NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

20 / 79
シャドーボクシングをする場合は残像を作るべし

「また変化だったなんて……」

 

 ナルトの筋骨隆々な姿から全ての筋肉を削ぎ落したような細い姿の人物を見て、サクラは思わず小さな声で呻く。同時に彼女はサスケの慧眼に感謝した。

 

 ──サスケくんが見抜かなかったら危なかった。

 

 合言葉を答えることができたせいで、サクラは変化した者がナルトだと思い込み油断していた。それは致命的な隙。油断した下忍ならば、後ろからクナイで音もなく首を掻き切る事など目の前の人物ならば造作もないことだろう。

 

 サクラはチャクラを体全体に漲らせる。サスケの緊張した顔付きから、目の前にいる敵対者は唯者ではないと判断してのことだった。

 サスケとサクラの警戒を前にしても、敵対者は自然体だった。薄い笑顔を浮かべた敵対者は懐に手を入れる。更に警戒度を上げるサスケとサクラだったが、敵対者が懐から出したものを見て、彼らは頭に疑問符を浮かべた。

 

 敵対者が懐から出したものは巻物だった。しかも、口寄せの術式が書かれたような戦闘に使うものではなく、先ほど試験官から配られた巻物だ。

 “地”と大きく書かれた巻物はこの試験で奪い合われる獲物。敵対者がそれを態々、見せつけるように出した理由がサスケとサクラには分からなかった。自分が巻物を持っているとアピールするメリットなど何一つない。それにも関わらず、巻物を出した理由は敵対者の余裕を表すものであった。

 

「私たちの“地の書”欲しいでしょ? キミたちは“天の書”だものね」

 

 ──なぜ、そのことを……!?

 

 サスケの額に汗が流れる。自分とサクラ、そして、ナルトしか自分たちが持つ巻物の種類は知らないハズ。それにも関わらず、言い当てた敵対者に戦慄する。

 

 いつ、巻物の種類を知ったというのか?

 

 動揺しているサスケに見つけるように、敵対者は左手にある地の書を見せつけながら上を向く。

 巻物を口元に持ってきたかと思うと口を大きく開いて、それに長い舌を巻きつけた。そのまま、喉の奥の方に巻物を押し込んでいく。到底、人間業ではない。

 敵対者の、そして、自分たちの喉から鳴る音を聞きながら、サスケとサクラはその光景から目を離せずにいた。それどころか、動こうとする考えすら思いつかない。

 巻物の全てを喉奥に収めた敵対者は、やっと、サスケとサクラに顔を向けて口を開いた。

 

「さぁ、始めようじゃない。巻物の奪い合いを……」

 

 眼孔に指を入れた敵対者の瞳孔は縦に割けていた。

 

「……命懸けで」

 

 ──殺。

 

 腕を引き千切られ、足を根本から抜かれ、胸を杭で貫かれ、腹から(はらわた)を抜かれ、頭にクナイを突き立てられる。

 一瞬にして、何通りもの“死”を経験するかの如くサスケとサクラは自分たちの行く末を想像させられた。

 

 殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される。

 

『殺される』

 それしか思い浮かばないほどの殺気だ。

 強烈な殺気に晒されたサスケは膝を付き、思わず腹の中の内容物を残らず吐き出す。

 

 ──幻術? イヤ、これはただの殺気だ。何てことだ。奴の目を見ただけで、死をイメージさせられた。な……何者だ、コイツ!?

 

 恐怖に震えながらも、サスケは隣のサクラへと意識を向ける。

 

「……サクラ」

 

 返事はない。

 

「?」

 

 恐怖により揺れながらも、サスケの視線はサクラの姿を捉えた。

 ただただ体を震わせるサクラ。嗚咽すらも上げることを許されず、涙を流すことしか許されない。

 

 それもそうだろう。初めて受ける本物の、そして、濃密な殺気。波の国で上忍レベルの忍、再不斬とは相対したが、彼が主に殺気を向けていた対象はナルトだ。サスケとサクラにとって、上忍を超える殺気を放つような者は荷が重かった。

 多少、修行をして力を身に着けたとは言え、殺気だけで動けなくなるほどの重圧。

 

 ──ダメだ。ここは逃げるしか……そうしなければ……“死”しかない。

 

 だが、サスケの体は思うように動いてはくれない。精一杯の勇気を振り絞り、クナイを取り出すが、腕が震えており到底、攻撃に移せるような状態ではなかった。

 

「クク……もう動けまい」

 

 能面を思わせるような顔の敵対者は震える二人に話しかける。敵対者が、どのような感情を持っているのかサスケには分からなかった。だが、そのような精神状態でもサスケが理解できたものがある。

 それは敵対者が自分たちへと向ける殺意だ。

 

 ゆったりとした動作でクナイを取り出した敵対者はサスケとサクラへとクナイを投げた。

 

 恐怖に身を竦ませながらも、サスケは自分へと真っ直ぐ迫るクナイを見据えていた。恐怖で動けないから見続ける訳ではない。生きるため、彼は近づいて来るクナイから目を離さなかったのだ。

 

「あら……」

 

 クナイは妨げられずに、進行方向にあった木へと突き刺さった。そして、サスケたちが居た場所に残されたのは血痕。

 敵対者はそれを見て、目を細くする。

 

 と、敵対者の目が左上を向いた。

 

 ──恐怖で痛みを消し去るためにとっさに自分の体を傷つけるとはね。フフ……やっぱりただの獲物じゃないわね。

 

 敵対者の唇は、それはそれは楽しそうに孤を描くのであった。

 

 +++

 

 サスケとサクラが命の危機に陥っているのと同時刻、ナルトは一人遠くに飛ばされていた。

 風遁により大きく開けた森の中、ナルトは腕を組み立ち竦んでいた。

 強力な風遁で自分たちを分断したため、敵は強者と目される。すぐにサスケとサクラを探しに行かなくてはならない状況だ。だが、ナルトは動くことができなかった。

 

「疾く去ね」

 

 木々が揺れた。

 ザワザワと葉が揺れる森の中心はナルトだ。勘が鋭い弱い獣や、理性があり恥を解さない人間ならば一目散に逃げる。サスケたちを殺気で止めた敵対者と同じように、ナルトは怒気で前にいるものたちの動きを止めた。

 だが、それは一瞬。すぐに動きを取り戻し、乱れた隊列を戻す。

 

 目は鋭く体は大きく。

 それは正しく捕食者。

 古くは神と畏れられた人類の敵。

 

 蛇だ。

 ただの蛇ではなく、胴回りが大木の幹ほどある大蛇。体長は20mを優に超える。

 最上位の捕食者の姿だった。

 そして、その大蛇はナルトを取り囲んでいる。数は6。

 

 ナルトは拳を握り締める。

 人語を解さない可能性があるとはいえ、不要な殺生を行うことは避けるべきだと考えるナルトは彼らへと話し掛ける道を選ぶ。

 

「己は急いでいる。貴殿らが邪魔をするというのなら、押し通ることも辞さぬ」

 

 ナルトの言葉に対する彼らの返答は強撃。

 一匹の蛇の尾が振るわれ、大木が根本より薙ぎ倒される。当たれば、矮小な人間など挽肉になってしまうだろう。

 

「己は止まれぬのだ」

 

 だが、蛇と相対するのは“矮小な”人間などではない。強大(マッスル)な人間なのだ。

 蛇は自らの目を疑った。今、確かに自分の顔の前から声がした。だが、自分の尾は確かに人間──人間の範疇に収まるか怪しいものであるが──を打ちすえた。

 

 そこまで考えた瞬間、蛇が見る視界が一瞬にして変わる。地面を見下ろす場所から地面を感じる場所へと蛇の頭は移動していた。視界の変化に続いて蛇が感じたものは自分の頭、鼻先から感じる痛み。

 打ちすえられたのは蛇の方であった。

 

 蛇は信じることができなかった。

 どうして、小さな人間が巨大な自分を殴りつけ、地面に叩き付けることができるのか?

 毒牙も固い鱗もしなやかで強靭な体も、強さを見せる時間もなく戦闘不能に陥らされた。

 

 ──だが、奴も無事ではない。この尻尾を叩き付けたのだから。

 

 蛇は痛みで朦朧とする意識の中、一矢報いた証拠を見つけるために視界から外れたナルトを探す。せめて、青痣の一つくらいはこの目に焼き付けないと意識を失おうにも失えない。

 

 ややあって、蛇はナルトの姿を見つけた。

 ナルトが蛇を殴りつけ、地面に叩き付けられた時の衝撃で木の上にある鳥の巣が落ちてきたのだろう。何人かに増えた筋肉人間は地面へと雛鳥が叩き付けられる前に優しく受け止める。

 

 ──何人か?

 

 その姿は一つに収束していく様子を見て、あれは残像だったのだなと蛇は気が付いた。蛇は強靭な精神で繋いでいた意識の糸が切れることを感じる。もう色々と限界らしい。

 彼の最後の思考は『忍者なら分身の術を使えよ』という甚く獣らしくないものだった。

 

 落ちてきた雛鳥を一匹も見捨てることなく巣に戻したナルトは木から飛び降り、蛇たちの前に音もなく姿を現す。

 

「あと……五匹か」

 

 慈悲深く、これから行う行為に嫌悪感を示すような声で呟くナルトだったが、残念ながら蛇たちはそう捉えなかったようだ。彼らは閻魔の沙汰を待つ亡者のように身を強張らせることしかできなかったのである。

 

 +++

 

 木の陰。

 咄嗟に自分の太ももにクナイを刺し、痛みで体の動きを取り戻したサスケはサクラを抱え、敵対者から見えない位置へと瞬身の術で逃げたのだ。敵対者の殺気から離れたことで、動けなかったサクラも動きを取り戻す。

 

「サスケくん、大丈……!?」

 

 青い顔をしたサスケへと声を掛けたサクラの口がサスケの掌によって押さえつけられる。

 

「どう逃げる? どう逃げればいい?」

 

 激しく狼狽した様子のサスケは小声で自分自身へと語り掛ける。

 

 ──サスケくんがこんなに取り乱すなんて……。

 

 常に冷静沈着。霧隠れの中忍二人を相手取る時にも顔色一つ変えなかったサスケ。

 その彼が熱に浮かされたように“逃げる”という言葉を連呼している。今まで見たことがない、それどころか想像もできなかったサスケの怯えた顔だ。

 と、サクラは身を震わす。

 

「ん~ッ!」

 

 サクラが身を震わせた原因は新しい恐怖からだ。5mはあろうかという大蛇だ。巻き付かれでもしたら、逃げ出すことは忍である彼らでも困難を極めるに違いない。

 サクラはサスケに注意を促すため口を開こうとするが、サスケに唇を押さえられているために声は言葉にならない。やや強引に唇からサスケの掌を両手で引き剥がしたサクラは声を上げる。

 

「サスケくん! 蛇!」

 

 やっと蛇の存在に気が付いたサスケは、弾かれるように木の枝の上から跳び擦った。

 

 ──チィ……気が動転して蛇にも気付かねーとは。

 

 サクラとは別の方向に逃げたサスケだったが、蛇の目的はサスケだったのだろう。迷うことなく蛇はサスケへと向かう。

 

 空中に身を躍らせながら、サスケは自分の方に向かって来る蛇と目が合った。

 

「ッ!?」

 

 背筋を冷たい舌が這うような感覚。

 蛇の縦に切れた瞳孔はサスケに敵対者の目を幻視させる。

 

「うわぁああ! 来るなあぁ!」

 

 恐怖に駆られ、狂ったように叫ぶサスケは手当たり次第にポーチの中に入っていた手裏剣を蛇へと投げつける。

 動きが速い大蛇と言えど、流石に手裏剣の乱舞は避けられず、その身でサスケの放った手裏剣を残らず受けるしかなかった。

 

「ハァ、ハァ」

 

 肩で大きく息をするサスケは蛇をじっと見つめる。

 蛇は倒れ、動かなくなっていた。だが、それは須臾の刻。サスケたちに息をつかせる間もなく状況は目まぐるしく変化する。

 

「!」

 

 メリッという音と共に蛇の皮が裂ける。

 

「お前たちは一瞬たりとも気を抜いちゃダメでしょ。獲物は常に気を張って逃げ惑うものよ」

 

 蛹が羽化するかの如く、倒れた蛇の体から抜け出すのは長い黒髪の人物。先ほどサスケとサクラに恐怖を与えた草隠れの下忍だった。

 

「捕食者の前ではね」

 

 邪悪に笑った敵対者は、蛇のように伸びた胴を木の幹に巻き付かせながらサスケへと迫る。蛇に睨まれた蛙のようにサスケは動けない。

 恐怖に引き攣るサスケ。愉しそうに嗤う敵対者。サスケまで、あと数m。

 敵対者は手を伸ばす。

 

 ──が。

 

 彼らを分かつようにクナイが木の幹に深く深く突き刺さる。敵対者とサスケの間で高周波を出しながらクナイが震えていた。

 

「今は雛鳥、飛べぬもの。高い空を仰ぎ見ることしかできぬ弱き者」

 

 暗い森。

 

「弱さを故に退くことは許されぬ。強さを求め突き進むは自らへの誓約」

 

 そこに響くは低音の声。

 

「夢を糧に鳳は蒼穹へと翼を拡げん!」

 

 その声は木々に木霊し……。

 

「弱者は強者を超えていく! 照らすは太陽、羽搏くは大鵬! 胸に抱くは大望!」

 

 ……天高く轟く。

 

「己は火影に到る者。名をうずまきナルト」

 

 逆光に照らされたナルトの筋肉は敵対者の顔に影を作るのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。