NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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本選開始ィイイイ!

 古来より人は自然と一体になろうとしてきた。

 時に恵みに、時に災いに成り得る自然と寄り添うことで、計り知れない自然の力をその身に宿そうと人は考えたのだ。

 当然のことであるが、それは一筋縄ではいかない。山に登り、藪を分け入り、人跡未踏の秘境にて、たった一人で矮小な人間が雄大な自然へと挑まなくてはならないのだ。死者も数限りなく出てきた危険な行為。

 だが、その修験の道を踏破した際、人は大きくなる。

 

 そのことをナルトは知っているのだろう。

 

 轟々と音を立てる滝の中、そこに屹立した肌色の柱が聳え立っていた。

 そう、滝の中には下着を除けば産まれたままの姿のナルトの体があった。

 

 一瞬でも気を抜けば、あまりの水量に体は折れ曲がってしまうだろう。そう思わせるほどに滝の勢いは凄まじい。だが、ナルトは滝の攻撃を一身に受けても微動だにしない。

 知らぬ人間が見れば、滝の中に立つナルトは仁王像だと誤認するだろう。それほどまでに、ナルトの立ち姿は完成していた。

 

 中忍試験の本選は今日、行われる。

 朝早く滝に打たれ、精神統一を図ろうとしたナルトの目論見は完全に上手くいった。

 

 静的な状態。

 最早、“無”である。神経が研ぎ澄まされていく。

 

「その気配……ヒナタか」

「ッ!?」

 

 今のナルトから身を隠すことは難しい。木の陰に隠れていたヒナタの姿を第六感で捉えたナルトは彼女に向かって声を掛ける。

 

「な、なんで分かったの?」

「無論、貴殿が貴殿であるからだ」

 

 答えになっていない。だが、ナルトの言葉には圧倒的な信じさせる力があった。

 ナルトの言葉に感動を覚えつつ木の陰から出てきたヒナタに応じて、ナルトも滝の中から姿を現す。

 

「貴殿は己を心配して、ここまで来てくれたのであろう?」

「う……うん」

 

 滝から出てきたナルトが身に着けているものは黒いV字のパンツのみである。純真なヒナタには刺激が強すぎたのだろう。ナルトから目を逸らしたヒナタは地面を見つめながら、自分がここまで来た理由を思い出し、ナルトに話しかける。

 

「あの、ナルトくん」

「む?」

「ネジ兄さんは強いの。だから……」

「だから愉しみである」

「……」

 

 一拍すら置くことのないナルトの即答。漲る自信をナルトから感じ取ったヒナタは、これだけは言っておかなければならないと目線を上げる。

 

「ナルトくんが強いのは分かってる。でも心配なの」

 

 ナルトの目を見つめるヒナタは真剣そのものである。

 

「私はナルトくんをいつも見てる。自分がどんなに不利でも、自分が正しいと思ったことには全力で立ち向かっていくナルトくんの姿はいつも私を励ましてくれた」

 

 だからこそ、ナルトは静かに彼女の言葉を聞くことを選んだ。

 

「ナルトくんが応援してくれたから勇気を貰えてネジ兄さんに拳が届いたんじゃないかって思ってるんだ。ナルトくんを見てると、心に衝撃があって……どんな時でも立ち向かっていく強さがあって、でも、ナルトくんは自分を大切にしていない気がして……心配なの」

「ヒナタよ。やはり、貴殿は優しい。だが……」

 

 しかし、ナルトには引けない理由がある。

 

「己がネジと闘う理由は愉しみのためだけではないのだ。貴殿がネジと闘い敗れた後、己はネジに言ったのだ。己はネジに『この血と我が肉体、そして、運命に誓おう。己は“勝つ”』と宣言している。例え、ネジがどれほどの強者でも引く訳にはいかぬ」

 

 ナルトは拳を握り、それを見つめる。

 

「ヒナタよ。己はネジに教え諭したいのだ」

「何を?」

「ヒナタの強さを。そして、強者の振る舞いを」

 

 拳から目線を移したナルトはヒナタと見つめ合う。

 二人の間に、もう言葉は必要なかった。

 

「ナルトくん……ご武運を」

「無論!」

 

 拳を掲げ、去っていくナルトの後ろ姿が小さくなっていくのを見つめながらヒナタは思っていた。

 ナルトならば、苦しみの中にいるネジを救えなかった自分の代わりに救ってくれるかもしれない、いや、必ず救うであろうことを。

 

 +++

 

「レディイイイイイイス! エエエエエンド! ジュウェントオオオオオマアアアアアン!」

 

 ナルトとヒナタが会った時から数刻経った頃。ナルトとヒナタが会った場所から離れ、里の中央にある場所。

 そこで、マイク越しにも伝わる熱い声が響き渡っていた。

 

「待たせたな! 中忍試験、本選! 開始するぞォオオオオオ!」

 

『イェエエエエイ!』という声が中忍試験、本選会場を揺らす。

 

「オレはザジ! 中忍選抜試験、本選の解説者のザジだ! テンション上げて解説するからよろしくな!」

「イェエエエエイ!」

 

 会場に伝わるビブラートの中心にいるのは、まだ歳若い青年だ。

 予選終了時に試合の解説をすると言って現れた中忍、ザジである。彼の声を合図に観客が雄叫びを上げる。

 

「最高潮じゃねぇか! このまま早速、第一試合に進みたいとこだがよォ、物事には順序ってモンがある。木ノ葉隠れ三代目火影、猿飛ヒルゼン様からの開催の挨拶だ! 諸君! 心して聞くように!」

 

 ザジは三代目火影に自分が持つマイクを渡す。

 

「紹介に預かりました三代目火影、猿飛ヒルゼンです。えー、この度は木ノ葉隠れ中忍選抜試験にお集まり頂き、誠にありがとうございます!」

 

 三代目火影はマイクに向かって声を張り上げる。

 

「これより予選を通過した8名の“本選”試合を始めたいと思います。どうぞ最後まで御覧ください!」

「爺さんの話は長ぇーっつうのがセオリーだが、それをぶっ壊してくれる三代目火影様! サイコーだぜ! では続いて四代目風影である羅砂様のお言葉だ!」

「中忍選抜試験、本選出場者諸君。君たちの強く美しい闘いを見せてくれ」

「静かな声でも、そこにある興奮は隠し切れない! いつもクールな四代目風影様をもホットにさせる中忍選抜試験、本選! 今回は例年以上に盛り上がること間違いなしだから、オーディエンスも置いてかれるんじゃねェぞ!」

 

『イェエエエエイ!』という声が中忍試験、本選会場を揺らす。

 

「いぃいいい声、サンキュー! ああ、オレも興奮を抑えられねェ! だが! 選手紹介がまだだ! お気に入りの忍に賭け(ベット)はしたか? してねェっていう奴は諦めろ! もう待てん!」

 

『ブゥウウウウ!』とザジに向かって親指を下に向ける観客たちだが、それを無視してザジは声を上げる。

 

「第一回戦! うずまきナルトVS日向ネジ!」

「イェエエエエイ!」

「あの筋肉! やはり最強……!」

「ネジも日向始まって以来の天才だ」

「柔能く剛を制す、か。それとも、剛能く柔を断つのか見物だな」

「第二回戦! 我愛羅VSうちはサスケ!」

「イェエエエエイ!」

「我愛羅って四代目風影の息子だろ? これは期待できる」

「だが、サスケもあの“うちは”の末裔だ。こっちも期待できるぞ」

「目が離せない試合になりそうだな」

「第三回戦! カンクロウVS油女シノ!」

「イェエエエエイ!」

「カンクロウも四代目風影の息子だったか。パンフでは傀儡を操るらしいが……」

「油女シノ。……油女一族か」

「どちらも相手の隙を突く攻撃になるか。これは見る方も難しい試合になるぞ」

「第四回戦! テマリVS奈良シカマル!」

「イェエエエエイ!」

「テマリは四代目風影の娘。三人全員が本選に出場するとは末恐ろしい」

「シカマル、ね。あまり期待できそうに……は? IQ200以上!?」

「テマリの風をシカマルがどう知恵を使って防ぎきるか、そして、どうやって影で捉えるか。それが(きも)だな」

「第五回戦! ドス・キヌタVS春野サクラ!」

「イェエエエエイ!」

「パンフではドスは音を使うらしい。どういう攻撃かまるで分からない」

「それに、サクラの方も大した情報は書いてないじゃないか」

「ここが一番、どう転ぶか分からない」

 

 ザジの紹介と同時に観客の中の数人が意見を交換する。

 中忍選抜試験は受験生たちの中忍の適性を測るだけではない。試験として行われる闘いの内容によって、忍頭や大名たちが他里の忍がどれほど育っているか、又、依頼をしても安心かという指標を測る一面も持っている。

 修羅場を越えてきた本選出場者と言えども、奇異の目にジッと見つめられることに慣れていないのだろう。シカマルとサクラは目を泳がせる。

 

「こら! オロオロしてんじゃねー! しっかり客に顔向けしとけ」

 

 彼らに対して、咥え千本の男──ゲンマ──が注意する。

 

「この“本選”……お前らが主役だ!」

 

 だが、主役の内の一人がまだ来ていない。

 

「あ、あの!」

「何だ?」

 

 焦燥に駆られたサクラが手を上げる。

 

「サスケくんが来ていないんですけど……」

「自分の試合までに到着しない場合、不戦敗とする」

 

 にべもなくゲンマは言い放つ。

 と、出場者に背を向けていたゲンマは振り返った。

 

「いいか、テメーら。これが最後の試験だ。試合の組み合わせはザジが言った通り、一回戦のナルトとネジの試合から順に行っていく。」

 

 ゲンマは抑揚のない声で説明を続ける。

 

「地形は違うが、ルールは予選と同じで一切なし。どちらか一方が死ぬか負けを認めるまでだ。ただし、オレが勝負が着いたと判断したら、そこで試合は止める。解ったな?」

 

 誰も言葉を発することはない。

 だが、それは沈黙による肯定。受験生全員がルールを理解したと判断したゲンマはナルトとネジを残し、他の者は上に上がるように指示をした。

 

「何か言いたそうだな」

「うむ」

 

 残された二人は向かい合う。闘志を溢れさせんばかりのナルトに対して斜に構えたままネジはナルトに言葉を促す。

 

「ネジよ。己は貴殿に勝つ」

 

 ──彫りの深い顔立ちのせいで目が影になっている。目が見えないが……まるで気負いがない。

 

 ネジは眼に力を籠めると彼の眼の周りの血管が浮き出た。

 

「フフ……その方がやりがいがある。本当の現実を知った時、その時の落胆の目が楽しみだ」

「己は絶望などしない。なぜならば……」

 

 ネジに応じてナルトは目を爛々と輝かせた。

 

「……己は火影に至る漢なのだから」

 

 両者共に臨戦態勢を整えたと判断したゲンマは声を上げる。

 

「ザジ!」

 

 打てば響くようにザジはマイクを持つ右手を天に向かって掲げた。

 

「了解! じゃあ、一回戦」

 

 ザジは大きく息を吸い込む。

 

「うッずゥウウウウウウウウまきィイイイイイイイ……ナァアアアアアアルットォオオオオオオオ!」

 

 更にザジは左手に持つ小さな金槌を振り上げる。

 

「ヒュゥウウウウウウッガッ……ネェエエエエエエッジィイイイイイイイイ!」

 

 ザジの持つ金槌が向かう先はただ一つ。彼の前のテーブルに乗せられた小さな金属だ。透き通った、然れども、聞く者を湧き立たせる音色が響く。

 今、ゴングが鳴った。

 

「開始ィイイイイイイ!」

 


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