熊に襲われていた少女を救った第七班の三人であったが、彼らにとって成果はなかった。
少女が持っていた“地”の巻物は彼らが持つ巻物と同じ種類。“天”の巻物でなければ、同種類の巻物をいくら持とうが無意味だ。第二の試験の突破条件は“天”“地”両方の巻物を揃えること。
彼らが求める巻物は他者より奪う他ないが、第二の試験のタイムリミットは迫っている。終了時刻に近づけば近づくほど、合格者が多くなれば多くなるほど巻物の残数は少なくなっていく。
サスケは内心、焦っていた。第二の試験が始めって4日目。合格者や脱落者も多く出ていると考えられる日数だ。天の巻物を今日中に手に入れないと合格の可能性は限りなく薄くなってしまう。
「ぎゃああああ!」
「ッ!?」
サスケの思考を中断させるように死の森の中に叫び声が響き渡った。戦闘があったのだろう。と、なればチャンスだとサスケは目を鋭くした。戦闘終了後に疲れている者の巻物を狙うことが今、打てる最善の一手。
「行くぞ」
ナルトとサクラにそう声を掛けたサスケは木の枝に飛び移る。ナルトとサクラは頷き、叫び声のした方向へと進むサスケに追随した。
+++
森の中を進むサスケの眼にチャクラが映った。三人分のチャクラだ。
サスケはハンドシグナルでナルトとサクラに止まるように合図する。木の陰からそっと顔を出し、辺りを窺うサスケだったが、次の瞬間、怪訝な顔付きを浮かべる。
そこには三人の下忍が居た。額当てから察するに木ノ葉隠れの下忍だ。しかし、敵の襲撃を受けたのか内、二人は地面に横たわっていた。その二人を起こそうと懸命に声を掛ける下忍を見つめ、サスケはどうもおかしいと判断する。
横たわる二人の外傷はこれと言ってなく、更に衣服が乱れた様子も特にない。巻物を狙う場合ならば、倒したと同時に巻物を持っていないか探るハズだ。だが、その様子もないことから、ただ意識を奪うためだけに攻撃したと考えられる。
そして、最も不可解なことに、気絶している彼らの横には“地”の巻物が放り出されていた。
「大丈夫か? 何があった?」
そうナルトが木ノ葉の下忍に声を掛ける様子を横目にサスケは考えを深める。
──アイツ等が巻物を確認している最中に敵に襲われたとするならば、説明は付くか。
「ヒッ!」
「己は貴殿らに攻撃を加える意思はない。貴殿らを助けに来た。その証拠に丸腰であろう?」
「そもそもアナタの場合、体が武器みたいなものじゃないですか」
──その時に、今、意識のある奴が何かしらの用事で離れていて、それに気づかずに襲撃者は襲い掛かった。
「大丈夫だ。信じろ」
「信じ……る?」
「このような状況で他人を信じられなくなるのも分かる。だが、己は同じ里の者を見捨てはせぬ」
──襲われた奴らが叫び声を上げて、仲間がすぐ駆け付けると考えた襲撃者は逃げたって所か。
「ほ、本当か?」
「然り」
──それに、近くに気配もない。
「えっと、それがオレにもよく分からない。食料を取りに仲間から離れていたら、叫び声が聞こえてな。慌てて戻ったら、この有り様だ」
「……分からぬな」
「だろう?」
──叫ばれたせいで焦って逃げたという所だろう。それなら、この妙な状況でも納得がいく。そして、その程度で慌てて逃げ出すような敵なら大したことはない。
考えを纏めたサスケは後ろを振り返る。
「ナルト、サクラ。行くぞ。アイツ等に話を聞いて……ナルトはどうした?」
振り返ったサスケの視界の中にはナルトの姿はなかった。残っていたサクラが何か達観したような顔付きで指をサスケの後方へと向ける。
「あっち」
「……」
──考えに意識を割き過ぎて気が付かなかっただと?
「自然な動き過ぎて止める暇もなかったの。ごめんね、サスケくん」
「……行くぞ」
「うん」
発見と同時に木ノ葉の下忍に駆け寄ったナルトに続いて、サスケとサクラも姿を現すのであった。
その後、ナルトと同じ説明を木ノ葉の下忍から聞いたサスケとサクラであるが、その要領を得ない説明に眉根を寄せる。
「巻物を開いたんだろうね」
唐突に後ろから掛けられた声。
弾かれたように第七班の三人は振り返る。
「ルールを無視した者は必ずリタイヤせざるを得ない状況に追い込まれる。前回の試験では、途中、巻物を見た者には催眠の術式が目に入り込むように仕込まれていた。試験終了の時間まで“死の森”で横たわるって寸法さ」
「貴殿は……」
「薬師カブト。第一の試験振りだね、うずまきナルトくん」
森の中から両手を広げて現れたのは、第一の試験で中忍試験の情報をサスケたちに教えたカブトだった。
「アンタ……態々、オレたちに声を掛けるとは嘗めているのか?」
──敵だ。
そう判断し、チャクラを練り上げながらサスケはカブトへと一歩を踏み出した。
だが、進むサスケを大きな手が遮る。
「待て、サスケ?」
「ナルト?」
「この者からは敵意は感じない」
「確かに……。もし、カブトさんが私たちに攻撃を加える気なら姿を現す必要もないし」
「嘗められているんだろ。正面からオレたちと戦っても勝てるって自身があるか、既に罠を仕掛けて……ッ!?」
後ろ、つまり、横たわる二人の下忍とその横に跪く一人の下忍に振り返る。だが、サスケの予測とは逆に、意識のある一人がポカンとした顔でサスケを見つめ返すのみだ。
サスケの予測とは、カブトの班員が自分たちを罠に掛けるためにやられた振りをした下忍に変化しているというもの。しかしながら、その兆候は全くない。木ノ葉の下忍が不思議そうな顔でサスケを見つめ返すのみだ。
「そう心配しなくてもいいよ。ボクは君たちに攻撃するつもりはない。ただ、君たちと手が組みたくて話し掛けただけさ」
「手を……組みたい?」
サクラが繰り返す。カブトは頷く。
「仲間と逸れてしまってね。仲間を塔付近で待とうと急いでいた途中だったんだけど、一人じゃ心許なくてさ」
「了承した。共に行こう」
「何言ってやがる!」
「しかし、困っている人は助けよというのが人道ではないか?」
「状況を見ろ! ウスラトンカチ!」
ナルトとサスケから目を離したサクラは平静に押さえつけた声でカブトに尋ねる。
「……アナタが私たちと同行することで私たちにメリットはあるんですか?」
「そうだね。ボクが仲間と合流出来たら、これを渡そう」
そういって、カブトが取り出したのは二本の巻物。“天”“地”両方が揃った巻物だ。
「……偽物か?」
「君が疑うのも無理はない。けど、本物だ。証明する手段はないけどね」
肩を竦めたカブトは視線を森の中に遣る。
「ただ、移動しながら話そう。彼らの叫び声で偵察に来た者がいてもおかしくない」
「だが、彼らはどうする?」
「そうだな。ここに置いて行けば敵にやられることも十分考えられる」
カブトが顎に手を当て、どうしようかと迷いを見せる中、動いたのはサスケだ。サスケは意識のある一人の木ノ葉の下忍に手を差し出した。
「おい、巻物を寄こせ」
「サスケ? それは追剥のようではないか」
「巻物を持っていれば、それだけ狙われる確率が高くなる。カブトの言うように、偵察しているかもしれない奴がいる状況じゃ猶更だ。だから、俺たちが貰って他の奴らから攻撃されないようにしてやる」
「そ、そんな……」
「それに、カブトの言うことが正しければ、お前の班員はルールを破った。試験終了まで起きることはない。そうだろ?」
チラとカブトに目を向けるサスケにカブトも頷きを返す。
「ああ、君の言う通りだ」
逡巡した木ノ葉の下忍だったが、観念したかのようにサスケに“地”の巻物を渡した。
「オレたちの分まで頑張ってくれ」
「言われなくても、オレは中忍に上がる」
“地”の巻物を受け取ったサスケは身を翻し、カブトの案内の元、森の中へと飛び込むのであった。
+++
「本当にまだ敵はいるのか?」
「ああ、間違いなくね」
森の中を進みながら、サスケはカブトに尋ねる。
「ちょっと考えれば分かる。こういうジャングルや広い森の中での戦闘において、最も利口な戦い方って知ってるかい?」
「さぁ?」
「ボクら受験者の共通ゴールはこの森の中心に位置する塔だろ?」
サクラの分からないという素振りを受けたカブトを説明を始めた。
「ってことは、残り日数が少なくなると共に、最も巻物を集めやすいのは……その塔の付近ということになる」
「あ! なるほど、待ち伏せね!」
サクラの解答にカブトは笑みを返した。
「つまり、私たちは“天”“地”両方の巻物を入手して塔を目指しているチームの巻物を狙う訳ね」
「1/3正解」
「え?」
「そう考えるのは君たちだけじゃないってことさ。塔付近には同じ穴の貉が罠を張っている可能性もある」
「つまり、私たちの先手を打っている敵がいるってこと?」
「その通り」
タンッと枝を蹴って進むサクラはカブトの言葉に疑問を覚える。
「そう言えば、カブトさん。残り1/3の答えって?」
「この手の試験で必ず出現するコレクターのことさ」
「コレクター?」
「塔が目と鼻の先であっても、決して安心できない“死の森”での試験。その特殊な状況が彼らを生む。つまり、思わぬ強敵に出くわしてしまった時に見逃して貰う代償として余分な巻物を集めようとする者。また、里を同じくする仲間に足りない巻物を提供することで以降の試験を有利に進める情報を手に入れようとする者。更には、第三の試験へ進むであろう有力な突破者を自分たちに有利な状況下で滅ぼしておこうと考える者」
真剣な表情をしたカブトは、この先に待ち構えているであろう敵の強さに言及しようとした。
「言わずとも分かることだが……」
「カブト殿、関係ない」
「ナルトくん?」
「立ちはだかる壁は壊す。つまりはそういうことだろう?」
しばしの無音。風を切る音のみが耳に聞こえる。
「カブトさんの話、聞いてた? 全然、違ったわよ!」
「サクラさん」
思わず立ち止まりながら、サクラはナルトに信じられないというような声をぶつける。
それを諫めるかのようにカブトは少し厳しめの声でサクラに声を掛けた。
「はい?」
「不注意な行動や不用意な物音は避けたい。密林を象のような音を立てて進めば、自分たちがやってくることを大声で警告しているのと同じ。必ず熱烈な歓迎を受けることになる」
「あ、ごめんなさい」
「これからは時間の許す限り、身を隠しながらゆっくり行くよ……うん、ナルトくん。流石だ。そんな巨大なムカデを物音一つ立てずに素手で仕留めるなんて芸当、上忍でも出来ないかもしれない。それと、こっちに持ってこなくていいから」
それからは無言の時間が続いた。無駄なことは口にしないナルトとサスケだ。それに、サクラも現状を正しく認識している。彼らに静かにするように言ったカブトは言わずもがな。
細心の注意を払って死の森の中を行く四人。彼らの耳に届くのは遠くから微かに聞こえる夜行性の動物の鳴き声と枝を揺らす風の音。
足音すら忍び、四人は森の中を進むのだった。
+++
「おかしく……ない?」
「サクラの言う通りだな。どう考えてもオレたちは10km以上、進んでいる歩数だ」
遠くに見える目的地の塔。だが、その塔との距離は一向に縮まらない。
「疲れたのならば肩を貸そう」
「いや、ナルトくん。そうじゃない」
「つまり、どういうことだ?」
「ボクらは熱烈な歓迎を受けているってことさ」
カブトは人差し指を立てながら、ある場所を指し示す。
「ホラ……あそこを見てごらん」
カブトの指示に従い、目線を遣った先にはバラバラにされたムカデの姿。数時間前、ナルトが素手で引き千切った害虫の躯だった。ここに在るハズのないものの姿だった。
それにピンときたサスケは小さく呟く。
「幻術か」
「そうみたいだな……完璧に嵌ってしまったよ。どうやら、ボクたちは細心の注意を払って同じところをグルグルと歩かされていたようだ」
「監視されているな」
「おそらく、このまま体力を削らせて、疲れ切った時に不意を突くつもりだろう」
「だったら、もう敵の作戦通りだろ」
「じゃあ、そろそろ来るかな」
「ああ……お出ましだ」
取り囲むように現れ出る人型。彼らの周りに出現した人型の数は20ほど。そのどれもが同じ格好をしている。顔は布に覆われ、体にフィットした黒いツナギを来たような人型だ。
戦闘態勢が整えている敵の姿を認めたナルトは肩幅に足を広げ、大きく息を吸う。
「姑息な手段! それも良し!」
ナルトは吠える。
「己は正面、貴殿らは裏より攻める! 良し! 自らの力を発揮して闘う。それが忍の心得!」
月に叫ぶ獣の如くナルトは吠えた。
「己は征く! 愚直に、真っ直ぐに、力強く! 止められるのならば止めてみよ!」
彼は拳を胸の前で力強くぶつけ合う。
「月が照らすは森の闘技場! うずまきナルトォ! いざ征かん!」