NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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本選の続きをしよう

 サクラとシカマル、そして、パックンの進む先。生い茂る木々の影を黒い人影が突き進んでいた。

 逃げた獲物を追う狩人──サスケだ。

 中忍試験本選の会場から遠く離れた森の中をサスケはひたすらに進む。

 

 木ノ葉の森はサスケにとって庭のようなもの。幼少の頃より修行で何度も入ってきた森だ。地の利はこちらにある。

 だが、焦りも確かにある。

 

 我愛羅たちが中忍試験の会場から去ってから、そう間をおかずサスケも彼らを追った。追跡をするため辺りに気を使いながらとはいえ、他の下忍ならばもう追い付いていても不思議はない時間。そして、我愛羅たちは追っ手を撹乱するために止め足──作った足跡を踏み後退し、大きく跳躍することで足跡を追跡することができなくする技法──を使った形跡はない。

 敵に余裕はないことをサスケは見抜いていた。

 だからこそ、可能な限り速く追跡をしている。

 

 ──チッ。

 

 漏れ出た舌打ちが森に響く。

 グンッと足を深く曲げ、踏み込みを強くする。サスケは速度を更に上げる。

 敵は我愛羅だけではない。もう二人の砂の忍。思い出すのは初めて我愛羅たちと会った時のこと。中忍試験が始まる前のことだ。

 

 カンクロウの何かしらの術で足をとられたナルトが石畳に自らの足を叩きつけていた。ナルトが警戒した何かしらの術。

 敵意に敏感なナルトの隙をついたカンクロウの技の冴えは、表に出さないとはいえサスケに驚嘆をもたらした。

 

 ──いや……。

 

 敵意すらなく遊びという感情で、ナルトの力を試すという目的で術をかけたのならば、そちらの方が面倒だ。ナルトの肉体を見て、それでも自分が勝てると、自分が格上だと考え、カンクロウが攻撃を仕掛けていたならば。

 

 ──上忍レベルか。

 

 それに、カンクロウだけではない。テマリもだ。

 

 予選でテンテンを一切寄せ付けなかった風遁使いであるテマリ。チャクラの形質変化の優劣は火遁使いであるサスケの方が有利。だが、テマリの扱う術の範囲は大きい。

 小さな火種を突風が欠き消すようにサスケの忍術もテマリの忍術で無効化される可能性もある。

 加えて、戦場は森の中。火遁で木に火が点けば、大規模な山火事になる危険性も大いにある。火遁の使用は極力避けなくてはならない状況だ。

 

 その上、一ヶ月間の修行で会得した新術である千鳥は雷遁の忍術である。チャクラの形質変化の優劣では風遁の忍術には雷遁は不利。

 

 どちらも油断できない強敵だ。

 

 ──だが……。

 

 この二人に関しては問題ないとサスケは考える。

 この一ヶ月、修行で鍛え上げたのは雷遁を扱うノウハウではない。サスケがメインで鍛え上げたのは速度、つまりは瞬発力、足腰、筋肉だ。

 

 カンクロウは一足跳びに顔に蹴りを叩き込めば問題はない。

 テマリは圧倒的なスピードで後ろに回り込み、首に軽く手刀を当てるだけで終了だ。

 

 だが、我愛羅。

 彼に勝つ道筋は見えない。

 

 千鳥で我愛羅の砂の殻を破った奥。そこに鎮座していたモノの目。

 

 無意識にサスケは生唾を嚥下していた。

 

 夜に暗い闇から怯える獲物を凝視する餓鬼の目。

 御簾の奥でこちらを冷ややかに見つめる帝の目。

 高天原、雲の切れ間より下界を見下ろす神の目。

 

 どれも違う。

 あの目とは違う。あの目を表現する言葉をサスケは持っていなかった。

 

 心の底から、心底、愉しそうに歪んだ目。

 人を人と認識せず、玩具として捉えている目。

 惨たらしい最期を獲物に与える快楽を期待した目。

 

 目、瞳、眼。

 

 写輪眼を発動し、サスケは更に速度を上げ、駆ける。

 

「急げ!」

「ああ!」

 

 サスケの眼に獲物が映る。

 

 ──しつこいヤローじゃん。

 ──クッ。

 

「カンクロウ、ペースを上げるよ」

「ッ! ああ!」

 

 木の影で爛々と赤く光る眼を見たテマリとカンクロウは更にペースを上げる。が、そう間をおかずサスケは自分たちに追い付くであろうことは明白だった。

 理由は単純。我愛羅を抱えているからだ。砂隠れの最終兵器とも言える我愛羅ではあるが、まだ12歳の少年。その上、彼の中に潜むバケモノにより不眠症を患っている。眠ることすら許されず、緊張に包まれた毎日。精神が不安定となることも仕方のないことだろう。

 不安から来る頭の痛み。それが我愛羅が動けなくしている。

 

「ぐぅううう……」

 

 カンクロウは我愛羅を見る。

 恐怖の対象だ。それが砂隠れの里の者の総意。それは間違いない。

 だが、だが──。

 

 ──弟なんだよ。

 

 このままでは、三人纏めてサスケに捕らえられる可能性もある。我愛羅を見捨て、身軽になった自分とテマリならば逃げ切れる算段もある。

 しかしながら、兄という責任故に、カンクロウは覚悟を決めた。

 

「テマリ」

「ん?」

「我愛羅を頼む」

「カンクロウ……?」

 

 テマリはカンクロウと目線を合わせ、そして、理解した。

 カンクロウの覚悟と意思、そして、自分もカンクロウと同じ立場であれば、そうしたであろうことを。

 中忍試験本選で辞退していたのが自分で、本選に出場していたのがカンクロウならば立場は逆。チャクラが多く残っている方が戦いになる。

 だからこそ、カンクロウは自分が殿(しんがり)となることを決めたのだとテマリは理解した。

 

「……分かった」

 

 姉弟(きょうだい)の中ではそれで十分だった。我愛羅の肩を一度だけ軽く叩き、我愛羅の体から身を離したカンクロウはサスケの前に立ち塞がった。

 

「……」

 

 サスケは何も言わず、足を止める。

 その光景、カンクロウが我愛羅を逃がした理由が彼には分からなくともカンクロウの不退転の覚悟は受け取った。

 

 脈絡なく、サスケは右足を上げ、そして、地面に叩きつけた。

 

「ッ!」

 

 響く轟音はカンクロウの動きを止め、右手を顔の前に翳させる。しかし、右手の奥の彼の目は怯んではいない。ただ、飛んでくる石や砂から目を守るために翳しただけだ。

 

「やるじゃん」

「分かっただろ? オレに小手先の技は効かない」

 

 気づかれていたかとカンクロウは心の中で舌打ちをする。

 サスケと向かい合った時、既にカンクロウは攻撃を仕掛けていた。サスケの足を絡めとるためにチャクラ糸を伸ばしていたカンクロウだったが、サスケの洞察眼は既に下忍の範疇に収まらない。

 かつて、ナルトにされた時と全く同じ方法で完封された。いや、それ以上だ。

 ナルトは足に着けたチャクラ糸を引っ張って初めてカンクロウのチャクラ糸に気がついたが、サスケはチャクラ糸を足に着けた瞬間に引きちぎられた。

 

 何故か? 答えは簡単だ。

 写輪眼はチャクラを色で見分ける。肉眼では見えないほどの極細のチャクラ糸であっても、サスケの眼に映る糸にはしっかりと色が反映されていた。

 

 木の影の中、爛々と写輪眼を赤く光らせたサスケが一歩、足を進める。

 

「待て」

 

 突如、サスケの後ろから落ち着いた声が掛けられた。それはサスケがよく知る人物の声。

 

「シノか」

 

 カンクロウから目を離さずにサスケは後ろに向かって声を掛ける。カンクロウは一瞬たりとて目を離して良い相手ではない。

 油断のないサスケと、そして、援軍として現れた木ノ葉隠れの下忍であるシノ。

 サスケの隣にシノが並ぶ様子を見て、面倒が増えたことにカンクロウはため息を吐く。

 

「こいつとはオレが闘う。サスケ、お前は我愛羅を追え」

「それはいいが……勝てるのか? こいつは上忍レベルだぞ」

「ああ、問題ない。それに……」

 

 腕から大量の蟲を出しながらシノはサスケに頷く。

 

「……元々、奴の本選での相手はオレだ」

「そうか。なら、任せる」

 

 カンクロウが試験を棄権したことでフラストレーションが溜まっていたのはカンクロウだけではない。その対戦相手であったシノもだ。

 ナルトとネジの闘いを見て、血が沸き立つ。だが、木ノ葉崩しという任務に殉じるために、その心を圧し殺したカンクロウだったが、今、ここに来て、全力を出す機会に恵まれた。

 

 ──テマリ、済まねえ。けど、こいつとは……。

 

 タンッと地面を蹴り、この場を離れたサスケに妨害は許されない。サスケに攻撃する。そのような隙があれば、シノは間髪入れずにカンクロウに攻撃を加えるだろう。

 そして、そのサスケを見逃す理由はシノとの一対一の闘いにおいて都合がよかった。

 

 ──どうしても闘いたい。

 

 カンクロウと睨み合うシノは表情を強張らせる。

 

「オレは木ノ葉の油目一族。例え、敵がどんなに小さな蟲でも容赦はしない」

「砂隠れのカンクロウ。どんな敵でも掌で踊らせてやる」

 

 少年たちの沸き立つ血潮を静めることができるのは勝負の決着のみであろう。


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