の卒業時は身長196cm、体重115kg。更に修行を重ねた結果、体重は増え、118kgにまで至った。

 

 十二分な威力を発揮したナルトの体は我愛羅の目を覚ますことに成功し、そして、再び意識を失わせ、更に激しい痛みにより再覚醒させることに成功した。

 

 ──術が……破れる!? 

 

「チクショウがァアアア!」

 

 その言葉を最後に、守鶴の砂体が崩れていく。

 

「ガマ吉。帰るで」

「え? なんでじゃ、親父!?」

「ここから先はあいつらだけのもんじゃ。漢にはのォ……友の闘う姿をあえて見ねェ心意気っちゅーもんがあるんじゃ」

「よくわかんねェよ」

「お前にもいつか分かる時が来る。行くで」

 

 そう言って、ブン太とガマ吉は姿を消した。

 

 あとに残されたのはナルトと我愛羅の二人だけ。

 地に立つナルトと地面に横たわる我愛羅の二人だけだった。

 

 +++

 

 あの日よりも強い目をしたヒルゼン。

 

「かつての過ち。もう取り返せはできぬが、ここで貴様の野望を葬り去る!」

「できますかねぇ? 今のアナタに」

 

 あの日、木ノ葉を抜けた日。その日に、肩越しに見た三代目の顔は失望と後悔の色が混ざっていた色が浮かんでいた。

 

「もう……遅すぎるのですよ」

 

 それは今のヒルゼンとは違い、弱い目であった。

 戦いは進み、猿魔は蛇で拘束され、そして、ヒルゼンのチャクラは感じとるのが難しいほど少なくなっている。その上、何かあっても対応できる布石として、草薙の剣をヒルゼンの後方に投げ捨てている。

 

 ──私の勝利は揺るがない。

 

 大蛇丸は目を伏せた。

 

 もう遅い、もう遅すぎる。あの時、四代目火影に推薦していれば、いや、自分の力を認めてさえいれば、このような状況にはなっていなかった。ヒルゼンの優雅な隠居生活を保障していた。

 それなのに……。

 

「猿飛? 何を?」

 

 猿魔の声で大蛇丸は目を上げた。次いで、目を丸くする。

 

 ヒルゼンが一直線に向かって来ていた。

 

 ──体術勝負? 

 

 ヒルゼンは全盛期ほどのキレがある動きはできない。それにも関わらず、全盛期と変わらない動きができる大蛇丸に向かってくるなど愚の骨頂。

 有り得ない出来事で大蛇丸の反応が遅れる。

 

 目の前まで迫ったヒルゼンの手刀を何とかいなすことができた大蛇丸の指に、ヒルゼンの指が絡められる。それも一度や二度ではない。

 幾度も組まされた指。それに心当たりがあった。

 

 ──双蛇相殺の術? ……いや、違う。この私が見たことのない印? 一体、何を? 

 

 術者が他者と印を組む術。

 双方に効果を及ぼす術だと大蛇丸は気づいた。が、自分が開発した双蛇相殺の術の印ではない。好奇心が頭をもたげてしまったため、振り払うのが遅れてしまっていた。

 慌てて蹴りを繰り出すが、今回は先ほどとは違い、軽々と避けられた。

 

 元の位置まで戻ったヒルゼンは静かに口を開く。

 

「大蛇丸よ」

 

 もうヒルゼンに打つ手はないだろうと侮っていた。

 だが、違うと大蛇丸は唇を噛み締め、気を締め直す。

 

「木ノ葉の里はワシの住む家じゃ。火影とは、その家の大黒柱として家を守り、立ち続ける存在! それは木ノ葉の意思を受け継ぎ、託す者。簡単にはゆかぬぞ!」

「戯れ言を……。アナタは木ノ葉という組織の歴史の中の一時の頭に過ぎない! 残された顔岩とて、やがて、風化し朽ちていく!」

「ワシにとって……木ノ葉の忍びにとって、木ノ葉の里は、ただの組織などでは決してない!」

 

 三代目火影、猿飛ヒルゼンが思い起こすのは、顔だった。

 初代火影の、二代目火影の、ホムラの、コハルの。そして……。

 自来也の、綱手の、大蛇丸の。

 

「この木ノ葉の里には毎年、多くの忍が生まれ、育ち……」

 

 顔だった。多くの顔だった。

 

「生き、戦い、里を守るため、そして、大切なものを守るため死んでいく……」

 

 息子たちの、そして、孫の顔だった。

 

「そんな里の者たちは例え、血の繋がりがなくとも……」

 

 四代目火影の顔がまっすぐに自分を見つめていた。

 

「ワシにとって大切な……大切な……」

 

 そして、小さなナルトの。

 

「家族じゃ!」

 

 大きくなったナルトの顔が自分をまっすぐに自分を見つめていた。

 

「なればこそ! ワシはお前に勝ち! ナルトがこれ以上、筋肉を広めないように教育せねばならぬ!」

「ならば、その柱……アナタを叩き折り、木ノ葉の家を……え? ナルトくん? 筋肉? ……え?」

「筋肉隆々の人間が! 一人ではなく! 何人も! 里の中を闊歩している夢を見て! 飛び起きたことがお前に一度でもあるというのか! 大蛇丸! 今のお主には! この恐怖を! いくら言葉を尽くして語ろうが! 分からんじゃろう!」

 

 ──過去の私でも、未来の私でさえも、そんなこと分かる訳ないじゃない! 

 

 大蛇丸は言葉を飲み込んだ。飲み込むしかなかった。

 三代目火影から発せられる気迫が大蛇丸の行動全てを押さえつけていた。

 

「封印術 屍鬼封侭!」

 

 そして、行動を押さえつけられた故に、ヒルゼンの術の発動を防ぐことは叶わなかった。

 

「何よ、この術……?」

「お主が知らぬ術じゃ」

「だから、何だって言うのよ!」

「四代目火影が開発した封印術 屍鬼封尽。それをワシなりに改良した術じゃ」

 

 ヒルゼンの後ろに現れたのは白い死装束を纏った人型。

 長い髪はボサボサで手入れを一度もしたことがないよう。角が生え、長い舌を出すその顔は飢えた鬼のよう。

 そして、こちらの心臓を真っ直ぐに見据えるその黒い目は死神のようだった。

 いや、それは正しく死神。理を越えた不条理な存在だ。

 

 それはゆっくりと上空に浮かび、大蛇丸と、そして、ヒルゼンを睥睨する。上位者としての立ち振舞いであった。

 

 体が動かない。

 いや、正確には動く。だが、できるのは身動ぎ程度。この状態で戦闘をするなどもっての他だ。

 生物としての格が違う上位者の前では、人間は蛙に成り下がる。蛇に睨まれた蛙に成り下がってしまう。

 

 すっとヒルゼンが左手を上げる。

 

「!?」

 

 直感。

 何が起こるのかは知らない。だが、何も起こさせてはならない。

 大蛇丸の判断は早かった。切り札を早々に切る。

 

「死ねェ!」

 

 宙に浮いた草薙の剣がヒルゼンの背中めがけて飛ぶ。

 

「猿飛!」

 

 猿魔が叫ぶが、時すでに遅し。

 刃がヒルゼンの背中を刺し貫くまで、残り1cm。

 

「フン!」

「え!?」

 

 草薙の剣が弾き飛ばされた。

 

 ──これは……今のは……。

 

「大蛇丸よ。ワシの異名を忘れたか?」

「……教授(プロフェッサー)

「ワシはこの里に現存する全ての術を扱うことができる。無論、ナルトの技もじゃ」

 

 攻撃を受ける場所を予期し、その箇所からチャクラを放出することで攻撃を無効化する。

 カブトからの報告で、その技術をナルトが使えることは大蛇丸も知っていた。だが、痩身のヒルゼンが扱うことができるとは全く考えになかった。

 

 それが致命的な思い違い。

 筋肉はなくとも少量のチャクラさえあれば、ヒルゼンにとっては再現可能な技である。

 

「お前の野望はここまでじゃ」

「私の野望が終わる?」

 

 予測の範疇になかった。

 あの年で進化を続けるなど予想していなかった。

 

「私の野望は止まらぬ! アナタはここで殺す!」

「大蛇丸よ。貴様の野望に、これ以上、里は関わらせん」

「この老いぼれが! この状況を見てみなさい! この里には私の部下を含め、砂隠れの忍どもも攻め込んで来ている。アナタ方、木ノ葉の忍は女子供一人残らず、全滅ですよ」

 

 大蛇丸は額に汗を浮かべながら、声を荒げる。

 

「木ノ葉崩し、ここに成る!」

 

 大蛇丸は改めて宣言する。

 だが、その言葉には力がない。

 

「先ほども言ったじゃろう?」

 

 対して、ヒルゼンは静かに言葉を紡ぐ。

 

「木ノ葉の忍は強い!」

 

 ヒルゼンの言葉には力があった。

 

「木ノ葉の忍は皆、里を守るため……命懸けで戦う。この世の本当の力とは忍術の極めた先などにありはしない。かつてお前にも教えたハズじゃ」

「……」

「大切な者を守る時、真の忍の力は表れるのだと」

「御託はいい」

「フン……まあ、いい。今さらお前を許す気もない。術に溺れ、術に傲ったお前には、それに相応しい処罰を下す」

 

 ヒルゼンは左手に続いて、右手を上げた。

 

「お前の術を全て貰ってゆくぞ」

「な……何だと!?」

 

 ヒルゼンの後方に浮かぶ死神が両手に小刀を構える。

 

「やめろォ!」

 

 叫ぶ大蛇丸。

 

「封印!」

 

 その声に負けないようにヒルゼンが声を上げると、小刀を構えた死神がヒルゼンの両手に向かって小刀を振り下ろす。

 その死神の力は大蛇丸にも伝播した。

 

「クッ!」

「グッ!?」

 

 両腕からなくなる力。そして、肩から指先にかけて赤黒くなっていく両腕が痛みを発する。

 

 大蛇丸は信じられないものを見るかのように、腕からヒルゼンへと視線を向けた。

 

「これで両腕は使えぬ。両腕が使えぬ以上、印も結べぬ。お前に忍術はもはや無い。もっとも、ワシも同じじゃがのォ」

「アナタと私の腕が等価値なわけないじゃない! 私の腕はこの世の真理を明らかにするもの! アナタの腕とは価値が違う!」

「そうじゃな。皆を守るワシの腕の方が価値があるわけじゃ」

「この老いぼれがッ! よくも! よくも私の術を!」

 

 ヒルゼンは爽やかな笑みを浮かべた。

 

「木の葉舞うところに火は燃ゆる」

 

 それは昔と変わらないヒルゼンの笑顔。

 

「火の影は里を照らし、また木の葉は芽吹く」

 

 大蛇丸の記憶にある師としての笑顔だった。

 

「連綿と紡がれてきた火の意思は途絶えぬよ」

 

 現実に引き戻すかのように、両腕の痛みが激しくなる。

 

「グゥウウウ……」

「大蛇丸様!」

「……作戦はここまでよ。結界はもういい……帰るわ」

「ハッ!」

 

 結界を張り続けていた四人の音の忍に声をかけた大蛇丸だったが、彼はこの場所にいる二人の存在を忘れていた。

 

「三代目火影。どうする?」

「四人とはいえ、ボクたちと……結界の外の暗部の方が協力すれば確実に止めを刺せますが?」

「くっ!?」

 

 再不斬と白。

 初代火影と二代目火影との戦いでチャクラを多く使ったとはいえ、戦闘続行が可能である二人。再不斬は少しの傷があるとはいえ、その再不斬以上の才覚を持つ白に至っては傷一つない状態だ。

 ここでの追撃は、それこそ、全滅を意味する。

 

「……」

「そうか」

「なら、仕方ありませんね」

 

 だが、ヒルゼンは口を噤む。噤んでしまった。

 

「行くわよ!」

「ハッ!」

 

 その隙に、結界を解いた四人は大蛇丸を抱え上げ、その場を離脱した。

 結界が解かれた瞬間、三代目火影の元に一人、結界の外に残った暗部の隊長が馳せ参じる。そして、三代目火影の腕を見て、仮面の奥で顔をしかめた。

 

「三代目! 腕が!」

「気にするでない。それよりも先にお主にして貰いたいことがある」

「は……ハッ!」

「ワシの言う通りに印を組むのじゃ」

 

 三代目火影の指示通りに印を組み上げる暗部の隊長。だが、何も起こる様子はない。

 

「白よ」

「はい」

「初代様と二代目様の封印術を解いてくれぬか。もう大丈夫じゃ」

「わかりました」

 

 シャンと軽い音と共に氷が割れた。そして、氷から解かれた初代火影と二代目火影の体から紙が舞い、そして、紙の中から人が出てきた。

 屋根へと倒れ込む二つの体。そして、コロコロと体から別たれた頭部が屋根から地面へと落ちていく。再不斬がサイレントキリングで刀を振るった時の傷が生贄となった二人にフィードバックされた結果だろう。

 

 その様子を痛ましい顔をしながら三代目火影は見送ることしかできなかった。

 

「すまぬ……ミスミ、ヨロイ」

 

 項垂れた後、暗部の隊長に目を合わせ、三代目火影は再度、同じ言葉を口にする。

 

「……すまぬ」

 

 そう言って、倒れ込む火影の体を受け止める暗部の隊長は、一度、大蛇丸が去っていった方向を睨み付けた後、戦闘でボロボロになった試験会場を見遣る。

 

 そこには互いを守り合い、戦いを続ける木ノ葉の忍の姿。

 

「カカシ! 奴ら動いたぞ。追うか!?」

「いや、待て。ガイ!」

「そう……上の状況情報がない状態であまり好き勝手に動き回ると、敵の罠にハマりますよ」

「そんなことは百も承知だ。罠があろうと無かろうと、こんな時に敵を見逃すわけにはいかん。……それが木ノ葉の忍だ」

「面倒ですね」

「テメェ……」

「ザジ、迂闊に動くな」

「でも、ゲンマさん!」

 

 冷静を保っていても、内心、カブトは焦っていた。

 目の前の木ノ葉の忍──カカシ、ガイ、ザジ、ゲンマ──同様、カブトも三代目火影と大蛇丸の戦いの行方が分からない。

 だが、大蛇丸の逃げる姿を見て、木ノ葉崩しは失敗したのだと理解していた。三代目火影を殺害できていたとしても、大蛇丸が重傷を負ったことは明らかだ。

 だが、ここで冷静さを失うと追撃に晒されることは必至。だからこそ、カブトは余裕ある自分を演出してみせた。元々、スパイとして各国を渡り歩いてきたカブトだ。この程度の演技など造作もない。

 

「行きましょうか、バキさん」

 

 彼は最後まで役者であった。

 

「では……またいずれ」

 

 仰々しく頭を下げたカブト。

 最後に、奴らの悔しがる顔を見てやろうと顔を上げる。それがいけなかった。

 

「!?」

 

 目の前に二つの拳が迫っていた。

 

「ぐふゥ!」

 

 二つの拳が両頬に入り、後ろに転がるカブト。

 

「言ったろ、カブト。オレはお前をブン殴りたいって」

「ついでに言うと、オレも言った」

 

 ズレた眼鏡を直したカブトの視界に入るのは、取るに足らない相手と考えていたザジとゲンマの姿。

 殺意を噴出させるカブト。大蛇丸にカカシと同程度の実力と認められたカブトにとって、ザジとゲンマから攻撃を入れられるのは、到底、認められるものではなかった。

 

「カブト、引くぞ」

「……」

 

 バキの声でカブトは冷静さを取り戻す。

 そもそも、バキがザジとゲンマの攻撃を防げないハズがない。バキはカブトが攻撃されたとしても助けず、動かず、声も上げていない。

 つまり、周りは敵と日和見主義の臆病者だけ。そして、風影の真実を知れば、バキも自分たち“音”に牙を向くことは容易に想像できた。

 

 ならば、ここから早く立ち去り、大蛇丸を回復させなければならない。

 そうして、他里を大蛇丸の力で牽制する。そうしなければ、自身の研究も進まない。

 

 ザジとゲンマを殺す時間はない。もっとも、時間があったとしても、後ろに控えるのは自分と同等の力を持つカカシとガイ。

 退くのが得策である。

 

 怒りを収めたカブトはゆっくりと立ち上がる。

 

「ザジくん」

「なんだ?」

「いつか会う機会があったら……」

 

 カブトの目は大蛇丸をも彷彿とさせる殺意が込められていた。

 

「真っ先に君を殺すよ」

 

 それだけの言葉を残し、カブトはバキと共に瞬身の術で姿を消した。

 カブトとバキの撤退。それを見て、木ノ葉隠れの里に侵入していた砂と音の忍たちは一斉に逃げ出す。

 

「ふぅー。終わったね」

「まだまだオレは戦えるぞォ!」

「いや、いいから。それよりも火影様だ」

「確かに! 先に行くぞ、カカシ!」

「はーい」

 

 ガイを先に行かせたカカシはザジに目線を向ける。

 

「そう落ち込むな」

「けど……」

「カブトは強い。下手すれば、オレ以上だ」

「オレは……オレは何もできてなかった。ゲンマさんに助けられ、カカシさんとガイさんに来てもらって……それでもアイツを逃がした」

「……」

「オレはナルトたちに最高の試合解説を誓ったのに、試合を潰した奴らを一人も倒せなかった」

「いや、殴り倒したでしょ」

「え?」

 

 呆けたザジの頭をゲンマがグリグリと撫でる。

 

「最後にオレとお前でアイツをブン殴ったのを忘れたのかよ。カブト相手に殴ることができる中忍なんてお前以外、いやしねーよ」

「ゲンマさん……」

「それに、お前の解説が……情熱が試合をより良いものにした。胸を張って言えるお前の成果だよ」

「ゲンマさん……オレ……オレ……」

 

 涙を浮かべるザジに向かってカカシは頭を下げた。

 

「部下の……ナルトとサクラ、そして、サスケのために情熱を込めて解説をしてくれて、台無しにされたことに怒ってくれてありがとう」

「はい……はい!」

 

 袖で涙を拭い、ザジは上を向く。

 

「それじゃ、オレはアイツらを迎えに行かなくちゃならないから、三代目のことは頼む」

「ええ、任せてください」

「はい!」

 

 少し笑い、試験会場を後にしたカカシは気を引き締める。

 まだ終わっていない。

 

「面倒なことになってなければいいが……。いや、なってるだろうな」

 

 溜め息を大きく吐いて、カカシは諦めたように笑う。

 

「ナルトの奴、何かやってくれてるだろうな」


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