「オレは上昇志向、ここはSo桃源郷。前に立つは雲霞、有象無象」
今。
「取るに足る事はない。されど、どうも物足りない」
ここに。
「嗚呼、Vibes上げて行こうか。特大の痺れ喰らわすThunder」
自分が。
「聴衆はHurry and stand up! 掌で鳴らせClap!」
今、ここに、自分が。
「昂然と
居るということを。
「人と狸の化かし合い。忍どもが騒然、馬鹿試合」
刻む。
「敗者には哄笑! オレはCall 勝負!」
刻み込む。
「選択は一択、それは神託。勝者は決まって、うちはサスケェイ!」
そう、勝者の名を。
「……ォ……オ……オオオオオオオオオ!」
はらりと木の葉が舞い落ちる。
一瞬の静寂の後、会場が湧いた。
「待ってたぜェエエエエエ! うちはサスケェエエエエ! 登場から魅せてくれるじゃねェか! 待たされたことも水に流してやれるぐらい高まるゥウウウ! いや、オレらを高まらせるために遅刻したのか!? なんて奴だ! こいつ……やはり天才か!」
会場はもちろん、解説席のザジもボルテージはマックスだ。一挙に湧き上がった会場の中、中心に立つ少年は天へと指を立てる。
次は何をするのだろうか?
大衆はサスケの次の動きに期待を込めて注目する。
自身の一挙手一投足を見つめる観衆の期待を一身に受け、サスケは傲岸不遜に声を張り上げた。
「勝者は!」
「…………サスケ」
「優勝は!」
「……サスケ!」
「最強は!」
「SASUKEEEEEEEEE!」
会場を煽り、今までにないほどの盛り上がりを作り出したサスケの扇動力は忍の域から脱したと言えよう。
──例えるならば、クラブでパーリナイなパーリーピーポーがダンシング&パレードしてドゥイッドゥイッドゥイッゴッツアンデスした後にバッチコイバッチコイベイベーイェイイェイナーナーナナナナッナーという所か。
観客席からサスケを見るガイは唾を飲む。なんてナウい奴だと戦慄しながら隣に目を向ける。
ガイが目を向けた先。
いつの間に姿を現したのだろうか? そこにいたのは、いつもと同じヤル気がないような表情を浮かべるカカシだった。いや、いつもと同じではないことをガイは感じ取っていた。長い付き合いで、更にカカシと研鑽し合ったガイだからこそ、カカシがいつもと違うことを感じ取る事ができたのだろう。
「カカシ……」
「カカシ先生! サスケくんのアレは何ですか!?」
──リー!
リーの声でガイはカカシに向けた呼び掛けを止める。
それも仕方のないことだろう。サスケが遅刻した原因は十中八九、カカシのせいだとガイは考えていた。遅刻癖があるカカシに何度も焦らされたガイだからこそ、今のリーの気持ちが手に取るように理解できる。
リーが目下、倒すべき目標と掲げたサスケが遅刻などという下らない理由で中忍試験を失格になってしまえば、遣る瀬無い気持ちになっていたことだろう。ナウい演出を行ったというだけで、やきもきさせられた感情が消えることはない。
──リーがカカシを責めるのも当然か。
そう、ガイは考えていた。
「素晴らしいです! 素晴らし過ぎます! 」
「……」
ガイは信じられないといった顔つきでリーを見遣る。
なんと、愛弟子はいつも以上に目を輝かせて、ガイの隣に立つカカシに話しかけているではないか。
「試合の事だけじゃなく、観客のことまで考えて盛り上がるようにワザと遅刻したんですね!」
「いや、それがね」
「く~! ボクには思いつきもしなかったことです!」
「あの……リーくん?」
「ボクがサスケくんだったなら、我愛羅くんをどうやって倒そうとするかしか考えなかったと思います」
「おーい」
「しかし! サスケくんは違いました! 試合を観ている人のテンションを上げることまで考え……あ、何でしょう?」
「サスケが遅刻した理由はね……」
やっと、話ができると胸を撫で下ろしたカカシは、次いで、済まなそうな声色を出す。
「……ラップの言葉を考えていたからなんだ」
静寂が包み込む。
「カカシよ」
その中で言葉を出すことができるのは、流石というべきか上忍として場数を踏んでいるガイだった。
「それで……勝てるのか? ラップを……言葉を……考えている。それで? 我愛羅に? 勝てるのか?」
所々、言葉に詰まるガイであったが、それも仕方のないことだろう。カカシの言うことを、そのまま受け取れば我愛羅への対策などしていないとも取れる。
しかし、ガイの疑問を受け流し、カカシは重心を後ろに傾けた。これはカカシがリラックスしている時にする行動だ。
「アイツは我愛羅なんか見てないよ」
「なに?」
「アイツが見ているのは……」
「サスケくんが見ているのは……」
ゴクリと喉を鳴らすリーにカカシは微笑みかけた。
///
「カカシ」
修行期間中の出来事だ。
チャクラが切れたサスケをカカシが休憩させていると、不意にサスケから話し掛けられた。
「ナルトに勝つにはどうすればいい?」
サスケの質問に答えるべく、カカシはナルトの顔を思い浮かべる。極力、ナルトの体付きを思い浮かべないようにしたお陰か、ナルトの顔に重なるように、ある人物の顔が浮かんでくる。
──先生。
今は亡き彼の師の顔をカカシは思い浮かべた。
「んー。予測不可能な攻撃とかかな? 多分」
「予測不可能?」
「オレもオレの先生から聞いた話なんだが、オレの先生は雲隠れのビーってラップを歌う変な忍と戦ったことがあったらしい。先生は、その忍の動きは変幻自在だったと言っていた」
「変幻自在?」
「ああ。虚実を織り交ぜた攻撃。そして、体すらも変化させて相打ち狙いのカウンター。その時のことを語っていた先生の顔付きは今でも忘れられない」
カカシは遠くを見る。
彼の目に映るのは澄み渡る青空。そして、その色は彼にとって特別な色。まだ下忍になりたての頃、カカシが心から憧れた人物の瞳の色だ。
常に柔和な笑みを浮かべていた自身の先生が見せた、かつての顔色は複雑な文様を描いていた。
「そうか」
愉し気で、そして、期待しており、何よりもその人物の力を認めていると雄弁に語っていた師の表情を思い起こしたカカシだったが、耳に届いたサスケの声で現実に引き戻される。
「え? 何か分かったの?」
「ああ、理解できた。……カカシ。もう少し付き合え」
「……りょーかい」
///
「未来だけだ」
リーへとカカシは頷く。自分の隣でお互いに理解したように頷き合うカカシとリーに引き攣った笑みを浮かべながらガイは冷や汗を流していた。
──カカシめ。ナウいラップを修行に取り入れるとは流石、オレの生涯のライバルと言っておくべきか、言っておくべきだ。そういうことにしておこう。サスケの未来。うむ、ラッパーか。忍との兼業でもできるのだろう。ライフワークバランスが叫ばれている昨今は仕事と趣味の両立を目指すように労働環境を見直すためにもオレもナウくクジゴジで飲みニケーションをして歓楽街に繰り出すべきなのかもしれないな。……分からん。
ガイは理解することを放棄した。それは奇しくも、ガイが生涯のライバルと認めたカカシと同じ結論であったのだ。
しかし、カカシはサスケの担当上忍である。理解を放棄していたとしても、彼がサスケに向ける信頼は絶大。サスケなら何かを起こす。そう信じているからこそ、カカシは安心してサスケの試合を観ることができる。
──サスケ、魅せてやれ。
振り返ることもないサスケに向かって、心の中でカカシは頷いた。
+++
「やっと……やっと来た」
カカシたちから下の方向、観客席よりも下段にある選手控えの段に小さく、震えた声が響いた。
その声に弾かれたようにテマリは横を見る。シカマルとの試合で疲労は残っているものの、妙に体の調子が良く、常よりも高いパフォーマンスを発揮できそうだと考えていたテマリの体を強張らせるほどに冷たい声だ。
声の主は薄く嗤い、眼下にサスケの姿を収めている。いや、サスケ以外は全く見えていないと言った方が正しいだろう。
そこには興奮で赤い髪を逆立させた獣──我愛羅──が居た。
──ヤ、ヤバイ。こんな我愛羅は久々に見る。
「オ、オイ、我愛羅。……作戦の事、分かって……」
なけなしの勇気を振り絞り、恐怖で固まった体を動かしたテマリは我愛羅に話しかけようとした弟の口を手で押さえる。
「今、我愛羅に話しかけるな」
「……!」
「殺されるぞ」
テマリの弟、そして、我愛羅の兄であるカンクロウは口を噤む。黙ることしかできないほどテマリの言葉は正鵠を得ており、更に、我愛羅から醸される殺気がカンクロウの言葉を圧し潰す。
しかし、その我愛羅の視線を一身に受けて尚、意にも介さずにサスケは微動だにしない。
まるで、静かに何かを待つような佇まいだ。
「……サスケくん」
「サクラか」
サスケが待っていたのはサクラだ。
泥だらけになりながらも、痣だらけになりながらも勝利を掴んだサクラ。彼女に掛ける言葉をサスケは既に決めていた。
「……やったな」
「ッ! うんッ!」
サスケの言葉でサクラは思わず破顔する。
それは最高の言葉。愛する人より褒められた……認められたことはサクラにとって、これ以上、嬉しいことはない。
これ以上、嬉しいことはない。そう考えるサクラはまだ甘かった。
「サクラ……待っていろ」
「ッ!」
──オレもお前と闘いたい。
そう言外に聞こえたサクラはサスケを見る。
修行の為の一ヶ月の間で少し長くなった黒髪から覗くサスケの目は猛禽類の如し。獲物として捉えられたことを認識したサクラは唇を吊り上げる。
「ええ。最高の勝負を」
「ああ」
それだけを言い残し、サクラは瞬身の術で木の葉を巻き上げながらナルトの傍に戻る。
その表情は凛としつつも柔らかい。自身の身の丈に自信が一致した表情だ。実力を認められ、そして、倒すべき
もうサスケの後ろを追いかけるだけの軽い女ではない。隣に立ち、共に研鑽し合う関係だ。
──いいチームになったな。
目を細めたカカシはサクラ、そして、ナルトから会場の中心に立つサスケに目線を移す。
「我愛羅、降りて来い」
──始まるか。
ゲンマの声でカカシは気を引き締め直す。
これから始まる闘いは下忍の範疇に収まらない攻防が予想される。それこそ、ナルトとネジの、シカマルとテマリの、ドスとサクラの闘い以上の忍術合戦。血で血を洗うなど生温い。それほどの戦闘が行われるとカカシは確信していた。
風がカカシの頬を撫でる。この時期、乾いた高気圧が起こす清々しい風だ。しかし、常とは違い、その風は血の臭いを纏っていた。
一陣の風となり、強烈な血と砂と、そして、死の臭いを会場内に撒き散らしながら、一人の少年が会場の中央に降り立つ。
「ククク……」
砂を纏わせた我愛羅がサスケの前へと降り立った。その貌は、これから始まる戦いの興奮で捻れ、そして、喜色を表していた。木ノ葉の里の中でも上位の実力を持つ特別上忍のゲンマでさえ、思わず喉を鳴らしてしまうほどの狂気。
会場の誰もが我愛羅のことをバケモノだと思ったことだろう。
「……」
ザジもそう感じていた。しかし、彼は解説者だ。この闘いから目を背ける訳にはいかない。
「テメェらぁあああああ! ブルって目ェ閉じんじゃねェぞ! お前らが待った闘いは何だ! これだ! サスケと我愛羅との闘いだ! 目ェ開けろ! 闘いから目を逸らすな! これを見逃したらゼッテー後悔するぞ。だから、目ェかっぽじって!」
ザジは恐怖で、そして、興奮で震える声を限界まで張り上げる。
「見ろや! 目の前の闘いを!」
──ザジ。よく言った。
「始めェ!」
ゲンマも肉声のまま声を限界まで張り上げる。ザジの気合に、熱気に中てられてしまったゲンマだが自分らしくないと思いながらも、どこか心地良かった。
声を張り上げるなど自分らしくないが、それでも、これは、この闘いは、この熱は。冷静さを捨て去ってしまえる、いや、冷静さなど持つべきではない。
なぜならば、この昂揚を押し留めることなどできようハズがないのだから。