NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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火の意志

 刃を振る。血が流れる。

 刃を振る。命を奪う。

 刃を振る。心を磨り減らす。

 

 刀を振ることは自らの精神を痛め付けることと同義だ。

 

 どれほどの月日を刃を振るって過ごせば、これほどまでの域に達することができるのか? 

 暗部の隊長は喉を鳴らす。

 

 所業は残酷。然れども、その所作は流麗。

 人が磨き上げ、輝きを放つ技術。

 怖く、そして、美しかった。

 

 霧の中から姿を現した再不斬の表情は凛としていた。

 刃と同じように美しく、そして、怖かった。

 

 超常の技を修めた暗部の隊長と言えども、かの初代火影と二代目火影を相手にして傷を受けることもなく戦闘を終わらせることなど、できはしない。最高のコンディションの自分をイメージしても自分が無傷でいられるとは思えなかった。

 

 再不斬、そして、その付き人である白と呼ばれた少年。

 どちらも自分よりも忍の高みにいる。

 

 再不斬は自分が成した偉業を誇ることも喜ぶこともなく、視線をまっすぐに前に向け、白に、そして、その奥で戦っている三代目火影と大蛇丸に視線を遣る。三代目火影と共に戦う腹積もりだろう。

 

 ──なぜ……? 

 

 何故、自分がそこに立っていないのか? 

 暗部の隊長は自問自答する。

 今、再不斬と白が立つ位置にいなくてはならないのは自分だ。自分と暗部、そうでなくとも、木ノ葉の忍が傍にいなくてはならない。

 暗部の隊長を含めて木ノ葉の全ての忍には、三代目火影という大樹を伐採させないために自らが犠牲になるという意思も覚悟もある。

 

 ただ、足りなかったのは力だ。結界のせいと言えば楽だ。そう認めてしまえば楽だった。しかしながら、暗部の隊長という立場が、選りすぐりの忍という自負が、そして、木ノ葉の里を愛する一人の人間としての心が。

 

 自分の情けなさを認められなかった。

 才能、時間、何もかも、何もかもが足りなかった。

 忍者学校を首席で卒業した才能。暗部に至るために修行にかけた多大な時間。仲間を、友を失っても心を折るなど許されないと自分に言い聞かせて、歯を食い縛り上を向き続けた努力。たしかに、その全てを達成していた。だが、足りない。

 そのどれもが足りなかったからこそ、自分は蚊帳の外にいるしかないのだ。

 

 努力? バカ言え。努力でどうにかなるなら、忍者学校始まっての鬼才と言われるほどの才能を努力で身をつけれたのか? 時間でどうにかなるなら、任務を放り出して修行の時間を取ればよかったのか? 

 どれもこれも、これ以上ないほどに努力した。それでも届かない高みがあるのは、それでも、護るべき御方の肉壁にすら成れないのはどういうことだ? 

 

 ……糞だ。

 

 努力? 

 そんなもの……そんなもの……。

 

 ──その努力を否定する貴殿を己は許すことなど到底出来ぬ! 

 

 暗い目をした少年に、金髪を逆立たせた漢がそう言っていた。数刻前の出来事だ。

 

 暗部の隊長は、その漢のことをよく知っていた。それこそ、彼が筋肉をつける前、幼子の頃、いたずらをして他人に迷惑をかけることでしか人との繋がり方を知らない頃から知っていた。

 その幼子は九尾の妖狐を腹に封印された厄介者。里を襲い、皆が敬愛する四代目火影を殺した憎悪の対象が腹にいる厄介なもの。

 里の人々は冷たい目で彼を睨み付けていた。自分もそうだった。昔はそうだった。

 

 中忍試験の会場で警備の任務についていながらも、その戦いからは目を離すことは難しかった。普段ならば、そのようなことは決してなかった。任務に殉ずる。それが忍。あるのは任務のみ。与えられた任務を達成することのみに全精力を注がなくてはならない。

 それにも関わらず、目を、耳を、……心を奪われてしまった。

 

 昔は憎しみの目で見ていた少年の大きくなった身体と心。今、そこから放たれた真っ直ぐな、余りにも真っ直ぐな言葉が暗部の隊長の心を打った。

 

 それは先刻も、そして、現在も。

 

 ──顔を上げ続けろ。前を向き続けろ。お前は、お前は。

 

 暗部の隊長は自問自答する。

 

 ──努力をしてきた人間だろうが! 

 

 仮面の奥の表情が変わる。

 一度、目を瞑った後、眼を凝らして戦いの行方を見守る暗部の隊長。彼だからこそ気づけた。いや、自分を肯定することができた彼だからこそ気づくことができた。

 

「再不斬! 後ろだ!」

 

 暗部の隊長の叫びで再不斬は弾かれたように振り向く。

 目の前にいる大蛇丸から目を離せば大きな隙を生むことを再不斬は理解していた。

 にも関わらず、再不斬を振り向かせるほどの緊張感を孕んだ暗部の隊長の声。無意識に再不斬は手に持つ刀を構えていた。

 

 それが効を奏した。

 キンッと軽い金属音が目の前からしたと同時にクナイと、そして、赤い液体が再不斬の足元に落ちる。

 

 ──他に潜ませていたか。

 

 痛みを堪え、舌打ちをした再不斬は刀を構え直して霧の奥へと目を凝らす。と、再不斬の目がこれ以上ないほどに大きく開かれる。

 

「フフ……」

「再不斬さんを嗤うな!」

 

 嗤いを噛み殺すことができない。思わず漏れていた声の主に向かって白は怒鳴る。

 伏兵に気がつかなかった再不斬と自分を嗤ったのだろう。白は眼前の敵へと怒気を放つ。だが、白は気がつかない。

 

 再不斬と白の忍としてのレベルは非常に高い。木ノ葉隠れの里で例えると暗部クラスである一流の忍だ。その二人が気がつかないレベルの陰遁術の使い手は限られる。ビンゴブックSランクの超一流の忍の中でも陰遁術に秀でた者のみ。

 そのような人材を新興の里である音隠れの里が擁することが可能か? 

 

 答えは不可能。大蛇丸と言えども、自分と同じように“生存している”超一流の忍を召し抱えることはできなかった。

 

「白」

「は、はい!」

 

 今まで聞いたことがない声色で自分の名を呼ぶ再不斬に、白は驚きを隠せない。

 

「来い」

 

 再不斬の指示に従い、白は即座に振り向き、彼の横へと馳せ参じる。

 そもそも、血の臭いがしていたことから再不斬が傷を負っていたのは分かっていた。それでも、振り向けなかったのは大蛇丸の追撃を警戒していたからだ。また、陰遁術に優れた忍は白兵戦の能力に関しては低い傾向がある。

 よって、傷を負っていたとしても再不斬が瞬時に倒されることなど有り得ないと白は考えていた。

 

 だが、再不斬が『振り向け』と指示したことで、大蛇丸の追撃はなく、後ろの霧に紛れている下手人の方が危険度は高いと白は判断した。

 そして、それは正解だった。

 

「え?」

 

 白の目に映ったのは、クナイが3本刺さった再不斬の体。急所は全て外れており、再不斬のとっさの回避が上手くいった証拠だ。暗部の隊長の声がなかった場合、再不斬の急所にクナイが突き刺さっていたことだろう。

 だが、白の呆けた声は再不斬の傷からのものではなかった。

 

 先の再不斬と同じように白の目も大きく開かれる。

 

「どう……して……?」

 

 白の目線の先、霧の中には二つの人影が屹立していた。

 

「おい、ジジイ」

 

 大蛇丸から一秒すら目を離すことのない三代目火影に再不斬は不満の声を上げる。

 

「復活するなんて聞いてねぇぞ」

「む? 水影から聞いてなかったか? 二代目様の穢土転生は霧隠れにも悪名が轟いておったハズじゃが」

 

 霧から出てくるのは先と変わらない姿の初代火影と二代目火影の二人。

 首を落とした。それは間違いない。目、手、気配。全ての感覚がそう訴えていた。

 にも関わらず、傷一つない状態の二人だ。

 再不斬と白の衝撃は如何ほどのものか。筆舌に尽くしがたい衝撃であろう。

 それを飲み込み、再不斬は三代目火影へと溜め息をつく。

 

「三代目火影。教えろ」

「済まなんだ。穢土転生という術の対策は術にかけられた者の未練を解放するか、その者自体を封印するかじゃ。術に縛られ、意識がないお二人の未練を……」

「封印しかないってことだな?」

「うむ、ワシは大蛇丸から目を離せぬ。お二人を頼む」

「チッ……簡単に言いやがって」

 

 再度、溜め息をついた再不斬は刀を右手に持ち変える。応じて、白も彼と同じように刀を左手に持ち変える。

 再不斬の刀の刃先は左に、白の刀の刃先は右に向けられており、煌めく銀の刃はともすれば、弦楽器の糸にも見える。

 

「“ただの人”には封印術は使えねぇのによ」

「ぼくでは、あの二人を封印するのにチャクラが足りません」

 

 再不斬は右手を伸ばし、刀の柄を白へと近づける。白は左手を伸ばし、刀の柄を再不斬へと近づける。

 

「だが……」

「ですが……」

 

 再不斬が持つ刀の鵐目と、白が持つ刀の鵐目が当たり、鳥のような楽器のような音を奏でる。

 

『二人なら!』

 

 協奏。再不斬と白の声が重なった。

 “瑟”と鍔に描かれた再不斬の刀と“琴”と鍔に描かれた白の刀が共鳴し、噴出したチャクラが二人の姿を覆い隠す。

 

 それを呆けたように見つめる二人の火影たちに動きはない。再不斬に落とされた首は完全に繋がり、チャクラの損失もない。

 穢土転生の効果により肉体、精神、そして、チャクラの損失はゼロである二人の火影が奪われたのは感情。先の霧よりも濃い白色の中に捕らわれた二人には恐怖も焦燥も何もなかった。動くことのない感情はただ敵の攻撃を待ち、迎撃するのみ。または、術者である大蛇丸の指示を待ち、行動するのみ。

 そして、大蛇丸としても再不斬と白が何をするのか興味があった。忍術の研究。それこそが大蛇丸の生き甲斐。ならば、ここで再不斬と白の忍術をしっかりと見ておきたかったという探究心が二人の火影に攻撃の指示を出すことを躊躇わせた。

 

 もっとも、その探究心があってもなくても結果は変わることはなかっただろう。

 

 再不斬と白が用いた術は一瞬で終わる。特別な忍具が必要な代わりに印が不要な術だ。

 “瑟”と鍔に描かれた再不斬の刀と“琴”と鍔に描かれた白の刀は特別な忍刀。

 

 霧隠れが誇る忍刀七人衆と呼ばれた七人の忍。彼らが持つ忍刀は特異な能力を持った刀だった。かつて、“鬼人”として再不斬が所持していた断刀・首切り包丁は斬った敵の血に含まれる鉄分で刃の損傷を復元するという常軌を逸した能力を持っていた。

 ナルトとの戦いで、その断刀を“鬼人”の銘と共に墓に備えた再不斬だが、刀を失っていてはその力を発揮することはできない。

 

『なんだ、テメェらは?』

 

 そう判断したからこそ、再不斬は新たな刀を求め、白と共に旅に出た。

 全ては借りを返すために。あの戦いで鬼人を倒してくれた漢への礼のために。

 

『断刀を捨てたぁ!? いや、責めてる訳じゃねぇ。あの刀を捨ててまでも別の道を探ろうっていうテメェらに驚いただけだ』

 

 そこで二人は訪ねた。山奥にひっそりと隠れ住む鍛冶師がいるという噂を頼りに藪を分け入り、辿り着いた先にやっと見つけた。

 

『強いだけの刀じゃ時代は創れねぇ。時代を創れる刀。それに必要なのは……』

 

 その刀鍛冶は年若いが偏屈だった。情熱はある。だが、あまりにも不可解な人物だった。

 

『……浪漫だ!』

 

 その刀鍛冶が二人の話を聞き、二人に合った忍刀を打つといって数日。煤だらけの顔を綻ばせながら刀鍛冶が手渡した刀が“瑟琴”という二刀一対の忍刀。

 その忍刀は再不斬がかつて使っていた断刀 首切り包丁と同じく特異な能力を持つ。

 瑟琴の特異な能力。それは、刀鍛冶の言葉を借りるならば“浪漫”である。

 

 そして、それは彼らの前に立つ感情を奪われた火影たちを迎撃体制に移らせるのには十分な理由であった。

 

 息の合った連携で手裏剣やクナイ、それどころか起爆札を巻き付けたクナイを何本も放ち、一分の隙間もなく逃げ道をなくす。そして、有り得ないことではあるが、仮に避けられたとしたら彼らの後ろにいる三代目火影へと凶器は襲いかかる。

 物理的、精神的に逃げ道はない。意識がない火影二人の攻撃は偶然ではあるが、戦略的な方法で再不斬と白を追い詰める。

 

「遅い」

 

 一度だけ、金属音が響く。

 その全てが叩き落とされた。瞬きをする時間すら長い。クナイ、手裏剣、起爆札も起動せず、その全てが同時に落とされたと直感的に判断した大蛇丸は目を大きく開く。

 

 ──コントロールが……効かない!? 

 

 直感に従い、火影たちを一旦、後方へと退避させようとした大蛇丸だったが、遅きに失した。上忍では足元に及ばない、暗部を一蹴するのにも片手間で事足りる。圧倒的強者である大蛇丸でさえも認識するのに遅れた。

 

「氷遁 氷牢道留(ひょうろうどうる)

 

 立ち上がる冷気の中、一つの人影が誰もいないハズの初代火影と二代目火影との間からゆっくりと立ち上がる。

 白い狩衣を身に纏い、長く黒い髪を伸ばした背の高い人の姿をしたものだ。

 

 白ではない。再不斬でもない。

 それは、言うなれば雪夜叉。かつては残虐だった鬼が大橋での出会いを切欠に、氷で以て民を護る守護神に変わった姿だ。

 

『二人で一つ! これが浪漫! それが瑟琴! それが!』

 

 雪夜叉の脳裏に刀鍛冶の言葉が響く。

 

『テメェらだ! 再不斬! 白!』

 

 瑟琴の特異能力。それは、二人の忍の同一化。木ノ葉隠れの里の犬塚一族の人獣混合变化に似て非なるものだ。肉体とチャクラを繋ぐことで力と技術、そして、才能を一つにし、個体能力を飛躍的に向上させる。

 

 立ち上がった雪夜叉は一度たりとて大蛇丸から目を離さなかった三代目火影の背に向かって語りかける。

 

「露払いはした。火の意志を魅せろ」

 

 初代火影と二代目火影は動かない。いや、動けない。雪夜叉が双刃刀──瑟琴の真の姿──で斬った傷跡から奔る氷が彼らの動きを止め、その範囲を徐々に広げていた。雪夜叉の氷遁による封印術だ。

 動くことができない二人の先代の火影に許される唯一の行動は満足そうに三代目火影の背を見るのみ。

 

「分かっておるわい。語るに及ばず、ただ見せるのみ」

 

 背に“三代目火影”と書かれた忍装束。その小さな背はとても大きく見えた。

 

「命懸けでのォ」

 

 暗転していく視界の中、先代の二人の火影の視界に残り続けたもの。

 

 幾千の言葉では足りず、されど、たった一度、目にすれば理解できるもの。

 

 それは火の意志であった。

 


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