NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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木ノ葉崩し
目ま狂おしく


「……なに……この……あったかいの……」

 

 砂で作られた殻の中、我愛羅は呟く。左肩の辺りから暖かいものを感じる我愛羅は、その暖かいものが何か分からなかった。

 

「母さん……なにが……」

 

 いや、無意識の内に、我愛羅はそれが分からないように自分の脳を誤魔化していたのだろう。

 

 ピチャ。

 

 砂の殻の中で有り得ない、有り得てはならない水音がする。

 

「ああ……」

 

 認識してはならない。認識してはならなかったものを認識してしまった。瞬間、殻に包まれている我愛羅が感じていた多幸感は冷え、消え失せてしまった。

 

「うわああああ!」

 

 何故、何故、何故!? 何故だ? 何故なんだ! 何故、この殻が! この体が! この魂が! 悲鳴を上げているというんだ!?

 

 我愛羅の脳を現実が襲う。

 

「血がぁ……オレの血がぁ!!!」

 

 苦痛窮愁艱苦憂悶恥辱辛苦屈辱衝動……殺意殺意殺意殺意。

 

 負の感情に彩られた我愛羅の心は対象を認識した。目の前のコイツだ。コイツが悪い。コイツを殺すべきだ、殺さなくてはならない。我愛羅の念によって砂は防御の形から攻撃の形に移行する。異形となり、殺意の向かう先を圧し潰すべく、砂は密度と速度を高める。

 

 だが、そこには何もなかった。強いて言えば、ぽっかりと開けられた穴のみがあったと言えよう。殻に穴を開けた下手人は既に退避したのだと判断した我愛羅バケモノは目線を穴から見えた少年に遣る。

 

「ク……」

 

 視線が合った。少年は面白いように怯えている。そうだ、その表情が相応しい。その表情が見たかった。その表情であるべきだ。

 

「グッ!」

 

 ミシリと頭が痛む。脳裏に浮かぶのは、あの月夜。消えろと、無くなれと、言っても願っても祈っても、消えても無くなってもくれない最悪の夜の記憶。自分のみを愛する修羅となることを決めた夜だ。

 ならば、この愉しむ感情は自分か? いや、違う。オレはオレ以外全ての人間を殺すために存在している。殺しは自己肯定のため。決して、快楽のためではない。

 

「……」

 

 殻が解け、砂に戻っていく。その中心に立つのは血が噴き出る左肩を押さえた傷を負った我愛羅だ。だが、その目は前に立つサスケから離れない。

 

 旨く匂う獲物を見つけた捕食者のように。

 殺すべき相手を見つけた殺人者のように。

 

+++

 

 尾を引く閃光。

 地を割く雷光。

 激突。次いで、轟音。

 剥離する砂塵、穴からは叫喚。

 

 そして……。

 

 そして、ふわりと羽が舞う。

 

 サスケと我愛羅の試合を観ていた観客席に一人の男はそれに気づいた瞬間、抗い切れぬ睡魔によって、意識が闇に染まった。

 

「……こいつは!?」 

 

 ザジの声がマイクを通して観客席にまで響くものの、男が意識を取り戻すことはなかった。 

 

 涅槃精舎の術。

 白い羽の幻影を見せ、そして、その白い羽が微睡へと誘い、最後には安穏な眠りへと堕とす最高ランクの幻術だ。この術は発動した瞬間から意識が遠ざかっていくために、抗うには強靭な精神力が求められる。 

 

「解!」

「解!」

「解!」

「解!」

「解!」

「解!」

 

 この幻術を解くことが可能か否かのキーになるのは精神力。すなわち、木ノ葉の忍には備わるものだ。術を掛けられたことに気が付いた木ノ葉の忍たちは次々と自らに掛けられた幻術を解いていく。

 

 ──フッ……流石、木ノ葉のエリートたち。やりますね、幻術返しとは……。

 

 術者は仮面の裏で独り言ちる。

 そして、心の中で言葉を紡ぐ人物がもう一人。

 

 ──幻術……! カブトはもう動いているのか……では、そろそろ……来る!  

 

 我愛羅たちの班の担当上忍である砂隠れの里の上忍、バキは計画……これから起こる、いや、これから起こす“木ノ葉崩し”がすぐ傍まで迫っていることに想いを馳せる。

 

 そして、バキの確信と共に動く強者がいた。

 ゆっくりとお互いの方向に顔を向けていく火の笠と風の笠。

 

 目線が合う。双方共に準備は済んだ。

 

「見つけたぞ」

「!?」

 

 聞く者に阿修羅を想起させる声。滲み出る怒りが、彼らを覆う巨大な影が、笠を被った男たちの動きを止める。そして、動きを止めてしまったことは致命的な隙と同義だ。

 “風”と書かれた笠を被った男の眼前には拳が迫っていた。

 そう、それは致命的な隙だった。脅威となる者の前で、その者が慕う者に敵意を向けること、つまり、意識を全て“火”と書かれた笠を被った男に向けることは致命的な隙であった。もっとも、それが“本物”の風の意匠を凝らした男であればの話だが。

 

 “偽物”の男は瞳孔を細める。

 

 捕食者としての貌を出した男は鼻先に迫っていた拳を事もなげに避け、そして、瞬身の術で姿を消した。

 

「クッ……!」

 

 轟音が響いたと同時に自身の拳を避けられたことに気が付いた巨大な影の主は臍を嚙み、逃げた捕食者を追うべく、その場から飛び立った。

 

 残されたのは、無残にも一拳の元で完膚なきまでに破壊され尽くした“風”の笠の男が座っていた椅子。そして、何が起こったのか分からないという表情で立ち尽くしている砂隠れの額当てをした忍二人。それから、同じような表情で壊された椅子を見ている木ノ葉の特別上忍、並足ライドウだけであった。

 

+++

 

 観客席。

 その後ろに五人の男がいた。小柄な一人は席に座り、その右後ろに黒いフードを被った男が二人。そして、左後ろに白いフードを被った男が二人。

 涅槃精舎の術に対して幻術返しを瞬時に行った四人の男たちは席に座っていた男の幻術をも瞬時に解いていた。十把一絡げの忍ではない。

 

「行け。そして、果たせ」

 

 白いフードを被った二人の男に目線を合わせることもなく、席に座る男は二人に指示する。頷くことはなかったが、白いフードを被った男たちは音を立てることもなく、姿を消した。

 

 状況は目まぐるしく変わる。その中で最適な判断を下せる者は少ない。席に座る男は、生き馬の目を抜く政治の世界で生き抜いてきた猛者である。状況判断は並ではない。だからこそ、この一手を打ったのだろう。

 

 今一度、悪魔に戻ることに辞さない覚悟を決めた男は特別な観覧席を、正確には、その上の屋根を見つめる。そこに立つ漢の姿を目に焼き付けるために。

 

+++

 

 中忍試験会場、特別観覧席の屋根。その上で二人の男が向き合っていた。一人は細身、そして、一人は巨大。巨大な男が朗々と言葉を紡ぐ。

 

「ここで会ったが百年目。罪を雪ぎ、悪事を省みる。それすら無しの人でなし」

 

 巨大な男は細身の男に憤怒を向けるが、細身の男は柳の如く巨大な男の怒気を受け流す。

 

「許して置けぬ、その悪行。なれば、ここが終着点」

 

 しかしながら、言葉は届いている。

 

「貴殿と己の終焉は。此処で終わるが天の定め」

 

 これで終わりだと、此処が終わりだと宣言する巨大な男に対して、細身の男の返答は微笑を浮かべる。そう、此処が終着なのだ。

 

「なれば言わずにいられまい。我らが誇りを、我らの名を」

 

 男は笠を取り、そして、張り付けていた他人の顔を剥がす。

 

「……大蛇丸」

「うずまきナルト」

 

 かくして、誇りを……力を見せつけるべく、二人の男は睨み合う。

 

「あなたを……」

「貴殿を……」

 

 故郷を守護するために、古巣を破滅させるために。

 

「絶望させる者の名よ!」

「討ち取る者の名だ!」

 

 二人の漢は宣言した。

 

+++

 

 中忍試験会場で睨み合う我愛羅とサスケだったが、目まぐるしく変わる状況が二人に猶予を与えることはない。

 

 我愛羅の前には砂隠れの上忍バキが、サスケの前には木ノ葉隠れの特別上忍ゲンマが、それぞれの下忍を背に隠すよう向かい合っていた。バキに次いで、我愛羅の元にテマリとカンクロウが着いた足音を確認したバキはゲンマから警戒を外すことなく、我愛羅に声を掛ける。

 

「我愛羅、作戦を……」

「……」

 

 返事をしない我愛羅に横目を向けたバキは唇を噛む。頭を抱え、小刻みに体を震わす我愛羅の姿。その姿に見覚えがあるテマリは呟く。

 

「やっぱり……」

「……どした?」

 

 カンクロウの疑問に答えたのは我愛羅の苦し気な呻き声だった。

 

「馬鹿め! 合図を待たずに勝手に完全体になろうとするとは……!」

 

 バキの焦燥が言葉として外に出てしまう。状況は逼迫している。切り札なしに“木ノ葉崩し”──木ノ葉と砂の戦争を行うか否か。その重大で重要な責任が彼の肩に圧し掛かっていた。

 

「副作用が出てる。もう無理だ!」

「じゃあオレたちはどうすりゃいんだよ! 我愛羅なしでやれってのか!?」

「くっ……」

 

 バキは迷う。迷いなど疾うの昔に捨てたハズだった。木ノ葉との戦争を風影から聞かされた時に、戦死する覚悟は決めようとせずとも決めていた。だというのに、バキの心の内には迷いがあった。

 

 責任感。そう言ってしまえれば簡単だ。

 里の上忍としての責任。我愛羅を此処で、この場所で、この時で使い潰す。里の為に、里の為だけに使い潰す。それが責任。

 班の上忍としての責任。我愛羅を此処で、この場所で、この時で使い潰す。里の為に、里の為だけに使い潰す。それが責任。

 

 なら、なぜ迷う? なぜ、迷っている? ここで解放するように我愛羅を言葉で以って追い詰めればいい。そうだ、そうすればいい。

 

「中止だ!」

 

 我愛羅を導く師としての責任に天秤が傾いた。だからこそ、風影の意志に逆らうことに決めてしまっていた。

 

 責任感。そう言ってしまえれば簡単だ。師として弟子の面倒を見る責任感。そうだと言ってしまえれば簡単だった。だが、きっと違う。

 

「お前たちは我愛羅を連れて一旦、退け!」

 

 きっと彼は、この時、この瞬間、この少年の内に何かを見たのだろう。何かと問われても分からない。何かと考えても分からない。だが、これはきっと重大で重要なことなのだろう。

 

「先生は!?」

「オレは参戦する。行け!」

「う……うん」

 

 バキは不敵に嗤って見せる。強がり……そうだろう。未だ自分の内すら分からぬ未熟者が他者に指示を出すなどちゃんちゃら可笑しい。自嘲する自分がたまらなく面白い。そして、たまらなく爽快だ。

 

 バキは知らない。この時、この瞬間、この少年の内に見た“何か”を指す言葉を。それは言ってしまえれば簡単だ。その何かは“希望”。自分が此処で堕ちても明日に何かを紡ぐためにしたことを後に思い起こした時に自分を誇ることができるものだ。

 

「このパーティの主催者は大蛇丸か?」

「さあな。とりあえず、盛り上がって行こうぜ……運命って名前のパーティをよ!」

 

 だから痛快。だから愉快。心が爽やかな風に吹かれているかのように軽かった。

 

 ──運命という言葉は諦めるためにあるのではない! 運命という言葉は自身を鼓舞するためにある! 絶体絶命の状況であろうが勇気を励起させ、勝利を手に掴む道標とするための言葉!

 

 自分も焼きが回ったとバキは唇を上げる。自分たちが中忍試験を台無しにしたのに、中忍試験の続きを観たかったと思うなどと少し前の自分ならば、考えもしなかっただろう。

 

「オイ……何がどうなってる?」

「悪いが中忍試験はここで終わりだ。とりあえず、お前は我愛羅たちを追え!」

「……」

「お前はすでに中忍レベルだ。木ノ葉の忍なら役に立て」

「……ああ」

 

 サスケが我愛羅たちを追うことを見逃すのは、今までのバキにとっては有り得ないことだった。それを認めてしまうバキの心には確かに希望が灯っていた。

 

+++

 

「テメェ……!!!」

 

 怒りで声を出すことができない。ギリギリと歯を食いしばる音がする。

 中忍試験解説者のザジの震える声をマイクが拾うが会場のほとんどは睡魔に誘われた後だった。そして、そのほとんどに入らない者は何処からともなく現れた音隠れの忍と砂隠れの忍との戦闘に入っている。

 

「出て来い! 裏切り者!」

 

 解説席から中忍試験会場の中心に降り立ちながら、泣きそうな声でザジは叫ぶ。

 それもそのハズ。ザジほど此度の中忍試験を楽しみにしていた者はいない。通常ならば、中忍風情が里の最高指揮官である火影に謁見することなどできるハズがない。火影に意見を述べることなどできるハズがない。火影にそれまで前例のない中忍試験の解説者として自分を売り込むことなどできるハズがない。

 

 だが、ザジは解説者の席を勝ち取った。偏に、彼の情熱故に。

 

「この裏切り者! 出て来い! 出て来い!」

 

 この中忍試験に懸ける彼の想い。今、中忍試験を受けている下忍たちが培ってきた力、つまり、下忍たちの魅力をより正確に、より熱く伝えるのが自分の使命であるとザジは考えていた。

 それが、どうだ。誰かの下らない欲望で命を、誇りを懸ける尊い闘いが穢され、貶められたのだ。

 

 決して許すことができるものではない。

 

「この野郎! 出て来い! 出て来い! 出て来い!!!」

 

 いつの間にかザジの頬を涙が濡らしていた。自分の無力さが、自分の見る目のなさが憎くて仕方なかった。

 

「出て来い! カブト!」

 

 下手人の名前を叫ぶ。ザジは自分でも言うようにエリートである。彼の感知忍術のレベルは上忍と比べても遜色ない。涅槃精舎の術に残されたチャクラからカブトがこの許し難い犯罪を起こしたのは明らかだった。

 

「やれやれ、そう叫ばないでくださいよ」

 

 名前を呼ばれ、もう姿を晦ませ続けることはできないと踏んだのだろう。ザジの前に姿を現した暗部の忍。いや、暗部の忍装束を身に着けたカブトは被っていた仮面を外す。

 仮面の裏にあった素顔は大蛇丸と同様の酷薄な微笑だった。

 

 睨み合うザジとカブト。隣ではゲンマとバキ。遥か上ではナルトと大蛇丸。

 

 木ノ葉崩しが、今、始まりを告げる。


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