NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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サスケと我愛羅

 頭が割れるようだ。

 どこか他人事のように感じる痛みに我愛羅は顔を歪ませる。

 

 ミシリミシリと悲鳴を上げる頭を無視して視線をさ迷わせるが、無駄なことだった。

 すでに視界は白く染まり、自分を抱き抱えている人物の顔すらも見ることはできない。五里霧中とはこのことかと我愛羅はどこか遠くに感じる自分の感覚に嘆息する。

 

「我愛羅!」

 

 吐いた息に気がついたのか自分を抱き抱えている人物が声を上げた。

 それが、それが気に食わなかった。

 

「邪魔だァ!」

「ぐっ!?」

 

 力はさほど入れていないハズだった。しかしながら、自分を支えていた人物は軽々と吹き飛ばされていた。

 白い視界の中、地面に転がる人物を忌々し気に見遣る。地面に転がった時に、小石にでも引っ掻けたのだろう。白い玉のような肌に一筋、赤い線が入っていた。傷つき、痛みに引きつっている頬が目に入る。

 

 恐怖の表情だ。

 それに対して、心の奥底で、閉じ込められた心の中で、謝意を表明するが、表層には出ることはない。

 

 今の我愛羅の表層、その表情に出るのは嘲笑。

 他人の弱さを嘲笑い、強い者を狩ることを至上の悦びとする獣のごとき相貌だ。

 

「やっと……」

 

 だが、獣であるならば、狩人が目をつけるのは必定。

 

「追い付いたぞ」

 

 赤い眼を光らせた狩人(サスケ)が現れた。

 首をグリンと傾けた我愛羅は、歯を見せて嗤う。それと同時に背負う砂の瓢箪が形を変えていく。まるで我愛羅の体を侵食するように蠢く砂。

 

「はあぁあああ……」

 

 ゴキゴキと首が鳴る。その音は何かが何かから解き放たれたかのような音。

 次いで、砂の侵食が止まる。それは、まさしく我愛羅の新しい体だ。

 

 ──バケモノ。

 

 そう言っても相違ないほどに、今の我愛羅は人間からかけ離れていた。

 右腕は砂で作られた巨大な腕となり、その腕の先についている爪は大型の肉食獣のそれを思わせるほどに鋭く、強靭だ。

 人間の範疇を越えている。人間というカテゴリからはみ出ている。

 

 思わず、サスケの喉が鳴る。

 

「うちはァ……サスケェ……」

 

 サスケの名を呼び掛ける我愛羅の声にハッとしたサスケは眼に力を入れる。

 敵の前で呆けていられる時間などあってはならない。気合いを入れ直して敵を見つめるサスケではあったが、先ほどまでの“追い付いた”という感覚はない。

 追い付いたのではない。追い付かせたのでもない。それは無視しても構わないこと、ただ取るに足らないことだと我愛羅が考えていることにサスケは気がついた。

 

 本選で我愛羅が見せた砂の卵。その中から覗く、あの瞳。

 

 我愛羅が隠し玉を持っているのは明らかだ。そして、サスケが追うプレッシャーなど全く意に介していないことをサスケは理解した。

 

 だが、引くことはできない。

 ここで我愛羅たちを逃せば、いや、我愛羅一人だけでも、ここから逃せば、必ず里に牙を立てる結果となるだろう。

 そう、引くことなどできはしない。

 

「我愛羅」

「何だ? 怖くなったのか? このオレの姿を見て、怖くなったのか?」

「ラップに必要なものは何だと思うか、オレはお前に問いかけた」

 

『は?』と一瞬、我愛羅は呆けてしまうが、すぐに我愛羅は顔を歪ませる。

 今、右腕を変化させたバケモノである我愛羅に問うべき質問ではない。中忍試験会場で問われた糞のような質問だ。

 それには答えたハズだ。質問には答えないと答えたハズだ。

 そして、今の答えも同じ。

 

「黙れェ!」

 

 サスケを押し潰すべく、右手を振り切る。地面に大きな引っ掻き傷を作りながらサスケに向かう衝撃波だったが、サスケは事も無げに、それを避けた。

 

 頭痛が……頭痛がする。

 

「ラップに大切なもの……」

 

 サスケの言葉に頭の痛みが自然、酷くなる。

 

「それは(ソウル)だ」

 

 だから何だと言うんだ? だから! 何だと! 言うんだ! 

 

 そう叫ぼうとする我愛羅よりもサスケの次の動きの方が早かった。シームレスに動くサスケの唇。

 すうっとサスケは大きく息を吸い込んだ。

 

「かますぜTalk! 響くは遠く! 稀代の名刀、期待を迎合!」

 

 息を吐く。

 

「虚実を投影、如実に反映。それがどうした? Go My Way!」

 

 意気を吐く。

 

「雑な態度は? That's Right! 奴のTideは? Stop The Time!」

 

 粋を履く。

 

「王は追う者、我、大物!」

 

 域を掃く。

 

「鳴らせAlarm! なるかTroll! 最後の戦い、これにて終幕!」

 

 閾を白。

 

「Future、Natureこの手で掴む! 勝敗決まりだ、Show Time、Stopping!」

 

 魂から言葉を紡ぎ、勝負をかける。

 その勢いのまま、瞬時に印を組み上げる。

 サスケの左手に青白い雷光が灯る。

 

 そして、チチチチと千の鳥が歌う。

 

 息を吐き出しながら、意気を言葉にし、粋を纏い、限界域を掃き捨て、閾値をリセットするかのように白く塗り潰す。

 そして、生き生きと……。

 

「行くぞ」

 

 地面が弾けた。

 

「!?」

 

 目にも止まらぬ速さで動くサスケに我愛羅の反応は遅れた。さらに、現在は背負っていた砂を右腕に纏っているためにオートで防御できる砂の盾は発動できない。

 迫る雷光を我愛羅は見ることしかできなかった。

 

 死? 

 

「風遁 烈風掌!」

「グッ!」

 

 目の前にまで迫っていたサスケが左へと吹き飛ばされた。

 我愛羅は動かず、視線のみを右に遣る。

 

 そこには全ての力を使い切り、気を失い、ぐったりと木の幹に背中を預けた姉の姿。

 自分を守るために、最後の力を振り絞った(テマリ)の姿だった。

 

 ──傷つけたのに。

 

「グウッ!?」

 

 ズグンと先ほどよりも重く頭痛が襲う。

 閉じた目に映るのは、過去の光景。自らが傷つくことを知りながら、砂のトゲの前に身を晒した叔父の姿。そして、写真入れの中で優しく微笑む母の姿。足止めのために死地と知りながら一人残った先ほどの兄の姿。

 

 誰かを守る、いや、自分(我愛羅)を守る人の姿だ。

 

 脆弱でチャクラも自身とは比べ物にならないほどに矮小な人間たちがバケモノである自分を守る。

 

 何故? 

 

 なんで? なんで、みんな、ボクを……。

 

 ……弱いから? 

 

 ボクが弱いから、みんな、ボクを……ボクを……オレを……? 

 

 オレを守る? 

 

 オレは何だ? 我愛羅だ。

 オレは弱い? 強い。

 なら、オレの存在理由は? 

 

 殺すことだ。

 

 目の前のうざったらしい黒髪の糞ガキを惨たらしく殺し、オレの存在を高らかに知らしめる。

 それがオレの生きる意味、アイツがいう“(ソウル)”だ。

 殺し尽くすことこそオレの存在理由。血溜まりの中、月に吼えるバケモノこそがオレだ。オレだ、オレだ、オレだ……。

 

 ……オレ(我愛羅)だ! 

 

 視線を向ける。右腕を向ける。殺意を向ける。

 

 ──殺す! 

 

 砂で作られた我愛羅の右腕が伸び、サスケに迫る。バケモノ独特の常軌を逸した攻撃。

 腕が何mも延伸することなど予測不可能。

 そして、その腕が迫る速さは予測して、回避行動を一手早く行わなければ下忍には到底、避けることなど不可能。

 つまり、我愛羅の伸ばした腕を避けることはできない。

 

 そう、ただの下忍ならば。

 しかしながら、我愛羅の前にいるのはただの下忍などではない。

 

 サスケの瞳孔が細かく上下左右に揺れる。

 

 速さを誇る我愛羅の腕ではあった。が、サスケは下忍の範疇を優に越えるほどの忍。

 そして、“うちは”の血を継ぐ者。

 

 サスケの眼ははっきりと我愛羅の腕の動きを捉えていた。

 写輪眼は飛来する手裏剣の軌道すら見切ることができるほどに隔絶した動体視力を開眼者に与える。

 だが、それだけ。写輪眼の能力はあくまで視覚補助のみだ。

 

 一月前ならば、天才一族の末裔であるサスケと言えども、我愛羅の攻撃からは逃れることはできなかった。だが、今のサスケは一月前とは比べ物にならないほどに強い。

 

 一月前と違い、新術である千鳥を会得した。それは正しい。

 一月前と違い、ラップにより相手を制した。それも正しい。

 

 しかしながら、それは強くなった一因に過ぎない。サスケがこの一ヶ月、修行に打ち込んだのは“足”だ。つまりは筋肉だ。下腿三頭筋や腸腰筋などだ。

 掌から放電させるという術のため、千鳥は非常に目立つ。相手に気づかれるのが早ければ、迎撃をするための準備をさせてしまう。そうならないために、速攻を極めることが重要だ。

 

 そのために、木ノ葉の里の周りを走った。

 そのために、ダンベルを担ぎスクワットをした。

 

 サスケの修行についていたカカシが怪訝な顔をしていたが、しばらくしてからは納得したのか何も言わなくなった。

 それが功を奏した。

 

 体の速さとキレは一月前とは比べ物にならないほどに仕上がっている。

 今のサスケならば、眼で我愛羅の動きを捉え、そして、その動きに追い付くことも可能である。

 

 避け、砂の手に飛び乗り、一息に距離を詰め、顔面に蹴りを叩き込む。

 

 そうサスケが考え、行動に起こそうとした瞬間。

 

「サスケくん!」

 

 後ろから声がしたと同時に体が飛ばされる。

 地面を転がりながら、声がした方向を見つめる。

 回る視界の中、サスケの眼は一人の人物の顔を捉えた。

 

 ──サクラ? 

 

 見えたのは一瞬。

 安堵したサクラの顔が見えたのは一瞬だけだった。

 

 ゴウッと空間を押し退けるかのような音がし、サクラの体は見えなくなった。

 

「クッ!」

 

 地面に転がった体を無理矢理起こし、心と体の体勢が整わぬままサスケはサクラを探す。

 ドクンドクンと心臓が嫌な音を奏でている。

 

「サクラ……」

 

 目の前を横切る砂の腕。その先をサスケの視線が辿る。

 

「!!」

 

 口が少し開いた。目が大きく開かれた。その状態でサスケの表情が固まる。

 砂の腕、その先の掌に囚われ、大木の幹に押し付けられたサクラの体がそこにはあった。

 

 ズルリと掌のみをサクラを拘束したまま分離させた後、手首から後ろを引き戻しながら我愛羅は口を開く。

 

「ク……ククククク……」

 

 遠くから聞こえた我愛羅の嘲笑にサスケの表情は怒りに変わる。口を閉じ、目を鋭くする。

 それに対し、頭痛で顔を歪めながら、悦を感じて顔を歪めながら、我愛羅はサスケに話しかけた。

 

「無様だなァ……うちはサスケ」

「何が、何が可笑しい?」

「あの女が出しゃばらなければ、お前はオレにカウンターをしようと考えていた。それができないお前じゃない。だが、あの女がお前の足を引っ張った」

「黙れ」

「黙れ? お前はさっき言ってなかったか? ”黙れと言われて黙る奴は稀”だったか? そう言ってはいなかったか?」

「……黙れ」

「お前は弱い。その女を躾ていないからだ。お前は弱い。その女が何か助けになれると思わせたからだ」

「…………黙れ」

「弱い奴はただ邪魔だ。それを遠ざけていないお前が悪い」

「……」

「お前は弱く、そして、悪い。お前は何も守れない」

「黙れ!!」

 

 森の中に雷鳴が轟いた。

 

 ///

 

「お前が千鳥を打てるのは日に二発まで。よーく覚えとけ」

「……二発以上、打とうとしたらどうなる?」

「体中のチャクラを使いきって動けなくなる。最悪……死だ」

「……」

「それに、お前の場合は呪印がある。暴走した場合、お前が傷つけたくないものまで傷つけるハメになるぞ」

 

///

 

 修行中のカカシの言葉を無視するつもりはない。

 だが、この心が、この力が、この血が、目の前の敵を殺せと大合唱している。

 

 今のサスケの左手から鳴る鳥の歌声は囀りなどではなく、敵を見つけた鳥が威嚇のために出す甲高い警戒音となっている。

 そして、澄みきっていた青色の雷光は濁り、紫色に変じた。

 更に、サスケの体にも変化は生じる。首筋の呪印が赤熱し、サスケのまだ幼い体に拡がっていく。いや、蝕んでいく。

 

 体中の筋肉が燃えているかのように熱い。熱に浮かされたかのように頭に靄がかかる。だが、クリアだ。

 透明な世界にいるかのように心の中の殺意だけはクリアだった。

 

 ──愚かなる弟よ。

 

 あの日、本当に失ったものは? 

 

 ──このオレを殺したくば、恨め! 憎め! 

 

 忘れることなどできはしない。

 

 ──そして、醜く生き延びるがいい。

 

 何も見えない暗闇。

 

 ──逃げて……

 

 血の臭いが蔓延していた通り慣れた道。

 

 ──逃げて……

 

 それでも……。

 

 ──……生にしがみつくがいい。

 

 それでも、続きはあった。

 

 アンタを殺すための続きが! 

 

「オオオオオオ!!」

「ハァアアアア!!」

 

 叫ぶサスケは地面を蹴り、空に飛び出した。

 応じて、我愛羅も中空に身を踊らせる。

 

 目の前にいる我愛羅とあの日の仇敵の姿が重なって見える。

 あの日は大切な一族(みんな)が奪われた。そして、今日は大切な仲間()が奪われようとしている。

 

 負けられるか。負けてたまるか! 

 

 サスケのチャクラが精神に呼応して更に増大していく。もう戻れないほどに増えたチャクラを全て左腕に回し、大きく左腕を引く。

 

「ラァ!」

「ガァ!」

 

 交錯は一瞬。

 最大輪にまで高めた雷の刃は至極あっさりと砂の腕を切り裂いた。

 

 背中合わせに地に降り立つ二人。その距離は5mほどであろうか? 

 ズルリと砂の腕が滑り、地面に落ちた音がサスケの耳にしっかりと届いた。

 

「ハ……」

 

 だが。

 

「ハハハハハハハ!」

 

 だが、我愛羅は笑う。砂でできた自身の最大の武器が無力化されたにも関わらず、我愛羅は笑っていた。大きな声で笑っていた。

 

「愉しいなァ! 愉しいなァ、うちはサスケェ!」

 

 振り返りながらサスケに問いかける我愛羅。そして、サスケもまた、我愛羅と同じ表情をしていた。

 

「もっと! もっとだ! うちはサスケ!」

 

 我愛羅のチャクラが膨れ上がった。

 同時に、我愛羅の体から砂が噴出し、その体、全てを覆っていく。

 

「ふぅううう……」

 

 右腕だけではない。左腕、いや、頭までを砂が覆い、此度は我愛羅を更にバケモノに変じていく。

 

「狸が……」

 

 毒づくサスケに嗤いかける我愛羅の姿はまさに砂でできた人型の狸であった。尻尾が振られ、地面を凹ませる。

 力をまだ隠していた我愛羅に迫るためにサスケもまた更なる力を求める。再び呪印が励起し、サスケのチャクラが増幅していく。

 

 それを見て、我愛羅はまた嗤う。

 

 今までの奴らはこの姿を見た時に全員、一つの例外もなく絶望の表情を浮かべてきた。

 だが、お前はこれでも絶望していない。ならば、絶望させてやろう。

 

 トンッと地面を蹴り、我愛羅はサスケから見て左方向に跳ねた。

 

 ──何を? ……クソッ! 

 

 サスケは我愛羅の狙いを正確に把握した。追撃するためには時間が足りない。我愛羅に攻撃を加えるためには、もう遅い。期を逸してしまっていた。そして、我愛羅はサスケが攻撃を避けないことを理解している。

 

 呪印で増幅させたチャクラを両腕に、そして、足に込め、我愛羅の狙いから守るために駆ける。

 

「風遁 無限砂塵大突破!」

 

 砂が混ざった大嵐が我愛羅から吐き出された。その向かう先は先ほど我愛羅が砂の腕を伸ばした場所。

 砂の手に掴まれ、気を失っているサクラの所だ。

 

 ──間に合った! 

 

 両手を前に突き出し、雷の性質変化を行ったチャクラを全力で放出する。

 

「ハッ!」

 

 サスケの両手から繰り出された紫の忌まわしき千鳥は我愛羅の砂混じりの突風を防ぐことに成功したかに見えた。

 

「クッ!?」

 

 だが、終わらない。たかが一秒程度を防いだだけでは我愛羅の術は止まらない。

 

「あァアアアアッ!」

 

 限界を越えている。

 呪印は既に体中に拡がりきり、体内の身体エネルギーを全て奪ってチャクラに変換し続けている。これ以上、搾れるものはない。

 だが、後ろには守るべき者(サクラ)がいる。敵わないと、自分の力ではサスケを我愛羅の攻撃の軌道から弾くことしかできないと。それでも尚、自分の身を危険に晒そうが実行した優しい者が自分の背には居る。

 

 ──負けられない。

 

 呪印が引いていく。

 搾るための身体エネルギーがなくなったのか、それとも、サスケの意思から負の感情が塗り潰されたせいなのかは神のみぞ知る。

 サスケの掌の雷光は今まで以上に澄んだ青色になろうとも、我愛羅の無限砂塵大突破を防ぎ続けていた。

 今までとは違う澄んだ青色の千鳥。それは単に精神エネルギーの割合を多く練り込んだチャクラのせいだ。不安定極まりないチャクラ。本来ならば、千鳥という高等忍術を使うに値しないチャクラだ。

 

 だが、天は自ら助くる者を助く。

 その方向が仲間を傷つける者から守るという正の方向に向かう場合、天は彼を助けるものだ。

 

「オオオオオオ!」

 

 サスケの意思の力で発動させ続けている千鳥。

 チャクラを注ぎ続けているせいか、真っ直ぐに伸ばしていた腕が不随意に痙攣する。足も立っているのがやっとだ。

 サスケの目の前が赤く染まっていく。既に耳は聞こえてはいない。

 

 されども、守り続けている。

 

 その姿はまさに雷を司る守護神。帝釈天のごとき姿だ。

 彼の両隣にあった木々は砂に削られ、風に煽られ、粉々になって、遥か彼方へと飛んでいく。

 駆け引きなどない、力と力の心を削る攻防。

 

 無限にも続くと思われた時間だが、それは唐突に終わりを告げた。

 

 ふっと目の前から圧力がなくなり、サスケは膝を着く。息が必要だ。だが、息すらできない。

 痛みを無視し、顔を上げ、写輪眼ではない元の黒真珠のような目を凝らす。

 奥。いつの間に来たのだろうか? そこには気を失ったテマリを抱え、悔しそうに唇を噛むカンクロウの姿があった。

 

 ──シノ……。

 

 カンクロウと言えども、シノの追跡を振り切ることはできないとサスケは考えていた。つまり、答えはこうだろう。

 シノは負けた。忍の戦いでは敗者イコール死の方程式が成り立つことがほとんどだ。

 

 今にも落ちそうな意識を繋ぎ、サスケは顔を上げ続ける。ヒュー……ヒュー……という不健康な者が立てる呼吸音が自分の呼吸音だということに気がついた。聴覚が戻ったことが分かったのが自分の死にそうな呼吸の音だとは、サスケは自嘲する。

 

「……頼みがある」

 

 その場に佇み、動かない敵対者。我愛羅に向かってサスケは、それまで上げていた頭を下げた。

 

「何だ?」

「……オレは、オレはどうなってもいい。殺されても……この(写輪眼)を奪われてもいい。だから……」

 

 それは全面降伏。それは復讐を、一族の復興を諦めるという宣言。

 それはサスケの全てを手放すという宣誓だ。

 

「だから、サクラは見逃してくれ」

「ダメだ」

「!」

 

 お前の全てではないだろう? 

 言外に我愛羅はそう語った。お前の全ては仲間を差し出すことで完成する。仲間が生きている限り、それはお前の全てではない。だから、殺す。お前の全てを壊し、殺し尽くし、そして、お前に絶望を与えてやる。

 そう我愛羅が言葉にせず語っていることをサスケは理解した。

 

「うちはサスケ。お前はオレがこれまでの(会った者)の中で最も強く、最も意地汚く、そして、最もオレをイラつかせた。……そうだ、その表情だ。その表情のまま死んでいけ」

 

 我愛羅は再び大きく息を吸い込んだ。

 

「消えろ。風遁 無限砂塵大突破!」

 

 サスケ、そして、サクラに向かって猛烈な勢いで迫る砂塵。

 既に全てを使い切った。もう、何もできない。ただ見ているだけしかできない。

 ともすれば砂の壁に見える砂嵐の中に、多くの髑髏を幻視してしまう。骸骨たちの手が手招きをしている。

 

 これからお前もオレたち私たちの一部になるのだ。我を愛することしか知らない修羅の人生の真っ赤な彩りとなるのだと訴えかけてきている。

 

 迫り、避けることもできず、防ぐことも不可能。

 

 我愛羅が繰り出した術は人の業の範疇を越えている。自然災害の域に達している。アフリカではハブーブと言われ、恐れられている自然災害だ。それは、目や呼吸器系に影響を与える。人が何の対策もなしに屋外に出れば、その力をその身を以て知ることになるだろう。

 

 いや、過小評価だ。

 我愛羅のそれは自然災害の域すら越えている。現実の自然災害ならば、大木をへし折り、その木の幹を削ることは難しい。それを可能にしてしまい、嬉々として獲物に向ける我愛羅は悪神とも呼べる。自然災害であるハブーブを防ぐことのできるゴーグルやガスマスクも剥ぎ取り、粉々にし、そして、着用者の体すらも削り取る悪神の息吹。それがサスケとサクラに再度迫る、死の息だ。

 

 ……不可能? 諸人ならば、そう断じるだろう。

 

 だが、此処に向かうは、悪神に立ち向かうは、諸人ではない肌色の閃光と化した一人の漢。

 

「オォオオオオッンッ!!!」

 

 砂で作られた髑髏の壁が割れた。

 壁ならば壊れるが道理。そう言わんばかりに無理を通した漢の姿に流石の我愛羅も目を丸くする。

 

「踏み込むはアクセル。此処より遠くへ届け伝えるは、我が忍活劇大絵巻!」

 

 有り得ない。

 自身の術が破られたことに、ではない。

 

「共鳴求め、流すは涙。貴殿が嘆き求むるは、ただただ普遍に在るべきもの」

 

 有り得ない。

 遠くの距離から最高のタイミングで追い付いたことに、ではない。

 

「愛に飢え、憎しみを貯め、哭く貴殿に伝えるは、ただただ不変で在るべきもの」

 

 有り得ない。

 拳で砂嵐が破られたことに、ではない。

 

「心血を注ぎ、取り戻す。この世界は! この日々は!」

 

 有り得ない。

 中忍試験本選での闘いの後にも関わらず動けることに、ではない。

 

「この世を偽ること。それに慣れた貴殿に伝えよう。世界は壊れてなどいない! 世界は捨て去ることはできぬ!」

 

 有り得ない。

 上半身が裸のままで自分の前に躍り出たことに、ではない。

 

「貴殿を白に照らす名は」

 

 有り得ない。

 あの時、リーを殺そうとした際に右手を掴まれたことが。

 そんなことは有り得ない。

 

「うずまきナルト。只今、参上!」

 

 有り得ない。

 

 ──貴殿は必ず己が救う。待っていろ。

 

 そんなことは有り得てはならない。

 




サスケのラップの最後の“Stopping”なのですが、これはFPSのスラングで操作キャラの動きを一瞬、止めるテクニックになります。これをすることで相手に弾を当てることが少し簡単になります。
これが意味することは“お前に狙いを定めた”と考えてください。



ちなみに、NARUTOさん、実に一年と9ヶ月ぶりの出演……。

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