NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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一手

 焦燥が場を支配する。中忍試験受験者たちの前に立ち塞がるのは筆記試験問題。班員と共に落ちるか否かという現実が受験者たちに与えるプレッシャーは計り知れない。

 感じるプレッシャーのせいで、問題を解くための集中力が途切れる。実力の全てを出し切ることができない者が頭を抱える状況の中、ナルトは微動だにせず、彼の顔は影を作っていた。

 

 ──分からぬ。

 

 腕を組み、穴のあくほど試験用紙を見つめるナルトだったが、文字が変わることはなく彼の前に難問は立ち塞がるままだ。コチコチコチと時計の針が進む音が規則的に響き渡る忍者学校301教室。

 ある者は頭を掻きむしり、ある者は掌を顔に当て、ある者は目に涙を浮かべ試験問題へと挑む。試験の問題は難易度を間違えていると受験者たちに思わせるほど高い。

 だが、中忍試験の運営に携わるイビキには、下忍には決して解けないほどの難問を出題した理由がある。

 

 彼の意図、それは、受験者たちの情報収集能力を見るというものだ。つまり、“忍びらしく”試験官にバレないようなカンニングを受験者たちに強制させるのが目的の試験だ。そして、その目的に気づかない者は試験時間中、何もできることはない。

 彼の目論見通り、第一の試験はイビキという忍の力をフルに活かす場となった。

 

 特別上忍、森乃イビキ。

 木ノ葉暗部、拷問・尋問部隊隊長。

 拷問のスペシャリストである彼は、どこをどのように突けば、人の精神が壊れるか熟知している。彼が作り上げた第一の試験のルールは下忍たちを精神的に攻める非情なものだ。

 

 そして、それは真っ直ぐな性格のナルトにとっては、あまりにも……あまりにも相性が悪い試験。ナルトは、第一の試験の“裏”に気づくことはできなかった。だからこそ、彼は正面から暗号問題へと取り組むのである。

 だが、彼もまた一廉の忍である。忍としての教育はしっかりと忍者学校で受けており、忍者学校のカリキュラムの中には、もちろん、暗号の解読もしっかりと入っていた。

 ナルトは暗号の授業を担当していた恩師、イルカの言葉を思い浮かべる。

 

『いいか? 暗号には大きく分けて3パターンある。まず一つ目が“ステガノグラフィ”と呼ばれる手法だ』

 

 ──そう、ステガノグラフィだ。ステガノグラフィとは……。

 

 ナルトの頭にある言葉、ステガノグラフィとは絵などに文章を入れ込む手法のことだ。主な使われ方としては、敵地に赴いた忍が作成する地図に俳句などを書き加えて、敵地の情報を、それとは分からないようにすることが挙げられる。

 また、左から右へ読む文章の頭文字を上から下へと読んでいくことで、意味のある文章を見つける縦読みも、このステガノグラフィの一種である。

 

 ──全く思い出せぬ……。

 

 だが、彼は思い出せなかった。

 思い出せないと悩む彼の頭の中で、またもや、イルカの声が響く。

 

『それじゃあ、次に行くぞ。二つ目がコードと呼ばれる手法だ』

 

 ──そう、コードだ。コードとは……。

 

 続いて、ナルトの頭の中で語ったイルカの“コード”という暗号の手法。これは、ある言葉を別の言葉で表現するというもの。

 簡単に言えば、隠語だ。“チョコ”という言葉は“大麻”の意味を持つ隠語。予め決められた全く別の言葉を使い、分かり難くするという暗号方式をコードと呼ぶ。

 

 ──全く思い出せぬ……。

 

 だが、これもナルトは思い出せなかった。

 

『そして、これが最後の手法。“サイファ”と呼ばれる手法だ』

 

 ──そう、サイファだ。サイファとは……。

 

 サイファとは、予め定めたアルゴリズムに従って、文字を別の何かに置き換える暗号の手法だ。文字を小さな図形に当てはめることで、図形の羅列で以って文章を構成することもできる。

 暗号と言えばサイファの手法で作られたものが思い浮かぶ者が多いだろう。

 

 そして、ナルトもまたそうだった。

 

 ──思い出すことができた。感謝する、イルカ先生。

 

 サイファについて、思い出したナルトはイルカの教えを手掛かりに試験問題へと再度挑むため鉛筆を手に取った。

 

 ──全く分からぬ……。

 

 

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 止まるナルトの体。停止した動きの中、ナルトの頭は目の前の情報を処理するために動きを速める。

 

 暗号ということで、なんらかの文章を変換したものだということは分かる。だが、それを解くための鍵はない。例え、イルカの教えがあろうが、それはあくまでも取っ掛かりを教えるだけ。暗号を解くには、解読のための膨大な共通鍵の知識が必要だ。

 それがない場合、非常に困難なことであるが、隠された鍵を自らの閃きで見つけ出さなくてはならない。

 

 じっと試験問題を見つめるナルトはあることに気が付いた。

 

 ──忍という字が多い。

 

『と、このように意味のない文字を多く入れることで読みにくくする手法もある。あまり使われることはないけど、覚えておくことに越したことはないぞ』

 

 ナルトは頭の中で解説する過去のイルカの姿に向かって頷く。

 

 ──これは引っ掛けか。

 

 “忍”という文字は意味のない文字だとナルトは当たりをつけた。それならばと、ナルトは忍という字を鉛筆で黒に染めていく。

 

 

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 ここまで来て、やっと文章らしくなってきたとナルトは一人頷く。答案用紙の問題と同様に、この暗号も左上から右下へと読んでいくものかと思っていた。しかし、塗りつぶして見えてきた文章は縦読みの形式のようだ。上が一マス開いている箇所があることから、そう推察される。となると、最後の文字である“丸”は句点を、文の途中にある“点”は読点を示すものだろう。そして、文章であるならば、鍵という字は鍵括弧を示すものだと考えられる。

 つまり、右上から左下へと読んでいけばいいのだとナルトは一人頷いた。

 

 しかしながら、そこまで分かった所でナルトの鉛筆は止まった。

 読む方向が分かっていても、そこに書かれた文字が何を意味するのか分からない。例えば、初めの文字である“南”に、その次の“必”という文字。意味は解るものの、南必という言葉を聞いたことがないし、そこから続く言葉はナルトの脳にはインプットされていなかった。

 

 ──だが、諦める訳にはいかぬ。

 

 ナルトは集中を高め、問題用紙を見る。

 その集中力は、彼の右頬を掠めたクナイの存在を忘れさせることができるほどに卓越したものだ。

 

「な……何の真似ですか!?」

「5回ミスった。テメーは失格だ」

「そ……そんなぁ……」

「こいつのツレ、二人ともこの教室から出てけ。今、すぐだ」

 

 今し方、行われた自分の後ろの遣り取りが聞こえないほどにナルトは集中していたのだ。

 ナルトの頭が唸りを上げて回転する。だが、そう簡単に解ける暗号をイビキが出す訳もなく、ナルトは思わず天井を見上げた。

 その行為自体に深い意味はない。ただ斜角筋が動きを欲しがっている。そう感じただけだ。動くことでナルトの集中力はほんの少しではあるが、途切れてしまった。

 

「ナルトくん」

「む?」

 

 そこで、ナルトは微かな声に気が付いた。隣に座るヒナタの声だ。

 

「私の答え、見て」

 

 声を抑えて、ヒナタはナルトに話し掛ける。ヒナタの提案にナルトは心の中で首を傾げる。だから、ナルトはヒナタと同じように微かな声で彼女へと尋ねた。

 

「何故?」

「そ、それは……わ、私……」

 

 言い淀むヒナタの頬に朱色が差す。

 

「ナルトくんに、こんな所で消えて貰いたくないから」

 

 と、自分の本心を隠すように、取り繕うようにヒナタは言葉を繋ぐ。

 

「ホ……ホラ。新人は私たち9人だけだし、この先、不安も多いから……ね」

「ヒナタよ」

 

 焦るヒナタをナルトの深い音色の声が落ち着かせた。

 

「その申し出、断らせて貰う」

「え?」

「己は自らで障害を打ち砕く。そうでなくてはならぬ」

「そうだよね。ごめんなさい」

「とはいえ、ヒナタよ。貴殿の情け深さは美徳だ。貴殿の懇篤(こんとく)な所作は己も見習わなくてはならぬな」

「え? う、うん」

 

 ──ナルトくんに褒められた……んだよね?

 

 ヒナタの頬が深い赤に染まり、彼女は羞恥のあまり俯いた。ヒナタが自分から目線を外したということからナルトは彼女が話すことはなくなったのだろうと判断する。

 ナルトが問題用紙に目を向けると、そこには“忍”という字が全て塗りつぶされた暗号問題。

 

 ──さて、と。

 

 ナルトの動きが止まった。

 

 ──どうするか。

 

 素直にヒナタから答案を見せて貰えば楽だったろう。だが、それはナルトにとって認められないこと。正々堂々がモットーの彼の健全なる精神は不正行為をする自分自身を認められる訳がなかったのだ。

 例え、ヒナタの提案を断ることで自分が窮地に陥ろうとも。

 

 ──そう、己はかくあるべし。

 

 自分の生き様は曲げない。

 改めて自分の心に誓ったナルトの目が突如、細くなる。

 

 ……“ある”?

 

 ナルトは問題用紙を見る。了儿と漢字が連なっている箇所が“アル”とカタカナに見えた。

 ナルトの目は動く。漢字が並ぶ暗号。だが、よくよく見るとカタカナのように見える文字がいくつかある。問題用紙から距離を取り、俯瞰的に見ると多くのカタカナが見えてきた。

 例えば、“発”の左上が“ヲ”に見えるように。

 

 ──漢字の中にカタカナを……。

 

 ナルトの鉛筆がスラスラと動く。

 

 

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 そうつまり、この暗号はカタカナを内包する漢字を使った暗号だ。漢字の中にあるカタカナを読んでいけば、意味のある文章となる。

 そのことを理解したナルトは問題用紙へと鉛筆を滑らせていく。

 

 “多”は“タ”を二つ重ねたのは何か意味があるに違いない。ならば、前後の文に繋がるような文字は……“ダ”か。そして、刻はカタカナの“リ”ではなく、そのままの漢字として読むのだろう。そうでなくては、文章として繋がらぬ。

 

 解読を進めていくナルトの手により、文章はその姿を現していく。

 

 南の帝を儵となし、北の帝を忽となし、中央の帝を混沌となす。

 儵と忽と、刻とともに混沌の地に会えり。混沌、これをもてなすこと甚だ善し。儵と忽と、混沌の徳に報いんことを謀る。

 曰く、「人みな七竅あり、もって視聴食息す。これひとりあることなし。試みにこれ穿たん」

 日に一竅を穿つ。

 

 ナルトの手が淀みなく動き、後は一行のみとなった。

 

「これから“第10問目”を出題する!」

 

 解読を進めるナルトの耳にイビキの声が入ってきた。一旦、手を止めたナルトは顔を上げ、イビキに目を向ける。少し不満そうな顔付きのナルトであったが、その不満を押し込み、イビキの話に集中する。

 

「……とその前に、一つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう」

 

 イビキの言葉に教室中に緊張が奔る。彼が“ルール”という単語を持ち出すときは必ずと言ってもいいほど、自分たちが不利になる条件を加える時なのだから、それも仕方のないことだろう。

 と、皆が驚いている所にタイミング悪くドアが開いた。

 

「フ……強運だな。お人形遊びがムダにならずにすんだなァ?」

「!?」

 

 ──コイツ、見破ってやがる。

 

 カンクロウは汗を流す。カンニングをするために、彼は自分の人形、傀儡に試験官の恰好をしていた。試験官に変装させた傀儡を使い、他の受験生の答えを盗み見せてメモを取らせたのだ。

 カンニングを見破られたカンクロウの慄く表情を見て満足したのか、イビキは体の向きを変える。

 

「では、説明しよう。これは……絶望的なルールだ。まず……お前らにはこの第10問目の試験を……“受ける”か“受けないか”のどちらかを選んでもらう!」

「え、選ぶって! もし10問目の問題を受けなかったらどうなるの!?」

「“受けない”を選べば、その時点でその者の持ち点は0となる。つまり、失格! もちろん、同班の2名も道連れ失格だ」

「ど……どういうことだ!?」

「そんなの“受ける”を選ぶに決まってるじゃない!!」

「……そして、もう一つのルール」

 

 受験者たちに絶望が強く突きつけられる。

 

「“受ける”を選び、正解できなかった場合……その者については今後、永久に中忍試験の受験資格を剥奪(はくだつ)する! そして、その班員もだ!」

「そんなバカなルールがあるかぁ!! 現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているハズだ!!」

「ワンワン!」

 

 イビキはキバの抗議を笑って受け流す。

 

「クク……運が悪いんだよ、お前らは。今年はこのオレが…………ルールだ」

 

 邪悪なイビキの顔付きに受験者たちの興奮は一瞬にして冷まされた。

 

「その代わり引き返す道も与えてるじゃねーか」

「え?」

「自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで……来年も再来年も受験したらいい」

 

 イビキは厳しい顔付きで教室内を見渡す。

 

「では、始めよう。この10問目……“受けない”者は手を挙げろ。番号確認後ここから出てもらう」

「不要だ」

「何?」

 

 イビキの言葉に打って響くはナルトの言葉。それが教室の空気を変えた。イビキは目を細め、ナルトに鋭い目線を向ける。

 ナルトの顔付きを見たイビキは彼が何やら怒りを覚えているのに気が付いた。大方、自分の言い様に怒り、冷静な判断ができなくなっている愚か者だと断じたイビキだったが、一応、その心理を確かめるためにナルトへと尋ねた。

 

「受けない者に手を挙げさせる権利が要らないと、お前はそう言いたいのか?」

「無論」

「十問目を答えられなかった場合、一生、下忍のまま。それでもお前はいいというのか?」

「……己は頭が良いとは言えぬ。だが、そのような己でも分かっていることがある。この試験、いや、忍としての人生。退くことはできぬ道だ」

「引き返す道も与えてやっているが?」

「もし、ここで退けば、己の頭には今日、退いてしまったことが永遠に残り続けるだろう。後悔し続ける道を選ぶならば、立ち向かい散る道を己は選ぶ。故に引き返す道などは不要」

 

 イビキを正面から見つめたナルトは彼に宣言する。

 

「己は退かぬ! どのような難問であろうが……例え、一問も解けていなかろうが、退くことを己は自らに許しはせぬ!」

「だが、いいのか? お前はそれで納得できたとしても、お前の班員たちはどうなる?」

「む!」

「ナルト!」

 

 教室の後ろからサスケの声が響く。

 

「オレたちのことを考えてねーな、テメーは」

「もし、答えられなかったら、私たちも道連れよ」

 

 サスケに続いてナルトの耳に聞こえるのはサクラの声。

 

「だが、まぁ……」

「そういうのもアンタらしいわね」

「ナルト、言ってやれ」

「私たちもアンタと同じ気持ちだから」

 

 ──サスケ、サクラ。感謝する。

 

「真っ直ぐ自分の言葉は曲げぬ。己の……忍道だ!」

 

 諦めかけていた者たちの目に火が灯る。

 

 ナルトの言葉に小さく頷いたイビキは他の試験官たちに目線を向ける。試験官たちもイビキの言いたいことが分かったのか、頷きでその合図に返す。

 

 ──愚者ではなく勇者か。

 

 最後にナルトに目を向けたイビキは彼から教室にいる全ての者へと視線を移した。

 

「いい“決意”だ。では、ここに残った114名全員に……“第一の試験”合格を申し渡す!」

 

 あっけに取られた表情を浮かべる受験生一同。

 サクラは受験生の総意を反映させる意見を言う。

 

「ちょ……ちょっとどういうことですか? いきなり合格なんて! 10問目の問題は!?」

「そんなものは初めから無いよ。言ってみればさっきの2択が10問目だな」

「え!?」

「ちょっと! じゃあ今までの前9問はなんだったんだ!? まるで無駄じゃない!」

「無駄じゃないぞ。9問目までの問題はもうすでにその目的を遂げていたんだからな」

「ん?」

「君たち個人個人の情報収集能力を試すという……目的をな!」

「情報収集能力?」

 

 テマリがイビキに質問する。

 

「まず、このテストのポイントは最初のルールで提示した“常に三人一組で合否を判定する”というシステムにある。それによってキミらは“仲間の足を引っ張ってしまう”という想像を絶するプレッシャーを与えたわけだ」

「……」

 

 ヒナタはナルトの何とも言えない顔付きを見て少し笑った。

 

「しかし、このテスト問題は君たち下忍レベルで解けるものじゃない。当然、そうなってくるとだな……会場のほとんどの者はこう結論したと思う。点を取る為には“カンニングしかない”と。つまり、この試験はカンニングを前提としていた! そのため“カンニングの獲物ターゲット”として全ての回答を知る中忍を2名ほど、あらかじめお前らの中に潜り込ませておいた」

「そいつを探し当てるのには苦労したよ」

「ああ、ったくなぁ」

 

 イビキの解説で賑わう教室。しかし、イビキが話しだすと教室は沈黙に包まれた。

 

「しかし、だ。ただ愚かなカンニングを何回もした者は……当然、失格だ。なぜなら、情報とはその時々において命よりも重い価値を発し……任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるものだからだ」

 

 頭の頭巾を外し、彼はその下の傷を下忍たちに見せる。火傷やネジ穴などの悲惨な拷問の痕だ。

 

「敵や第三者に気づかれてしまって得た情報は“すでに正しい情報とは限らない”のだ。これだけは覚えておいて欲しい!! 誤った情報を握らされることは仲間や里に壊滅的打撃を与える!! その意味で我々はキミらに……カンニングという情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別した、というわけだ」

「……でも、なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど」

「しかし……この10問目こそが、この第一の試験の本題だったんだよ」

 

 テマリにイビキは優しい顔で手を広げる。

 

「いったい、どういうことですか?」

「説明しよう。……10問目は“受ける”か“受けない”かの2択。言うまでもなく、苦痛を強いられる2択だ。“受けない”者は班員共々、即失格。“受ける”を選び問題に答えられなかった者は“永遠に受験資格を奪われる”実に不誠実極まりない問題だ」

 

 教室の全員が真剣な顔でイビキの話を聞く。

 

「じゃあ、こんな2択はどうかな? キミたちが仮に中忍になったとしよう。任務内容は機密文書の奪取。敵方の忍者の人数・能力・その他軍備の有無、一切不明。更には、敵の張り巡らした罠という名の落とし穴があるかもしれない。さぁ……“受ける”か? “受けない”か? 命が惜しいから、仲間が危険に晒されるから、危険な任務は避けて通れるのか?」

「……」

「答えはノーだ! どんなに危険な賭けであっても、降りる事のできない任務もある。ここ一番で仲間に勇気を示し……苦境を突破していく能力。これが中忍という部隊長に求められる資質だ!」

 

 イビキの言葉が進む。

 

「例えば……だ。いざという時、自らの運命を賭せない者。不確定な未来と引き換えに心を揺るがせ、チャンスを諦めて行く者。そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍になる資格などないとオレは考える!」

 

 険しい顔を緩め教室を見渡すイビキの目は暖かい。

 

「“受ける”を選んだ君たちは……難解な“第10問”の正解者だと言っていい! これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう。入口は突破した。“中忍選抜第一の試験”は終了だ。キミたちの健闘を祈る!」

 

 イビキも勘付いたのか、目線を右にずらし窓の外に注目する。

 窓の外から見える景色はいつもの木ノ葉の里だ。ただ、そのいつもの景色にいつものではないものがあった。黒い塊。

 

 窓ガラスが割れた。

 けたたましい音と共にガラスを破って入ってきた影は、下忍には捉えることができない程のスピードで2本のクナイを天井に向かって投げる。そのクナイには布が結ばれており、別々の方向に投げられたクナイはその布を広げる。

 

「アンタたち、喜んでる場合じゃないわよ!! 私は第2試験官! みたらしアンコ!!次、行くわよ、次ィ!!!」

 

『第2試験官みたらしアンコ見参!!』と黒地に白の文字で書かれた布の前で手を広げる一人のくノ一。

 イビキと同じ木ノ葉隠れの里に所属する特別上忍、みたらしアンコというくノ一だ。

 

「……空気読め。」

 

 ボソリと呟くイビキにアンコは頬を赤らめる。

 イビキの視線から逃げるように、アンコは教室内の受験生たちへと目を向ける。と、彼女はその姿に目を丸くした。

 

「114人……!?」

 

 訝し気に呟いたアンコはイビキへと向き直る。

 

「イビキ! 38チームも残したの? 今回の第一の試験、甘かったのね!」

「今回は……優秀そうなのが多くてな」

「フン! まあ、いいわ。次の“第二の試験”で半分以下にしてやるわよ!」

 

 そういって、アンコは教室の外を指し示すように腕を広げた。

 

「ああ~ゾクゾクするわ! 詳しい説明は場所を移してやるからついてらっしゃい!!」

 

 +++

 

 受験生たちが全員、第二試験会場に向かった後、イビキは一人、教室に残っていた。

 残された問題用紙を回収していくイビキの手が一つの問題用紙の前で止まる。

 

「フッ……」

 

 そこには、名前だけが丁寧に書かれ、解答欄には何も書かれていない試験用紙があった。その問題用紙の一問目には書き込みが多く書き加えられており、回答者の努力の跡が一目で分かるものとなっている。

 

 ──うずまきナルトか。本当に面白い奴だ。

 

 昼過ぎの太陽の優しい光に照らされる教室でイビキは一人微笑みを浮かべるのであった。

 

 +++

 

 教室を出た受験生たち一同は第二試験会場へと赴いていた。彼らの目の前に広がる会場を見て、誰かがゴクリと喉を鳴らす。

 樹齢何百年であろうか? 巨大な古木が作り出す自然の領域。人が踏み込むことを許されない場所のように思える。事実、ここに踏み込むためにはある程度の実力がなければ、すぐに命を落とす場所でもある。

 それを象徴するかの如く、自然と人との領域は高いフェンスで仕切られていた。

 

「ここが“第二の試験”会場、第44演習場……別名、“死の森”よ!」

 

 振り返るアンコは愉しそうに、そして、妖艶に笑うのであった。

 


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