NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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キャンプファイヤーで踊らぬ者と踊る者

 時刻は深夜、丑三つ時。闇が森を支配する時間だ。

 暗い森の中、小さな広場で焚火が煌々と燃えていた。ほっとする光景だ。毒虫や害獣に気を張り続け、くたくたになった者に焚火の火の揺らめきは安全と安心を与えるだろう。火に獣は怯え、火に人は暖を取る。

 

 そして、パチパチと踊る火の横には魚が串で焙られていた。魚油の香ばしく、人の本能、食欲に直接、訴えかけるような香り。極限のサバイバルに挑む者たちにとって、何とも耐え難い匂いだ。

 

 ガサリと茂みを分け入るような音がした。

 焼き魚の匂いに釣られたのか、人が火の近くに寄っていく。

 

 ──バカが、引っかかったな。

 

 焼き魚を準備し、近くの茂みで息を潜めていた忍はほくそ笑んだ。

 そう、餌で獲物を捕らえるための罠だ。古典的だが有効だ。事実、目の前には魚の焼ける匂いに釣られたバカが何も知らずにのこのこと近づいていた。

 

 忍はクナイを振り下ろし、プチンと傍のワイヤーを切る。

 仕掛けたトラップが火の元に近づいた人影の頭上から襲い掛かった。丸太を加工した木の槍だ。

 

 木が地面へと落ちる音と共に、焚火の炎は消え、土煙を上げた。

 

 ──やったか?

 

 ワイヤーを切った忍は暗闇に目を凝らす。幸いなことに月明かりにより、森の中の広場は照らされていた。焚火の炎が消えたとはいえ、充分な明るさだ。

 月明かりに照らされ、砂埃が煌めく広場は一種、幻想的だった。

 そして、その中心にあるのは無傷の人影の姿。砂塵舞う中、直立不動の構えを月明かりに照らされる幻想的な光景だった。

 

 だが、トラップを仕掛けた者たちは、そう捉えなかったらしい。口をわなわなと震わせ、信じられないものを見たというように目を極限まで見開いている。

 

「う……嘘だろ?」

「どういうことだよ?」

 

 二人の言葉を補足するように最後の一人が声の限りに叫んだ。

 

「なんでポーズとってんだよ! アホかァ!?」

 

 そこに居た者は逞しかった。体の側面を前面に押し出し、両腕を臍の辺りで止め、大胸筋を強調したポーズのナルトだった。

 サイドチェストで彼はトラップを完璧なまでに防いだのだ。

 

「なんで、ポーズをとっただけで、あの量の丸太が効かねェんだよ!?」

「修練を怠らなかった故」

「嘘つけ! 一体、どんな修行をすれば……いや、いい。なんとなく分かった。筋トレをしたら、多分、上から落ちてきた丸太も痛くなくなるんだろうなって、そんな訳あるかァ!!」

 

 声の限りの叫ぶ忍は頭痛を感じていた。この男とは話が通じ合わない。同じ言語を使っていたとしても、価値観が全く違う。話は平行線を辿るだけだ。

 

「焚火の光でよもやとは思ったが、サスケやサクラではなく当てが外れた。だが、人がいたのは僥倖。……貴殿らに聞きたいことがある。サスケとサクラを知らぬか?」

「……ひょっとして、お前……仲間と逸れたのか?」

「恥ずべき事であるが……然り」

 

 その瞬間、忍の顔がニヤリと歪んだ。

 

「巻物を寄こせぇべえええ!?」

 

 飛び掛かっていく忍の懐へと一瞬にして入り込んだナルトは拳を上へと突き上げた。腹に固い拳が入り、上へと飛ばす。

 空へ、月が照らす空へと舞い上げられたチームメイトの姿をポカンとした表情で地上の二人は見上げる。死の森の大木、その梢ほどの高さまで殴り飛ばされた忍は重力に従い、地上へと落ちてくる。その姿をポカンとした表情で見つめる二人は、顔を上から下へと動かした。

 ややあって、地面へと叩き付けられ、土埃を舞い上げたチームメイトの姿を見つめる二人の忍。

 

 鎖帷子を着込んでいたことが幸いしたのかもしれない。地面へと叩き付けられたチームメイトは──虫の息ではあったが──確かに生きていた。

 二人はゆっくりと顔を見合わせ、やがて、頷き合った。

 

「巻物は貴方様に差し上げますので、どうかお許しください」

「否。己が聞きたいことはサスケとサクラのこと。つい、反応してしまったが己は貴殿らを傷つけるつもりはない」

「申し訳ございません。僕たちは貴方様の班員についてはお知りになられないです、ハイ」

 

 所々、敬語の使い方が間違っているが、仕方のないことだろう。ナルトの話をよく聞かずに、忍はへこへこと頭を下げる。

 なにせ、彼らの目の前では仲間が天高く殴り飛ばされるという、普通に生きていれば遭遇し得ない出来事に遭遇してしまったのだから。その出来事に遭遇してしまった二人の取った行動の意味は単純明快。巻物を差し出し、命だけは見逃して貰おうという生存本能に即した行動だった。

 

 ナルトが何も言えない内にナルトの足元に巻物を置き、チームメイトを回収して一目散に離れる三人の忍を見つめながら、ナルトは独り言ちた。

 

「サスケ……サクラ。どこにいる?」

 

 広い森の中。一心不乱に大蛇丸を追っていたら、どこから来たのかナルトは分からなくなっていた。手当たり次第に二人の姿を探すナルトは途中で出くわしてしまった、限りなく不運で身の程知らずな下忍たちを返り討ちにしながら森の中を突き進むのであった。

 

 +++

 

 木の根が複雑に絡み合い、雨風を凌げる場所にサクラとサスケは居た。大蛇丸が施した術により、サスケの体調は非常に悪かった。高熱による意識の白濁。荒い息を続けるサスケに額に濡らした布を置き、なんとか体温を下げようとするサクラだが、効果は目に見えない。

 

 疲労が重くサクラに圧し掛かる。

 それも仕方のないことだろう。何せ、自分たちより圧倒的に上位の実力を持つ忍と戦ったのだから。死を濃密に感じられる中、生きるために戦った彼女は疲れていた。

 体力的な面はもちろん、精神的な面も疲労でギリギリの状態であった。戦闘で体力は使う、そして、いつ他の敵が攻めてくるか分からない今の状況はサクラの精神を加速度的に削っている。

 

 ──眠っちゃダメ。

 

 サクラは頭を振る。疲れで今にも飛びそうな細い意識の糸へと集中し直すサクラであったが、その集中もすぐに霧散しそうになる。

 再度、頭を振って眠気を飛ばそうとするサクラの顔に日の光が当たった。

 

 ──もう夜明け……。

 

 目をしばたたかせて朝の光に目を慣らす。

 

 ガサリと音がした。

 

 一瞬で意識を覚醒させたサクラはクナイを手に用意する。自分の鼓動が耳元から聞こえるほど、サクラは緊張していた。サスケは伏し、ナルトは大蛇丸を追って行った。今、ここでサスケを守る事ができるのは自分だけだ。

 覚悟を決めてサクラは振り返った。と、サクラは怪訝な表情を浮かべる。

 

 ──リス?

 

 森の中に住み着いていたのだろう。一匹のリスが茂みの中から姿を現していた。

 リスの愛くるしい姿を確認したサクラは肩に入れていた力を抜く。

 

「何よ、あんまり驚かさないで……あ!」

 

 リスが自らの方向へと向かおうとする様子をサクラは捉えた。瞬間、サクラはクナイを投げる。リスの足元にクナイが刺さり、それに驚いたリスは慌てて森の中へと姿を消した。

 森の中へと行くリス。

 その姿をじっと観察していた三対の目がサクラへと視線を戻す。

 

「えらく気を張ってやがるな。リスに着けた起爆札に気付いたのか?」

「いや……そうじゃないよ」

「なんだよ、ドス。どういうことだ?」

「多分、近くまで行けば分かるよ。だから……」

 

 茂みを揺らしドスと呼ばれた少年は視線をサクラへと向ける。

 

「……そろそろ行こうよ」

 

 その目は限りなく冷たかった。

 彼らは音隠れの忍。先の大蛇丸の立ち上げた音の忍たちだ。大蛇丸のカリスマによって育て上げられた彼らの残忍性はおよそ、下忍の域ではない。人の悪意を増大させた残忍性は他者を殺すことを遊びのように捉えている節がある。

 

 そして、彼らの今の狙いはサクラと……サスケだった。

 

 +++

 

 暖かな日の光に照らされると体の奥の方から眠気が襲ってくる。その眠気は耐え難い。例え、死の危険があると言えども、生物の本能的な欲求には逆らうことができない。なにせ、人の三大欲求──食欲、性欲、睡眠欲──の内、何も用意せずとも行えるのが睡眠だから、逆らうのは困難なのかもしれない。

 

 サクラの頭がゆっくりと船を漕ぎ始める。

 

「クク……寝ずの見張りかい?」

「!?」

 

 うつらうつらしていたサクラの目を冷たい声が一瞬にして開かせた。先ほどのリスの時は緊張感、だが、今し方、聞こえてきた声は危機感をサクラへと齎した。

 危険度はこちらの方が数段上。

 後ろへと視線を遣ったサクラの翡翠色の目に映ったのは三人の忍の姿。

 

「でも、もう必要ない。サスケくんを起こしてくれよ。ボクたち、そいつと戦いたいんでね!」

 

 狂気に溢れた声がサクラのうなじを逆立てる。

 と、その者たちが着けている額当てへとサクラの視線が注がれた。ベロリと剥がれた顔の皮膚の裏から見えた顔が付けていた額当てと同じマークだ。

 

 ──こいつら、音隠れの……。あいつと同じ。

 

「何、言ってるのよ! 大蛇丸って奴が陰で糸引いてるのは知ってるわ! 一体、何が目的なのよ!?」

 

 “大蛇丸”──その言葉が三人の忍の表情を驚愕の色に染めた。次いで、彼らの表情が染まる色は黒。

 

「サスケくんの首筋の変な痣は何なのよ! サスケくんをこんなにしといて、何が戦いたいよ!」

「……さーて。何をお考えなのかな、あの人は?」

 

 低い声で顔に包帯を巻きつけている少年、ドスはぼやく。隣の少女、キンもまた難しい顔で考え込んでいる様子だ。

 そして、ドスの言葉に反応したのか髪を逆立たせた少年、ザクは臨戦態勢を整えた。

 

「しかし、それを聞いちゃあ、黙っちゃられねーな。この女もオレが殺る。サスケとやらもオレが殺る」

「待て、ザク!」

「あ? 何だよ?」

 

 今にもサクラへと飛び掛かろうとしていたザクをドスが止めた。

 

「ベタだなあ……ひっくり返されたばかりの石、土の色。この草はこんな所には生えない」

 

 地面を剥ぎ取るドスはサクラを正面から見る。

 

「ブービートラップってのはさ……バレないように作らなきゃ意味ないよ」

「チィ、下らねェ。あのクナイはリスがトラップにかからないようにするためだったのか」

「まあ、この女なんか用無いから……すぐ殺そ」

 

 ドスの合図で音隠れの忍、三人は跳び上がる。大きく跳躍した彼らの目的は、地面に仕掛けられたサクラのブービートラップを避けるためのもの。

 地面に足を着けずにサクラのいる場所まで跳べばトラップは発動しない。単純な理屈だ。

 

 だが、自分のトラップが無意味になったというのにも関わらず、サクラは笑った。

 次いで、サクラは手元のクナイで昨夜の内に用意していたワイヤーを切る。トラップだ。それは、二重のトラップ。一つ目は精神的なトラップである分かり易く地面に仕掛けたトラップ、二つ目は物理的なトラップである上から降ってくるトラップだ。

 サクラがワイヤーを切ったことで、攻城槌のように巨大な丸太が音隠れの三人へと襲い掛かる。

 

「上にもトラップが!? ヤバイ!」

 

 三人は完全にサクラの術中に嵌っていた。

 

「なーんてね」

 

 が、ドスが丸太に手を当てると、意図も容易く丸太が破砕される。

 

 ──才能がない奴はもっと努力をしなくちゃダメでしょ?

 

「!?」

 

 そうサクラへと声を掛けながら、恐怖に歪むサクラの顔を見ようとドスは考えていた。しかしながら、ミシリと胸の骨が嫌な音を立てたことをドスの耳は捉える。そのまま、地面へと叩き付けられるドス。

 

「おい!」

「ドス!」

 

 何が起こったのか把握していないながらもドスは受け身を取り、ダメージを最小限にする。ドスは自分の前に影が差したことを感じた。

 自分の前に降り立ったサクラを憎々し気に睨む。

 

「トラップで目隠しをしてあなたがボクに攻撃を当てる、と。……やりますね」

 

 自分の身に起こった一連の出来事を理解したドスは服の埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

 第一のトラップで上に跳び上がらせ、第二のトラップで迎撃。それを防いだら本人が体術で攻撃、と。見事に掌の上で踊らされたという訳ですね。

 だが……。

 

「所詮、アナタは一人だ」

「サクラさんは一人ではありません!」

「!?」

 

 森の中に熱い声が響いた。

 陽を遮り、一つの影がサクラの前に躍り出る。

 

「な……何者です?」

「木ノ葉の美しき蒼い野獣……ロック・リーです」

 

 煙と共に現れたるは肩にリスを乗せたリーの姿だった。

 


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