NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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鬼か、人か

 ──この流れ……いいわね。

 

 大蛇丸の唇が捲れ上がる。

 元々の予定では、穢土転生によって初代火影と二代目火影、そして、四代目火影を口寄せする腹積もりであった。とはいえ、四代目火影に関して言えば、その死に様からして、穢土転生が成功するか否かは分の悪い賭けではあった。

 しかしながら、初代火影と二代目火影は確実に口寄せできる公算があり、そこから三代目火影を甚振るつもりの大蛇丸としては、一人だけの三代目火影では少し物足りない戦いになるだろうという予想があった。

 歴代火影の中でも最高と謳われた三代目火影が相手とはいえ、神話の如き大戦を生き抜いた初代火影と二代目火影、そして、何よりも、その二人をも従えることができている大蛇丸だ。

 

 敗北するなど有り得ることではない。

 

 キンと高い金属音がする。

 再不斬と白が口寄せした武器を重ね合わせた音だ。

 

 敗北など有り得ない。

 そう踏んでいた大蛇丸の前に現れた障害。それが再不斬と白だ。霧隠れの忍刀七人衆の一人である再不斬。そして、木ノ葉隠れの暗部に相当する霧隠れの精鋭部隊である追忍の一人である白。

 どちらも強敵であると言えるだろう。

 並の忍ならば、再不斬と白、そして、三代目火影を同時に相手取るという状況など尻尾を巻いて逃げても逃げ切ることなどできない。絶望しか感じることのできない状況だ。

 

 もっとも、大蛇丸は並の忍ではない。

 木ノ葉の三忍と謳われた過去。数多の術を修め、新術の開発をも行っている手配書Sランクの現在。

 

 三代目火影の元から姿を消した時の大蛇丸とは比べ物にならないほどに、今の大蛇丸は強い。

 だからこそ、目の前に振られた二つの銀光を眩しそうに目を細めるだけで済み、瞬身の術でその場から三代目火影の前まで行くことができたのだ。 もっとも、再不斬と白の狙いは初めから大蛇丸ではなかった。

 

「ラァ!」

「ハッ!」

 

 速く、そして、力強く振られた銀の刃。再不斬がかつて振るっていた首切り包丁に比べると圧は少ないものの、磨き込まれた刃が物語っている。『斬られたら死ぬぞ』と。

 

「チッ!」

「クッ!」

 

 

 しかしながら、単純明快、快刀乱麻の一撃は誰にも届くことはなかった。

 再不斬と白が長刀を振るった先、初代火影と二代目火影が軽く構えたクナイで長刀の動きは完全に止められていたのだ。

 

 黒い長髪が沙羅と揺れ、その奥にある虚ろな眼光と目が合う。

 

「……クソがッ!」

 

 地面を蹴って、後ろに下がった再不斬は思わず悪態を吐く。

 

 ──あの目だ。

 

 よく見てきた目だ。霧隠れの忍がよくしていた目だ。三代目水影の治世、そして、四代目水影の恐怖政治下の民衆の目だ。血霧の里の者の目だ。

 

 ……心を亡くした目だ。

 

 何の感情も映すことのない初代火影の目を見て、再不斬は唇をきつく噛み締める。

 

 思えば、霧隠れの里に対してクーデターを起こした理由の一つもそれだった。

 劣悪。白との出会いは端的に言えば、それだった。天井も落ち、壁も剝げ落ちたあばら家が並ぶスラム街。白との出会いは、そんな掃き溜めのような場所だった。そこに生きる人々は生きる気力もなく襤褸(ぼろ)を纏って床に寝転がるか、壁に背中を預けて空を見上げるだけだった。

 

 そこを通る自分に向けられる目、目、目。

 淀み、昏く沈んだ目だ。死んだ魚の目だ。生気というものが一片すらも感じられない目だ。

 

 全てが気に食わなかった。

 全てを諦めている住民も、全てを諦めている霧隠れの忍も、全てを諦めている自分も、何もかも。

 

 変わらない、変えられない霧隠れの里に辟易していた。いや、辟易などという生温いものではない。

 憎悪だ。

 泥のような、吐瀉物のような、糞のような感情だった。

 

『……クソが』

 

 その時も再不斬は唇をきつく噛み締めていた。口布で顔の下半分は見えなくなっていたものの、かつての彼が醸す雰囲気は鬼そのもの。だが、その雰囲気を前にしても生気を失ったものたちは、ぼんやりと視線を寒空に向けていた。

 それが、再不斬の神経を苛立たせる。

 

 足音を立てて、そこを立ち去る再不斬。更に彼を苛立たせることに雪まで降って来ていた。大きめの牡丹雪。視界に否が応でも入ってくるそれを鬱陶しく思う再不斬だが、空は隙間なく雲に覆われていた。この分だと、明日まで雪は続くだろうと再不斬は溜息を吐く。

 口布を通して外に出た溜息は白かった。気温は低く、通り過ぎたあばら家の住人たちの多くは今夜の内に凍死するであろうことを感じ取っていた再不斬の心は重かった。

 

 ここから早く立ち去ろう。

 そう考えた再不斬は橋へと向かう。振り積もっていく新雪を蹴り飛ばしながら足早に橋を渡る再不斬だったが、思わず足を止めてしまう光景がそこにはあった。

 積もる雪の中、子どもが一人、橋の上で蹲っていた。察するに、先ほどのスラム街から追い出されたのだろう。再不斬の心を更に苛立たせる光景だった。

 

『……哀れなガキだ』

 

 苛立ちのまま、再不斬は子どもに話しかけてしまった。そのまま何も見なかったように通り過ぎることが霧隠れの忍としての正解だった。このスラム街の住人の正解もそれだろう。

 間違ってしまったことを再不斬は理解している。然れども、何故か引き付けられてしまった。

 ……目だ。スラムの人間の全てを諦めた目とは少し違う。ほとんど全てを諦め、されども、一つだけ、何か分からないが、たった一つだけ諦めきれないという目を、この橋の上に蹲る少年は持っていた。

 

『お前みたいなガキは誰にも必要とされず野垂れ死ぬ』

 

 どうせ返事はない。だが、声を掛けた。

 そう思っていても、再不斬は心のどこかで期待をしていた。

 この少年は、何かが違う。そして……自分も、何かが違う。二人の間にあった“何か”という共通点。

 それを見出さなければいけないという焦燥感を再不斬は感じていた。

 

『お兄ちゃんも……ボクと同じ目をしてる』

 

 目を大きく見開いた。

 

『小僧……誰かに……必要とされたいか? オレのために全て差し出せるか?』

 

 矢継ぎ早に繰り出した質問だったが、少年は逡巡なく頷く。少年は全てを理解して頷いたのだと、決して保身や擦り寄るために頷いた訳ではないと再不斬は感じ取っていた。不純物が全くない正直で真っ白な心から頷いたのだと再不斬は感じ取った。

 

『今日からお前の能力はオレの物だ』

 

 再不斬は純粋な少年を……白を抱き寄せる。

 

『着いて来い』

 

 そうして、再不斬は里を、国を捨てた。

 二人の間にあった“何か”という共通点。ナルト大橋と名付けられた工事途中の橋での戦いが終わった後々に、それが“寂しさ”だと理解した再不斬だからこそ、大蛇丸の所業は到底、許せるものではなかった。

 人の、しかも、死人の心を奪い、既知の者と殺し合わせる。それは悪鬼と呼ばれた自分が霞んでしまう鬼畜の所業だ。

 鬼人は死んだ。あの日、正義のヒーロー(ナルト)が殺してくれた。ならば、ここにいる蛇を野放しにすることができようか? 

 

「白!」

「ハイ!」

 

 長刀とクナイとで二代目火影と鍔迫り合いをしていた白を隣に呼び寄せる。そこからの二人の行動は速かった。

 観覧席の屋根へと突き刺す形で長刀を納めた二人は一息に長い印を組み上げる。

 打合せ、アイコンタクトもせずとも再不斬の指示が分かる白でしかできないコンビネーション技だ。

 

「水遁 水龍弾の術!」

「氷遁 白龍暴風雪!」

 

 初代火影と二代目火影に向かっていく水色の龍と白色の龍。

 

「雪月花龍弾!」

 

 水の龍と氷の龍が絡み合い一匹の巨大な龍となる。氷の軌跡を残しながら、初代火影と二代目火影に攻勢をかける巨龍。それを目の当たりにしながらも、最強と謳われた二人の表情はピクリとも動かない。

 大蛇丸の術によって縛られていなければ、この二人と言えども表情は動いたかもしれない。だが、動いたとしても感心する程度、その程度だ。それは格下に対する態度だ。

 

「木遁 木龍の術」

「火遁 火龍炎弾」

 

 忍の神と謳われた初代火影、千手柱間。その柱間のみが使う事のできた特異能力、血継限界。それが木遁忍術だ。チャクラで以って木を自在に生み出し、そして、操作する。木ノ葉隠れの里を作り上げるための柱間の“力”を裏打ちする能力だ。

 そして、柱間の後を継いだ二代目火影、千手扉間。彼の扱う術は幅広く、そして、彼の類まれな開発力も相まって多くの新術を考案した。その彼が放つ術が凡百の忍と同等など有り得ない。

 

「獄龍煌紅弾」

 

 自在に動く木の龍と縦横無尽に空を駆ける火の龍が絡み合う。重量のある躰を赤熱させた巨龍が氷の巨龍を真っ向から迎え撃つ。

 

「くっ!」

「ちっ!」

「むっ!」

「ぐっ!」

 

 空気が、いや、空間が歪んだ。

 それほどにまで感じる轟音と閃光。

 四紫炎陣を張る音隠れの忍の四人の体は思わず竦みそうになる。油断はしていなかった。大蛇丸、三代目火影、そして、初代火影と二代目火影。再不斬と白も、歴代の火影たちに準ずる実力を持つと予測はしていた四人だった。だからこそ、油断なく結界を張り続けていた。

 だが、まだ少しだけ足りなかった。

 

「テメェら! しっかりしろ!」

「ああ」

「わかってるぜよ!」

「テメーが指示すんな、カス!」

 

 白髪で片目が隠れた音忍の激励──罵倒に近いが──で気合を入れ直す。ここから先は髪の毛一本ほどの油断も見せない。締まった表情を見せる四人を見て、結界の外で待機する木ノ葉の暗部の部隊長は仮面の奥で悔しさを滲ませる。

 僅かな時間でも結界が綻んだのならば、結界を崩して中に入る腹積もりの部隊長にとって、その綻びを見出すことが難しくなった今の状況は非常に悪い。そもそも、先の巨龍同士の衝突でも崩せるほどの綻びを見せてはくれなかった四人に対して打てる手といえば、彼らのチャクラ切れを待つことのみ。状況は依然として最悪だ。

 

 だが、暗部の部隊長としての責任がある。隙を探り続けなければならない。

 結界の四隅に立つ忍たちから目線を移し、初代火影と二代目火影の姿と、再不斬と白の姿を探す。しかしながら、濃いスチームが立ち込める結界の中だ。特に、向かって左側、再不斬と白が立っていた部分のスチームは余りにも濃ゆく、二人の姿は完全に見えない。そして、向かって右側、比較的薄いスチームの中に立っていた初代火影と二代目火影は視認できるものの、その立ち姿は暗部の部隊長にとって嬉しいものではなかった。

 

「あれほどの術で……無傷か」

 

 再不斬と白が繰り出した氷の巨龍。それを無傷で防ぐなど、仮に部隊長である自分を加えたとしても、人数が倍になる四人組(フォーマンセル)だったとしても、できるものではない。全員が傷を負っていたハズだ。

 

 ──そして、初代様と二代目様が立つ場。あの場は……あの場は……乾燥しているッ! 

 

 結界の外にいる暗部の部隊長は再不斬と白が初代火影と二代目火影に勝利することを祈るしかない。

 その祈りも通じないと言わんばかりの戦いの場の状態。水遁を得意忍術とする再不斬、そして、氷遁を得意忍術とする白にとって、乾燥した場所は空気中から集めることのできる水分が少なくなり、その分、チャクラを大きく消費することとなる。

 

 ──ただでさえ二人の火影という猛者たちを相手にしているというのに、不利な状況まで押し付けられるとは……。

 

 思わず握った拳を振り下ろす。それとほぼ同時であった。

 ダンッと腹の底に響く音が暗部の部隊長の耳に届いたのは。

 

「秘術 千殺水翔!」

 

 白が足を踏み下ろし、先の攻撃で足元に残った水を宙に撒く。宙に浮いた水が丸みを帯びた玉から鋭い針へと形を変え、豪速で火影たちに襲い掛かる。

 

「水遁 水陣壁」

 

 だが、それは、チャクラでコントロールされ火影たちへと四方八方から襲い掛かった水の針は二代目火影が作り出した半球状の水の壁によって、実に簡単に阻まれた。

 

 ──バカな……水のない所で……追い忍の少年とは違い足元に水がないのにも関わらず……しかも、これほどまでに乾燥した場所で……水遁を得意とする霧隠れの忍でもないというのに……このレベルの水遁を発動できるなんて……信じられん! 

 

 

「秘術 滅殺水翔!」

 

 慄く暗部の部隊長の耳に再度、届くのはダンッと腹の底に響く音。暗部の部隊長の驚愕をよそに白は既に次の術の印をも組んでいた。

 忍の術はチャクラを練り、そして、印を組むという作業が必須な以上、どうしてもタイムラグが生じてしまう。だが、右手と左手、その両方で印を組むことが可能であるならば、タイムラグは生じず、忍術を続けて放つことができる。そして、白の扱う水遁秘術 千殺水翔、並びに、千殺水翔を強化させた術である水遁秘術 滅殺水翔の印は片手で印を組むことで発動できる特殊な術。

 それに加えて、間断なく忍術を発動できたのは生まれ持った白の才。右と左、別々の印を組むことができるマルチタスクをやってのける白の才能が二人の火影に牙を剥いた。

 

「木遁 木錠壁」

 

 だが、それも実に簡単に阻まれる。初代火影の防御忍術である木錠壁が先の二代目火影の水陣壁と同様に半球状に彼らを包み、白の攻撃を無に帰す。

 

 ──こ、これも……これでもダメなのか……。

 

 暗部の部隊長は悔しさで顔を歪ませる。

 白の攻撃のタイミングは完璧だった。二代目火影一人ならば、白の攻撃で討ち取れた。初代火影一人ならば、白の攻撃で討ち取れた。だが、初代火影と二代目火影は二人で一人というように息に合った連携を見せている。

 

 ──せめて、二人ならば……。

 

 そこで、暗部の部隊長は気が付いた。

 氷の龍と炎の龍がぶつかり合った時に結界の中に濛々と立ち込めたスチーム──霧──が薄まっていないことに。そして、その霧が気づかぬ内に火影たちの後ろに迫っていたことに。

 そして、二人の火影はそのことに気がつかない、気がつけない。

 

 意識がない二人では……敵の攻撃を淡々と単純に迎撃するしかない二人では気がつくことなど到底、出来はしない。

 いつの間にか、白の隣に刺さっていた二振りの長刀が霧に覆い隠されていることに気がつくことなど到底、出来はしない。

 木錠壁を解き、()()()視界を確保した二人では気がつくことなど到底、出来はしなかった。

 

「捉えた」

 

 霧の中から静かな声がした。

 同時に二人の火影の視界から白の姿が消え、近づく地面が視界へと映る。

 

 霧の中、無音で二人の火影の首は、後ろから振るわれた曇りのない刃によって落とされた。

 鬼の粗暴な技などではなく、人の流麗な技によって。


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