ワンフォーオール オールフォーワン
今日もまた朝日が昇る。日は木ノ葉の里を照らし、里の者へ光を与える。
朝の冷たく清々しい空気を大きく吸い込んだのは一人の老年の男性。“火”と意匠が凝らされた笠を被る小柄な男性は日に照らされる木ノ葉隠れの里を火影邸から見ていた。
その男の名は猿飛ヒルゼン。ここ、木ノ葉隠れの里長だ。
三代目の里長、三代目火影として里を見守るヒルゼンは朝の清廉な空気を肺に取り込み、ゆっくりと吐き出した。
──中忍試験……か。
彼の頭にあるのは目前に迫った中忍選抜試験のこと。下忍が隊の隊長として隊員を率いることができるかどうか見極める試験のことだ。
通常ならば、火影が頭に留めるほどの案件ではない。運営の責任者は確かに火影であるヒルゼンではあるが、実質的に運営をするのは彼の部下である上忍、中忍、そして、特別上忍といった運営に直接携わる者なのだから。そして、運営を行う忍は優秀だということもヒルゼンは分かっていた。
それにも関わらず、頭を悩ませるヒルゼン。彼を本当に悩ませるものは下忍うずまきナルトの存在だった。
──もし、ナルトが中忍試験を志願して、そして、中忍試験の本戦に出場したとしたら……。
ヒルゼンは目を閉じて、そうなった場合のシミュレーションを行う。脳裏に浮かぶのは、筋骨隆々の逞しいナルトの姿。
──
中忍試験の本戦では多くのゲストが木ノ葉に訪れる。各国の大名の前でポージングを取るナルトの姿を思い浮かべたヒルゼンは再び大きく息を吐いた。
清々しい朝には似合わず、ヒルゼンの表情は何とも言えず暗い表情だった。
+++
木ノ葉隠れの里では至る所に演習場がある。二代目火影の案で、スポーツジムのように簡単な手続きで使用可能な演習場は木ノ葉の里の忍の力を上げることに貢献している。目先の利益回収よりも、後世の忍の成長のために手続きを簡略化した二代目火影は先見の明があったと言えよう。
その演習場の一つで、一人の少年が大きく息を切らしていた。
「紅先生、どうだ?」
「ええ、良い調子よ」
己が部下にそう声を掛けるのは妙齢のくノ一。灰色のパーカーを着た野性味溢れる少年に頷く彼女は自身の部下の成長を感じていた。
「先生、次はオレと組手を頼む」
「シノ、少し休んだ方がいいわ。あまり無茶をし過ぎるのは却って良くないものよ」
「そうか」
「ヒナタも休みなさい」
「は、はい」
サングラスを掛けた物静かな少年と内気そうな少女に、そして、先ほどの少年へと水が入った水筒をそれぞれ手渡しながらくノ一は空を見上げる。
──何かしら……。
上忍、夕日紅は空で鳴く鳥を見つめた。
+++
「ん~、ここの栗は最高だね」
「うん。この栗、甘いし柔らかいし、とっても美味しい。やるわね、チョウジ」
「でしょ? 木ノ葉の美味しいものはボクに任せてよ」
ニヤリと自信あり気に笑う大柄な少年を見た髪の長い少女は、その態度に何か思う所があったのだろう。顎を組んだ手の上に置きながら、彼女はぼやく。
「はぁ~、それにしても何で私の隣にいるのがサスケくんじゃなくてチョウジとシカマルなのよ」
「へーへー、悪うござんした」
「チョウジにシカマルももう少し経ったらオレみたいに大人の色気が出てくるもんだ。もう少し待ってやれ」
「アスマ先生は大人の色気っていうかオジサン臭いし。無精ひげとか」
「なッ!?」
「残念だったな、アスマ。アンタもオレたちと同じ穴の狢だ」
ズズッとどこか達観したように茶を啜る少年はサスケと同じ年齢にも関わらず、若さがなかった。彼が醸し出す雰囲気は、彼の担当上忍よりも大人びていた。彼の班員の少女に言わせてみれば、ジジ臭いというのだろう。
隣のざわつきに我関せずというように甘栗を次から次へと口に放り込んでいく少年に『そろそろ、控えてくれないか』と声を掛けようとした担当上忍だったが、聞こえてきた音に反応して上を見上げる。
──チィ……今すぐかよ。
上忍、猿飛アスマは空で鳴く鳥を見つめた。
+++
波の国の任務が終わり、里に帰ったナルトたち第七班は今日も任務に赴いていた。
その日に割り振られた任務を終わらした、第七班の四人は木ノ葉の里を行く。
その中で、一人浮かない顔をしたサスケは心の中で悪態を吐いた。
──ちくしょう。
サスケは爪を噛む。
苛つくぜ。外にはオレより強い奴がゴロゴロいやがるってのに、こんな任務ばかりちんたらと……。
思い出すは白の姿。そして、再不斬と戦うナルトの姿。自らを高めてきたサスケだったが、自分の底を知り、自らが大したことはないと現実を突き付けられたサスケの心情は荒れていた。
「さーてと! そろそろ解散にするか。オレはこれから、この任務の報告書を提出せにゃならん」
「なら、帰るぜ」
里の中心街へと着いた第七班はカカシの一言で解散の流れになる。サスケはカカシへ顔を向けることもなく、早足で歩き始めた。
「あ! ねー、サスケくん待ってー!」
「……」
「ねェ、あのねェ、これからぁー♡ 私と二人でチームワーク深めるってのは……」
「オレに構う暇があったら術の一つでも練習しろ」
サクラの提案をサスケはにべもなく断る。サスケには色恋に現を抜かす暇などはない。サクラに背を向けたサスケは早足で去っていった。
「ふむ……」
カカシもいつの間にか姿を消しており、残されたのはサクラとナルトの二人だった。見ていて哀れだと思ったのか、ナルトはサクラへと声を掛けようとする。しかし、その途中で妙な視線が背中へと纏わりついたことに彼は気が付いた。
振り返るナルトの視線の先には長方形で石垣の模様が凝らされた箱があった。子どもならば、三人ほどは入る事ができそうな大きさだ。
その正体に心当たりがあったナルトは箱に向かって声を掛ける。
「何用だ?」
箱がずれた。
その中からワラワラと出てきた見知った三人の子どもへとナルトは視線を注ぐ。
「流石、オレの見込んだ男! オレのライバルなんだな、コレ!」
「久しいな。木ノ葉丸、モエギ、ウドン」
任務がない時に面倒を見ている三人の忍者学校生たちだ。ナルトは彼らには、度々、忍としての基礎修行を教えている。だが、彼らは筋トレには興味がないというのがナルトにとって悲しい所である。
「して、何用か?」
「あのね、兄貴はこれから暇?」
「いや、修行をしようと思っていたが……」
「ええ~! 今日は忍者ごっこしようと思ってたのに、コレェ!」
「フン……。忍者が忍者ごっこしてどーすんのよ」
サスケにきっぱりと断られたことで落ち込んでいたサクラは、感情の赴くまま木ノ葉丸の“忍者ごっと”という発言をやり玉に挙げる。
と、サクラの目線がナルトの筋肉へと注がれた。
──私も……筋トレしよっかな。
修行をして、ある程度の実力、サスケと同じぐらいの実力を身に着ければ振り向いてくれるのではないかとサクラは考えた。とはいえ、ナルトのような体型になってしまうのは、乙女として認められないこと。
葛藤を覚えたまま、じっとナルトを見つめているサクラを見た木ノ葉丸は、何かに気が付いたように手をポンと打ち鳴らす。
「もしかして、この姉ちゃん……ナルトの兄貴のコレ?」
そう言って、木ノ葉丸は小指を立てて見せる。
「ちがーう!」
瞬時に、攻撃モードへと移行したサクラは両手で木ノ葉丸の襟首を持ち上げた。その姿は雌の獅子を思い起こさせるほどに強烈なもの。
「サクラ、子どもの戯れだ。少々、大人気なくはないか?」
「うっさい! 私たちもまだ十分、子どもよ! アンタは子どもには見えないけどね!」
「しかし、年下の子にすることではないだろう?」
ナルトの言葉を聞くほどの理性はあったようだ。渋々、怒りを収めてサクラは木ノ葉丸を地面に下ろす。
「……はぁ。アンタたち、ナルトの顔に免じて今日はこのくらいにしてやるから、感謝しなさいよね」
しかし、木ノ葉丸にしてみれば、なぜ自分が怖い思いをして感謝をしなければならないのかという思いで一杯だった。
彼は自分の発言の何が悪かったのか全く理解できていなかったのだ。
「このブース! ブース!」
で、あるから、彼はサクラへと悪口を言うことにしたのだ。
ゴチンという音が響いた。サクラの拳骨が木ノ葉丸の頭へと落ちた音だ。
しかし、ここでめげないのが木ノ葉丸。何度も三代目火影を襲撃した時に培われた根性は流石というべきか。
「ったく、あのブスデコぴかちん。アレで女かよ、マジでコレ……ねェ、兄ちゃん」
「女性に対して悪口を言うものではない」
ナルトが『漢としての嗜みとは言えぬからな』と続けようとした時には、もう遅かった。
「ぎゃああああ!」
追うサクラと追われる木ノ葉丸。ナルトが止めようとした時には、もう遅かったのだ。
「イテッ!」
「……いてーじゃん」
木ノ葉丸は黒い服を全身に着込んだ通行人の少年へと顔からぶつかった。自分の足元に倒れている木ノ葉丸へと少年は手を伸ばす。
だが、黒い服を全身に着込んだ少年は、木ノ葉丸の襟首を掴み片手で持ち上げたのだ。
「木ノ葉丸ちゃん!」
「ごめんなさい。私がふざけてて……」
モエギとサクラが少年へと声を掛けるが、黒い服を着た少年はこちらへチラと顔を向けることもなく、自分の目線まで木ノ葉丸の体を持ち上げた。
「やめときなって! 後でどやされるよ!」
「うるせーのが来る前に、ちょっと遊んでみたいじゃん」
少年の隣の少女が声を掛けるが、少年は嗜虐的な笑みを崩さない。
「済まぬ、そこの御仁。この子を離してやってはくれないだろうか? しかと言い聞かせる故」
そこで、やっと黒い服の少年は声の方向へ、つまり、自分へと声を掛けた人物であるナルトへと目線を遣る。
──額当ては木ノ葉。確か、木ノ葉の中忍以上はベストを着用していたハズだ。
下忍なら大したことないじゃん。筋肉はすげーけど。
ナルトの正体へと当たりをつけた少年はナルトは脅威にならないと理解した。そして、少しコイツで遊んでやるかと心の中で好戦的な笑みを浮かべる。
自分の方へと歩き出したナルトを見て、黒服の少年は“仕掛け”を動かした。
それは、幾人もの相手を転ばせ、隙を作ってきた少年の得意技。しかしながら、ナルトには通用しなかった。
ドスンという音が響き渡る。
「……何をした?」
石畳に罅が入った。自分の右足が引っ張られた感覚がしたと同時にナルトは右足を思い切り石畳の上へと叩き付けたのだ。
──コイツ、強いじゃん。
黒服の少年の闘争心が刺激される。ナルトと闘ってみたい。
そう考えた少年がナルトに意識を向けた瞬間、少年の右腕、木ノ葉丸を掴んでいた腕に痛みが奔った。
「くっ……」
「よそんちの里で何やってんだテメーは」
「サスケくーん!」
少年は飛んできた石の方向へと目を向ける。少年の視線の先、木の上にはサスケが佇んでいた。
「クッ……ムカつくな、テメェは」
「失せろ」
『キャー、カッコイイー!』という黄色い声をBGMに少年の怒りはグングン上がっていく。
「おい、ガキ。降りて来いよ。オレはお前みたいに利口ぶったガキが一番嫌いなんだよ」
黒服の少年は背負っていたものを下す。
「おい、カラスまで使う気かよ」
少年の隣にいた少女は殺気を放つ少年へと声を掛けるが、少年の殺気は鎮まることはない。
「カンクロウ、やめろ」
だが、少女の代わりに静かな声が響いた。
「里の面汚しめ」
「が……我愛羅」
昂っていた少年の心は一瞬にして鎮まった。少年は怯えたように自分に掛けられた声の主の名を呼び、そちらへと目を向ける。
子どもほどある巨大な瓢箪を担いだ赤髪の少年が蝙蝠のように木の枝に逆さにぶら下がっていた。
──コイツ、いつの間にオレの隣に? ……カカシ並みの抜き足だぜ。
内心、慄くサスケは我愛羅と呼ばれた自分と同じ年頃の少年へと驚愕の表情を向ける。
「喧嘩で己を見失うとは呆れ果てる。何しに木ノ葉くんだりまで来たと思っているんだ?」
「聞いてくれ、我愛羅。コイツらが先に突っかかってきたんだ」
「黙れ、殺すぞ」
鋭い殺気。
カンクロウと呼ばれた少年には謝罪することしか選択の余地はなかった。
「わ、分かった。オレが悪かった」
「ご、ご、ごめんね。ホント、ごめん」
下の二人は慌てて謝る。いや、謝ることしか許されないように感じていた。
その様子を見ながらも我愛羅という少年は眉一つ動かさず、能面のように動かない顔を木ノ葉丸へと向けた。
「君たち、悪かったな」
──あのカンクロウに、いとも簡単に石礫を当てるとは……できるな、コイツ。
思考を表に出すことなく、我愛羅は瞬身の術でカンクロウと呼ばれた少年と、その姉である少女、テマリの間へと移動した。
「どうやら、早く着き過ぎたようだが、オレたちは遊びに来た訳じゃないんだからな」
「分かってるって」
機嫌を取るような笑みを浮かべたカンクロウに何の感情も感じさせない表情を浮かべた我愛羅は木ノ葉隠れの里の忍たちへと背を向ける。
「行くぞ」
「ちょっと待って!」
「何だ?」
呼び止めたのはサクラだ。
「額当てから見て、あなたたち……砂隠れの里の忍者よね? 確かに木ノ葉の同盟国ではあるけれど、両国の忍の勝手な出入りは条約で禁止されているハズ。目的を言いなさい。場合によっては、アナタたちをこのまま行かせる訳にはいかないわ」
「フン! 灯台下暗しとはこのことだな。何も知らないのか?」
テマリは懐から通行証を出した。それは、自らの所属を証明し、木ノ葉隠れの里の中を、胸を張って行動できる公的な書類だ。
「お前の言う通り、私たちは砂隠れの下忍。中忍選抜試験を受けに、この里へ来た」
「中忍選抜試験?」
「本当に何も知らないんだな。中忍選抜試験とは、砂、木ノ葉の隠れ里と、それに隣接する小国内の中忍を志願している優秀な下忍が集められ、行われる試験のことだ」
「何で一緒にやるの?」
「ああ。合同で行う主たる目的は同盟国同士の友好を深め、忍のレベルを高め合うことがメインだとされるが、その実、隣国とのパワーバランスを保つことが各国の緊張を……」
「ナルトの兄貴。中忍試験に出てみれば?」
「てめー! 質問しといてこのヤロー! 最後まで聞けー!」
自分の説明に一瞬で興味を失い、ナルトへと話し掛けた木ノ葉丸へとテマリは怒鳴る。
と、そんなことはどうでもいいというようにサスケが一歩前に出た。
「おい! そこのお前……名は何て言う?」
「え? わ、私か?」
「違う。その隣の瓢箪だ」
「……砂瀑の我愛羅」
サスケを見つめる我愛羅。
「オレもお前に興味がある。……名は?」
「うちはサスケだ」
しばし、視線を交差させるサスケと我愛羅だったが、今はこの程度で満足したのか、我愛羅は踵を返した。
「行くぞ」
「少し待ってくれないか?」
去ろうとした我愛羅たちの背中へと声を掛けたのは沈黙を守ってきたナルトだ。
「……何だ?」
「カンクロウ、と言ったか?」
「カンクロウはオレだが……何だ?」
「木ノ葉丸」
「え? オ、オレ?」
「まだ貴殿はそこの御仁に謝っていないだろう」
「けど、オレは……」
「悪気はないとは言え、不注意でぶつかった貴殿は謝らなくてはならない。違うか?」
「う! ……ごめんなさい」
「ああ」
「カンクロウ、お前からも謝れ」
「お、おう。……済まなかったな、ボウズ」
我愛羅はナルトへと興味深いというように視線を向ける。
「聞き忘れていた。そこの……名は?」
「うずまきナルト」
「ナルト……か」
我愛羅はそれだけ呟くと、今度こそ姿を消した。
その様子を木の影から見ている三つの影。
「どう思う?」
「まあ、大したこと無いけどさ。木ノ葉の黒髪と砂の瓢箪。あの二人は要チェックだよ」
「ガチムチは?」
「見ての通り、正面から手を出しちゃダメだ。あの人、多分、ボクらに気づいているよ」
「チッ……一筋縄じゃいかねーってことか」
「けど、私らなら勝てる」
「フフ……そうだね」
三つの影は音もなく姿を消した。その所作は下忍とは思えぬほどに優れたものだった。
+++
「聞きましたか?」
修行場に走り込む一人の少年。おかっぱで緑色の全身タイツを身に着けている少年は軽やかに見知った少年と少女に近づき、話し掛ける。
「今度の中忍試験、5年振りにルーキーが出てくるそうです」
「まさかぁ! どうせ、上忍の意地の張り合いかなんかでしょ?」
器用に掌の上でクナイを回す少女はおかっぱの少年に言葉を返す。
「いえ、それがですね。ルーキーの内の三人が、あの“はたけカカシ”さんの部隊だという話だそうです」
「面白いな、それ。まぁ、いずれにしても……」
少女はクナイを投げる。それは寸分違わず、ターゲットマーカーのど真ん中へと突き刺さった。
「……可哀そうな話だがな」
黒い長髪の少年は不敵に笑う。自分の力から来る自信、そして、彼と同じ班員の力を信用している少年は、頭のすぐ上で空を切ったクナイに気を割くこともなく座禅を続けていた。