NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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刻んだ想い

 口を開きながらネジは鈍く光を反射する額当てへとゆっくり手を伸ばす。

 

「日向宗家には代々伝わる秘伝忍術がある。それが……呪印術」

「呪印術?」

「その呪いの印は“籠の中の鳥”を意味し、それは逃れられない運命に縛られた者の証」

 

 スルリと軽い音がした。ネジの額から額当てが取られた音だ。ナルトはネジの額を無言で見つめる。

 額当てを外したネジの額には卍に似た印と、それを左右から囲むように二本の線が刻まれていた。

 

「四歳のある日、オレはその呪印術により、この忌まわしい印を額に刻まれた」

 

 ネジの独白に口を挟む者はいない。

 

「その日は木ノ葉では盛大なセレモニーが行われていた。長年、木ノ葉と争っていた雲隠れの里の忍頭が同盟条約の締結のため、来訪した日でもあった。しかし、木ノ葉の上忍から下忍に至るまで、誰もが参加したそのセレモニーに出席していない一族があった」

 

 淡々と語るネジ。

 

「それが日向一族! その日は宗家の嫡子が三歳になる待望の一日だったからだ」

 

 彼の言葉に口を挟む者はいない。

 

「解らないか? ヒナタ様の三つの誕生日だ!」

 

 ネジはチラと上へと視線を向ける。その視線の先には、ネジが語る先を知っているヒナタが青ざめた顔で下を見ていた。

 

「オレの父、日向ヒザシとヒナタ様の父、日向ヒアシ様は双子だった。しかし、ヒナタ様の父、ヒアシ様はこの世に先に産まれた長男、宗家の者。そして、次男であるオレの父は分家の者」

 

 ネジは過去の光景を思い出す。彼が思い出すのは父のどこか強張った表情。

 

「宗家の嫡子が育ち、三つになった時……オレは呪印を刻まれ“籠の中の鳥”となった。日向の分家にな!」

「つまり……どういうことだ?」

「この額の印の能力。それは日向宗家の者の秘印による脳神経の破壊! 印を組むだけで宗家は分家の者を容易に殺すことが出来る。この呪印は宗家が分家に与える“死”という絶対的恐怖! そして、この呪印は死んだ時のみ消えてくれる。白眼の能力を封印してな」

「む!?」

「日向家は最も優秀な血継限界を持つ一族だ。その特異能力の秘密を狙う者は後を絶たない。つまり、この呪印は宗家を守る為にのみ分家は生かされ……分家が宗家に逆らうことを決して許さず……日向の“白眼”という血継限界を永劫守る為に作られた効率の良いシステムなんだ」

 

 一旦、言葉を切ったネジは感情を切り離す。

 

「そして……あの事件が起きた」

 

 熱くなってしまった自分を収め、ネジは唇を歪ませた。

 

「フフ……」

「……」

 

 無表情に嗤うネジを前にナルトは押し黙るのみだ。

 だが、心のどこかで、これからネジが語ることは自分に衝撃を与えるであろうことをナルトは理解していた。

 そして、その予感は外れることはなかった。

 

「オレの父親は宗家に殺されたんだ」

「どういうことだ!?」

「ある夜、ヒナタ様が何者かに攫われかけた。その時、ヒアシ様はすぐに駆け付け、そいつを殺した。暗がりで、しかも、マスクを着けていたそいつ……一体、誰だったと思う? そいつは……そいつは同盟条約を結んだばかりの雲隠れの忍頭だった」

 

 ネジの事情を知らない会場の人間、全てが息を飲む。

 

「初めから白眼の秘密を狙ってやって来たことは明らかだ。しかし、雲隠れは計画失敗で自里の忍が殺されたことをいいことに、木ノ葉の条約違反として理不尽な条件を突き付けてきた。当然、木ノ葉と雲は(こじ)れに(こじ)れ、戦争にまでなりかけた。しかし、戦争を避けたい木ノ葉は雲とある裏取引をした」

「それは?」

「雲側の要求は白眼の血継限界を持つ日向宗家、つまり、ヒアシ様の死体を渡せというものだった。そして、木ノ葉はその条件を飲んだ。そして、無事、戦争は回避された」

 

 ネジが自身で冷たくした感情が再び熱を持つ。

 

「宗家を守るため日向ヒアシの影武者として殺された……オレの父親のお陰でな!」

 

 ネジはそう吐き捨てた。

 

「クク……この忌まわしい呪印から逃れるには死ぬ以外に方法はない。力もほぼ同じ双子なのに、先に産まれるか後に産まれるか。そこで運命は既に決まっていたのだ。そして、この試合、お前の運命もオレが相手になった時点で……決まっている。例え、百二十八掌すら効かないとしても、遣り様はいくらでもある。お前はオレに負ける運命だ。絶対にな」

「己は貴殿に勝つと運命に誓った。運命を理由に諦める子どもには負けることはできぬ」

「……何も知らない“ガキ”が偉そうに」

 

 ネジは再び言葉を吐き捨てる。

 

「人は生まれながらに逆らう事の出来ない運命を背負って産まれてくる」

 

 ネジは人差し指をナルトに突き付けた。それは明らかに拒絶の意味を示していた。

 

「一生、拭い落とせぬ印を背負う運命がどんなものかお前などに分かるものか!」

「確かに……己は分からぬ」

「なら黙っていろ!」

「しかし、貴殿も理解していない」

「何だと?」

「ヒナタも貴殿と同じだということを貴殿は理解していない。ヒナタには呪印なるものはないが、それでも宗家という籠の中で足掻いていた。出ようと! 羽ばたこうと! 飛ぼうと! その努力を否定する貴殿を己は許すことなど到底出来ぬ!」

「……」

 

 ネジは目を閉じた。思い返すのは先のナルトの言葉だ。

 目を開けたネジはナルトを真っ直ぐに見遣る。

 

「お前は『闘いを続ける前に一つ貴殿に問いたい』と先ほど言ったな?」

「然り」

「なら、オレからも一つ質問だ。どうして、お前は運命に逆らおうとする」

「貴殿の心が悲鳴を上げていたからだ」

 

 ネジは眼に力を籠める。白眼を発動させ、構えを取るネジの目の色は限りなく冷たかった。

 

 ──認めない。

 

 拒絶の意志を掌に乗せ、ネジは駆ける。目的はナルトの命、それだけだ。

 彼の狙いは人体の急所、チャクラ穴が密集した八つの箇所。これを八門と呼ぶ。

 これは余談であるが、八門の一つ一つに名称がある。

 

 心臓にある死門、下腹部にある驚門、丹田にある景門、体の真ん中にある杜門、胸の中央にある傷門、首筋にある生門、右の頭にある休門、左の頭にある開門。

 

 この八門はチャクラの流れを制御する重要な経絡だ。必要以上にチャクラが流れないようにする(せき)の役割をこの八門は担っている。

 この八門が何らかの要因で壊れたとしよう。そうすると、文字通り堰を切ったようにチャクラが人体に流れ、体の各所──臓器、骨、筋肉──を壊し尽くす。八門が壊れた人間は数十秒で死に至るだろう。もっとも、増幅したチャクラを体に慣れさせていれば、もう少し寿命は長くなるだろうが、それも誤差程度の話。壊された者が死に至ることは間違いない。

 

 そして、ネジはこの八門を壊す術を得ていた。

 

「絶招 八門崩撃!」

 

 ナルトの手前1mに急接近したネジは勢いを止めることなく、憤怒でコーティングされた殺意を身に纏い、ネジはナルトの胸へと手を伸ばす。死門を壊す腹積もりだ。

 あと、30cm。それだけの距離。

 

 ──殺った!

 

 そう確信するネジの視界が揺れた。

 と、同時に世界が回転する。

 

「ぶっ!」

 

 何が起こったのか全く分からない。混乱の中、ネジは自分が倒れ伏していることに気が付いた。

 

「■■■■■■■■■! ■■■■■■■■! ■■! ■■、■■■■!? ■■! ■■■■、■■!」

 

 耳元が煩い。聞こえるのは甲高い雑音ばかりだ。おそらく、解説者の声。

 頭が重い。思考が水面のように揺れている。おそらく、痛みのせい。

 

 頬が……痛い。

 

 まるで……まるで、それはまるで頬が叩かれたかのような……そんな痛み。だが、それは、それは、それではまるで……悪さをした子どもが厳しい親にビンタをされたような……。

 いや、嘘だ、そんなこと、認められない。絶対に、認められない。

 オレは……オレは……オレは……オレには……そんな人はいない。ガイはオレの力を認めている。力で押さえつけるようなことはなかった。実力を認め、一人の忍として接していたガイならば、問答無用でビンタをすることなんて、そんなことなんて絶対にない。それに、父上も母上も頭を優しく撫でてくれることはあっても、ビンタをされたなんてことはない。

 じゃあ、誰が? 誰が? 一体、誰が? 誰だというんだ?

 

 揺らぎが収まっていく視界の中、黒と橙の間に肌色が見えた。開き切らないネジの目線が上へと上がっていく。

 黄色を捉えた。ネジの目が大きく開かれる。

 

 今の状況でネジへと攻撃を加えた者は一人しかいない。その単純明快な答えをネジは無意識に否定していた。見なかったことにしたかった。

 なぜなら、彼の頬を叩き、吹き飛ばしたのは、目の前にいるナルトだったのだから。

 

「くっ……」

 

 ジンジンと痛む左の頬。おそらく、ナルトが右の掌で自分の頬を打ったのだろう。テンテンが扱う鞭で打たれたのならば、まだネジの心は折れなかった。

 だが、今、彼の頬を打ったのはナルトの右の掌。自身の最強の技である八門崩撃の攻撃範囲外から繰り出されたリーチの長いナルトの攻撃だ。それが、ナルトの最強の技であるならば、ネジは自身の力を認めることができた。最強の技を最強の技で崩された。この一ヶ月間、ナルトのことを分析していなかった自分の怠慢が負けを招いたのだと、そう納得できた。

 しかし、現実はナルトのビンタ一発──196cmという長身の男の腕のリーチを怒りで忘れて隙を見せていた事実はあったが──で地面に倒れている。

 

 一撃。たった一撃だ。

 だが、それが致命的であった。

 

 彼の心は完全無欠に折られた。

 ネジは両手を地面に当て、ゆっくりと身を起こす。一旦、正座の形で止まった彼だったが、苦しそうに顔を歪めた後、心を庇うかのようにそろそろと立ち上がった。

 

 ──強者がするべき行い、か。

 

 ///

 

「ネジよ、一ついいか?」

「何だ?」

「何故、貴殿は精神的にヒナタを追い詰めるようなことをした? それは強者がするべき行いではない」

「フン……お前に語るようなことはない。だが、強いて言えば……忍の世界というものはこういうものだ。弱者は戦いの中、何も出来ずに死んでいく。それが忍の世界だ。よく覚えておけ、ルーキー」

「それは違う、と言っても今の貴殿は聞かぬだろう。なれば、己が貴殿との闘いの中で教え諭そう」

 

 ///

 

 中忍試験第三の試験の予選でヒナタを下した後にナルトから語られた言葉をネジは思い起こす。

 

 ──たった一回の攻撃で上下を理解させる。それが強者か。

 

 ナルトのビンタを受けたネジは、そう納得せざるを得なかった。

 自分はヒナタへと不必要に攻撃を加えていた。それは、確かに見ていて気持ちのいいものではない。悪鬼にも劣る行為だ。強者になるためには、一撃で彼我の力を理解させる華が必要。それを自分は持っていなかった。

 

 それが知れただけでも収穫は十分だ。オレはもっと強くなれる。

 

 ネジは右手を上げた。

 

「どうやらオレはここで負ける運命だったようだ。……試験官」

「ん?」

 

 どこか憑き物が落ちたような顔でネジは宣言する。

 

「ギブアップだ」

「認めぬ」

「なに?」

 

 試験官であるゲンマよりも先にナルトが言葉を放った。その言葉に乗る感情をゲンマは理解したのだろう。ナルトへ頷き、勝利の宣言を先延ばしにしてナルトの言葉を待つ。

 

「運命という言葉は諦めるためにあるのではない! 運命という言葉は自身を鼓舞するためにある! 絶体絶命の状況であろうが勇気を励起させ、勝利を手に掴む道標とするための言葉!」

 

 ナルトは腹から声を出す。

 その言葉には“力”があった。

 

「はっきり言おう。貴殿の言う運命は運命ではない!」

 

 その“力”はネジの心を揺さぶる。

 ネジの折れた心が巻き戻っていく。心が熱くなっていく。

 

「己は運命に勝利を誓った。なればこそ、己は貴殿に勝つ! 勝たねばならぬ!」

 

 ナルトは握り締めた拳をネジへと向けた。いや、その拳はネジ“だけ”に向けられていた。ネジの過去、彼の父が犠牲となった時の喪失。宗家と分家の格差に翻弄されているネジの現在。ネジを取り巻く状況は悲劇と呼ぶべきものだろう。

 だが、それらをナルトは見ていない。彼が今、見ているのはネジだけだった。ネジしか見ていなかった。

 

「……ッ!」

 

 自分の体に震えが奔ったことをネジは痺れた脳で感じ取っていた。相手は勝ちの目が全く見えないほどに強大だ。このままでも、これから全力以上の実力を出したとしても勝てないだろう。その上、既に自分はギブアップを宣言している。自分の中忍試験は終わっていることをネジは十二分に理解していた。

 

 だが、試合相手はそれを、うずまきナルトの勝利を、日向ネジの敗北を認めていない。

 悲しい過去だの家柄だの、そして、運命だのを取っ払って、拳と拳で、魂と魂で、自分と相手で勝負を決めたい。

 そう試合相手は望んでいる。

 

 ///

 

「ネジよ、一ついいか?」

「何だ?」

「何故、貴殿は精神的にヒナタを追い詰めるようなことをした? それは強者がするべき行いではない」

「フン……お前に語るようなことはない。だが、強いて言えば……忍の世界というものはこういうものだ。弱者は戦いの中、何も出来ずに死んでいく。それが忍の世界だ。よく覚えておけ、ルーキー」

「それは違う、と言っても今の貴殿は聞かぬだろう。なれば、己が貴殿との闘いの中で教え諭そう」

 

 ///

 

『そうか』とネジは心の中で言葉を零す。

 強者の行いは決して、一回の攻撃で上下を理解させることではない。相手の力を引き出し、自分の力を全力以上に籠め、正々堂々、闘って前を向く者。

 それが強者だという答えが胸にストンと落ちた。

 

 ──なら、オレは?

 

 オレは強くない。弱い。ヒナタ様を傷つけ、現状を変えるために動こうともせず、籠の中に閉じ籠って、空を飛びたいと憧れ続ける小鳥だ。

 それで? それで、オレはいいのか? このまま……弱いまま、小鳥のまま、籠の中に引き籠る。

 

 ──嫌だ!

 

 ネジは目を閉じながらチャクラを眼に集める。それと同時に袖を捲り、腕を露出させた。

 それは不退の意志。これからは“全力を越える”という意志だ。

 覚悟は完了。

 ネジはナルトへと歯を見せる。彼の目には、もうナルトしか映っていなかった。

 

 応じて、ナルトは上着を脱ぎ捨てる。

『迎え撃つ』と態々(わざわざ)、言葉にしなくても目の前の漢はナルトの気持ちを理解していた。

 

「ナルト……征くぞ!」

「承知!」

 

 二人の姿が掻き消えた。

 

「おおおおおお! 下忍とは思えねェスピードで動き回るナルトとネジ! あの状況から心を持ち直したネジがナルトに追い縋る! 手を伸ばす!」

 

 会場が湧く。

 足が悲鳴を上げる。

 視界が歪む。

 

 だが、その全てをネジとナルトは置き去りにした。全神経を前にいる倒すべき漢に集中、一挙手一投足見逃さないという信念の元、何十回もの瞬身の術をネジは行い、走るナルトへと追い縋る。

 攻撃を行う、攻撃が行われる。その度に空気が破裂したような音が響き、会場に悲鳴が上がるが闘う二人には届かない。

 

「ぬん!」

「ハッ!」

 

 ナルトの拳とネジの掌が正面から当たり、一際大きな音が鳴る。拳と掌が押し合い、二人の瞬身の術を止める。

 しかし、次の瞬間、再び二人の姿が掻き消えた。地面に軌跡を作りながら、二つの土埃の線が縦横無尽に会場を駆け巡る。無軌道に幾何学模様が描かれる。

 

 ……矛盾だ。

 

 怖い、だが、楽しい。

 ネジは涙を流しながら笑顔を浮かべていた。しかしながら、ネジは天才であった。戦闘中での大きく揺れ動く感情を利用し、攻撃へと繋げることができる天才であった。そして、彼は不利な状況を一転させる。

 胸へと迫っていた巨大な拳を大きく上体を捻ることで躱したネジは、崩れた重心を利用して攻撃へと繋げていく。

 

「八卦二掌! 四掌! 八掌! 十六掌! 三十二掌! 六十四掌! 百二十八掌!」

 

 眼前にあるのは恐怖を覚えるほど強大な筋肉。されど、臆することなく、ネジは大きく足を踏み出す。その一歩は確実に、そして、迅速に彼の潜在能力を解き放っていく。

 

「二百……知るかァアアアアアア!」

 

 既に何度、指突を繰り出したのか分からない。それほどの数だ。数える意味などないほどに繰り出した攻撃だが、巌のように強大な敵には効果が見られない。

 

 だが! それがどうした!

 

「アアアアアアァァァァァアアアアタタタタタタタタタタタタァ!」

 

 効果が出ないならば、効果が出るまで攻撃を繰り出すだけ。素直に、愚直に、真っ直ぐに。

 腕が悲鳴を上げている。息もつかせぬ連続攻撃で、体全身が休息を欲している。だが、一瞬でも休んでしまえば、その時点で勝敗は決することをネジは理解していた。

 だからこそ、ネジは我武者羅に指突を繰り返す。

 数を数えることに意味はない。腕が動かなくなってもいい。勝てるなら、全てを捨ててもいい。

 果たして、ネジの全力を越えた攻撃は、全力以上で体を固めて震わすナルトの点穴を突くことができた。

 

「タァア!」

 

 止めの一撃と言わんばかりに声を上げるネジ。その一撃はナルトの体を大きく吹き飛ばした。だが、ネジの表情に勝利の歓喜はない。

 彼は理解していたのだ。先の一撃ですら、ナルトを止めることなど出来ていないということを。

 

「見事……」

 

 ネジの感覚は正しかった。

 攻撃を受けた際に生じた摩擦で熱が出ているのだろう。ナルトの体からは煙が上がっていた。しかしながら、ナルトは自身が未だ健在であると示すように堂々と立ち続ける。

 

「フンッ!」

 

 そればかりでない。

 ネジの攻撃で閉じた数個の点穴を残存する体中のチャクラを搔き集めて、それを流し込み、閉じた点穴を無理矢理、開く。そもそも、点穴とはチャクラの流れを制御するためのもの。それが閉じたならば、大量のチャクラで開けばいい。数個、閉じた所でナルトが持つ膨大なチャクラを全て止めることなど出来はしない。

 

 だが、閉じた点穴を無理矢理、開こうとすれば、そこには痛みが生じる。

 ナルトと言えども、到底、無視できない痛みはあろう。だが、痛いからといって、ネジとの闘いを止める理由にはならなかった。痛みに勝る闘いへの興奮が在った。

 

 大きく肩で息をするネジも、上がらないほどに痛む腕を無理矢理、上げる。そこには、痛みに勝る闘いへの興奮が在ったのだ。

 

「まだ……だッ!」

 

 痛む腕。だが、足は疲労を感じるものの動けない訳ではない。

 眼に力を籠め、ナルトの動きを見極めようとするネジは再び走り出す。ナルトもまた、ネジを迎撃するために拳を握り締めた。

 

 ネジの体が風を切る。手を伸ばせば、すぐにでも触れられる距離。

 一瞬にして難敵へと距離を詰めたネジは自身に迫る拳を見つめていた。

 

 ──負けて堪るか!

 

 ネジの走りが止まる。足にチャクラを集め、地面に吸着したネジはナルトの拳が当たる手前1mmで止まった。伸びきったナルトの右腕、その先の拳にネジは額を当てる。

 

「む!?」

 

 二撃目を加えようと右手を引いたナルトの目の前からネジの姿が消える。不可解な現象に驚き、動きが止まったナルトの後ろから軽い足音がした。

 ナルトは気づくことが出来なかった。動きが止まったネジはナルトが腕を引くよりも早く、額をナルトの拳にチャクラで以って吸着させたことに。腕が引かれたことにより、拳に着いたネジの体は慣性力でナルトの後ろに放り出されたことに。

 そして、それは致命的な隙だった。背後を敵に取られた者に待ち受ける運命は“死”のみ。つまりは敗北である。

 

「ハッ!」

 

 ネジの全力が籠った掌底がナルトの背中に防がれることもなく当たり、この試合が始まって以来、最大の破裂音が観客席を襲う。その音に生存本能が働いたのだろう。一部の実力者を除き、会場内の多くの者が頭を腕で覆う。

 

「き、決まった……」

 

 しかし、解説者はエリートであり、そして、筋肉の魅力を解する者である。

 闘いから一瞬でも目を逸らすことなど有り得なかった。

 

「……そう思うほどのネジの攻撃。だが! だが、だが! おい! お前ら! 目を逸らすんじゃねェ! 見ろよ! 散っていく黒いTシャツの切れ端を! 顕れ出たあの逞しい広背筋を!」

 

 ザジの声で怖々と下の闘いへと再び目を向けた観客たちの目が丸くなる。

 間違いなくネジの勝利だ。

 そう思った観客たちであった。だが、すぐに自分の考えが間違いだと気が付いた。その者はネジの背後からの攻撃に目を向けることはなかった。その者が天に向かって曲げた腕を、そして、その者の引き締まった肢体を目に焼き付ける。

 

「あのバックラッドスプレッドを!」

 

 それはザジの言う通りである。

 背後からの致命的な一撃をナルトはバックラッドスプレッドのポーズを取ることで防いだのだ。

 

 自分の渾身の一撃。それでも尚、目の前に聳え立つ巨大な壁には届かない。だと言うにも関わらず、ネジは笑っていた。

 全力で挑んでも敵わない。全力以上で挑んでも敵わない。

 それならば、答えは単純だ。

 

 ──限界を超える。

 

 ネジは体の方向を逆にして走り出す。

 

「ネジがナルトに背を向けた! ネジの先には壁があるだけだが……まだネジの目は死んじゃいねェ!」

 

 ザジと同様、ナルトもネジの行動に何か思うことがあったのだろう。何も言わずに去り行くネジを見送った。

 ネジは試験会場の壁に近づいていく。だが、彼はスピードを緩めることはない。それどころか、更に足に力を籠め、ギアを上げていく。

 

「ネジ! このままじゃ壁にぶつか……登ったァアアアアア!」

 

 トップスピードのまま、ネジは壁を駆け上がる。すぐに壁の頂上に着くと、壁の縁に足を掛け、そこから大きく飛び立った。 突き抜けるような青空を後ろにネジは舞う。

 

「鳥?」

 

 マイクに入ったザジの呟きが会場にいる全員の気持ちを代弁していた。

 大空を飛び回る鳥のようなシルエットが太陽を隠し、ナルトの顔に影を作る。空に我在りと示すかのようにネジは大きく声を出した。

 

「我流!」

 

 それは魂の叫び。

 “日向”流ではなく、“我”流。血に抑圧され運命に翻弄されたネジの、彼自身の心の声だ。

 ナルトはネジの叫びに応じる。曲げた足にチャクラを、力を、籠める籠める籠める、籠める。

 “限界突破”

 それがネジへと応えるナルトの想い。

 

 キッと太陽を隠す影を見上げたナルトは充填した力を一息に開放し、上空に向かって落ちるかのように跳び上がる。右の拳を握り締める。

 地面を隠す影を見下ろしたネジは開いたチャクラを収縮し、地面に向かって跳び上がるかのように落ちる。両の掌を限界まで開く。

 

 二人は高みに向かって、上がって下がって上がって下がって上がる(下がる)

 

「オォオオオ!」

「灰翼破白掌!」

 

 ぶつかり合う衝撃と衝撃。

 拮抗は一瞬。一秒が永遠に感じられるということもない。現実を見据えた上で、ネジは自分の敗北から目を逸らさなかった。

 全身に感じる衝撃は強く、ネジを空へと留め置く。

 

 未練も後悔もなく、すっきりと負けた。

 もう……死んでもいい。いや、死ぬのだろうとネジは思う。このまま、地面に受け身も取れず叩き付けられる。それでも、良い。全力を出した後の高揚感に包まれながら逝くのも悪くない。

 

 そう考えるネジの背中が固いものに触れた。しかし、その固いものは暖かかった。

 白眼すらも発動できないほどにチャクラを使い切ったのだろう。この暖かいものは何だろうかとネジは視線を彷徨わせる。

 それはすぐに見つかった。

 

「素晴らしい闘いであった。また、試合(しあ)おうではないか」

 

 暖かいものはナルトの腕だった。目に映るナルトの顔は満足そうに自分を見つめている。

 それはネジにとって、自分の力(我流)で勝ち取った報酬であった。

 

 トンと軽い音がしたことに気付いたネジは言わねばならないことを言うために口を動かす。

 

「ナルト」

「どうした?」

「……ありがとう」

「己からも言わせて貰おう。ありがとう、と」

 

 試合が終わった後、互いの健闘を讃え合う。それこそが、二人にとっての決着だった。

 

「決着ゥウウウウウ! 勝者! うずまきナルトォオオオオオ!」

 

 ザジの声を後ろにナルトは動けないネジを地面に横たえる。

 彼はネジと目を合わせてネジの他には誰にも聞こえないように声を出した。

 

「ネジよ、己はこう思うのだ」

「何だ?」

「呪印とやらを作ろうと考えたのは分家の人間だったのではないか、と」

「……」

「宗家を守る。その意志の元、前線に立ち、そして、力及ばず捕虜の辱めを受け、一族に仇なすような状況になった場合……友を、家族を守るための最期の手段として作ったのではないか、と。白眼を封じる能力も同様。力を敵に与えることなく、自ら始末をつける」

「……」

「それは悲しくも……強い忍の生き様だと己は感じる」

「お前は……分家は宗家を守るために、分家自ら呪印を着けたと言いたいのか?」

「否。大切なものを守るために」

「大切な……もの?」

「友を、伴侶を、親兄弟を……そして、子を。誰も傷つけることのないように。誇りを胸に天に逝くために、自らの覚悟を忘れぬことのないように身体に刻んだのだろう」

 

 ナルトは立ち上がりながら倒れ伏すネジを優しく見つめる。

 

「貴殿にも、その心はあろう?」

「……」

 

 ネジは何も答えなかった。何も答えられなかった。

 だからこそ、顔を背け、涙を流すのだった。

 


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