NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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邂逅

 中忍試験、第三の試験の予選が終わり、本選へと駒を進めた第七班の三人はカカシに連れられ、木ノ葉隠れの里を歩いていた。第一の試験、第二の試験、そして、第三の試験の予選を突破した教え子たちに労いの言葉をほんの少し掛けただけのカカシである。

 少しばかり不満げな目線をカカシへと遣るサクラだが、当の本人はどこ吹く風。いつもと変わらない雰囲気を醸すカカシは一言も言葉を出さずに木ノ葉の里を歩くのであった。

 

 黙々と歩く四人の影は濃い。太陽が燦々と光を木ノ葉隠れの里へと落としているからだ。

 昼下がりで里の中は喧噪に包まれている。里の雰囲気とは全く逆の方向にいる自分たちに耐えきれなかったのだろう。やはりと言うべきかサクラが不満を漏らす。

 

「カカシ先生。会わせたい人ってどんな人なのよ」

 

 ──自分たちはまだ何も説明されていない。

 

 彼女の不満は不安から来るものだった。

 修行、師匠。この二つのワードを聞いて不安を覚えない下忍は自分の力に確固たる自信を持つ実力者を除いて他にはいない。そして、サクラは自分の実力に自信を持ってはいなかった。下忍となってから四六時中と言っても過言ではないほどに、ナルトとサスケの隣にいたサクラだ。二人の下忍離れした実力を見て焦る気持ちも無理はない。

 

 ところが、足を止めずに口を開いたカカシは不安の感情を乗せたサクラの声を柳のように受け流した。

 

「まあ……いい奴らだよ」

 

 ──だから、それだけじゃ分からないって言ってるのよ。

 

 サクラの眉が心の中を表すようにピクピクと動く。

 サクラと同様にサスケも不満気な目付きをカカシへと向ける。すぐにでも修行に打ち込みたいというのにも関わらず、カカシはだんまりを決め込んでいる。フラストレーションが溜まることも仕方のないことだろう。

 

 そのような二人の様子を見てカカシは頭を掻き、言葉を選びながら紡いでいく。

 

「サクラの方はな……オレの後輩でいい奴だよ。で、ナルトの方はかなりの人気教師。昔の伝手(つて)を辿ってやっと話が出来たんだけど、話をしたのがオレじゃなきゃ、きっと引き受けてくれなかっただろう人物だ」

「説明の量の差が激しいんだけど……」

「ま! そういうな。サクラの方も信頼できる強い忍だってことは間違いないんだから」

 

 サクラへと笑いかけた後、カカシはサスケへと視線を向けた。

 

「で、オレはサスケを鍛える。流石に三人同時に鍛えるってのは厳しいしなァ。けど、お前らにとって大きな糧になることは間違いないから心配するな」

 

 サクラとナルトへ力強く宣言したカカシだ。不安はあるものの、カカシはカカシなりに自分たちのことを考えていたのだと少しばかりではあるが、納得したサクラは溜息を吐いて肩を竦めた。

 

 +++

 

「カカシ先輩から話は聞いているよ。君がサクラだね?」

「あ、はい……」

 

 サクラはおずおずと頭を下げた。

 

 ──カカシ先生の後輩って言ってたけど……。

 

 彼女の前に立つのは若そうな男だ。肌の艶、髪の色。瑞々しく力強い。

 しかしながら、彼の持つ雰囲気は実に老成していた。ともすれば、カカシよりも年上だと言えば信じてしまうかもしれない。カカシの後輩とは信じられないとサクラは頭の中で考えながら男を見つめる。

 

「そんなに警戒されると困るな」

 

 じっと自分を観察するような目つきを向けるサクラの様子を見て、猫のような目を細めて男は苦笑する。

 

「いや、警戒されるのも当然かな? 名前もまだ名乗っていないしね。……ボクはテンゾウ。カカシ先輩から聞いていると思うけど……」

「ごめんな、テンゾウ。説明してない」

「……改めて説明させて貰うね」

 

 ハイライトを無くしたような昏い目。彼が落ち込んでいるということを第七班の三人は理解した。そして、彼が苦労人だということも同時に理解したのだった。

 

「ボクはテンゾウ。カカシ先輩とは暗部の時に同じチームで動いていたこともある」

「え!? 暗部って……あの!?」

 

 “暗部”

 

 そのワードにサクラは声を上げる。何せ、暗部というのは火影直轄の部隊。木ノ葉隠れに多く在籍している忍の中でも一流の中の一流の忍のみが籍を置くことを許される部隊だ。下忍、中忍、特別上忍、上忍の中から火影自ら選りすぐった──上役から推薦されたなどの例外は確かにいるものの──優秀な忍で構成される部隊。それが暗部である。

 暗部の任務内容は大名などの重要人物の護衛から手配書(ビンゴブック)Sランクの危険対象を暗殺するなどといった総じて難易度が高い任務のみ。

 それに在籍していたという目の前の男は若い。まだ二十歳そこそこという所だろう。サクラにとって、それは俄かに信じられない話だった。

 

 ──ん? ちょっと待って。それなら……。

 

「ん?」

 

 サクラの目がカカシへと移る。

 

「カカシ先生って……もしかして……暗部だったの?」

「そうだけど?」

「嘘ォ!?」

 

 サクラの驚いた声でテンゾウも頭を抱える。

 

「カカシ先輩。昔は暗部の部隊長だったって自分のことも説明していなかったんですか?」

「そういえば、そうだな。ま、説明しなくてもいいかと思って」

「暗部の部隊長ッ!?」

 

 慄くサクラ。

 それもそうだろう。何せ、火影直轄の暗部という実力ある忍たちを纏める立場にいた人物が新人の自分たちの班長であるなど想像もできない。遅刻癖がある困った班長が実はエリート中のエリートであるなど誰が信じることができようか? 少なくともサクラは信じることができなかった。

 自分のキャリアに余りにも拘らないカカシだ。サクラの様子に思わずテンゾウは頭を抱える。

 

 ──どこから説明したら……。

 

「サクラよ」

 

 悩むテンゾウの耳にハスキーボイスが届く。その音はサクラの隣にいる筋骨隆々な人物から発せられた声だった。テンゾウは敢えて見ないようにしていた男へと目を向ける。

 その男は大きかった。太陽に照らされ、逆光となっているため男の表情は見えない。

 

 ただの巨大な影。

 テンゾウから見る男の第一印象はそうだった。そして、そのような男が語る言葉に耳を澄ますべく、テンゾウは影に隠された男の顔をじっと見つめる。

 

「カカシ先生はシャイな方であることは一目見た時から解っていたであろう?」

「え?」

「顔のほとんどを覆い隠しているのだ。シャイであることは間違いない。で、あるからして無用な詮索は傷つけることになるだろう」

「ああ、確かにそうね。ごめんなさい、カカシ先生」

 

 ──納得するんだ!?

 

 思わず口に出しかけた言葉をテンゾウは飲み込む。テンゾウの気持ちを知ってか知らずかカカシはサクラに向かって『気にするな』というように手を振った。

 

『恥ずかしがり屋な人が人前で官能小説を堂々と読みますかねェ!?』

 

 自分がシャイだと肯定するようなカカシの態度に叫びたくなったテンゾウだったが、言葉を喉へと押し込める。彼の前に下忍たちがいることがブレーキとなったのだ。流石に年端もいかない子どもたちの前で“官能小説”などという成人指定のワードを放つような蛮勇はテンゾウにはなかった。

 だからして、彼は口を噤む。噤むことしかできなかった。なんとも苦労人気質である。

 

「ま! オレのことは置いておいて……テンゾウ!」

「は、はい!」

「サクラを頼むよ」

「ええ、お任せください」

 

 そう最後にテンゾウに声を掛けたカカシはナルトとサスケを伴って、その場から離れていく。

 カカシたちを見送った後、気を取り直してテンゾウは残されたサクラへと目を向けた。

 

「それじゃあ、改めてよろしくね」

「はい! よろしくお願いします」

 

 頭を下げる礼儀正しいサクラの様子にテンゾウは胸を撫で下ろす。思ったより普通な子だと。

 

「早速だけど、修行に入るよ。時間は一ヶ月しかないしね」

「えっと……一ヶ月もあれば強くなれると思うんですけど?」

「今から教えることは普通、一ヶ月なんかじゃ時間が足りない。けど、君なら大丈夫だろう。なにせ、“あの”カカシ先輩が優秀だと認めた下忍なんだから」

 

 テンゾウはそう言ってサクラへと笑いかけた。自分へと笑顔を返すサクラを見て、テンゾウは少し真面目な声色を作る。

 

「ちなみに、サクラ。君には何が足りないと思う?」

「はい! 筋肉です!」

「え?」

「え?」

 

 動きが固まるテンゾウとサクラの間に風が吹いた。

 

「うん、それもあるかもしれない。……って、そんな訳ないでしょ!」

 

 頭を掻き毟りながらテンゾウは空を見上げた。

 

 ──カカシ先輩! この子にどんな指導をしたんですか!?

 

 前途多難だと思うテンゾウであったが、その実、サクラは彼が思うよりも遥かに優秀で、説明したことは一度で完璧に理解できるほど頭の回転が速く、テンゾウが安堵したというのは後日の話だ。

 

 +++

 

 サクラと別れた後、ナルトとサスケはカカシに連れられ、木ノ葉の宿場町に来ていた。

 そこに待っていたのは黒ずくめの男だ。

 

「お久しぶりですね、ナルトくん」

「……エビス殿か」

 

 黒ずくめの男、エビスはナルトに向かって頷く。彼らは面識があった。とはいえ、その時は敵同士と言っても過言ではないほどの関係。木ノ葉丸の教育係であったエビスと、木ノ葉丸の教育方針を巡って争った過去がナルトにはあった。

 

「よもや……貴殿が?」

 

 ナルトは目を細める。

 それと同時にエビスに掛かる重圧。普通の忍であれば……いや、ナルトと出会う前のエビスでさえも、今のナルトの視線に晒されたとしたら尻尾を巻いて逃げ出すか、その場でガタガタと震えることしかできなくなるだろう。しかしながら、エビスは微笑を浮かべてナルトを見ることができるほど余裕に溢れた佇まいを見せる。

 

 エビスはエリートである。そして……。

 

「ええ、私が君の修行をサポートします」

「それについて、一つ質問をしても?」

「ええ、もちろん」

「彼の輝きについて、だ」

「“木ノ葉丸”くんについて……ですね?」

「いや、エビス殿。今の言葉で理解できた。試すような事を言ってしまい申し訳ない」

 

 ……筋肉の魅力を解する漢であるのだから。

 

 +++

 

 カカシとサスケから離れたナルトはエビスに連れられ歩いていた。

 

 歩くナルトの心は晴れやかだった。

 その理由は先ほどエビスが発した“木ノ葉丸”という言葉にある。過去にエビスと出会った時、エビスは木ノ葉丸を“三代目火影の孫”としか見ておらず、その血筋から木ノ葉丸の才能を信じている節があった。

 それにナルトは我慢できなかったのだ。

 

 自分を通して誰かを見られている。

 ナルトの忍者学校卒業についてのゴタゴタを引き起こしたミズキから自分の過去について語られた時、ナルトはそのことを思い知った。

 だからこそ、自分をフィルターに別の者を見られることに我慢ならなかったのだ。

 

 しかし、今、ナルトの目の前に再び現れたエビスは“木ノ葉丸”と彼の名をしっかりと呼んだ。それは木ノ葉丸を一人の人間として見た証拠だ。同志(マッスル)として繋がる関係ではないものの、度々、任務の合間の自由時間に木ノ葉丸たちの面倒を見てきたナルトには、そのことが嬉しかったのである。

 

「ささ、着きましたぞ」

「む?」

 

 エビスの声でナルトは我に返る。が、その顔はすぐに疑問に彩られる。

 

「温泉……か」

 

 エビスに連れられた場所は木ノ葉隠れの里にある温泉街の一角。そして、エビスが立ち止まったのは湯気を上げる湯床の前。とてもではないが、修行の場だとは思えない。

 

 ──これは、つまり……。

 

 ナルトはエビスが自分をここに連れてきた理由について思い付いた。

 

「なるほど。修行の前に温泉で英気を養い、裸の付き合いで絆を深めようという訳か」

「違います」

 

 にべもなく自分の言葉を切り捨てたエビスへとナルトは振り返る。

 

「違います」

「承知……」

 

 二度も否定されて一回り体が小さくなったように見えるナルトへエビスは手元に紙の束を口寄せしながら話しかける。

 

「落ち込んでいる暇はありませんぞ、ナルトくん。何せ、本選までは一ヶ月しか時間がないのですから」

「そうで……あったな。では、宜しく頼む」

 

『では……』と前置きをしたエビスは手元の紙の束をナルトに見せて説明を始める。

 

「この図は忍者が忍・体・幻術を使用する際に体内に流れる身体エネルギーと精神エネルギー、つまり“スタミナ”の流れを簡単に表した図です。この図は術者がまだ術を使用する前のスタミナ100%の元気な状態を表しています。まず、術者が“体術”を使用する場合、スタミナのコントロールは簡単です。印を必要とせずチャクラも必要ありません……まぁ、例外もありますが……ただ必要な体術の技の分だけスタミナを自然と消費するだけです。しかし、“忍術”又は“幻術”を使用する場合、発動したい忍術・幻術の種類によって、まず必要なチャクラを練り込んで用意しなければなりません! それから複雑な印でそのチャクラの量を術の種類に応じて上手くコントロールしなくてはなりません! もちろん、体術・忍術・幻術で使われたエネルギーは放出され消えてなくなります! つまり、スタミナ0%、チャクラ0%で死ぬと考えてください。では、さっきまでの説明を踏まえて“分身の術”で説明します。例えば、“4人分身”に必要なチャクラの量を30%だとすると、まずサクラくんの場合、この術を発動したい時……ピッタリ30%だけチャクラを練る事ができます。そして、印を結び、術を発動する際もチャクラ量をうまくコントロールできるので、きれいに4人に分身ができ70%のスタミナがちゃんと温存できます! 次にサスケくんの場合ですが、チャクラを練るのが下手なので30%でいいところを40%も練り込んでしまいます。ですが、印で行うチャクラのコントロールはサクラくんと同じくカンペキなので、ここは問題ありません。で、4人分身はできますが、当のサスケくんは余った10%のチャクラをスタミナに戻すことはできないので、結局余分な10%のチャクラは無駄に……スタミナは60%しか温存できません! そして、ナルトくん。君はサスケくんより更にチャクラを練るのが下手なので30%で良いところを1%しか練り込んでいません。つまり、この時点で術の発動は不可能です!」

「つまり、修行あるのみということであるな!」

「その通りです!」

 

 エビスは大きく頷く。

 一足飛びに解答を導き出したナルトだ。自分の説明をキチンと理解してくれたと考え、エビスは顔を綻ばせる。

 

 だが、そうではない。

 ナルトはエビスの言葉を真面目に、それこそ馬鹿真面目に一言一句漏らさず聞いていたものの、それが理解できたとは到底、言えない。

 そもそも、%(パーセンテージ)を理解していないナルトだ。スーパーマーケットなどで“○○%引き”という表示を見てナルトが思い浮かべる感想は『安くなったのだな』という単純なもの。彼はそれがどのくらいの値引き率なのか実感できていない。

 “100円のリンゴの賞味期限が近いので20%値引きで販売されています。いくらになりますか?”という忍者学校に入学したての忍者学校生でも解くことができる問題へのナルトの解答のアプローチは“100から20を引けば80。つまり、80円”というもの。つまりは、偶々答えが一致していたというもの。

 この問題が200円のリンゴであったなら、ナルトは答えを“200から20を引けば180。つまり、180円”と出すだろう。

 そして、今もエビスの説明へと出したナルトの答えは偶々合っていた。それだけだ。

 

 しかし、エビスは気が付かない。

 まず、チャクラを練る事が苦手な者がチャクラを練ることができるようになるには只管に反復練習をすることが必要不可欠。というより、チャクラを練るという感覚を体に覚え込ませることしか有用な方法がないというのが正しい。

 それで、エビスは“修行あるのみ”というナルトの言葉に大きく頷いたのだった。

 

 現実はエビスの長い説明の途中に“修行をしたい”というノイズが混じったナルトの思考回路から導き出された欲望にも似た答えでしかなかったのであるが。

 

 ナルトが答えを出すアプローチはともかくとして、答えは一致した。

 そのことに笑顔を浮かべたエビスは一転、真面目な表情を作る。

 

「では、修行法の説明に参りますぞ。それは……」

 

 目線を湯に落としたエビスは息を整えた。

 

「この湯の上を……歩くのです!」

 

 エビスはサングラスをクイッと上げる。

 

「カカシ先生から聞きました。手を使わない木登り修行はもうやりましたね? その応用ですぞ」

「つまり……どういうことだ?」

「木登りではチャクラを必要な分だけ必要な個所に集め、ずっとそのチャクラ量を維持するだけ。木は固定されているものなので吸着しておくだけでいい。つまり、一定量のチャクラを練り込むための修行です。水面に浮くにはチャクラを足から水中に常に適量を放出し、自分の体を浮かせる程度に釣り合わせなければなりません。このチャクラコントロールは維持するより難しく、一定量のチャクラを術などのために放出して使うコントロール修行です!」

「つまり、実践あるのみということだな!」

「その通りです!」

 

『では、早速やってみましょう』と言って、エビスはナルトに見えるように印を組む。と、エビスの足元から青色のチャクラが放出された。

 

「まず、足にチャクラを溜める。そして、常に一定量放出しながら体の重さと釣り合わせる」

 

 迷うことなく、エビスは湯の上へと足を踏み出す。波の国でナルトがしたように、素早く足を交互に上げ下げすることもなく湯の上に立つエビスの姿を目に映したナルトは大きく頷く。

 

「承知!」

 

 ナルトは頷き、意気揚々と大きく足を踏み出す。そもそも、チャクラを使わずに水の上に立つことができたナルトだ。ならば、チャクラを使って水の上に立つことも労なくできるハズだとナルトは思っていた。

 

「!?」

 

 だが、自信満々なナルトの心とは裏腹にドボンと大きな水音が辺りに響く。

 

「この湯の温度は60度。失敗ばかりしてるとゆでダコになりますぞ!」

「……丁度いい温度だ」

「ほう……」

 

 ザバッと湯から上がるナルトの肌の色は彼の余裕を醸す言葉とは真逆に真っ赤に染められていた。筋肉を鍛え、精神を鍛え、みだりに取り乱さないナルトだが体の防衛反応は如何ともし難い。

 だが、ナルトは肌の色以外では、熱さを周りに微塵も悟らせないほどに堂々たる態度であった。

 

「失敗を体に覚え込ませることこそ修行。なれば、この修行法は最適!」

 

 印を組み、ナルトは集中する。

 

「むん!」

 

 湯の熱さなど自分の内から湧き上がる熱さに比べれば、ぬるま湯同然!

 再び湯に向かって大きく足を踏み出したナルトは嗤ってみせる。が、先ほどの焼き直しのようにナルトの体は乳白色の湯へと吸い込まれていった。

 

「……」

 

 諦めを知らない。

 そのようなナルトを見てエビスは唇を緩める。思い出すのは少し前のこと。ナルトと邂逅してから少し経ったある日の出来事だ。

 

 ///

 

「今日はいつになく気合が入ってますぞ、お孫様!」

 

 額に汗しながら腕立て伏せを行う自分が受け持つ生徒──木ノ葉丸──へとエビスは嬉しそうに声を掛ける。

 

「いつもなら、火影様に奇襲をかけに行く時間ですのに」

 

 ──やっと私の指導方針が通じたのですね!

 

 悪癖が治り、自分の教育方針に従う木ノ葉丸にエビスは安堵する。火影への悪戯などは木ノ葉丸の将来において良いものだとは言えない。それにより木ノ葉丸への指導を行っている自分の評価も危うくなってしまう。

 そのような考えの元、エビスは再三、木ノ葉丸への注意を行ってきたのだが、中々治ることもなく頭を抱えていた。だが、今は自分の指導にキチンと従ってくれる。

 

「そんなのもうやめたんだ、コレ……」

 

 これは良い流れだと頷くエビスの耳に木ノ葉丸の声が届いた。

 

「そうですぞ、やっとお分かりになりましたか。私の言う通りにすることが火影になる一番の近道に……」

「近道なんかないよ、コレ!」

「……え?」

「ナルトの兄貴が言ってた」

 

 木ノ葉丸は歯を煌めかせて笑顔を浮かべる。まだまだぎこちない笑顔だが、汗に光るその顔は自信に輝いていた。

 

「火影になるなら……それを覚悟してやれって!」

 

 ///

 

 ──確かに何事においても近道なんてない。

 

 湯の中へと何度も姿を消し、その度に上がってくるナルトの姿を目に焼き付けながらエビスは想う。

 

 ──私は君を誤解していたようだ。君は私よりよっぽど頭のいい教師だった。そして、ただのバケ狐でもなかった。

 

 過去の諍いを水に流し、エビスは優しい目付きで努力し続けるナルトを見つめる。

 

 ──君は立派な筋……木ノ葉の忍者だった。

 

「……許されぬ」

「ナルトくん?」

 

 それは突然であった。

『許されぬ』という言葉と共に再び湯に落ちるナルトの声には敵意が乗っていた。そして、その敵意は自分よりも後ろにいる者に向けられているとエビスは感じ取った。

 彼は伊達に特別上忍という地位についていない。忍としての技術はエリートと呼ぶに相応しいものだ。

 

 エビスは後ろへと振り向く。

 

「エヘヘヘヘ」

 

 頭が痛くなる光景にエビスは思わず言葉を失う。

 木ノ葉丸の悪戯好きな性格が治ったと思ったら、どうやら別の者に移ってしまったようだとエビスは嘆息する。それが木ノ葉丸のような小さな子どもであるならば悪戯で済まされよう。

 

 だが、今、エビスの目の前にいる者は白髪に羽織を着た大柄な男。

 だが、今、エビスの目の前にいる男はどこからどう見ても大人。

 

「どこの誰だか分かりませんが……」

 

 エビスは駆ける。

 彼は義憤に燃えていた。

 

「ハレンチはこの私が許しませんぞー!」

「ん?」

 

 ナルトと同じように正義を解する彼は、“男”が柵の隙間から“女湯”を覗くというような卑劣な行いを見過ごすことはできなかったのだ。

 

「ったく」

 

 しかし、現実は常にエビスの想像の上をいく。

 

「こ……これは!!」

 

 ボンという軽い音と共に大の男ほどの大きさの蛙が突如として白髪の男の足元に現れた。

 蛙は躊躇することなく、エビスの腹に向かって舌を伸ばす。

 

 ──腹筋の鍛え方が足り……なかった……です……ね……。

 

 その思考を最後にエビスの意識は落ちてしまった。

 地面に横たわるエビスを見下ろしながら、女湯を覗いていた男は忌々しそうに文句を口にする。

 

「騒ぐなっての……ったく。バレたらどーすんだっての!」

「己らが貴殿を見た時点で貴殿の悪行は公のもの。大人しく縄について貰おう」

「うん?」

 

 白髪の男はエビスから目線を動かして、自分へと声を掛けた者に視線を遣る。

 そこには、湯に何度も落ちながらも怒髪衝天と言った様子で髪を逆立たせた漢が居た。

 体から湯気を出す怒りに満ちた阿修羅の如き漢が居たのだった。

 


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