NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

56 / 79
シノVSカンクロウ

 双方、理解していた。

 

「フッ!」

「ラァ!」

 

 彼我の実力差は拮抗している。

 両者とも攻撃範囲(レンジ)は中から遠距離。

 更に、二人とも搦め手を得意とする珍しい術を使う。

 

「秘術 蟲玉!」

「黒秘技 鰐輪似埴輪苦!」

 

 シノが繰り出した小指の爪よりも小さな蟲。それが大群となってカンクロウを襲う。

 蝗害ならば意思を持たない。(イナゴ)の大群と言えども、食欲に突き動かされるだけの雑兵と言えよう。

 しかしながら、シノが繰り出した蟲──奇壊蟲──は主人であるシノの命に忠実な精鋭だ。自らの命を落とすことが明らかである命令にも従う死兵である。蟲の群体であり、そして、蟲の軍隊は敵を食い千切らんと大顎を鳴らす。

 

 カンクロウが繰り出した傀儡。仕込まれた手裏剣が四方八方からシノを襲う。

 ただ発射されただけではない。(つつ)に火薬と共に詰められた金属片ならば、身を翻して攻撃が当たらない場所へと逃げれば事足りる。

 しかしながら、カンクロウが繰り出した傀儡──(カラス)──は主人であるカンクロウの意思により複雑怪奇な動きを見せる。手裏剣一枚一枚に違う回転を与え、別々の軌道より敵に襲いかからせることすら可能とする。

 

「クッ……!」

「チッ!」

 

 瞬身の術により攻撃を避けたシノとカンクロウ。

 同時に、二人の脳内に同じ人物の顔が過る。

 

 中忍試験本選前の出来事だ。

 激励のため、選手控え室に一度、顔を出したザジから渡された本選のパンフレット。

 試験の戦闘解説を分かり易くするために気を利かせて、夜なべして作成したと彼は語った。

 

 火の国と風の国は同盟国であっても、他国に自国の忍の情報を開示することは、ほぼない。

 万が一、有事となった場合、敵の情報を知っているのと知らないのとでは作戦立案、作戦遂行に大きな差を生む。

 相手の忍の情報が分かっていれば、それに対して有効な術を持つ忍を宛がうことも不可能ではなくなる。

 そうであるからして、忍は自らの情報を可能な限り隠して、相手の情報を得ることに躍起となるものだ。

 

 忍が情報を明かす意味を理解していないザジの行動ではあったが、今のシノとカンクロウにとっては相手の情報を確認できる唯一といってもいいほどの情報源。

 

 ──傀儡使い。

 ──蟲使い。

 

 両者が出した結論は同じだ。

 

 ──何をしてくるか……。

 ──……わからねーじゃん。

 

 体術ならば型。忍術ならば攻撃範囲。幻術ならば成立条件。

 

 体術は流派があり、その違いによる動きの流れの違い。

 忍術は攻撃範囲が射程内の単体か射程内の全体かという違い。

 幻術は視覚や聴覚などの五感のいずれかを利用するのかという違い。

 

 それぞれに差異があり、拳の突き出し方、それだけで次の動きを予測できるほどの洞察力がシノとカンクロウにはある。

 しかしながら、今、相対している強敵にはそれが当てはまらない。

 

 そもそも、トリッキーな忍の代名詞は傀儡使いと言われるほどに、傀儡使いは何をいつ、どのように仕掛けてくるか分からない。クナイ、手裏剣、起爆札、千本、刀、手鎌、ワイヤーなどなど仕込みは枚挙に暇がないほどだ。

 

 蟲使いもどの蟲がどのような攻撃をしてくるか、形や大きさで判断しようとも自然界では到底見つけることができないような特異な蟲を扱う油女一族では図鑑などから得ることができる知識は役に立たない。

 

 つまり、戦いの中で情報を集め、そして、相手に有効な手を導き出さなければならない。

 非常に難易度の高い戦闘だ。

 

「ふぅー……」

 

 カンクロウは大きく息を吐き出す。

 

 (シノ)は強い。おそらく、これまでの任務で戦ってきたゴロツキや忍たちとは比べ物にならない。その上、任務の多くは我愛羅のスタンドプレー。彼一人がいれば、それで終わるような戦闘ばかり。

 カンクロウに任せられた戦闘は我愛羅のおこぼれを貰うようなものだけだった。戦意をなくした相手を拘束するための戦闘が多かった。

 

「お前、強いじゃん」

 

 だからこそ、この戦いにかける熱は強い。

 今までなかった一対一、しかも、自分と同等の相手。実力も、そして、心も対等だ。

 

「追跡術だけじゃねーじゃん」

「オレの追跡術はオレのみの力ではない。この蟲たちの力だ」

「この蟲たち?」

「奇壊蟲。この蟲はメスが出す微量のフェロモンを同種のオスが追跡することができる。サスケを追って、ここまで来ることができた理由はそれだ」

 

 シノは腰を少し落とし、チャクラを全身に回す。

 

「だがこの蟲の力はそれだけではない。敵に取り付き、相手のチャクラを吸い尽くす。そうしてしまえば、強力な傀儡を操る(すべ)はない」

「なら、お前の蟲たちに(たか)られる前にオレの傀儡に仕込んだ武器でお前を倒してやるよ」

「無駄だ。オレはお前に倒される前に、オレがお前を倒す。つまり……」

 

 シノの足が地面を蹴る。

 

「オレが勝つ」

 

 シノが勝利を告げた瞬間、カンクロウも動いた。

 (傀儡)が彼を守るようにシノに向かう。

 

「!?」

 

 ガシャリと音が鳴り、烏の木で作られた指から刃が飛び出た。銀光の軌跡がシノを襲うが、シノが地面を転がることで、その攻撃は空を切るに留まった。

 

「おらぁ!」

 

 が、それで済ますようなカンクロウではない。

 地面に伏せたシノを追撃するために烏の両手を交互に操る。一度、二度、三度。烏の指の形に地面に穴が穿たれる。

 地面を信じられないほどの速さで転がるシノにカンクロウの攻撃は掠りもしない。

 

「らぁ!」

「!?」

 

 手の攻撃がダメなら? 足の攻撃だ。

 そうシノは考えていた。何度も避けた傀儡の手による攻撃。当たらないことに業を煮やしたカンクロウが傀儡の足を使った攻撃をしてくるだろうとシノは予想していた。

 しかしながら、傀儡使いはその思考を凌駕する。傀儡使いが使うのは、ただの人形ではない。その体の至るところに武器を仕込んだ戦闘兵器だ。

 その動きは人体を参考元にしてはならない。

 

 手の攻撃がダメなら? 

 カンクロウが出した答えは、手を分離させること。

 

 傀儡の手が軽く開かれ、その五指がシノにエイムを合わせた。

 

「ぐっ!」

 

 至近距離から襲いかかる五本の指。いや、指の形に見える小型ナイフだ。鋭く磨かれたナイフはシノの体に刺さる。

 

 ──今じゃん! 

 

 動きが止まったシノに止めを差すべく、カンクロウは烏を動かそうとする。

 だが、動きが止まったのはシノだけではなかった。

 

 ──こいつ、烏の間接に蟲を……! 

 

 追撃するための烏が動かない。烏の体に目をやり、原因を特定したカンクロウはすぐに自分の指から烏へと繋がるチャクラ糸を切り離す。

 カンクロウの操作がなくなり、地面へと倒れ込む傀儡の後ろでシノが立ち上がり、カンクロウに向かって駆ける。

 ポロリとシノの体からナイフが落ちるが、シノの服には血の染みは一つも着いていないことに気がついたカンクロウは唇を歪ませる。

 

 おそらく、服の下に潜ませた蟲たちが鎖帷子のような役割を果たしたのだろう。蟲たちの固い外骨格に阻まれ、シノの体にまではナイフの刃は達することはなかった。

 その上、指に準えて作ったナイフの刃渡りは短い上、射出スピードも遅い。蟲がいない場合も致命傷になることはない。

 

 この攻撃はそう、牽制だ。

 

「!?」

 

 今日、何度目の驚愕だろうか。

 シノは後ろから聞こえた危険な音に振り向く。そして、先ほど、カンクロウが唇を歪ませた本当の理由に思い至った。

 ナイフが刺さらなかったことに対して、自分の思い通りにならなかった憤りの感情から唇を歪ませたのではない。

 烏が動かないと思わせたことに対して、自分の思い通りになった愉悦の感情から唇を歪ませたのだ、と。

 

「おらよぉ!」

 

 傀儡使いがチャクラ糸の切り離した場合、傀儡の動きは止まる。しかしながら、傀儡使いの中でも、一流の忍は切り離したチャクラ糸を操作し、切り離した傀儡に再度、着けることで再び動かすことができる。

 傀儡が動かなくなったことで、チャクラ糸が外れ、再操作は不可能と見誤ったシノ。この好機を逃すカンクロウではない。

 

 後ろから迫る傀儡の音。普通の者ならば、恐怖で身を縮めてしまうような状況だ。だが、シノは違う。後ろから迫り来る恐怖に打ち克つ勇気を持つ者。

 

「チッ!」

 

 カンクロウは一度、舌打ちをした後、バックステップでシノから距離を取る。

 後ろから傀儡が追ってくるのならば、追い付かれる前に術者を叩けばいい。その上、飛び道具は直線上に術者がいるため、当然、使用は控える。

 合理的にシノはそう判断した。

 及び腰になっているカンクロウに向かって、更に足を大きく踏み出す。拳を強く握る。

 

「フンッ!」

 

 ──浅い、か。だが……。

 

 シノが繰り出した攻撃はカンクロウの鼻先を掠ったのみ。軽傷ともいえない掠り傷がついただけだった。

 シノは再び、足に力を込め、今度は上に飛び上がった。それとほぼ同時に追い付いた烏が両腕を閉じる。

 それまでシノが居た場所を通り過ぎた烏の抱擁。その腕にはノコギリのようなギザギザとした刃が着いていた。

 

 ──あれに捕まれば、ただでは済まない……クッ!? 

 

 悠長に考えている暇は一瞬たりとてない。

 上に、つまり、シノの方向に顔を向けた烏は大きく口を開けていた。その奥は銀色がいくつも反射している。

 

「蟲壁の術!」

 

 自然、シノの声が大きくなった。

 咄嗟に出した蟲壁の術。文字通り、数多の蟲が術者の前に壁として立ち塞がり、その強固な外骨格で敵の攻撃を阻むというもの。

 烏の口から吐き出されたいくつもの鉄製の細い千本。いや、もはや針と言っても過言ではない。

 地面に降り立ったシノはクナイをカンクロウに向かって投擲し、自らが後ろへと下がる時間を確保する。

 

 ──毒も、か。

 

 シノの洞察力はナルトたち同期の中でも上位。その洞察力が一足飛びに答えを弾き出した。そもそも、これまでのカンクロウの攻撃は全てが手裏剣以上の無視できない外傷を負わせることが目的の攻撃。

 その攻撃の中、唯一、牽制にしか使うことできないほど殺傷能力が低い針のように細い千本を使った理由。口内という限られた空間に仕込むことができるというメリットを差し引いても、目など当たり所がよほど良い場所に当たらない限り効果が薄いというデメリットは無視できない。

 それにも関わらず、カンクロウという一流の傀儡師が千本を仕込んだ意味。それが毒だ。毒を千本に塗れば、無視できるほどの浅い傷でも徐々に体を蝕む。ほんの少しの傷でも無視することはできない。そのプレッシャーはシノの精神を削る要因となるだろう。

 

 だが、冷静沈着を端的に示したような性格のシノである。

 焦りはない。むしろ、強敵に(まみ)えたことでモチベーションは上がる。

 

 対して、カンクロウは焦っていた。

 仕込みの数は多いとはいえ、限りがある。その全てを避けられたとすると、後はじり貧だ。傀儡の直接攻撃で相手を仕留めるしかなくなる。仮に、シノを仕留められたとしても、後に控えるのはサスケだ。

 チャクラ糸をいとも容易く引きちぎられた衝撃は筆舌に尽くしがたい。そして、サスケが追う姉と弟。姉は中忍試験でチャクラを多く使った後。弟は頭痛に苛まれている最中。

 どちらも調子が良いとはいえない。

 

 なるべくなら、早く決着をつけたい。だが、それを許してくれるほど甘い相手ではない。いや、気を少しでも抜けば、一敗地に塗れるのは自分の方だとカンクロウは理解していた。

 

「行くぞ、コラァ!」

 

 ならば、やるべきことは迅速に敵を排除するために賭けに出ること。

 カンクロウは前に出た。比喩ではない。蟲が蠢く(シノ)の前に傀儡ではなく、自分が飛び出したのだ。距離は約30mほど。数秒もあれば、肉薄できる距離。シノの目がカンクロウの拳が強く握られていることを捉えた。

 すでに仕込みは使い切り、チャクラも使い切り、一か八かの賭けにカンクロウは出たのだろうとシノは考え、これ以上、闘いを続けられないことに対して心の中でため息を吐いた。

 

 ──だが、オレはどんなチンケな虫でも手は抜かない。

 

 シノの両腕から蟲を大量に放出。そして、その蟲たちは巨大で、かつ、長い手を形作る。

 瞬きの間に蟲の手はカンクロウの体を掴んだ。

 

「ウッ!?」

「これで終わりだ」

 

 シノは冷静に言葉を告げ、カンクロウを掴んだ蟲の手を空に向かって掲げる。そのまま、体を後ろに向かって反らすシノ。シノの体の動きに付随して、蟲の手が弧を描く。

 

 地上10mから地面へと頭から叩きつけられれば、どのような強者でも死は確実。カンクロウも例外ではない。冷静に、そして、冷酷に自らの技を決めにいくシノの胆力は下忍の範疇には収まらない。

 カンクロウは唇をきつく噛み締める。それを隠すように額当てから布を引き出し、顔を覆う。

 襲いかかるG(重力)、そして、軽々と天高く持ち上げられた驚愕、赤子をあやす時のような格好をさせられた屈辱。

 そして、眼前に迫る死への恐怖。

 

 カンクロウの頭に声が響く。

 

 ///

 

「カンクロウ。少し残れ」

「ハッ!」

 

 テマリ、そして、我愛羅と班を組み、少し経った頃。担当上忍のバキと共にAランク任務を達成した後のことだ。

 風影の執務室で自分だけ残るように風影から命じられたことがあった。

 

 焦げたような赤い短髪に何もかもを見透かすような大きな目。

 四代目風影、羅砂。テマリ、カンクロウ、そして、我愛羅の実の父だ。とはいえ、里長としての印象の方が強い。いわゆる、普通の家庭の父親としての姿をカンクロウは一度たりとて見たことがなかった。

 だからこそ、次の四代目風影の言葉にカンクロウは驚きを隠すことができなかった。

 

「オレとお前以外には誰もいない。楽にしろ」

「え? いいんですか?」

「ああ」

 

 一度、目を閉じた風影は首を回す。ゴキリゴキリと骨の鳴る音が四度響く。影としての激務がそれだけで理解できる音だ。

 ややあって、息を吐き出した風影はカンクロウに問う。

 

「我愛羅はどうだ?」

「どうって……」

「使えるか?」

「使える使えないで言えば、間違いなく使える。我愛羅の力でなんとかなった任務が多いし、今回のAランク任務は我愛羅がいなきゃどうにも……」

「違う。制御できるかどうかを聞いている」

「それは……」

「お前たち……姉と兄ならば、あるいはと思い、同班にしたが無駄か」

 

 目を閉じ、再び息を吐き出した風影は傍にある紙を手に取る。

 

「カンクロウ。中忍試験が終わった後、班は解消する。それまで我慢してくれ」

 

 風影の手の中にある紙の正体に気がついたカンクロウの口からは思わず、言葉が漏れ出ていた。

 

「親父」

「ん?」

 

 手を止めた風影は手元の書類からカンクロウに目線を向ける。

 

「オレは我愛羅の兄貴だ。あいつが一人前になるまで、どれだけ時間がかかっても我慢してやるよ。それが……」

 

 カンクロウは笑う。

 

「……兄貴って奴じゃん」

「カンクロウ、済まない。いや……」

 

 羅砂は椅子から立ち上がり、カンクロウの前まで歩く。そうして、カンクロウの肩に手を置いた。

 

「……我愛羅を頼む」

 

 ///

 

 走馬灯を振り切り、カンクロウはカッと目を見開く。

 

 中忍試験予選、シノと音隠れのザクとの闘いを見るに、シノが得意なレンジとは裏腹に、好むのは近距離、肉弾戦だとカンクロウは見抜いていた。

 ならば、こちらから肉弾戦を仕掛けたら、応じる可能性がある。だが、傀儡使いに対して直接、手を触れる愚かな行為をしない冷静さもシノはあるとカンクロウは考えていた。

 傀儡使いに直接触れれば、チャクラ糸をつけられ、体を操作される可能性もあると推測できる洞察力がシノには備わっているとカンクロウは考えたのだ。

 

 では、カンクロウが肉弾戦を仕掛けようとした場合、シノはどう出るか。

 カンクロウはこう考えた。

 

 “蟲を使ってカンクロウを掴み、プロレス技を仕掛ける”と。

 

 エベレストを越えた、言うなれば、高天原ジャーマンスープレックス。

 

 今、カンクロウが掛けられている技がそれだ。

 身長の高いプロレスラーが高い位置から決めるジャーマンスープレックスをエベレストジャーマンスープレックスと区別することがある。その迫力は通常のジャーマンスープレックスを越える超弩迫力。それを越え、蟲で作った腕で更に高い位置から地面に頭から叩きつけられる高天原ジャーマンスープレックス。

 

 技に掛けられている状態で詰みとも言えるような状況であるが、ここまでは全てカンクロウの想定内。

 

 ──賭けに勝った! 

 

「おらァ!」

「なッ!?」

 

 動かないと思っていた、もう出し尽くしたと考えていた傀儡の胸からシノに向かって紫色の球が射出された。

 それは空中で崩壊していき、煙を立てる。

 

 ──毒煙玉!? 

 

 避けることはできない。

 だが、カンクロウも同じだと考えたシノは技を決めるため、更に腰を反らす。

 しかし、カンクロウを地面に叩きつける腕のスピードがガクンと落ちた。

 

 シノはサングラスの奥で目を見開く。

 

「防いだぜ」

 

 左右の木々に絡まる太いチャクラ糸。

 傀儡の仕込みも、チャクラも使い切ってなどいなかった。相討ち狙いで技を決めきることもできない。

 バラリと蟲の腕が解かれると同時にシノとカンクロウの視界が紫で埋まった。

 

 毒煙玉から放出された煙の中、カンクロウは勝利を確信する。カンクロウの額当てから引き出された口まで覆う布には除毒剤が含まれている。よって、カンクロウに毒煙は効かない。

 だが、シノは違う。体術を使っている最中に放出された毒煙だ。咄嗟に息を止めようにも止めることなどできはしない。

 少しでも吸えば、体の動きを奪うことができる毒だ。体が動かなくなった後はどうとでもできるとカンクロウは考えていた。

 

「!?」

 

 が、それは間違い。圧倒的な間違い。

 紫の毒煙の中、一つの人影が迷いなくカンクロウに向かって駆けてきていた。終わったと油断し、全身を弛緩させていたカンクロウに向かって拳を振り上げる人影。

 が、突如、足を踏み外したかのように体勢を崩してしまう。

 

 しかしながら、人影は諦めない。拳をカンクロウに繰り出す。

 

「うぐッ!」

 

 そして、諦めることを知らない人影の拳はカンクロウの頬へと入った。

 ドサリと体が地面に倒れ込む音が二つ、紫の煙の中に響く。

 

「痛ッう」

 

 徐々に薄くなっていく紫の煙の中、先に発されたのはカンクロウの声。ゆっくりと身を起こし、口布がずれていないことを確認する。体の状態もなんともない。煙の中で襲ってきた人影、シノが隣に倒れていることも同時に確認した。問題はないハズだ。

 

 晴れ行く煙の中、カンクロウは辺りを見渡す。

 シノの動きは不可解だ。なぜ躓いたのか? 毒が回るのが早かった? 自分が調合した毒だ。今のように早く効果を発揮するためには対象に多く吸収させなければならない。通常の呼吸量では、まず不可能。

 

 煙が晴れていく中、まずカンクロウはチャクラ糸で烏を傍に引き寄せた。次いで、伏しているシノから数歩、距離を取る。シノが何か仕掛けようとも対応が可能な距離だ。

 

 シノから意識を外さないように注意しながら、辺りを見渡すカンクロウの目に凹んだ地面が映った。

 

「ざまーねぇじゃん」

 

 カンクロウは吐き捨てる。

 その凹みはサスケがカンクロウのチャクラ糸を振りほどく際に足を地面に叩きつけた時に生じた凹みだった。

 

 仲間の行為が(シノ)の足を引っ張った。これが答えだろう。

 そして、毒が早く回った理由はそれに気がつき、動揺して呼吸数が多くなった。これが答えだ。

 

 つまらない答え。

 だが、忍の任務とはこのようなものだと、カンクロウは理解していた。だからこそ、今回の闘いの幕を引くため、手元に引き寄せた烏の腕を抜く。烏の肘の間接から伸びた刃。仕込み杖のように烏の腕を手に持つカンクロウは伏せて動けないシノに近づく。

 

 つまらない幕引き。

 そうであろうとも、強かった敵に対して自らの手で引導を渡すのは礼儀だ。口布を剥ぎ取ったカンクロウは冷たい顔つきでシノを見下ろした。

 

「じゃあな」

 

 そう呟きながら、完全に晴れた煙の中、カンクロウは仕込みの刃を振り上げる。

 と、カンクロウの視界に黒く、小さいものが上から下へと通り過ぎた。

 

 眉を寄せ、一体、何かと、視界を通り過ぎた黒く、小さいものを見遣る。

 

 蟲だった。

 小さく、黒い蟲。シノが操っていた蟲だった。

 

 ぞくりと、ぞくりと冷たいものが全身の毛穴を刺した。

 

 ///

 

「奇壊蟲。この蟲はメスが出す微量のフェロモンを同種のオスが追跡することができる。サスケを追って、ここまで来ることができた理由はそれだ」

 

 ///

 

 先ほどのシノの言葉が思い起こされる。

 メスが出す微量のフェロモンを同種のオスが追跡できる。つまり、大気中に放出された微量物質をオスの嗅覚で感知するということ。

 

 それには、“呼吸”が必ず、絶対に、必要だ。

 そして、油女一族は奇壊蟲を自らの体内に飼う。奇壊蟲のオスにメスが放出したフェロモンを感知させるには、彼らの巣になっているシノが呼吸をして、外気を取り込まなければならないのだとしたら……。

 

 ///

 

 シノが繰り出した攻撃はカンクロウの鼻先を掠ったのみ。軽傷ともいえない掠り傷がついただけだった。

 

 ///

 

 攻撃が外れた時にメスを(カンクロウ)の額につけ、毒煙の中、大きく呼吸をし、メスのフェロモンをオスに感知させ、(カンクロウ)の位置を探ったのだとしたら……。

 

 ──毒で死ぬことも覚悟して、オレに攻撃を加えようとしていた!? 

 

 刃が震える。

 勝つために命をも捨てる覚悟。それは忍の本懐だとカンクロウの心の底にストンと落ちた。

 そうして、カンクロウは掲げた刃をゆっくりと下ろす。

 

「邪魔が入ったから、今回の闘いはなしだ」

 

 晴れ晴れとした顔つきでカンクロウは懐から水薬を取り出し、毒で痺れ動けないシノの傍に膝をついた。

 

「また勝負しよーじゃん、油女シノ」

 

 シノに水薬──解毒薬──を飲ませたカンクロウは立ち上がり、烏を担ぐ。

 仕込みはもうほとんどない。チャクラも半分以上、使ってしまった。

 サスケを相手にどれだけ粘れるだろうか? 

 

 だが、勝つために命を捨てる覚悟。

 それを学んだ自分はシノと闘う前の自分よりも強いと胸を張って言える。

 

 だからこそ、カンクロウは再びサスケの前に立ち塞がるために森を駆けるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。