NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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駆けろ

 木ノ葉隠れの里、その周辺の森林は広大だ。常ならば、野性動物が熱く、そして、静かに生存競争に勤しむ場ではあるが、今は非常時。

 音隠れの長である大蛇丸の鶴の一声で非日常の光景、戦場へと一瞬にして変わる。

 森は音隠れの里の忍で溢れ、木ノ葉隠れの里へと攻撃を加えようと陣形を整えていた。

 

「ひぇえええ」

「もうやだ! おうち帰る!」

「逃げるンだよォ!」

「無理無理無理! あんなの無理!」

「入れる訳がないだろうが!」

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだいや逃げる」

 

 大蛇丸より渡された大蛇を口寄せする巻物と、口寄せの契約者である彼の血を渡された音隠れの忍は暗い使命に燃えていた。準備を入念に行い、その上で獲物である木ノ葉隠れの里の住民を蹂躙する。それも二度と立ち上がることができないほどに。

 そして、里での自らの地位を確立するのだと野望に燃えていた。

 

 が、それも先ほどまでの話。仲間である音隠れの忍の体が木の葉のように宙に舞うのを見て、意識を失っていない者たちの結論は同じであった。

 

「退避だ! 退避!」

「何やっても無駄だ! 逃げろ!」

「命あっての物種だ! 全員、撤退!」

「でも、隊長」

「質問は後だ! 逃げるぞ! ボケ! カス! クソ! 話してる暇があったら足を動かせ、バカ!」

「逃げるって……どこに?」

「どこでもいいから逃げるんだよォ! 走れ!」

 

 どこか諦めた様子を醸す、頭の回転が妙に遅い部下。

 その部下に苛立ちを罵声という形でぶつけながらも、音隠れの忍の部隊長は部下の手を引こうと手を伸ばす。

 

「もう俺たちはおしまいだ。ここに居たら、ぶっ飛ばされる。ここから逃げたら大蛇丸様から罰を与えられる。けどな! 上手くここから逃げ出して、大蛇丸様の手の届かないところまで逃げれば、何とかなる! そうだろ!」

「でも、隊長」

「だから、走れ!」

「ここから逃げれませんって」

「貴様ッ! この分からず屋ッ! 死に急ぎ野郎ッ!」

 

 この時、いや、その前から気づいていた。ここから逃げ出す一縷の望みすらないことに気付いていた。だが、目を背けたかった。そんなことは間違いだと思いたかった。

 部下の両肩に手を乗せ、正面から部下の顔を見つめる。

 

「俺ぁな! 大蛇丸様が怖い! だから、これまであの方の機嫌を損ねないように立ち回ってきた! けど、今は! ああ、今は! あの方以上の恐怖を感じている! だからなぁ、だからよぉ……」

 

 尻すぼみになり、嗚咽の混じる声で音の部隊長は部下に言う。

 

「逃げるのすらできねぇなんて現実を見せるんじゃねぇよぉッ!」

 

 もう何を言っているのか自分でも分かっていない。人間から言葉を奪ってしまうほどの恐怖。

 それほどの恐怖がこの場の全ての音忍を支配していた。

 

 ある者は恐慌に陥り、みっともなく足をもつらせながら走るのみ。

 ある者は悲哀を湛え、頬から顎を伝う滂沱の涙を流し続けるのみ。

 ある者は達観を知り、茫然自失といった様子で辺りを見渡すのみ。

 

「そもそも奴がその気になれば、俺たちをすぐ殲滅することができる! でも、それをまだしないってことは、そういうことだろ! なあ、そうだろ!」

「ですが、隊長」

「逃げれるんだよ!」

「逃げれません」

「なんでだよ!」

「後ろ、見てください」

「え?」

 

 後ろを見た音忍は部下の言うことに納得し、一つ頷いた。

 

「ね、無理でしょ」

「ああ、無理だな」

 

 二人仲良く空高く殴り飛ばされた音忍たちが意識を失った頃、森の別地点で桜色が大木の枝を蹴って先を急ぐ。

 

 ──サスケくん。

 

 髪を頬に張り付け、ひたすらにサスケを追うサクラだ。動きは精細を欠き、更には、先の中忍試験本選のドスとの闘いでついた泥も乾き切ってはいない。

 だが、それらを省みることもなく、サクラは森を駆ける。

 

「サクラ、待てよ!」

 

 足を止めることはないが、サクラは後ろから聞こえた声に反応し、驚きのまま言葉を口にした。

 

「シカマル、なんで?」

「そりゃ、お前と同じだ。サスケを追ってきた」

 

 やっと追い付いたとシカマルは額の汗を拭う。

 

「めんどくせーけど、カカシ先生の命令だからな。仕方なく追ってきたって訳だ。で、カカシ先生からの伝言。サクラ、お前とオレは里の安全な場所に退避だとよ」

「嫌!」

「ったく。カカシ先生の予想通りだぜ」

「え?」

「退避しないんだったら、我愛羅を追っていったサスケと合流。その後、状況が落ち着くまで待機だとよ」

「うん! それなら……けど」

「けど、なんだ?」

 

 言葉を切って少し顔を曇らせたサクラにシカマルは尋ねる。

 

「サスケくんがもう戦っていたら」

「ダメだ」

 

 シカマルは頭を振ってサクラが続けようとした言葉を否定する。

 

「お前も分かってるだろ。オレもお前もさっきの本選でけっこーなチャクラを使ってる。オレは影真似の術が一回……打てて二回だ。お前はもう術を使えねーだろ?」

「そうだけど……」

「だから、少し止まれ。確証はねーが、音の忍たちもこの森の中に潜んでるとオレは思ってる。下手したら、砂の忍もいるかもな」

「じゃあ、どうすればいいっていうのよ」

「一旦、止まるぞ」

 

 ハンドサインで地面に降りるように指示をしたシカマルに従い、サクラも木から地面に降り立つ。

 

「音の里長の大蛇丸は元、木ノ葉の忍だっつー話だ。音の忍に木ノ葉の里内だけじゃなく、この森の地形をバリバリに仕込んでいても不思議はねぇ」

「それって……待ち伏せ?」

「ああ。ついでに言うと、オレは感知忍術は使えない。お前もだろ?」

「悔しいけど、確かにそうね」

「つーことはだ。伏兵に奇襲をかけられたらバテバテのオレたちは詰みだ。キバとかヒナタ、あとはナルトがいれば……いや、ナルトは会う敵全部と闘いそうだ。アイツは置いといて、待ち伏せが予測できる戦場には敵を感知できるメンバーが一人でもいなけりゃ即全滅」

「じゃあ、どうするのよ?」

 

 地面に巻物を広げながら、シカマルは懐から赤い液体が入った小さな小瓶を取り出す。

 

「オレがカカシ先生から預かってきたのは伝言だけじゃねぇ」

 

 巻物に描かれている術式に、小瓶から一滴、液体を落としたシカマルは印を組んでいく。

 

「こいつだ。口寄せの術!」

 

 ボフンと白い煙が上がる。

 

「そっか、カカシ先生の口寄せは忍犬。忍犬の鼻なら奇襲も分かるし、戦力にも……」

 

 サクラは顔をしかめる。

 期待が裏切られた顔だ。

 

「今のオレのチャクラじゃ戦闘用の口寄せ生物は無理だ」

「すまんの、ワシはカワイイ担当じゃ」

 

 煙の中から姿を表したのはパグと呼ばれる犬種の犬だ。見る人によってはかわいいと思える愛嬌のある顔立ちである。歯に衣着せぬ言い方をすると不細工だが、その話はここではいいだろう。

 

 サクラにとって重要なのは、このパグという犬種が小さいというものだ。

 ナルトならば、片手の掌に乗せることができるほど小さく、とてもではないが戦闘が得意そうには見えない。

 とはいえ、忍犬。嗅覚による索敵は自分たちよりも得意だろうとサクラは自分を納得させる。

 

「それじゃあ、よろしく。……サスケくんの匂いってわかるの?」

「うむ、よろしくの、サクラ。ワシはパックン、かわいい担当のパックンじゃ」

 

『さて……』と前置きしたパックンはサクラに頷く。

 

「サクラ、サスケ、ナルト。お主ら三人の匂いは覚えておる」

 

 ──いつの間に……。

 

 手の早いカカシに戦慄を覚えると共に、サスケの持ち物がなくともサスケを追うことができるのは僥倖だと自分を納得させた。

 

「それじゃ、サスケくんの所までお願い」

「ん?」

「どうしたの、シカマル?」

「いや、『サスケの所まで』ってサスケの居場所が分からないって言ってる感じがしたからな。オレがお前を追った時と同じように枝の折れ方や足跡から追跡したと思っていたんだが……」

「違うけど」

「え?」

 

 困惑するシカマルだったが、すぐに頭の中で可能性を精査する。

 自らの五感をチャクラで強化……特別上忍レベル。試験時のサクラの力量から不可。

 秘伝忍術……春野家が秘伝忍術を持っていると聞いたことはない上に、サクラが使用していた忍術は通常のもの。

 感知忍術……先ほど使えないと言っていた。不可。

 

 考えても答えは出ない。

 

「なら、どうやってサスケに追い付こうとしてたんだ?」

「ん? 乙女の勘!」

 

 思わず、シカマルは空を仰ぐ。

 そして、ここにいない友に向かって語るのだった。

 

 ──おめーのせいだぞ、ナルト。

 


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