NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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再度

 ナルトの態度が、宣言が、その眼差しが、その全てが気に食わなかった。

 たかが羽虫。今の我愛羅にとって、ナルトはそれ以下の存在でしかない。

 

 大量の砂によって形作られた我愛羅の体は巨大。

 それも山と比べても遜色のない大きさだ。彼が身震いさせると、木々がざわめき、獣が逃げ惑い、地ですら揺れる。人に関しては言うべきことがあろうか。

 

 災厄と言っても過言ではない今の我愛羅に立ち向かうのは蛮勇が過ぎるというもの。

 だが、それでも、目の前の漢は闘志を燃やしている。

 

 ぐっと漢の膝が沈み込んだ。

 なぜか、有り得ないことだが、何度、有り得ないと思ったか分からないが、再び我愛羅の頭にその文言が浮かび上がる。

 同時に寒気がした。この漢はきっと何かをやってくる。そんな確信があった。

 

「魅せよう。木ノ葉隠れの里が育んだ、己の力を」

「!?」

 

 何度も何度も何度も破裂音がした。

 悪寒が走りながらも、自身が巨体であるという慢心故に、これと言った防御体勢を取らなかった我愛羅に何度も何度も何度も衝撃が迸る。

 腹と、足に向かって肌色の閃光が幾度も交錯する。いや、既に肌色ではない。その体から噴出している赤色のチャクラと混ざった、その軌跡の色はオレンジ。

 

「うずまきナルト……!」

 

 漢が自らの名を高らかに叫ぶ。

 彼のシンボルカラーをその空間に焼き付けながら、漢は何度も何度も何度も我愛羅の巨体に向かって突進を繰り返し、離脱し、そしてまた、突進を繰り返す。

 

 彼の脳裏にかつての光景が浮かんでいた。

 

「達人サライ。これより巨大な熊と出会った時はどうすればいい?」

「ハハハ、何を仰るナルトサーン。そんなのチョーベリーイージー、ネ。まずは腹パンを喰らわせてやりまショウ。そうすれーば、大抵のアニマルは怯みマース。怯んだ所に何度も膝蹴りを喰らわせればグッドラック! 頭が下がるので、鼻っ面に狙いを合わせてBANG! そうすれば、ここに転がってる熊サンよりも大きな熊サンも倒すことができマース」

「分かり申した!」

「ナルトサーン。いい子ですネー。それじゃあ、おっきな熊サンを連れTakeしてきますので、少々、お待ーちを」

「承知!」

 

 忍者学校(アカデミー)時代、山籠りをしている中で出会った達人の言葉を思い起こし、ナルトはその教えを実行する。

 今の我愛羅に対して、一度の攻撃では僅かばかりの効果しかないことをナルトは看破していた。だからこそ、彼は達人の教えを更に発展させ、波状攻撃とも言えるような連撃を我愛羅に魅せつける。

 

 堪らず、我愛羅の頭が下がってしまった。

 

「……2001連弾」

「!?」

 

 静かで低く、そして、重い声。

 そうして、鼻先から走る痛みに我愛羅は声にならない叫びを上げた。

 

 巨体が地面を転がる。木々が折れ、地面に凹みを作るが、痛みは一向に消えはしない。

 ズキンズキンと鼻が警鐘を鳴らす。痛みは治まったハズの頭までもが、先ほどよりも激しい痛みを訴えてきた。

 

「ぐぉおおおおお……!」

 

 吐き気が……吐き気がする。

 吐瀉物の臭いがツンと鼻の奥を刺す。

 こんなことは有り得てはならない。

 

「がァああああ!」

 

 傷ついた獣が上げる声がした。それが自分の声だと一拍、遅れて我愛羅は気がつく。

 自分が上げる声とは思えないほどの声。だが、叫ぶことで混乱に陥っていた精神が整った。

 

 巨体とは思えないほどの俊敏さで我愛羅はナルトから、小さな羽虫でしかなかった人間から距離を取る。

 

 ──潰す。

 

 感情の赴くままに我愛羅は右腕をナルトに向かって振り下ろす。

 此度は有り得ないことは起こらなかった。右腕の進行方向にいたナルトが走って避けたことを見て、我愛羅は冷静さを完全に取り戻す。

 

 敵は人間とは思えないほどの巨体。だが、所詮は人間。

 バケモノである自分には敵わない。あの拳も、もう届くことはない。

 

 先の失態を防ごうと我愛羅は尻尾を自身の砂体に巻き付ける。腹も、そして、足をも尾で隠し、防御体勢を整えた我愛羅に対し、先ほどの連続波状攻撃であるうずまきナルト2001連弾はもう届かない。

 

 それを見て、ナルトは指を噛み締める。

 打つ手がなくなったと諦める行為ではない。自身の拳を我愛羅に届けるための布石として指を噛んだのだ。

 

 亥 戌 酉 申 未

 

 この一月、新たに得た師より伝授された術。淀みなく印を組み上げるナルトの姿に迷いはない。

 

「口寄せの術!」

 

 白い煙が上がり、そして、晴れた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 静かな空間が広がる。

 我愛羅は一度、まばたきをした。

 

 ──蛙? 

 

 蛙だった。

 修行の最後でナルトが呼び出した蛙、蝦蟇ブン太。今の我愛羅の巨体と匹敵するほどの大きさの大蝦蟇だ。

 ブン太を呼び出そうとしていたナルトも押し黙る。これはそう、失敗だ。

 

 目の前に現れたのは小さな小さな蛙だった。ナルトの掌サイズの──ナルトの掌は余人よりも大きいとはいえ──小さな蛙だった。

 とてもではないが、この戦闘について来れるスケールではない。

 だが、その蛙は傲岸不遜。ふてぶてしくナルトに声を掛ける。

 

「用があるなら、おやつくれやぁ」

「おやつ……」

 

 有り得ない事態に動きが完全に止まっている我愛羅を尻目にナルトと小さな蛙は言葉を交わす。

 ポーチを漁るナルトの姿を我愛羅は見ることしかできなかった。

 

「なんじゃ、これ?」

棒状兵糧丸(プロテインバー)だ」

「んま! なかなかやるのォ、お前。少しビターな大人の味わいでオレにはピッタリじゃ」

「それは重畳」

 

 大きく口を開けて、棒状に固めたと思わしき兵糧丸をサクサクと咀嚼する蛙を見ることしかできなかった。

 

「では……」

「ガマ吉。オレの名前はガマ吉じゃ」

「己はうずまきナルト。よろしく頼む、ガマ吉。では、貴殿はここから離れてくれ」

「嫌じゃ」

「む!?」

「お前じゃろ? 親父が言いよった人間っちゅーのは」

「親父?」

「ブン太。知っとるじゃろ?」

「ブン太殿の息子であったか」

「親父から言われとるんじゃ。“ナルト”っちゅー人間に会ったら、その闘いをよお見ろってな。じゃから、見させて貰うわ」

 

 既知の名前が出て、納得がいった様子のナルトが頷く様子を見ていた我愛羅の頭に痛みが走る。

 もう、待てない。

 

 我愛羅の口元に砂が凝集される。そして形を変えていく。木の幹のようで、そして、先端が尖った殺傷に適する形に変わっていく。

 

「カッ!」

 

 固められた砂が猛烈な勢いで射出された。

 我愛羅の巨体からすれば爪楊枝。されども、その爪楊枝の行き先のナルトからすれば、西洋槍(ランス)にも匹敵するほどの大きさと鋭さをもつ砂の塊だ。

 それが猛烈な勢いをもってナルトとガマ吉に迫る。

 

 が、ナルトは引かない。媚びない。だが、ガマ吉を顧みる。

 大丈夫だ、と示すようにガマ吉の前に立ち、両手を組む。そして、肘を引く。

 

 迫る砂の槍をも顧みることなく、ナルトは大胸筋を押し出す。

 そして、パァンと銃声のような音が響き渡った。

 

「……」

「……」

「……」

 

 三者三様に黙り込む。

 いち早く口を開いたのは、やはりと言うべきか、我愛羅であった。

 

「なんでだァアアアあああああ……アアアアアッ!」

 

 今日一番の叫び声が木ノ葉隠れの里を揺らす。その声は遠くまで響き、木ノ葉隠れの里にまで届いた。それは聞くものに物悲しい感情をもたらすものだ。

 後に、中忍試験、第二の試験でナルトに巻物を献上したことがあった砂の忍はインタビューにて語った。

 

「我愛羅様の叫び声は、よく覚えていますよ。我愛羅様の悲しそうな大きな叫び声の正体にすぐにピンと来ました。オレたちと同じような目に会ったんだなって。何せ、オレたちは中忍試験に出ていて、その当時の木ノ葉に怪しまれずに置くことができる戦力、選りすぐりの下忍として、木ノ葉の里に侵入していましたから。優秀ですね? あっはっは、ありがとうございます。あの人たちの同期が凄すぎるだけで、オレたちも優秀なのには変わりない。そうですよね? ん? 続きは? 分かりました、続きを話しましょう。実はオレも我愛羅様たちと同じ時期に中忍試験に出てましてね。とは言っても、オレたちは第二の試験で負けたんですけど。あ、ここは笑う所ですよ、ねぇ笑って! え? 続きを早く話せって? 仕方ないなぁ。話を戻しますけど、オレたちの負けた原因は、死の森で焼き魚を餌にトラップを仕掛けていたこと。それに尽きます。そのトラップにかかったのが誰だと思います? そう、あのナルトさんです。いやー、オレと班員が一日がかりで作った丸太が上から落ちてくるトラップをナルトさんが防がれたのには、思わず涙が溢れそうでした。ま、オレも忍なので涙は流さなかったんですけど。え? ナルトさんがどうやって防いだのか聞きたい? しょうがないなぁ。ナルトさんがどうやって防いだか。今となっては有名で、あの場所に居た忍なら全員知っている技で防いだんですよ」

 

 砂の忍はキメ顔でこう言った。

 

「サイドチェストです」

 

「ふざッ……ふざけるな! なんで? なんで? なんで、なんで防げる!?」

「修練を怠らなかった故」

 

 ──そんな訳がないだろう。

 

「ぐうう……」

 

 頭痛が、頭痛が酷くなった。

 頭を抱える我愛羅を見て、ナルトは次にすべきことを決め、ガマ吉に手を伸ばす。

 

「ガマ吉よ。己の闘いを見ると言ったな?」

「おう!」

「死ぬかもしれぬぞ」

「親父が言っとったんじゃ。男ならば、逃げちゃならんってな。じゃからオレは逃げん。逃げずにお前を見ててやる」

「そうか。ならば……」

 

 ガマ吉を優しく掴んだナルトは自身の頭の上に彼を乗せる。

 

「……無様な所は見せられぬな」

 

 ──ナルト。

 

 もう一度、口寄せの術の印を組んでいくナルトの頭に声が響いた。それは、以前、自来也との修行、その最後で出会ったものの声だ。

 

 ──狐殿か。

 ──狐殿は止めろと……まぁ、いい。お前にワシのチャクラをやる。

 ──しかし……。

 ──フン。お前のチャクラでは小さな蛙を呼び出すことが精一杯だろうが。

 ──それは、そうだが……。

 ──それに、ワシの器ともあろう者が“あの狸”に負けるのは許さん。分かったら持っていけ。

 ──狐殿。感謝する。

 

「口寄せの術!」

 

 再度、発動した術は先ほどとは違い、周囲を白煙で覆い隠すほどの規模であった。

 その中から、低い声が響く。

 

「よォ、ナルト。ワシを呼び出さないかん事態か」

「然り。ガマ吉の前で己が道を魅せるため、貴殿の力を貸してくれ」

「おお。そりゃ、こっちから頼むのが筋じゃのォ。……ガマ吉!」

「なんじゃ?」

「よお見とれ。うずまきナルトと蝦蟇ブン太。人間と蝦蟇が共に闘うっちゅうもんを」

 

 まだ、頭痛がする。

 我愛羅は血走った目をナルトと、そして、大蝦蟇へと向けた。

 

「砂の守鶴か。相手にとって不足はねぇのォ」

「然り。これほどの難敵。(まみ)える機会は多くはないだろう。だからこそ……昂る」

「お前たちは……貴様らは! 殺してやる!」

 

 再度、闘いのゴングが鳴った。




過去と未来の回想シーンの表現を///で囲うことからフォント変更に変えています。
しっくり来なかったら、元の形式に戻すと思いますが、しばらくはこのままでいこうと考えています。

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