NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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死人─シビト─

 世界は今日、この日より変化する。

 だが、変わらないもの、変わってはならないものも確かにあるのだろう。それは言うなれば誇り。穢されたならば、必ず雪がなくてはならないもの。

 

「テメェ! どの面下げて出て来やがった!!!」

 

 仮面を外したカブトに渾身の怒りを籠めてザジは叫ぶ。

 

「酷い言い草だね、ザジくん。君が出て来いって言ったんじゃないか」

「テメェ……」

 

 カブトの言い様にザジは黙ってしまう。それも仕方のないことだろう。彼は人一倍、この中忍試験に思い入れがある。これまでの木ノ葉隠れの中忍試験で解説席に座ることを希望した忍は一人としていない。火影に直談判を行った者など一人もいない。情熱をもって解説席を勝ち取った人間はザジ以外にはいない。

 今年の中忍試験はナルトに触発された下忍たちが鎬を削り、自らを高めあった結果、豊作と言えるほどのもの。ならば、見届けるのが先輩たる自分の役目だ。そうザジは考えていた。

 

 だが、現実はどうだ?

 歯軋りを響かせながら、ザジは目の前の忍を睨み付ける。漢と呼べぬ者の姿を。唾棄すべき者の姿を。

 言うべき言葉はいくらでもある。されども、そのどれもがザジの心を表すには足りない。ザジが言葉を探す中、先に口を開いたのはカブトだった。

 

「ザジくん……君はボクの邪魔をするっていうんだね?」

 

 カブトの言葉にザジの怒りがこれ以上ないほどに燃え上がる。

 

「当たり前だ!」

「なら殺すよ」

「くッ!!」

 

 カブトの殺気にザジは再び言葉を失ってしまう。指一つ、いや、身動ぎ一つ許さることがないほどの殺気。それほどまでに、ザジとカブトの間には隔絶した力の差があった。

 

「……うるせぇ」

 

 だが、だからと言って、それは足を止める理由になるか? この心の奥底から湧いて来る感情を押し込める理由になるか? 

 それは決して……それは決して、止まる理由にはならない。

 

「うるせぇ!」

 

 ザジは声を上げ、心を震わせる。常よりは動きが悪い。それは理解している。

 ポーチから出すクナイ。しかし、そのクナイの先は震えている。それを無視してザジはクナイを投擲する。

 

「ダメだね」

 

 首を少し傾けるだけでザジが投げたクナイを避けるカブト。事もなげに行われた行為にザジは唇を噛み締める。

 

「ザジくん」

 

 余裕を崩さないカブトはザジに向かって言葉を掛けていく。

 

「君は中忍試験の予選が終わった時にこう言っていたね? ご紹介に預かりました中忍(エリート)ザジですって」

「……」

「そう、君はエリートだ。事実、君の同期よりも君はいち早く中忍に上がった。それどころか、君の先輩であるボクよりも早くね。けど……」

 

 カブトの目が細められる。

 

「それは君が戦争を知らない世代だからだよ」

「……」

「君は平和な時なら他人よりも出世できていた。上役に取り入ることができる君。任務を確実に熟す君。けど、戦争になれば、君は……」

 

 興味を失った実験動物を見遣るように。

 

「……弱者だ」

 

 それは暗にお前は喰われる者だと伝える言葉。ザジの心を折る為の言葉だ。今までの自己評価、それを一転させ、貶めるための言葉だ。

 ザジの奥歯がギリッと音を立てる。

 

「早く逃げた方がいいよ。君は弱いん……」

「それがどうした!」

 

 言葉を遮られたカブトは眉を顰め、やっと、ザジを正面から見る。

 そこに見えたザジの表情は冷静なものだ。これから喰われる者の表情ではない。

 

「オレが弱い? だから逃げんのか? 逃げていいのか? 逃げて逃げて逃げて……逃げて!」

 

 やっと、カブトはザジを正面から見た。

 

「オレはオレを許せんのか?」

 

 不退転の覚悟をザジの表情から感じ取ったカブトはじっと彼の顔を見て、そして、視線を外した。

 

「それなら……」

 

 溜息を吐き、カブトは手から力を抜いていく。

 

「……死ねよ」

 

 カブトの手から落ちる仮面。それが地面に落ちる一瞬の間にカブトの両手は印を組み上げていた。

 

「!?」

 

 カブトは一瞬にして姿を消す。残されたのは、ほんの少しの白煙と地に落とされた仮面のみ。

 だが、噎せ返るほどに濃密な死の気配はザジの全身を嘗め回している。敵は逃げていない。

 

 ──…………下! 

 

 ザジの感覚が敵の居場所を告げていた。十八番である感知忍術を用いて感覚を鋭敏化させたザジは、敵が土遁の術で身を地面へと潜ませたことを感知していた。 

 当然の結果として、突如として地面からぬっと現れた右手、そして、その手に握られていたクナイは後方へと跳躍したザジを傷つけることはなかった。

 

 ──戦えてる、戦えてる! 

 

「ダメだね」

 

 昂揚した感覚が一瞬にしてゼロにされる。全身にひやりと冷たい感覚が奔ったことに気付いたザジは自ら地面へと倒れ込んでいく。

 

 ──なんでッ!? 

 

 地面を転がり、体に土を付けながらもザジは目を動かして、後ろから聞こえてきた声の主を探す。解り切った声の主の正体、カブトの姿を。

 

「終わりだよ」

 

 ザジの目にカブトは映ることはなかった。それは卓越した暗殺術だ。相手に気取られることなく命を奪う技術。仮に相手に気付かれたとしても、相手の虚をつき死に至らしめる技術。

 ついぞ、ザジが手に入れることができなかった技術だ。

 

 地面から起き上がろうとしていたザジの後ろへと、いつの間にか回り込んでいたカブトが手に持つクナイを振り下ろす。

 空を切る音。それはザジが幾度も聞いてきた音だ。任務でも修行でも忍者学校(アカデミー)の時分でも扱ってきたクナイの音。

 その音は彼の体に次のシーンで起こる結果をザジに想起させ、そして、ザジの瞼を強く閉じさせることになった。

 

 ──ごめん……。

 

 誰に謝罪するのか? ザジは心の中で謝る。その対象はザジ自身も理解していない。自らの責務を果たせなかったことに対し、火影に謝っているのか? 自らの想いを遂げることができなかったことに対し、自らに謝っているのか? 自らが留めておくことができなかったことに対し、バキとカブトを相手取らなくてはならなくなったゲンマに謝っているのか? 

 

 言葉は届くことなく、されども、想いは届く。

 

 キンッと甲高い金属音がザジの頭の上で鳴る。

 

 閉じてしまった瞼を一気に持ち上げる。少し、ほんの少し潤んでしまった視界で見つけたのは、上から下へと落ちていくクナイと、そして、殺傷力が決して高くない忍具──千本だった。

 

「……すみません!」

 

 視界に捉えたクナイと千本に手を伸ばし、そして、それらを手の内に捕らえたザジは体を半回転させてクナイを後ろに立つカブトへと振り切る。空を切ったクナイだったが、次いでザジの手から投げられた千本はカブトの髪を掠めた。

 

「ゲンマさん! 助かりました!」

「おう」

 

 気怠げに声を返したのは中忍試験本選の試験官であるゲンマだ。

 だが、声とは裏腹に、その体にはバキの風遁によって刻まれた裂傷がいくつもあった。幸いなことに、その全ての傷は軽い。特別上忍で上忍より下に位置付けられているゲンマの実力が砂隠れの上忍であるバキと拮抗していることを表している。

 忍は忍者学校生、下忍、中忍、上忍と実力順で区分される。その中で特別上忍は中忍クラスの実力を持ち、尚且つ、何かしらの技術で秀でていることが条件とされる特殊なランクである。例えば、第一の試験のイビキは諜報、拷問技術で優れており、火影直轄の部隊である暗部、拷問・尋問部隊隊長に名を連ねている。

 特定分野のスペシャリストとして認められたのが特別上忍だ。それ故に、特定分野以外の場では、その実力が上忍と比べて劣ると言われる。

 

「ザジ、無理はすんなよ」

「嫌ッス!」

「……ったく。この状況じゃ仕方ねーとはいえ、気負い過ぎると碌なことになんねーぞ」

「それでも! オレはカブトをブン殴りたいんスよ!」

「止めとけ」

「なんでッスか!? オレが弱いからッスか!?」

「違えーよ」

 

 だが、バキの前に立つ漢──不知火ゲンマの醸す雰囲気は上忍のそれを凌駕するとバキは感じ取っていた。

 

「オレがあのバカ野郎(カブト)をブン殴りてーからだ」

 

 強敵だとバキは溜息を吐く。彼我の実力を鑑みて、最適解を導き出す。医療忍術で回復できるカブトが墜ちたとするならば、この後が辛くなるのは火を見るよりも明らかだ。

 それをみすみす見逃すような真似をバキはしない。我愛羅をこの場から逃がしたことで、風影からの命令を既に達成できていない状況。これ以上、風影からの期待を損なう訳にはいかない。

 それに……。

 

 ──嘗められたままで終わるなど……漢が廃る! 

 

「風遁・風塵の術!」

「ッ!?」

 

 塵混じりの強風がバキの口から放たれる。触れれば、人間の肉など簡単に削ぐことができる術であるが、術の進行方向から上手く避けたゲンマはバキを睨みつける。

 

「お前の相手はオレだろ? 楽しもうぜ」

「……」

 

 膠着状態。ゲンマとバキ。ザジとカブト。何か一つでも間違えば、簡単に敵へと傾く天秤だ。そこで、ゲンマが取ることができる手段は少ない。これほどに悪い条件の戦いは、あの時以来だなと過去を思い浮かべる。

 あの時はガイの父親のダイが駆けつけてくれた。今は助っ人が来ることを期待する方が間違いだ。それぞれがそれぞれの場所で敵と戦うことで木ノ葉の忍はお互いを守り合うような状況。余裕がある者は誰一人としていない。

 

 そして、試験会場の上で睨み合う二人の忍の戦いも気にかかる。

 その上、送り出したサスケが我愛羅を仕留めきれるかどうかも気にかかる。

 

 ──クソッ。考えることが多すぎる。

 

 心の中で悪態を吐くが、ゲンマにできることは、ほぼない。あるとすれば……。

 

「かかってこいや、クソ共」

 

 ……時間稼ぎだ。格上の忍たちに一秒でも長く戦闘を続け、大蛇丸の援護や我愛羅の援護に行かせないこと。

 

「ブン殴ってやるよ!」

「オレもやるッス!」

 

 囮となることで敵の戦力を分散させることがゲンマとザジが今できる最適解であった。

 

 +++

 

 同時刻。観覧席の屋根の上。睨み合う二人の忍。

 

「……」

「……」

 

 先刻の宣言の後、二人は微動だにしない。二人とも理解しているのだ。下手に動けば命はないということを。闘気と殺気をぶつけ合うナルトと大蛇丸は相手の動きを量っていた。

 

 先に動いたのはナルトだ。須臾の間に瓦を蹴り、大蛇丸に肉薄したナルトは右腕を振るう。が、大蛇丸もナルトと同時に動いていた。右足の蹴りでナルトの右手首を捉え、自分の体へとナルトの攻撃が当たらないようにする。

 が、カウンターとしてナルトの左足から繰り出された蹴りが大蛇丸の胴に入った。予定調和だというように大蛇丸の体が上下に分かれ、別れた腰の部分から何匹もの蛇がナルトへと襲い掛かる。蹴りを繰り出したことで体勢が崩れたナルトに避ける術はない……とは大蛇丸は考えなかったのだろう。右の袖から潜影蛇手によって口寄せした蛇が屋根の棟の部分に向かって牙を向ける。

 だが、遅い。蹴りで体を回転させたナルトは左手の拳に向かってチャクラを収束させる。そうして、振り切った左拳から放たれた拳圧はチャクラで増幅され、ナルトへと襲い掛かっていた数多の蛇ごと大蛇丸を襲う。

 そして、ナルトは再び瓦を蹴り、その場から逃れる。瓦の下より吹き上がった蛇の群れで作られた巨槍から逃れたナルトは振り返り、蛇の滝の中にある黄色の瞳と睨み合う。

 

 そうして、白い靄がかかり、戦闘が始まる前の光景に戻った。二人の位置も、二人の戦闘で壊された屋根の瓦も、何もかも。

 幻術ではない。これはイメージだ。ナルトと大蛇丸が睨み合う中、二人はこの先の戦闘がどうなるのかイメージしていた。戦闘のプロはイメージトレーニングを欠かすことはない。イメージを現実と擦り合わせ、解像度を上げることで成功確率は上がるものだ。

 

「……」

「……」

 

 二人がイメージする戦闘は重なり合う。だからこそ、早計に動くことはできない。勝つイメージを描けない。何の策もなく動けば、確実に負ける。

 ナルトは臍を噛む。たった一月の修行で埋められるほどの実力の違いではないということは分かっていた。だが、これほどまでに近づくことができないとは考えてもみなかった。

 戦闘終了までナルトがイメージを行わなかったのには理由がある。この後に起こり得そうな結果が全て死亡だったからだ。焼死、溺死、失血死、圧死、震死、窒息死、絞死、中毒死、煙死、転落死、斬死、刎死、狂死。徒死だ。何も出来ずに死んでしまう。

 ナルトの嗅覚は強烈な死の気配を感じ取っていた。それでも、震え一つ見せずに佇むのは流石と言えよう。これほどまでに死を間近にして、自己を保つ。強者しか行う事のできない所作であろう。

 体を動かさず、心の中も動かさないようにし、戦闘に集中する。

 

「大丈夫じゃ」

「む!?」

 

 それ故に、殺気もなく後ろから肩へと伸ばされた手には気付くことができなかった。背伸びまでして精一杯、体を伸ばしてナルトの肩へと手を伸ばした三代目火影に気付くことができなかった。

 

「ナルトよ。こやつとはワシが戦う」

「三代目殿。ここは己に任されよ。己と、この者とは……因縁がある」

「そやつがワシの弟子だとしてもか?」

「む!?」

 

 笠に手を掛けながら、三代目火影はナルトの前に出る。

 

「大蛇丸はかつてワシの弟子じゃった。ワシとあやつとの関係は……ナルト、今のお前とカカシの関係のようなものじゃな」

「しかし……」

「ナルトよ、お前の気持ちも分かる。サスケのことじゃな」

「然り」

「サスケに大蛇丸が何をしたか。それを聞き出そうとしても、こやつは何も吐かぬよ」

「では、どうすればいいと言うのか?」

「サスケを信じろ」

 

 振り返った三代目火影はナルトに微笑む。

 

「サスケは一人で我愛羅を追った。ナルト、これは三代目火影からの命令じゃ。サスケを追い、そして、サスケを助けるのじゃ」

「……しかし」

 

 逡巡するナルトの後ろからトンと軽い音がした。振り返るナルトの目に映るのは白いローブを来た二人の人間。

 

「三代目火影。助太刀する」

「ほう……感謝する」

 

 二人の白装束の内、大柄な方が三代目火影に助力を申し出る。

 

「ここはボクらに任せて、アナタは行ってください。アナタを待っている人がいます」

「……」

 

 二人の白装束の内、小柄な方がナルトへと話し掛ける。

 その声は凛と澄んでいて、ナルトに決意を促した。

 

「……承知!」

 

 瓦を蹴り、屋根から大きく跳躍したナルトを見送り、三代目火影は白装束の二人に話しかける。

 

「して……ワシに助力を願い出た理由を尋ねてもよいかな?」

「……木ノ葉に、いや」

 

 フードに手を当てた大柄な漢は、それを一気に跳ね除ける。フードを取り、素顔を曝け出した漢を見て、大蛇丸は嗤う。今まで遊んでいた玩具とは違う玩具を見つけた子どものように。

 

「“うずまきナルト”に借りがある」

 

 底冷えするような大蛇丸の笑顔を見た漢だったが、何一つとして動じる様子はない。そして、それは大柄な漢に続いてフードを外した小柄な漢も同じく。

 恐怖などある訳がない。

 

「“鬼人”を殺してくれたって大きな借りがな!」

 

 死人に恐怖などある訳がない。あの日、波の国で“死んだ”二人に恐怖はない。

 ただ、この身は義理に答えるために動いている。殺すことで救ってくれた恩人への義理で。

 

 並び立つ三人を正面から見据えた大蛇丸の表情は変わらない。愉しそうに歪んだままだ。歪んだ唇から言葉が漏れる。

 

「……面白いわね。面白いわ。これから戦えるのが、三代目火影と……再不斬と白だなんてね!」


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