NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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目覚める闘志

 心の中の興奮を押し隠して、サスケは自分を見下ろすリーへとゆっくりと振り返った。

 

「今、ここで勝負?」

「ハイ」

 

 見ていた場所から忍者学校の踊り場へとリーは降りる。しばし、見つめ合う両者。

 サスケと向き合ったリーは口を開く。

 

「ボクの名はロック・リー。人に名を尋ねる時は自分から名乗るもんでしたよね?」

 

 ///

 

「名乗れ」

「人に名を聞く時は自分から名乗るもんだぜ」

「お前、ルーキーだな。歳はいくつだ?」

「答える義務はないな」

 

 ///

 

 それは先ほどサスケがネジに言った言葉だ。

 続いて、リーはサスケが驚くワードを口にした。

 

「うちはサスケくん」

 

 サスケの目が細くなる。

 

「フン……知ってたのか」

「君と闘いたい! あの天才忍者と謳われた一族の末裔に、ボクの技がどこまで通用するのか試したい。それに……」

 

 リーはジッとサクラを見つめる。

 何やら嫌な予感がしたサクラは緊張した面持ちでリーの次の行動から目を離さないように集中する。

 ところが、それがいけなかった。

 

 突如として、ウインクをしてきたリーのナイスな表情にサクラは総毛立つ。

 

「イヤー! あの下まつ毛がイヤー!」

「サクラよ。あまり人を否定するものではない」

「そんなこと言ったって! 嫌なものは嫌なの!」

「知ろうともせずに拒否するのは頂けないものだ。それに、彼は好青年だと己は考える」

「へ?」

 

 生理的な嫌悪を表に出したサクラを窘め、ナルトはサクラからリーへと視線を移す。

 同時に思い出すのは隣にリーと同じような恰好をした上忍と共に修行に打ち込んでいた彼の姿。

 

「貴殿の姿は見た事がある。里の周りを逆立ちで進んでいた姿を」

「ボクもアナタの腹筋をしている姿を見たことがあります。うずまきナルトくん」

「ほう……」

 

 ──サスケだけではなく、己の名まで。

 

 少し嬉しそうに目を細めるナルト。実力者に認められたことは、ナルトに喜びの感情を齎す。

 

「アナタはボクの目標です。常に努力を続けるその姿勢にボクは何度も励まされました」

「おい」

 

 と、ナルトと話すリーへとサスケは刺々とした感情をぶつけた。

 

「やるのか? やらないのか? 悪いが“うちは”の名を出されて黙っておけるほど、オレの気は長くないぜ」

「失礼しました」

 

 改めて、対峙する二人。

 交錯する闘志の中、サスケは髪を揺らしてリーを挑発する。

 

「ゲジマユ。“うちは”の名がどんなもんか体に直接、教えてやる」

「是非!」

 

 気負いはない。

 サスケの挑発にも心を揺らすことはなく、リーは只々、闘いのみに心を昂らせていた。

 

「宣言します。君はボクに絶対、敵いません。なぜなら、今、ボクは木ノ葉の下忍の中でも上位の実力があります」

 

 ハッタリではない。

 リーの発言をサスケは認めた。リーの立ち振る舞いは洗練されたもの。サスケは全身にチャクラを漲らせる。

 だが、闘いの空気に心を昂らせることなく、冷静に事を見ることができたものがいた。サクラだ。

 

「あ! やめて、サスケくん! 受付の4時までにあと30分もないのよ」

「5分で終わる」

 

 サクラの指摘を軽く受け流し、サスケは駆け出した。

 今は目の前の敵を潰す。そうしなくては、中忍試験を受ける際に心に引っかかりができるとサスケは理解していたのだ。

 

 だが、サクラの指摘で心に焦りができたことも事実。

 そして、その隙を見逃すリーではなかった。

 

「木ノ葉旋風!」

 

 自分へと近づくサスケよりも、より速くリーは動く。それは、下忍の動きの範疇ではなかった。

 サスケの動きを見切り、彼の進行方向へとリーは回し蹴りを繰り出す。体勢が崩れたサスケは必然、それを防ぐ以外の選択肢はなかった。

 

 ──くっ! 避けきれねェ。ガードだ!

 

 左手を出すサスケ。だが、その顔は驚きに包まれた。

 

 ──何!?

 

 頬に当たるリーの蹴りの感触。踊り場の床へと転がらされながら、サスケはあり得ない出来事に体を震わす。

 

「サスケくん!」

 

 サスケの身を案じたサクラの声が響く。奇しくも、蹴りを受けた者と蹴りを見ていた者の思考は同じことを示した。

 

 ──今、確かにガードしたハズなのに。

 ──ガードをすり抜けやがった!? 何だ? 忍術か、それとも、幻術?

 

 二人の思考に疑問符がいくつも湧く。

 

「サスケ! 頭を冷やせ!」

「ナルト?」

「彼は強い。うちはを引き合いに出され怒りがあろうが、それは捨て置け」

 

 サスケへと怒鳴るはナルト。ナルトの声でサスケは自分を省みる。

 

 ──オレとしたことが焦っているとはな。

 

 ナルトの叱咤に己を取り戻したサスケは目を閉じた。目を閉じたサスケはリーへと意識を集中する。

 

「リーとか言ったな」

「ハイ」

「これからは本気でいく」

 

 リーの風貌から、心のどこかで慢心していたのだということを認めたサスケは、目の前の男の力を正しく理解し、眼を見開く。サスケの虹彩は赤く爛々と光っており、その中には二つの巴が浮かんでいる。

 

 写輪眼。

 波の国での白との戦いの中、覚醒した(うちは)の力だ。

 

 ──まさか、こんな所で使うとはな。

 

 ナルトにもサクラにも見せることのなかった力。中忍試験も始まらない内から使うことになるとは考えていなかったサスケだが、リーを難敵と認めて使用に踏み切った。

 

「覚悟しろ」

 

 先ほどリーへと向かっていった時以上の速さでサスケは駆ける。それを迎撃するリーは右手を前にした独特の構えを解くことなくサスケの動きを見ている。

 

 ──幻術か忍術か。いずれにしても、何らかのマジック。それを暴いてやる!

 

 サスケの眼はしっかりとリーの姿を写していた。だが、サスケの体はリーの姿に追いつかない。スローで動く自分の体へと襲い掛かるリーの蹴りを見るサスケは背筋に冷たいものが奔ることを感じた。

 背筋にチャクラを注ぎ込み、サスケは上体を逸らす。

 顎に繰り出されたリーの左脚の蹴り。それを紙一重で何とか避けることに成功したサスケだったが、続けて放たれた右脚の蹴りは避けきれなかった。

 とはいえ、リーの一撃を躱した時にできた僅かな時間はサスケにとって僥倖だった。サスケは両手で顎をガードするための時間を取ることができたのだから。

 

 サスケの両手へリーの蹴りが当たった。

 それと共に、足にチャクラを集めて跳躍力を上げたサスケは上へと跳び上がり、リーの蹴りの威力を殺す。

 上へと飛ぶサスケ。リーの下忍とは到底思えない動きの正体に気が付いたサスケは空中で思わず動きを止める。

 

 と、リーの気配をサスケは感じ取る。空中に飛ばされたサスケに寄り添うようにして背後にピッタリとつくリー。

 その技にサスケは心当たりがあった。

 

「影舞葉!?」

 

 木ノ葉流体術の一つである影舞葉。敵を木の葉に見立ててその影を舞うかの如く動き追跡する技だ。

 人体構造上、人は背後へと攻撃はできない。また、間接を外すなどをして、背後に攻撃ができたとしても、その威力は微々たるものだ。

 

 ──まさか、こいつの技は……。

 

「気づいたみたいですね。そう、ボクの技は単なる体術です。俄かには信じられないかもしれませんが。写輪眼には幻・体・忍術の全てを見通す能力があると言われます。確かに印を結び、チャクラを練るという法則性が必要な忍術や幻術は見破って確実に対処できるでしょう。しかし、体術だけはちょっと違うんですよ」

「……」

「例え、写輪眼でボクの動きを見切っても君の体はボクの体術に反応できるスピードを備えていない。つまり、目で分かっていても体が動かないんじゃどうしようもない訳です」

 

 リーは腕に巻いたサラシの結び目を解く。

 

「知っていますか? 強い奴には天才型と努力型がいます。君の写輪眼がうちはの血を引く天才型なら、ボクはただ只管に体術をだけを極めた努力型です。言ってみれば、君の写輪眼とボクの体術は最悪の相性。そして、この技で証明しましょう。努力が天才を上回ることを」

「随分、饒舌だな」

「!?」

 

 サスケの声色に危険なものを感じたリーは目を丸くする。サスケには成す術がない。状況はそうだ。

 だが、サスケの余裕は自分が追い込まれたことを感じさせないもの。ここに来て、リーは自分が天才と称した男の前で油断していたことに気が付いた。

 

 リーの間違いは三つ。

 サスケの両手の動きを止めなかったこと、サスケが手裏剣をホルダーから取り出していたことに気が付かなかったこと、そして、サスケの準備が整う時間を与えてしまっていたことだ。

 

「体術使いだろうが空中じゃ動けない」

「!?」

 

 サスケの手から手裏剣が放たれようとした。

 ところが、サスケが行動を起こす前に、勝負の結果は決まっていた。

 

 どこからか、風を切る音が聞こえた。

 リーの腕に繋がるサラシが壁へと縫い付けられる。

 

 次いで、聞こえるのはカラカラという子どもの遊びのような音。

 リーのサラシは風車によって壁に縫い付けられていた。

 

 ──今度は何だ?

 

 壁にサラシが縫い付けられたことで、リーの空中機動はできなくなった。サスケとしても、そのような相手に追撃を加える気は起きなかった。体勢を崩し、床へと向かうリー。サスケは空中で体勢を立て直して、猫のように床へと降り立った。

 

 リーの姿から一瞬、目を離したサスケだったが、すぐにリーの姿を目に捉える。床で跪くリー、そして、リーが顔を向けた先にいるのは、リーのサラシに風車を当てて闘いを邪魔した乱入者だ。

 と、サスケは怪訝な顔付きで乱入者を見た。

 

「そこまでだ、リー!」

「見てらしたんですか?」

 

 乱入者に怒鳴られ、項垂れるリー。

 

「リー! 今の技は禁じ手であろうが!」

「す、すみません。つい……」

 

 乱入者である陸亀に怒鳴られ、項垂れるリー。訳が分からないと言葉にせずともサスケの顔はそう語っていた。

 

 陸亀に睨みつけられたリーは、その迫力に思わず弁解を始める。

 

「し……しかし、もちろん、ボクは“裏”の技の方を使う気はこれっぽっちも……」

 

 状況についていけないサスケ。そんな彼は目の前で起きていることを、ただ眺めるだけしかできなかった。

 

「馬鹿め! そんな言い訳が通用すると思うか! 忍が己の技を明かすということは、どういうことかお前もよく知っているハズじゃ!」

「オ……押忍」

「覚悟ができたであろうな?」

「オ……オッス……」

「では、ガイ先生。お願いします!」

 

 陸亀の甲羅の上で煙が立つ。

 

「全く! 青春してるなー! お前らーっ!」

 

 状況についていけないサスケ。そんな彼は目の前で起きていることを、ただ眺めるだけしかできなかった。

 そう、煙の中から出てきたリーと瓜二つの恰好をした成人男性を眺めることしかできなかったのだ。

 

「あの出方……参考にさせて貰いたいものだ」

「何言ってんの!?」

 

 後ろで聞こえてきたナルトの声にサクラのようにツッコむ余裕すらないサスケは、目の前の成人男性をただ眺める。リーと同じ黒髪のおかっぱで緑色の全身タイツを着こみ、太い眉毛の男性。全体的に“濃い”人物である。サスケはその男性が来ている木ノ葉のベストに着目した。

 おそらくは、リーの担当上忍、陸亀が呼んだガイ先生なのだろう。

 

 ──カカシの方がまだマシか。

 

 木ノ葉の忍はどうなっているんだと内心、嘆息しながらサスケはリーと彼の担当上忍のやり取りをただ眺めていた。

 

「リー!」

「あ、オッス」

「バカヤロー!」

「ふぐっ!」

 

 突然、ガイはリーを殴りつける。

 

「お前って奴ァ……お前って奴ァ……」

「せっ、先生……!」

 

 涙を流しながら見つめ合う二人。

 

「先生、ボクは、ボクは……」

「もういい、リー! 何も言うな!」

「先生!」

 

 熱い抱擁を交わす二人。

 

「そう……これこそ青春だ」

「先生~!」

 

 きつく互いの体を抱き締め合う二人の男。

 

 ──こんな奴にオレは押されていたってのか?

 

 そんな彼らを冷ややかな目で見つめるサスケ。

『こんなふざけた奴らに押されるとは』と認めたくないサスケだったのだ。

 

「いいんだ、リー! 若さに間違いってのはつきものなんだ」

「優し過ぎます、先生っ!」

「だが、喧嘩をした挙句、禁を破ろうとした罰は、建前上、中忍試験後にでも受けて貰うぞ♡」

「ハイッ!」

「演習場の周り500周だ!」

「押忍!」

 

 そんな彼らを冷ややかな目で見つめるサクラ。

『こんなふざけた人たちにサスケくんが押されるなんて』と認めたくないサクラだったのだ。

 

 二人の冷たい視線に気が付いたのか、リーとの抱擁を辞めた上忍らしき人物、ガイが立ち上がる。

 

「それより、カカシ先生は元気かい? 君たち!」

「カカシを知ってんのか?」

「知ってるも何も……クク」

 

 瞬間、ガイの姿が掻き消えた。

 サスケとサクラは弾かれたように後ろへと振り返る。

 

「人はボクらのことを“永遠のライバル”と呼ぶよ」

 

 ──この子たち……なるほど、カカシが中忍試験に推す訳だ。

 

 それに、ナルトは驚いた様子もないとは。

 ガイはカカシが担当している下忍たちの所作に驚く。ガイが手塩に掛けた下忍たちならいざ知らず、他の下忍が自分の動きを見切れるとは思ってもみなかったのだ。

 

 とはいえ、自分が受け持つ下忍、特に下忍の中でも随一の実力を持つネジならば、今のナルトと同じように驚くこともなかっただろう。自分の担当している下忍たちは強いと思い至ったガイは自信有り気に声を出す。

 

「50勝49敗。カカシより強いよ、オレは」

 

 ──速い。スピードならカカシ以上だ。筋肉もナルトほどついていないってのに……このスピード、どうやって?

 

 慄くサスケへとガイは視線を向ける。

 

「今回はリーが迷惑を掛けたが、オレの顔に免じて許してくれ。この爽やか(フェイス)に免じてな」

 

 ウインクをするガイの顔にやっと視線を向けたサスケは唇を噛んだ。

 

 ──カカシよりも上、か。いや、そんなことはどうでもいい。コイツで上忍。……クソがッ!

 

 自分の実力を痛感したのだろう。

 彼の目的である復讐を成すには、まだまだ力が足りないという事実を目の前に突き付けられたサスケは拳を握り締める。

 

「リーも君たちもそろそろ教室へ行った方がいいな」

 

 サスケの様子を見たガイはクナイを投げ、風車へと当てる。自分の爽やかな顔にサスケは嫉妬したと判断したのやもしれない。余裕綽々のガイは、その場から立ち去るために足を曲げた。

 

「じゃ、頑張れよ、リー! あばよ!」

「押忍!」

 

 一瞬で姿を消すガイ。

 ガイを見送ったリーはサスケへと再び視線を遣る。

 

「サスケくん。最後に一言、言っておきます。実のところ、ボクは自分の能力を確かめるために、ここへ出てきました。そして、木ノ葉の下忍で最も強い男を倒すために」

「……木ノ葉の下忍で最も強い男?」

「ええ、先ほど君へ名前を聞いた人です」

 

 サスケの脳裏に一人の男の顔が過る。

 

 黒の長髪に白い眼の男だ。

 

「彼の名は日向ネジ。ボクは彼を倒すために出場するんです。そして、君もターゲットの一人。それから……」

 

 リーはサスケからナルトへと向き直った。

 

「……ナルトくん。アナタはボクの憧れだった。だからこそ、ボクはアナタと闘い、アナタに勝ちたい。だから、中忍試験本戦まで上がって来てください。ボクがアナタを倒すための舞台はそこが相応しい」

「無論……己は誰にも負ける気はしない」

 

 獣のようにナルトとリーは笑い合う。

 

「試験! 覚悟しといてください!」

 

 ガイに続いてリーも姿を消した。

 

 固めた拳を解き、サスケは肩から力を抜いて写輪眼を元の瞳へと戻す。茫洋としたサスケの瞳はいくつかの顔を映し出していた。

 サスケが思い返すのは、数々の顔。砂曝の我愛羅、日向ネジ、ロック・リー、そして……。

 

「面白くなって来たじゃねーか。中忍試験、この先がよ!」

「無論」

「うん!」

「行くか、ナルト! サクラ!」

「承知」

「ええ!」

 

 ──ナルト。オレはお前と闘いたい。

 

 言葉にはせず、サスケは静かに意志を固める。

 力がないことは分かったサスケだ。だが、それがどうしたというのだ。この若い血潮をどうして止められるというのか?

 彼は足を進めるのだった。

 

 +++

 

「そうか、サクラも来たか」

 

 サスケたちが廊下を進むと、見知った人物の姿がそこにあった。

 試験会場である忍者学校の301の教室。その前に立つのはカカシだ。

 

「中忍試験、これで正式に申し込みができるな」

「どういうこと?」

「実のところ、この試験は初めから三人一組(スリーマンセル)でしか受験できないことになってる」

「え? でも、先生、受験するかしないかは個人の自由だって。じゃあ、嘘、吐いてたの?」

「もし、そのことを言ったなら、お前はサスケやナルトのためと自分の意志を押し込もうとするだろ?」

「そう……ね」

「だが、お前は自分の意志でここに来た。いい顔になったな、サクラ」

「へ? ……あ、ありがとうございます」

 

 カカシは笑う。

 

「お前らはオレの自慢のチームだ。さあ、行って来い」

 

 ──そして、驚かせてやれ。

 

 扉の先に進む己の部下の後ろ姿を見たカカシは実に愉しそうに笑った。

 


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