NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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リベレイト サブミッション

 ナルトの前に再度迫るは再不斬の最高の術。動かない体を気力で動かす再不斬を支えるは白。彼らの目的は一つ。目の前の脅威を排除すること。

 その対象である漢は自らに迫る凶刃を意に介さず、倒れ伏している友をただ見ていた。

 

 ///

 

 あれはいつの頃か。

 確か、己の腹筋が完全に割れた時のことだったと思う。あの時はまだ体も小さく、精々、他の子どもたちよりも頭一つ分大きかったぐらいだ。

 

 まだ足りない。

 里の者たちに認められるためにはまだ筋トレが足りないと朝から晩まで筋トレに明け暮れていた日々。その中で、自分と触れ合おうとする者は皆無だった。そもそも、自分を自分として認めてくれたのは、両手の指で足りる人数。その他の人間は恐怖と憎悪の感情が混ざった視線を向けてきていた。自分じゃない自分を見られて、憎まれているような感覚。

 

 筋トレこそが自分を成長させ、里の者に認められるための第一歩だと信じて腕立て伏せをしていたあの頃。疲れて動けない日があった。忍者学校の休日が祝日と重なり、三連休になった時、筋肉を虐め抜き、どこまで耐えられるか試したことがあった。その結果は、二日目で動けなくなったという情けないもの。体力も気力も尽きたあの時、夜空の星を地面に寝転がって見上げ、目を閉じたあの時、出会った。

 

「そんな所で寝ると風邪引くぞ、ウスラトンカチ」

 

 顔に乗せられたタオル。冷たく濡らされたタオルが火照った顔を冷やす感覚がして、タオルを少しずらした。その先にいたのは己が好敵手(ライバル)と定めた漢の姿。

 彼もまた修行の後だったのだろう。泥が所々、着いた服を着ていた。

 それを見て、嬉しくなったのだ。修行に打ち込む目標の姿と、動けない己を見て与えてくれた優しさ。

 

 うちはサスケとは共に歩んで、生きたかった。

 

 ///

 

 赤いチャクラが更に勢いを増して吹き荒れる。

 

 ナルトの顔付きが変わった。

 哀しみの表情から憤怒の表情へ。より強い感情を乗せ、ナルトは叫ぶ。

 

「ウォオオオオオオオウ!」

 

 チャクラを込め、固く握りしめた拳は大砲の如き威力を持った武器となる。それは、先とは違い再不斬と白の最高の術を真っ向から打ち破る結果となった。

 轟く声は音の圧となる。それは、先とは違い再不斬と白の動きを止める結果となった。

 

 空へと向かって上がる大量の水。それが雨粒のように落ちて白の体を濡らした。

 仁王も裸足で逃げ出すほどに今のナルトの気迫は鋭く肌を突き刺す。白は思わず体を震わせた。

 豪雨のように、上から降り注ぐ海水の中に居るナルトの体は微動だにしない。白が仔犬のように震えているのと対照的だ。

 

 ナルトは一歩を踏み出す。次いで、二歩、三歩と彼は歩みを止めることなく、再不斬と白に向かって来る。

 

 ──動け……動けよ!

 

 チャクラを使い切って動けないことは分かっている。しかし、再不斬は何度も自分の体に脳から命令を伝える。目線を足に向け、なんとか動かそうと集中するが、水に濡れた橋の上は力が抜けた再不斬の足を滑らせることしか許さない。

 再不斬は諦めたかのように上を見上げる。

 

 ──ここまでか。

 

 再不斬は拳を固めたナルトの姿を見て思う。それは、初めてナルトと戦闘をした時に思ったことと全く同じ。前回は白と打ち合わせていたお陰で五体満足でいれたが、今回は白の助けはない。再不斬は自分の野望が断たれたことを理解した。

 引き絞るナルトの右腕を見ながら、せめて、最期は逃げることなく自分の運命を受け入れようと再不斬は考える。恐怖で思わず閉じてしまいそうな目を開く再不斬の行為は彼のプライドから来るものだ。

 ところが、命を諦める再不斬を認めないというように再不斬の前に影が過る。

 

「!?」

 

 再不斬の前、ナルトの拳の前に躍り出たのは白だ。

 

「貴殿は……」

 

 ナルトは怒りの籠った目を白へと向けた。

 

「貴殿は何故、その男を庇う?」

「再不斬さんはボクの大切な人だからです」

 

 体を震わせながらも、白の言葉は震えていなかった。

 

「悪だと知りながら、貴殿は再不斬に与するというのか?」

「はい」

「貴殿は正義を……愛を理解している者だと、あの朝、思ったが間違いだったか」

「ボクの正義は……再不斬さんの道具であること、再不斬さんを守ることです」

 

 白はナルトに提案をする。

 

「再不斬さんは見逃してください」

 

 それは自分を生贄にナルトの怒りを鎮める行為と同義だった。

 

「それに、サスケくんを殺したのはボクです」

 

 ナルトの右腕が白を殴り飛ばした。

 

『白!』

 

 叫ぼうとした再不斬だったが、細い糸で意識を繋いでいる今の再不斬にとって、声を出すことは難しかった。

 

 だから、再不斬はナルトを睨みつけた。動くことが出来ない再不斬にとって、それは精一杯の反抗。運命への反抗だ。

 そして、ナルトも再不斬と同じように動かない。自分はどうするべきなのか、迷っているようだ。感情のままに白を殴り飛ばしたせいで、白の犠牲を受け入れる結果となってしまったナルトは再不斬に対して手を出すことができない。もし、再不斬に手を出してしまえば、それは身を捧げた白の犠牲に反する行為だ。それを無視し、怒りのままに再不斬を殴りつけることはナルトにはできなかった。

 

「おーおー、派手にやられてェ。がっかりだよ……」

 

 と、コツという杖をつく音がした。水を打ったように静かな橋の上で、その音は遠くまで届いた。

 

「……再不斬」

 

 たっぷり皮肉を混ぜた得意げな声が橋の上に響く。

 黒いスーツを着た小柄な人物、ガトーが橋に立っていた。そして、彼の後ろには数えるのも嫌になるほど多い荒くれ者たちの姿。

 

 ──クソが。

 

 再不斬はガトーの考えを理解しながらも、尋ねなければならないと感じた。それは、ナルトへ、そして、白へ対する礼儀。敵対していた者へ、そして、自分が巻き込んでしまった者への礼儀だ。

 なけなしの体力を振り絞って、更に振り絞って再不斬は口を開く。

 

「ガトー……どうしてお前がここに来る? それに、何だ? その部下どもは?」

「ククク、少々、作戦が変わってねェ。と、言うよりは初めからこうするつもりだったんだが……」

 

 下卑た笑いを浮かべたガトーは再不斬へと宣言した。

 

「再不斬。お前にはここで死んで貰うんだ」

「何だと?」

「お前に金を支払うつもりなんて毛頭ないからねェ」

 

『ククク』と小さく笑うガトーは再不斬へ彼の考えを余すところなく伝え始める。

 

「正規の忍を里から雇えば、やたらと金がかかる上、裏切れば面倒だ。そこで、だ。後々、処理し易いお前たちのような抜け忍を態々、雇ったのだ。他流忍者同士の討ち合いで弱った所を数で諸共攻め殺す。金のかからんいい手だろう?」

 

 再不斬はガトーの疑問に答えない。

 トランシーバー越しに無視をされ、鶏冠に来た経験があったガトーだったが、こうして、自分が上位だと理解させて、相手に何も返事をできなくさせることは嫌いではなかった。

 

「ま、一つだけ作戦ミスがあったと言えばお前だ、再不斬。霧隠れの鬼人が聞いて呆れるわ。無駄に筋肉をつけただけの奴にしてやられるとは。私から言わせりゃあ、なんだ……クク、ただのかわいい子鬼ちゃんってとこだなァ」

「今のお前ならすぐぶち殺せるぜェ!」

 

 ガトーに続き、ガトーの取り巻きが笑う。

 柵に体を預けながら、再不斬はフラフラとした足取りで立ち上がる。ガトーの無駄に長い説明で体力は雀の涙ほどではあるが回復したようだ。

 

「カカシ、済まないな。戦いはここまでだ。オレにタズナを狙う理由がなくなった以上、お前ら木ノ葉と戦う理由もなくなった訳だ」

「ああ、そうだな」

 

 カカシの発言を見過ごせなかったのか、ナルトは唇を噛み締める。

 

「カカシ先生」

「ナルト、駄々をこねるな。忍なら状況を把握しろ。オレたちの敵は再不斬たちじゃない」

「くっ……」

 

 ナルトの言いたいことが分かったカカシはナルトを止める。

 再不斬に対する怒り。その感情はカカシも十二分に理解できているが、状況が感情を優先させることを許さない。再不斬は敵ではなくなったとはいえ、彼らの前には数多くの荒くれ者たちがいるのだから。

 

 高い実力を持つ忍たちを前にしながらも、ガトーは余裕を崩さない。それは、圧倒的な自信から来るもの。自分の多数の部下たちが少数の忍を蹂躙するイメージから来る多大な自信だ。

 一人、輪の中から出たガトーはナルトに殴り飛ばされ、意識を飛ばした白の近くによる。

 

「私の腕を折れるまで握ってくれたねェ……」

 

 ガトーは倒れて動かない白の頭に足を乗せた。

 

「あの時は痛かったよ」

 

 気を失った白を橋へと押し付けるようにガトーは足で白の頭を踏み躙った。

 ナルトの目の炎が再び燃え上がる。ガトーへと体を向け、今にも飛び掛からんとしたナルトの二の腕を掴んだのはカカシだ。

 

「あの敵の数を見ろ。迂闊に動くな」

「だがッ!」

「小僧。カカシの言うことを聞け」

「彼奴がしているのは、戦うことができなくなっているものを貶める行為。許せる訳がない。……貴殿は何も思わぬのか? 白は貴殿の仲間だろう?」

「ガトーがオレを利用したように、オレも白を利用しただけのことだ。忍の世界には利用する人間と利用される人間のどちらかしかいない。オレにはアイツに向ける感情なんてモンは持ち合わせてないんだよ」

 

 再不斬の冷たい言い様にナルトの怒りが臨界点に到達した。普段、見せることのない怒りの表情でナルトは再不斬へと怒鳴る。

 

「心を曝け出せ! 白は貴殿を確かに愛していた! 貴殿も確かに白を愛しているだろう! ならば、何故、声の一つも掛けぬのだ!? 共に生きてきた相棒があのように傷つけられて、何故、怒らぬのだ!? あの者は貴殿のために命を捨てる覚悟だったというのに、貴殿は何も思わぬのか!? 本当に……本当に何も思わぬのか!?」

「小僧」

 

 再不斬の頬に清水が流れる。

 

「それ以上は……何も言うな」

「なれば、聞かせろ。貴殿はどうしたい?」

「分からねェよ」

「ならば、生きろ」

 

 我慢の限界だった。

 

「生きる内に見えてくるものがある。己はそうして生きてきた」

 

 ガトーの行いは見過ごせるものではない。波の国の、タズナの、イナリの、白の尊厳を踏み躙るガトーの支配を変えなくてはならない。

 ナルトの第一歩はとても大きかった。足を後ろに蹴り出し、その勢いのまま一気にガトーに近づいたナルトはガトーの足を掴み、白の顔から無理矢理、足を退かせる。

 

 ──動かない、だと?

 

 ナルトの手を振り払おうとしたガトーが、自分の足がピクリとも動かないことに気づき部下へと声を掛けようとした瞬間には、自分の足を掴んでいたナルトと自分の足元にいた白の姿がなかった。

 

「済まぬ、カカシ先生。己は未熟者故、忍に成れてはいないらしい」

「ま、お前らしいか。……お前がメインでいいか?」

 

 ガトーの目には映らないほどの速さで動いていたナルトは再び再不斬の前にいた。

 再不斬へと白を渡し、気持ちを汲んでくれたカカシへとナルトは力強く頷く。カカシは肩を竦めた後、額当てをずらし、その写輪眼をガトー一派へと向ける。それは戦いを始めるというカカシの合図。

 それを見たナルトは立ち上がる。

 

 雪が一片、白の頬に触れる。すぐに融ける雪。ゆっくりと白は目を開けた。初めに気づいたのは自分が暖かな再不斬の腕の中に居ること。次いで、気が付いたのは自分たちへと影が差していること。何故か、この影を白は冷たいとは感じなかった。

 白は目線を前にやる。

 

 彼らの前に立つのは大きな背中。

 

「渡すは引導。勝負を汚す者に抱くは衝動」

 

 厚い雲の隙間から一筋の光が彼を照らす。

 

「汚させはせぬと誓うは波と雪。海と空の間で己は立つ!」

 

 薄明光線、光芒、天使の梯子、光のパイプオルガン、様々な呼び名がある美しい光景だ。

 

「この国を、ここの者を蝕む悪鬼に立ち向かう己の心は意気軒昂! 昂る正義は砕かれぬ! 刀、槍、鉈、斧、大刀、刺股、薙刀、来るがよい。全てを打ち砕き進もう!」

 

 清澄な景色の中に浮かぶは漢の姿。

 

「魅せるは己の生き様! 忍の道から外れようが意志は曲げぬ! 血を流しても夢へと! 未来へと! 希望へと橋を架ける!」

 

 それは救世主の如き姿。

 

「陽に煌めく波の国を取り戻すため、己は戦う! 戦い続ける! 覚悟せよ!」

 

 ガトーは震えた。恥も外聞もなく、情けない声で後ろにいる用心棒たちへと助けを求める。

 

「お、お前ら! 何をしている! 殺せ、殺すのだ!」

 

 大きく、大きくナルトは息を吸った。

 

「うずまきナルトォオオオ! 推して参るッ!」

 

 恐怖に駆られたガトーの手下の一人が奇声を上げた。ナルトの覇気に中てられたのか、混乱に陥った手下の一人は刀を振り上げる。が、その刀、いや、刀だけではない。彼の体ごと宙に浮き、高々と上がった後に重力に従い橋の上へと落ちてきた。

 上に飛ばされ落ちてきた男の隣に立っていた男は一連の出来事をスローモーションで見ているかのように感じていた。と、男は自分の視界のほとんどを覆い隠している肌色の存在にやっと気が付いた。おそらく、気が付いていても気が付かなかった振りをしてしまっていたのだろう。その恐怖から逃げるために。そして、その恐怖を感じさせる物体がゆっくり、それはゆっくりと自分の顔に向かって近づいて来る。

 

 そういえば、と男は思い出す。

 死に瀕する時、何故か周りの出来事がスローモーションに感じると男は聞いたことがあった。

 

 ──オレ、死んでまうん?

 

 あまりの恐怖におかしくなりそうな精神状態のまま男はゆっくりと自分の顔面へと減り込むナルトの拳の感触をしっかりと味わいながら意識を手放したのだ。

 

 二人の男を一瞬で戦闘不能に陥れたナルトはガトーの一団に視線をやる。

 その瞬間、止まっていた時間が動き出したかのように、ガトーの後ろに控えていた者たちが騒ぎ出す。

 

「ガトーさん! 勝てません! 逃げましょう!」

「もうだめだぁ……おしまいだぁ」

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」

「冗談じゃねぇ! こんな所にいられるか! オレは帰る!」

「ふざけるな、バカ野郎! バカ野郎! バカ野郎!」

「うわーん! ママー!」

「オ、オレを見逃してくれたら十万両やる! だから、見逃してくれ!」

「もし私の仲間になれば、世界の半分をお前にやろうぼふッ!」

「オ、オラァ、国に残してきた家族がふッ!」

「ぶっちゃけあり得なーいたいッ!」

「ひでぶッ!」

「せめて、何か言わせてあげろよふッ!」

 

 橋に叩き付けられビクンビクンと痙攣している男たちの姿は競りに出された魚のよう。男たちを魚と例えると、彼らをそんな目に合わせているナルトは漁師だろうか。狩る者と駆られる者の絶対的な立場の差がそこにはあった。

 

 しかし、雑魚と言えども矜持はある。ナルトに一矢報いてやろうと、彼の背後から鉈を振り下ろそうとする者がいた。

 

「オレの仲間はもう……絶対、殺させやしない」

 

 いつの間に近づいていたのだろう。カカシが鉈を持つ男を横から蹴り飛ばした。橋の柵まで蹴り飛ばされた男は、その勢いのまま柵へと頭をぶつけて白目を向いた後、動きを止めた。

 

 ガトーの部下、つまり、彼らの味方が次々と戦闘不能に陥っていく光景を見ながら、ゾウリとワラジは涙を流していた。だが、それは一時とはいえ、自分たちと同じ立場だったガトーの部下へと流す涙ではなかった。ゾウリとワラジにとって、荒くれ者たちは偶々同じ陣営に属していただけの間柄でしかない。大儀のために自らの心を殺したゾウリ、友を戦場で亡くし心を壊してしまったワラジにとって、ガトーの部下たちの有り様は認められるものではなかった。略奪をよしとする者たちを見ても、何もできない自分たちが歯痒くてしょうがなかった。

 

 ところが、どうだ。

 目の前では、下種なガトーの部下たちが天罰を受けているではないか。そして、それは子どもの頃、自分たちが憧れた英雄の如き姿だ。弱きを助け、強きを挫く。正しく英雄だ。

 彼らの成りたかった存在が顕現していたのだ。

 涙で滲むゾウリとワラジの視界であったが、戦場を駆ける肌色の閃光は彼らの心に深く刻まれた。

 

 倒れたまま涙を流し続けるゾウリとワラジを見て、ガトーは理解した。時間を稼げば、彼ら二人が背後から筋肉野郎と木ノ葉の上忍の隙を突いたり、桜色の少女とタズナを人質に取ったりできるのではないかという考えは意味のないことだと。

 ナルトとカカシによって、ガトーの手下の士気は崩壊したのだ。

 

 ──そんなバカな。私の完璧な計画が、どうして、どうして崩れたというのだ!?

 

 ガトーは目の前の光景が信じられなかった。

 嘘だ、あり得ない、あってはいけない、これは夢だ、悪夢だ。

 そのような現実を否定する言葉がガトーの頭の中をグルグルと回る。しかし、流石は一代で財をなしたやり手経営者と言えるだろう。頭が回らないと言えども、彼の体は勝手に最適な行動を取っていた。

 それは、逃げること。勝てぬ相手に真っ向から立ち向かうことは蛮勇であり、賢い選択だとは言えない。だからこそ、ガトーは振り返ることなく駆けたのだ。

 

「クッ!?」

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 橋の前には多数の人影があった。構えるのは鎌や果物ナイフといった武器ではないもの。そして、被っているのは工事の時に使われるヘルメットや中華鍋といった、これまた戦場で使われることがないもの。

 橋の入り口でバリケードを作っていたのは波の国の人々だった。その先頭には闘争には不釣り合いな小さな少年、イナリの姿。

 ガトーは知る事はない。この小さな子どもが波の国の人々を鼓舞し、自分の前に立ち塞がることを勧めたのだと。勇気ある少年(マッスル候補)なのだと。

 そして、その少年が今自分に敵意を向けている強大な存在(マッスル)が守ろうとしているのだと。

 ガトーの無知はここに極まった。

 

「どけェ!」

 

 少年を人質に取ろうと考えたガトーは周りの大人たちへと大声を出して威嚇する。走る力を緩めずに、ガトーはイナリに狙いを定めた。

 だが、ガトーの試みは上手くいかない。固くも柔らかい物体に顔が当たり、ガトーは翻筋斗(もんどり)を打って倒れる。

 

 いつの間に移動したのだろうか?

 うつ伏せのまま、視線を上げるガトーの前にはナルトが仁王立ちをしていた。

 

「ひぃいい!」

 

 ガトーは逃げようともがくが、濡れた橋で震える手足が滑り上手く立てない。

 そして、その隙は非常に大きな隙だった。

 

「ヒッ!?」

 

 ガトーは自分の足に太く固いものが絡んだことを感じた。

 次いで感じるのは内臓が上から下へと一気に移動するような感覚。それと、想像を絶するほどの痛み。

 

「いたたたたたあああああああひゃひゃひゃひゃあああうんんんんんきょっほっととっとととととぉおおふんごほごほごまごぐががが、ふんぬううううううう!」

 

 もう自分が何を言っているのか分からない。筋肉が、骨が、関節が上げる悲鳴を表現した言葉がガトーの口から次から次へと出てくる。言葉の体を成していない言葉だったが、それは聞く者全てに理解を及ぼした。

 

 ──すっごい痛いんだろうな、アレ。

 

 ロメロスペシャル。

 相手の足に自分の足を絡めて腕を掴み、そこから一気に技を掛ける者が寝転ぶ技だ。そうすることにより、技を掛けられた者は四肢を地面に向けた格好で天を仰ぐ格好となる。股を強制的に開かされ、更に技を掛けたものの足に体を持ち上げられて宙ぶらりんとなった姿で大衆の目に晒される。屈辱的な恰好だ。

 

 プロレス技の中では痛みが少ないと言われている技だが、一般人である彼は関節技どころか肉体的な痛みを受けることはそう多くなかった。そのため、痛みに対して耐性がそれほどない彼は、自らの体が軋むことをより強く感じたのだった。

 

 屈辱と痛み。

 そこから逃れるため、ガトーは頭を最高速度で回転させる。ガトーの優秀な頭脳は答えをすぐに弾き出した。

 一度、降伏した後、油断した奴らを殺す。それでいこう。

『参った』と言葉を出そうとしたガトーの心を更なる宣告が貫いた。

 

「反省の色はない、か」

「ふんぎゅわああああんだすたぁああああんッたはははああああらおうおおうざざーがらぬふはあああああ!」

 

 絶対に許さない。私の持てる力全てを使って、貴様を……。

 

「はがらああああ!」

 

 ぶっ殺す!

 

「だあああんもうううう!」

 

 覚えてやがれ!

 

「まっちゃああああ!」

 

 まずは、逃げて体勢を整える。今度は抜け忍を50人集めて……。

 

「ほどれぇええええ!」

 

 いや、100人集めて……。

 

「にっちゃああああんぐうう!」

「あー、皆さん。こうなったら、もう大丈夫です。逃げられませんから」

 

 叫ぶガトーを尻目にカカシは集まった波の国の人たちへと説明する。既に、ガトーの手下たちはカカシがどこからともなく取り出した縄で縛られ、橋の上に転がされていた。

 

「ワシらの勝ち、か?」

「はい」

 

 響き渡るは歓喜の声。それとガトーの絶叫。

 

「もうガトーたちに怯えなくていいんだ!」

「この国に平和が! ありがとうございます!」

「宴だ! ありったけの食料を持ってくるぞ!」

「あ、私の家のすぐ近くに猪がいるから、それを捌いて」

「おう! ……え、猪?」

「後から考えろ! 兎に角、祝おうぜ!」

「ぎゅおっほおおおおおうううばばばがらおうっちゃあああ!」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「よほろおおおううう!」

 

 助けろ助けろ助けろ助けろ助けろ助けろ、助けて!

 

「もうやああああ!」

 

 喜ぶ波の国の民の横で、彼らを恐怖に陥れてきたガトーは痛みに涙を流すだけだった。

 

 ──許さんぞ、貴様ら。なぜ、助けん。私はガトーカンパニーの社長だぞ。私は……私は……。

 

「いっぐうううう!」

 

 ガトーは痛みの中、自問自答していた。一種のトランス状態の中、ガトーは自分の人生を思い返していたのだ。

 

 思い出すのは幼少期。彼が貧乏だった時のことだ。

 後に第一次忍界大戦と呼ばれる大きな戦いの余波で彼の住んでいた国は疲弊していた。その日の食事にも満足に摂ることができなかったガトー少年は世の中を恨んだ。

 そこで、彼は学んだ。この世は力が全てだと。見てみろ、力のある忍がいい様に振る舞っているじゃないか。戦うためと言って、オレたちから食料を巻き上げている。

 少年は学んだのだ。力こそ、全てだと。

 

 だが、少年に力はなかった。食料がなく、栄養不足で体が大きくならなかったガトーは体力面で他者に劣っていた。そして、チャクラを練る才能もなかった。つまり、兵士である忍として他者から奪い、自分を富ませるという行為ができなかった。

 そこで、彼は学んだ。頭を使うことを。流通は国の血管だ。これを思い通りに出来たら、自分に富が集まる。

 青年は学んだのだ。流通こそ、力だと。

 

 青年となったガトーは自分よりも上の立場にいた人物たちを時に策略で、時に暴力で追い遣り、小さな海運会社のトップの地位に立った。会社は自分の思い通りになった。だが、世界は自分の思い通りになっていない。

 

 ──私の腹は満たされていない。

 

 ガトーの会社は他社を喰らう。そして、気が付いた時には彼のガトーカンパニーは世界有数の海運会社となっていたのだ。

 

 ──私の腹は満たされていない。

 

 ガトーの次なる獲物は国。そこで、彼が目に付けたのは流通を簡単に支配できそうな波の国だった。元々、波の国の海運業を一手に担っていたガトーカンパニーだ。国を実質的に支配するのに、そう時間は掛からなかった。そして、後は自分の野望に邪魔な橋の建設を止めさせるだけ。それだけだったというのに。

 

「らあああんめええええ!」

 

 何故、私は痛い思いをしているのか?

 涙と鼻水で顔を濡らしながら、ガトーは考える。自分に対して、鋭い目つきをしていた少年(イナリ)の姿を。それは、少年だった頃の自分の姿と重なって見えた。

 

 ──いつしか、私は昔に恨んでいた世の中を作っていたのか。

 

「ふっ……ふっぐ……」

 

 それは嗚咽だった。後悔と反省による嗚咽だ。

 ガトーの体はゆっくりと橋の上に下ろされる。ナルトの拘束から解かれたガトーを見た波の国の民は静まり返り、緊張の面持ちで視線を交わす。

 

「ごめんなさい」

 

 ガトーの第一声はそれだった。謝っても謝り切れないほどの罪を犯してしまっていたことをガトーは理解していた。だが、謝らずにはいられなかった。頭を擦り付け、何度も何度も謝罪の言葉を口にする。

 

「ボクは……」

 

 土下座をしたガトーの上からまだ年若い声が降ってきた。ガトーは顔を上げる。

 

「……父さんを殺された。ボクの気持ちはアナタを許せない」

 

 そこに居たのは険しい顔をしたイナリ。一度、唇を噛み締めたイナリだったが、少し笑い、力を抜いたように言葉を繋いだ。

 

「でも、父さんならこう言うと思う。『男なら、悪いことした奴でも謝ったら許してやるものだ』って。だから、ボクはアナタを許す」

「お、おおお……」

 

 何と気高き少年だろうか。

 ガトーの目から流れた涙は痛みから来るものだった。今度は体ではなく精神の痛みだ。自分は自分を不幸にした世界(モノ)を許すことができなかった。だが、目の前の少年は自分を不幸にしたガトー(モノ)を許したのだ。

 

「イナリ……」

「一番小さなイナリがそう言うんじゃ仕方ねェ。それにしても、オレだけじゃなくガトーまで変えちまうなんてお前の孫は素晴らしいな、タズナ!」

「ギイチ……」

「……なあ、もう一度、橋を造らせて貰ってもいいか?」

 

 タズナは溢れ出た涙を拭って快活に笑った。

 

「もちろんだ! 超こき使ってやるから覚悟しとけ!」

「おう!」

 

 涙を流しながら肩を組むタズナとギイチの後ろからサクラの声が響く。

 

「ナルトォ!」

「む? サクラか」

「サスケくんは……サスケくんは無事よ!」

「……サスケェ!」

「うるせェ! 抱き着くな、ウスラトンカチが!」

 

 抱き合う彼らから目を離し、カカシは額当てを元の位置に戻しながら白へと歩み寄る。

 

「殺さなかったんだな」

「殺せなかったんです」

 

『そうか』と呟いたカカシは白を抱えている再不斬へと目を向けた。

 

「この子は忍には向いてなかったようだけど、お前はどうする?」

「……どうやら、オレも忍には向いていなかったようだ」

「で、どうする?」

「生きるさ。アイツに言われたように、な」

 

 再不斬は口に巻いていた包帯を取り外した。その顔は憑き物が落ちた晴れ晴れとしたものだった。

 

 そこからは、波の国の人々が主役だった。食い、呑み、歌い、踊り、笑い、そして、自分たちを害していたガトーの手下の縄を解き、彼らとも語り合い、仲間となったのだ。再不斬や白、ゾウリにワラジ、そして、全ての元凶だったガトーも例外にならず、波の国の人々は全てを許し、未来に希望を託した。

 皆の笑顔を見たナルトは腕組みをして頷き、一言呟いた。

 

『これにて、一件落着』と。

 

 +++

 

 それから、1週間が経った。心を入れ替えたガトーが橋の建設に着手したお陰で予定よりも早く建設が完了したのだ。

 そして、今日はナルトたちが木ノ葉隠れの里へ向かって出立する日。彼らは橋の近くにある静かな林の中に来ていた。

 

「“鬼人”再不斬は死んだ」

 

 十字にした丸太の後ろの地面に再不斬は己の力の象徴だった首切り包丁を突き刺す。白も自分の帯を隣の十字架へと掛ける。

 

「世話になったな」

「全くじゃ」

 

 そう軽口を叩くのはタズナだ。謝ろうとした白を止めて、タズナは再不斬へと尋ねる。

 

「それで、お主らはどうするつもりなんじゃ?」

「オレたちは霧隠れの里から追われている。ゾウリとワラジがオレたちは死んだと霧隠れに報告するそうだが、それでも、オレたちが生きていることが分かれば霧隠れはオレたちを追ってくる」

「だから、ボクらは旅をしようと思います。波の国にはもう迷惑は掛けたくないですし」

 

 再不斬と白は印を組む。

 

「うずまきナルト」

「何用か?」

「……またな」

「うむ。貴殿らとまた会える日を楽しみにしている」

 

 最後に微笑みを見せた再不斬と白は瞬身の術で姿を消したのだった。

 

 +++

 

「お陰で橋は無事、完成したが……超さみしくなるのォ」

 

 完成した橋の入り口でタズナと別れの挨拶を交わすのは護衛任務の隊長であるカカシだ。

 

「お世話になりました」

 

 頭を下げたカカシを見て、これが最後のチャンスだと思ったのだろう。イナリがナルトへと声を掛けた。

 

「ナルト兄ちゃん」

「む?」

「また、来てくれる?」

 

 ナルトが口を開く前にイナリは首を振った。

 

「ごめん。次はボクから会いに行く」

 

 寂しさに涙を流すイナリの頭を、ナルトは何も言わずに撫でた。そして、彼は踵を返す。

 その大きな背中はイナリの記憶に長く残り続けるだろう。イナリだけではなく、タズナの記憶にも。

 

「彼がイナリの心を変え、イナリが町人の心を変え、二人がガトーの心を変えた。彼は“勇気”という名の“希望”への架け橋をワシらにくれたんじゃ!」

 

 小さくなっていく木ノ葉の忍の後ろ姿を見送りながらタズナはギイチと話す。

 

「架け橋か。橋って言やぁ、この橋にも名前をつけんとな」

「そうか……。なら一つ、この橋にピッタリの名前があるんじゃが」

「おお、どんなだ?」

 

 タズナは取って置きの考えをギイチに向かって話した。

 

「ナルト大橋……ってのはどうだ?」

「フフ、いい名ね」

「じゃろ? この名はな、この橋が決して崩れることのない、そして、いつか世界中にその名が響き渡る超有名な橋になるよう……そう、願いを込めてな」

 

 風がタズナの頬を撫でる。

 彼は遠ざかり、もう見えなくなってしまった力強い姿を見送り続けるのだった。

 


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