NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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霧隠れの鬼人現る!
血流改善


 火の国、木ノ葉の里は広大かつ肥沃な領土を持っている。里の創立者の一人は森から風に吹かれた木の葉を見て、里の名前を付けたという話もある。

 木ノ葉の里は文字通り、木の葉舞う里だ。

 

 里を囲むようにある森。木々が鬱蒼と茂る森の中を第七班、カカシを隊長としたナルト、サスケ、サクラの四人は足音を忍ばせて駆ける。

 

 目的は対象の捕獲。

 気配に敏感な対象に気取られることのないように慎重に近づく。

 

「目標との距離は?」

 

 カカシは装着しているヘッドセットのマイク部分に問いかける。

 

『5m。合図があれば、すぐに捕らえる』

『オレも同じだ』

『私も』

「よし!」

 

 部下たちの力強い声を聞いたカカシは指示を下す。

 

「やれ」

 

 静かな声色。

 そこには何の感情も感じることはできない。そして、彼の部下たちも作戦通り、感情を見せることなく動いた。

 まず動いたのは黄色、臍の辺りは服の丈があってないため肌色が見える人物だ。彼が動く音に反応した捕獲対象は後ろを振り返る。振り返ってしまった。

 

 捕獲対象の目に映るは筋骨隆々の人間。生物の本能が言っている。こいつには勝てない、と。捕獲対象は理解した。自分の命は目の前に立つ人間に握られて、いつでも握り潰せるほどの大きさでしかないちっぽけなものだと。

 遥か高みから見下ろす人間は動かない。動かず、ただ自分を見るだけ。それだけなのに、捕獲対象は身じろぎ一つできなかった。蛇の前の蛙も今の自分が持つ恐怖には及びはしないだろう。

 

 ──だが……捕まる訳にはいかない。

 

 捕まれば元居た場所に戻されるのは必定。あの女、奴の魔の手からせっかく逃げ出したというのに戻されるなんて最悪だ。

 例え、命を落とす憂き目に合おうが逃げなくてはならない。

 

 捕獲対象は目の前にいる巨大で強大な男を睨みつける。それは精一杯の反抗、そして、彼が生き残るための最適な手段だった。敵の一挙一動を見逃さず、敵が動くと同時に反応する。

 気が高まる捕獲対象と捕獲しようとする人間。どちらかが動けば、もう一方も即時、動くであろう。焦燥感が高まる。ヒリヒリと肌を焼くような感覚。すぐに逃げ出したい。だが、隙を見せたら一瞬で決着が決まる。それが分かっているからこそ、捕獲対象は全神経を自らの前に立つ人間に向ける。

 

 だが、そう捕獲対象が考えること、そのことこそが人間()()の狙いだった。

 

「捕まえた」

 

 自分の体が持ち上がる感覚と同時に女の声が後ろから聞こえた。

 後ろにいるのは人間。そこで、捕獲対象は気が付いた。前の大男に注意を向けさせて他の者が自分を捕まえる。それが人間どもの作戦だったのだ、と。

 

『右耳にリボン。目標のトラに間違いないか?』

「ターゲットに間違いない」

『よし、迷子ペット“トラ”捕獲任務、終了!』

 

 木の陰から出てきた黒髪の少年が装着しているヘッドセットで話している様子を見ながら、捕まえられた捕獲対象、トラは自分の運命を受け入れることしかできなかった。

 

 +++

 

「ニャー!」

「ああ、私のかわいいトラちゃん。死ぬほど心配したのよォ~!」

 

 ──逃げんのも無理ないわね、アレじゃ。

 

 迷子ペットの捕獲任務の依頼人、火の国大名の細君、マダム・しじみがふくよかな頬で捕らえられたトラに頬ずりする様子を見ながら、捕まえた本人であるサクラはトラに同情した。

 行き過ぎた愛は時に重石となる。今、マダム・しじみの腕の中で泣きじゃくっているトラを見れば分かるだろう。

 

 ──随分、器用な猫ね。

 

 人間のようにコロコロと表情を変えるトラを見てサクラは自分の顔から表情がなくなるのを感じていた。

 

「さて……」

 

 と、任務受付室に静かな声が響く。声の主はこの里で頂点に立つ忍、三代目火影だ。

 三代目が発した声の向かう先はトラでもマダム・しじみでもない。ナルトたち第七班だ。

 

「カカシ隊、第七班の次の任務は、と……そうじゃな」

 

 言葉に詰まる。三代目の言葉を止めた原因は昨夜にある。

 目を閉じた三代目は昨夜のことを思い返す。

 

 ///

 

「火影様、よろしいですか?」

「おお、カカシか。なんじゃ?」

 

 夜も深まり、そろそろ帰ろうかと支度をしていた三代目火影の耳にカカシの声が届いた。三代目が振り返ると先ほどまで誰もいなかった火影執務室に一つの影が立っていた。

 逆立つ白髪に、顔の大部分を隠した右目しか見えない忍。カカシだ。

 

 カカシは一度、頭を下げると佇まいを直して口を開く。

 

「一つ、お願いがありまして……」

「願い?」

「ええ。第七班の次の任務、Cランク任務を割り振って頂きたい」

「しかし、あの子らはまだ新米。Cランク任務は早すぎると思うが……」

 

 三代目は自らの顎を撫でる。

 

「……ふむ。お主のことだ。深い考えがあるのじゃろう。理由を話してみよ」

 

 彼はカカシを信用していた。二心なく里に尽くし、任務においては常に成果を上げてきた。遅刻癖は玉に瑕な所ではあるが。

 実の息子よりも上忍としてのカカシを信頼していた三代目はカカシの話を聞くことを決めたのだった。

 

「演習で彼らの非凡な才能を見たことが原因です。そして、それが間違いではないことをここ数日の任務で確かめました。彼らにはもっと経験を積ませてやりたい」

「……考えておこう」

 

 結論を先延ばしにした三代目。彼も思う所があった。忍になったばかりの彼らに忍としての心構えができているかどうか判断がつかない。だからこそ、第七班の任務報告が終わった後、しっかり彼らのことを見ておきたい。三代目の親心からの行動だ。里の者、全てを家族と考えている三代目は忍らしからぬ優しさを持ち合わせている。

 

 家族である下忍たちが忍者学校を卒業してどれだけ成長しているか?

 自分の目でしっかりと見ておきたかった。

 

 ///

 

 目を開いた三代目はナルト、サスケ、そして、サクラを順々に見ていく。彼は被っている傘を目深に被り直した。それは浮かんでしまう笑みを隠すための所作。

 彼は決めた。

 

「Cランクの任務をして貰おう」

「火影様!? こいつらはまだ新米のペーペーですよ!」

 

 三代目のセオリーから外れた宣言に隣に座っていたイルカが思わず立ち上がる。忍者学校の教師として受け持っていた生徒たちができる任務を選定するために呼ばれているイルカだ。彼ら全ての実力を判断しているイルカは、新米たちにCランク任務をさせるように上申した覚えはない。

 そして、新米たちにはCランク任務はまだまだ早いと考えていたイルカは三代目に考えを改めて貰うよう口調を強くして主張する。

 

「しかし、イルカよ。第七班は優秀だと聞いておる。違うか?」

「確かに優秀です。しかし、Cランク任務はまだ早い! もう少し経験を積んでからにしてください」

「イルカよ。お主の言うことも一理ある」

「では……」

 

 頭を振る三代目。

 

「しかし、ワシは信じておる。ここにおる……第七班を、の」

 

 火影として数多くの忍を見てきた三代目は確信した。目の前に立つ三人は粗削りではあるものの忍としての目をしていた。

 子どもだった彼らを教え導き高めたのはカカシの手腕。三人が忍の世界に足を踏み入れたことを三代目は認めたのだ。

 

 ──やっと、見つけられたようじゃな、カカシよ。

 

 今まで下忍を受け持つことがなかったカカシだ。他の上忍よりも彼の判断基準は厳しい。そんな彼の眼鏡に適う下忍たちがやっと現れたのだ。力を入れるのも納得と言えよう。

 三代目はカカシに向けていた優しい目を、今度は彼の受け持つ下忍たちへと向ける。

 

「ある人物の護衛任務だ」

「ある人物?」

「うむ。……入ってきて貰えますかな?」

 

 三代目の声が扉の外へと届く。ガラリと音を立てて部屋に入ってきたのはCランクの任務を依頼した依頼人だ。

 

「なんだァ? 超ガキばっか……超デカい!」

 

 扉から入ってきた人物は飲んでいた酒を思わず噴き出した。

 扉の外から聞いていた話では新米下忍が自らの護衛任務を引き受けるというではないか。それで、本当に自分の身を守る事ができるのか? 彼はできないと踏んでいた。なら、より経験がある忍に自分の護衛をして貰うためにゴネてみよう。

 

 そう考えた彼は実行に移すべく、ヤリ玉に上げやすそうな“下忍”に対して“ガキ”だと言おうとした。

 だが、そこにいたのは自らの体躯を優に超える大きさの一人の漢。口に含んでいた酒が飛び出るのも仕方のないことだろう。

 

「お前ェ、本当に忍者か? 全然忍べてないぞ。超目立っとる」

 

 そこまで、言って依頼人は考えを改めた。

 だが、これほどの立端があれば、護衛としては十分。敵に威圧感を与えることができるだろう。

 

「ワシは橋作りの超名人、タズナというもんじゃわい。ワシが国に帰って橋を完成させるまでの間、命を懸けて超護衛して貰う!」

 

 +++

 

 準備を整えた第七班は木ノ葉の門の前にタズナと名乗った依頼人と共に立っていた。

 “あ”と“ん”と書かれた巨大な門。里と外界を仕切る巨大な壁に空いた出入り口だ。

 

 里の外に出たナルトは早速キョロキョロと辺りを見渡す。ナルトの行為に納得したサクラは彼に続いて視線を動かしながらナルトへと話し掛ける。

 

「やるわね。門から出てすぐに警戒をするなんて」

「いや、里から出るのが初めてでな。珍しい景色に心を奪われた次第」

「『私も負けてられない』って気持ちを返しなさいよ!」

 

 叫ぶサクラの隣から一瞬、呆けたタズナがナルトへと声を掛けた。

 

「里から出たことがないって……。お前ェ、一体、歳はいくつだ?」

「12だ」

「ガキじゃねェか、見えねェけど! おい、先生! こんなガキで大丈夫なのかよォ!」

「ハハ……上忍の私がついてますので、そう心配はいりませんよ」

「タズナ殿。己も全力で以って貴殿を守る心構えだ」

「そうは言ってもよォ。どんだけ強いんだって話だ。そりゃ、大抵のチンピラはお前を見ただけで逃げていくだろうが……」

「己はいずれ火影に到る者。任されよ」

 

 “火影”。

 その言葉がタズナの琴線に触れた。

 

「火影かァ。火影っていやァ、里一番の超忍者だろ? お前ェみたいな体だけがデカい奴にはなれるとは思えんが……」

「夢を叶えるため……火影となるために、どのような努力もしていく所存! いつか貴殿にも己を認めさせてみせよう」

 

 タズナはナルトを冷たく見遣る。

 

「認めやしねーよ、“ガキ”。火影になれたとしてもな」

 

 ──夢だとかなんとかを見れるなんて気楽でいいな。

 

 タズナは続けようとした言葉を飲み込む。所詮、他国の者に語っても意味はないと感じての行為だった。

 拒絶したタズナ。だが、ナルトは嗤うのだった。

 

「それでこそ、挑む価値がある。どのような逆境に晒されたとしても、己はそれを打ち破り、貴殿に己を認めさせてみせよう」

「フン」

 

 解っていない。

 そうナルトに言っても無駄だと感じたタズナは言葉を飲み込み、代わりに鼻を鳴らしたのであった。

 

 +++

 

 タズナの国である波の国へと歩くこと数刻。突然、ナルトが立ち止まった。

 

「感じる……」

「ん? どうした、ナルト」

 

 ──気づくか。

 

 到底、下忍レベルではないレベルの感知能力。獣じみた勘により隠れ潜んでいる者たちの気配を感じたナルトの様子にカカシは目を細める。

 サスケも水たまりを見つけた時に自分と目を合わせた事といい優秀だとカカシは心の中で彼らに評価を下す。

 サクラは気づいていないとはいえ、サスケは既に総合力で言えば中忍レベル。ナルトは特定の条件下では上忍レベルの実力を持っている。決してサクラが優秀ではない訳ではなく、サスケと、そして、ナルトが異常に優秀なだけだ。

 

 カカシは体ごとナルトへと向いて、わざと隙を見せる。

 次の瞬間、カカシの目に黒い線が上から下へと通っていった。軽く金属音がしたと共にカカシの体が拘束された。手裏剣を繋げた形状の鎖。

 

「なに!?」

 

 驚いたように声を上げるカカシ。彼に巻き付いている鎖に繋がる小手を装着した二人の“忍”の内の一人がボソリと呟く。

 

「一匹目」

 

 声を合図とし、彼らは同時に腕を力の限りに引く。チャクラで上げた膂力は鎖で捕らえた獲物を引きちぎるほどの力だ。これまで、同様の策で数々の獲物を葬り去ってきた二人の忍は今回の仕事も楽に終わると確信していた。木ノ葉の上忍を殺した後にいるのは下忍が三人、そして、戦う力を持たないターゲットだけ。

 鬼兄弟と呼ばれる自分たちに敵はない。

 

 そう、まだカカシを殺すどころか傷一つ付けられていないのにも関わらず、カカシへと襲い掛かった忍たちは自分らの勝利を確信していたのである。

 

 ──おかしい。

 

 鬼兄弟の二人は同時に気が付いた。

 鎖を引いても引いても……引けない。

 

「!?」

 

 同時に後ろを振り返る鬼兄弟は信じられないものを、そこに見た。

 

「う、嘘だろ……」

 

 呟くは鬼兄弟の一人、業頭だ。

 彼の目に映る光景は鎖を素手で掴む大男の姿。木ノ葉の上忍を縛るように巻き付いた鎖の両端を持っている、ただそれだけだ。

 業頭は右腕に着けている小手から伸びる鎖を渾身の力で引く。それと同時に彼の兄弟である冥頭も左手の小手から伸びる鎖を引く。

 

 だが動かない。

 

 鎖が千切れそうなほどに引っ張るが、カカシに巻き付いた鎖は全く動く様子もなく……それどころか鬼兄弟たちが徐々に引っ張られている。

 

「綱引きしてるんじゃねーんだぞォ!」

「動けェエエエ! クソがァ!」

 

 足が地面を削る。鬼兄弟は恐怖を覚える。

 このまま引き摺られていけば、やがて、あの巨体の男の攻撃範囲に入ってしまう。そうなれば……。

 

 自らの想像に汗を掻きながら鬼兄弟たちは考える。殺されないためには……ここにいる男と自分たちの上司に殺されないためにはどうするのが最善かと。

 彼らはその答えに同時に辿り着いた。

 

 ──ターゲットを殺す。

 

 手の小手のロックを外した彼らは倒れかかりつつも、すぐに体勢を立て直す。鎖を外し、不意を突いた鬼兄弟は真っ直ぐにターゲットであるタズナへと足を進めた。

 

「やっとか」

 

 タズナへと向かう鬼兄弟を見るサスケは何の感慨も浮かばせない顔付きで言葉を発する。

 

「嘗めるな、このガキがッ!」

 

 サスケの物言いに頭に血が上った業頭は右腕を振り上げる。

 

 ──殺してやるッ!

 

 漲る殺気。だが、それは一瞬で冷やされることとなる。

 サスケの影で桜色が踊り、桜色から黒色が放たれた。それは真っ直ぐに業頭の顔を狙ってくる。

 

「クッ!」

 

 手裏剣だ。

 そのことを理解する前に業頭は顔を逸らし、自分へと向かう手裏剣を回避した。だが、もう一つの危機からは完全に意識を逸らしてしまったのだ。

 

「カハッ!」

 

 腹に奔る強い痛み。あまりの痛みに業頭は意識が飛ぶ。意識が飛ぶ一瞬前に見えたのは黒髪の少年、サスケが蹴りを自分の腹に入れている光景だった。

 

 手裏剣を投げた後、サクラはクナイを構える。彼女の正面にいるのは冥頭だ。

 冥頭は隣にいた業頭が後ろへと蹴り飛ばされたことを横目で見て、怒りを覚える。

 

 ──だが、怒りは捨て置け。

 

 自らを律し、目的を達するために冥頭は冷徹に徹する。

 それが霧隠れの里の流儀。例え、里を抜けていたとしても生まれ育った里で教え込まれたことは早々、体から抜けることはない。仲間を犠牲にしても目的を達成することこそが至上。

 冥頭は爪の付いた左腕を立ち塞がる邪魔な桜色へと振りかぶる。

 

 ミシッという音が体内で響いた。

 同時に吹き飛ぶ体。地面を転がる冥頭は何が起きたのか分からない混乱の中に陥る。

 転がる体が止まり、痛みに顔を顰めながら冥頭は吹き飛ばされた方向を見遣る。

 そこに居たのは業頭とは別の足を振り切っていたサスケの姿。業頭を蹴り飛ばした後、一瞬で足を入れ替えて、自分を蹴り飛ばしたのか。

 

 ──何という判断力と決断力。下忍とは思えぬ。

 

 と、頭上から影が落ちていることを感じた冥頭は振り返る。いつの間に移動したのだろうか?

 そこに居るのは大男、ナルトだった。

 

「ヒッ!」

 

 彼の姿を目に収め、恐怖に駆られた冥頭は自らの最高の武器である左の小手を突き出した。

 

 まだだ。まだ戦え……。

 

 バキンという有り得ない音がした。

 突き出した小手はナルトの右の拳にあっさりと打ち砕かれていた。共に戦場を駆けてきた相棒である小手。固い鋼で出来た小手。それが拳の一打で砕かれたのだ。

 

 ……戦えない。

 

 呆ける冥頭はゆっくりと頭を上げる。太陽は筋肉に遮られ見えない。影に生き、影に死ぬ忍らしい最期だなと冥頭は自嘲した。

 顔にナルトの拳がめり込む感覚を最後に冥頭は意識を手放したのだった。

 

「己もまだまだだな」

 

 小手の爪で拳を少し切ったナルトは小さな声でしみじみと言う。その声が届く者はいなかった。

 

 +++

 

「三人とも、よくやった」

「よくやったって……カカシ先生が戦った方がよかったじゃないですか! 怖かったんですよ!」

「オレにも考えがあったんだよ。……タズナさん」

 

 底冷えするような冷たい声。それは殺気を少し混ぜた声色だ。

 

「な……何じゃ?」

 

 カカシの殺気に晒されたタズナの声は震えていた。無理もない。荒事とは遠い所にいる一般人であるタズナには殺気に対する抵抗力は全くと言ってもいいほどなかった。

 戦争を生き抜き、その後も暗部として血煙の中に生きてきたカカシの殺気、ほんの少しとはいえ、それを受けて心を強く保てるほどタズナは強くなかったのだ。

 

「ちょっとお話があります」

 

 カカシの言葉に頷く以外の選択肢がないタズナ。頷いたタズナを見たカカシはタズナから縛り上げた襲撃者たちに目線を落とす。

 

「こいつらは霧隠れの中忍ってとこか……。こいつらは、いかなる犠牲を払っても戦い続けることで知られる忍だ」

「なぜ……我々の動きを見切れた?」

「数日、雨も降っていない今日みたいな晴れの日に水たまりなんてないでしょ?」

 

 カカシは業頭の疑問に簡潔に答える。

 

「あんた、それ知ってて何でガキにやらせた?」

「一つはこいつらに忍同士の戦いの経験を与えるためです。他の忍との戦いの経験は財産になります。後……」

 

 話に入ったタズナへとカカシは自分の考えを口にする。

 

「……私には知る必要があったのですよ。この敵のターゲットが誰であるのかを」

「どういうことだ?」

「私は里の内外に有名な忍です。私を暗殺しようとする者も少なくない。それなら、こいつらは私だけを狙う可能性が高い。連続攻撃で反撃の隙を私に与えないように。ですが、こいつらは私に攻撃をするより、アナタへと殺す勢いで向かっていった。こいつらの狙いはアナタだ、タズナさん」

 

 縛り上げた二人からタズナに目線を移したカカシは嘘や言い逃れは許さない雰囲気を出す。

 

「我々はアナタが忍に狙われているなんて話は聞いていない。依頼内容はギャングや盗賊など、ただの武装集団からの護衛だったハズ。しかし、忍が相手。これだとBランク以上の任務。依頼は橋を作るまでの支援護衛という名目だったハズです」

 

 ゴクリと喉を鳴らすタズナを見て、カカシは更に情報を引き出すべく言葉を続ける。

 

「敵が忍者であるならば、迷わず高額なBランク任務に設定されていたハズ……。何か訳ありみたいですが、依頼で嘘を吐かれると困ります。これだと、我々の任務外ってことになりますね」

「この任務、まだ私たちには早いわ。やめましょ! ナルトも鎖を掴んだ時や相手の反撃で傷を付けられてるし。里に帰って医者に見せないと」

「いや、己は大丈夫だ」

「ナルト! 無茶よ!」

「己のことよりも、タズナ殿に尋ねたい。なぜ、嘘を吐いていたのか、を。教えて頂けないか、タズナ殿」

 

 ややあって、タズナは重い口を開いた。

 

「あんたらの言う通り……。おそらく、この仕事(ヤマ)はあんたらの任務外じゃろう。実はワシは超恐ろしい男に命を狙われている」

「超恐ろしい男? 誰です?」

「あんたらも名前ぐらい聞いたことがあるじゃろう。海運会社の大富豪、ガトーという男だ!」

「えっ? ガトーって、あのガトーカンパニーの? 世界有数の大金持ちと言われる!?」

 

 カカシの雰囲気が変わる。あまりにも大きな名前が出て尋問の空気は崩れ去った。それほどにガトーという男は影響力が大きな人物だ。

 

「そう、表向きは海運会社として活動しとるが、裏ではギャングや忍を使い、麻薬や禁制品の密売。果ては企業や国の乗っ取りといった……あくどい商売を生業としている男じゃ」

 

 悔しそうに唇を噛み締めながらタズナは続けて口を開く。

 

「1年ほど前じゃ。そんな奴が波の国に目をつけたのは。財力と暴力を盾に入り込んできた奴はあっという間に、島の全ての海上交通・運搬を牛耳ってしまったのじゃ! 島国国家の要である交通を独占し、今や富の全てを独占するガトー。そんなガトーが唯一、恐れているのが、かねてから建設中の……あの橋の完成なのじゃ!」

「なるほど……で! 橋を作ってるオジサンが邪魔になったって訳ね」

「じゃあ、あの忍者たちはガトーの手の者……」

「委細承知した。ガトーという輩を改心させればいいのだな?」

「そんなことできる訳がないじゃない! 殺されるわよ!」

「脳筋め」

 

 受け持つ下忍たちから視線を外したカカシは視線をタズナへと戻す。

 

「しかし、分かりませんね。相手は忍すら使う危険な相手。なぜ、それを隠して依頼されたのですか?」

「波の国は超貧しい国で、大名すら金を持ってない。もちろんワシらにも、そんな金はない。高額なBランク以上の依頼をするような、な」

 

 と、横からナルトがタズナへと話し掛けた。

 

「一つ、貴殿に聞きたいことがある」

「ん、なんじゃ?」

「貴殿が橋を完成させた後、貴殿はそこで得た富を懐に入れるか否か、だ」

「ワシが橋を完成させた後に通行費を取るか、ということじゃな。そのようなことをしてみろ。波の国に来る人はあまり増えん。そうなると、せっかく作った波の国の希望が希望でなくなってしまう」

 

 タズナは空を見上げた。故郷である波の国、今の波の国ではなく、彼が過ごしてきた昔の波の国を思い返しているのだろう。

 

「ワシはあくまで、波の国に元気になって貰いたいんじゃ。そこに住む人たちが昔のように笑って過ごせるように」

「貴殿の想い、しかと受け取った。義による願い。ならば……」

 

 ナルトは右手に力を籠める。血流が筋肉により圧迫され、血液の流れが変わる。

 

「……己がこの拳で……」

 

 流れを変えられた血液は唯一の出口に向かって殺到する。

 血は、毒に侵されたナルトの血は傷口より勢いよく噴き出した。

 

「……タズナ殿、貴殿を守ろう。任務続行だ」

 

 血に濡れた拳をタズナに向けたナルトは犬歯を見せて笑った。

 


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