気が高まる。殺気、闘気、勇気。
互いに一歩たりとて引くつもりはない。そこから導き出される答えはただ一つ。
闘争だ。
「ウラァ!」
「フン!」
再不斬の斬撃をナルトは鍛え上げた腕橈骨筋と上腕三頭筋で防ぐ。右からナルトの体を薙ごうとする再不斬の首切り包丁だったが、まるで、磁石と磁石が反発したように刃は筋肉によって弾き飛ばされた。
それを確認した再不斬は白の推測が正しかったことを確信する。
ナルトの異常な防御。それに対する白の推測は二つ。
ナルトは適切な箇所の筋肉に力を入れることで攻撃に耐え、更に無意識の内、条件反射に近い状態で放出したチャクラによって敵の攻撃を反発させるというもの。筋肉に力を入れることとチャクラの放出の二つを組み合わせて防御しているのではないかというのが白の推測だ。
俄かには信じられない。ナルトの防御方法は、少しでも攻撃箇所と違う場所でチャクラを放出したら、敵の攻撃を何の対策も打てないままに食らうという重大な欠陥がある。ところが、どこに攻撃されるか分からない実戦では使えない代物だというのにも関わらず、ナルトはそれを使いこなしている。
恐るべきは、戦闘経験が少ないと目される下忍にも関わらず、攻撃をされる箇所の正確な推測能力。いや、どちらかと言えば、獣じみた第六感だろう。
だが、戦闘に特化した獣は時として脆い。
──つくづく、いい拾い物をしたな。
獣を檻へと追い込むかの如く、再不斬は動く。
白はその推測を再不斬に伝えた時に、ナルトの絶対防御とも言うべき鋼の筋肉を打ち破る方法をも伝えていた。白の推察通りに再不斬は体を動かしたのだ。
「む!?」
ナルトに首切り包丁が弾かれた勢いを利用し、再不斬はナルトに足払いを仕掛けた。とはいえ、ナルトもさる者。足を横に動かされた程度で再不斬の足払いを止める。だが、それは再不斬が狙っていたことだ。
「オラァ!」
ナルトに止められた足を支点として、再不斬は横に一回転する。その勢いのまま、再不斬はナルトへと首切り包丁を再度、薙いだ。
今度は逆の方向から襲う再不斬の首切り包丁。ナルトは先ほどとは違い、再不斬の凶刃を防ぐべく右腕に力を籠めた。
「むッ!?」
だが、今回は弾くことはできず、首切り包丁がナルトの肉に食い込む。ナルトに弾かれたこと時の勢いを活かし、更に体を回転させることによる遠心力で威力を上げた刃はナルトの防御をも貫いた。しかし、斬れたのは皮一枚。その程度で満足する再不斬ではなかった。
「ラァアアア!」
足に集めたチャクラで橋の上に吸着して体を固定する。安定した再不斬の体は、チャクラで上げた膂力で以って首切り包丁を振り上げることで、100kgを超えるナルトの体を吹き飛ばすことに成功した。本来ならば、対象の身体を真っ二つに斬るほどの斬撃だが、それを皮一枚で留めたのは流石、ナルトの筋肉と言うべきか。
吹き飛ばされたナルトは端の柵をも飛び越え、橋から下へと姿を消す。下からドボンというナルトが海へと落ちた音を聞いた再不斬の顔が愉悦で歪んだ。
再不斬は白の言葉を思い起こす。
『あの人はチャクラコントロールができません』
ある朝、体の痺れを和らげるための薬草を採ってきた白はそう語った。詳しく話を聞くと、チャクラコントロールの初歩の修行である木登りをしていたということだ。
その上、木登りの修行をしていたというのが昨日の朝の話だ。それから、応用の水の上へ立つためのチャクラコントロールを習得しているとは考えられない。
そして、水の上に立つことすらできないナルトとは違い、水は再不斬の武器となり得る。水遁使いの再不斬にとって、ここは最高のフィールドだ。負ける要素などはないと確信した再不斬は橋の上から海へと降りようとした。
「ッ!?」
が、突如感じた殺気に再不斬は身を翻す。肘の辺りが浅く手裏剣で傷つけられたことに気が付いた再不斬は血走った目で邪魔をした下手人に睨みつける。
「行かせない」
「カカシィ……」
自分の腕を流れる一条の血を気に掛けることもなく、再不斬は追撃のために背負い直した首切り包丁の柄を再び握る。
カカシへと足を踏み出そうとした再不斬だったが、それが実行に移されることはなかった。
再不斬の前へと二つの影が躍り出る。
「悪いが、アンタは通させない」
「大人しく斬られろ」
「お前たちは……」
口を開いたのは再不斬ではなくカカシだ。
カカシと再不斬の間に割って入ったのはゾウリとワラジの二人。
──コイツ等は確か、ナルトが持ってきた二人組。
いつの間に意識を取り戻したのだろうか。再不斬に注目をしていて、気絶した取るに足らない二人が自分の前に立ち塞がるとは全く予想していなかったカカシの誤算が彼の足を引っ張る。
「先生! そいつらはガトーの手下じゃ!」
タズナの声に反応したカカシは目を細める。厄介なことになったと言いたげな視線を向けるカカシを無視して、ゾウリは再不斬へと顔を向ける。
「行け。アンタの敵はアレだろ」
「……フン」
瞬身の術で姿を消す再不斬を見送ったゾウリは再びカカシへと顔を向け、懐から巻物を取り出す。
「そこのジジイの言う通り、オレたちはガトーと手を組んでいる。再不斬と目的は同じだ。写輪眼のカカシ、アンタはオレたちが止める」
ゾウリとワラジの二人組とカカシは橋の上で睨み合う。
そして、橋の下でも睨み合う者たちがいた。ナルトと再不斬だ。然れども、その位置関係は一目見てナルトが不利だと解るもの。水の上に立つ再不斬と全身を水の中に沈めたナルトだ。
自分が有利な状況に戦況を変えた再不斬は立ち泳ぎを続けるナルトへと声を掛ける。
「全身に力を入れる時、テメェは体の動きを止める必要がある。そして、水の中で体に力を入れたまま動かないと沈む。つまり、テメェの勝ち目はない」
もし、水中で再不斬の斬撃を先ほどのように防ぐと、体に力を籠めたせいで水底へと沈む。そして、立ち泳ぎを続け沈まないようにすると、再不斬の首切り包丁で斬られる。再不斬は自身の勝利を確信していた。
だが、まだ、彼はナルトのポテンシャルを見誤っていた。
「フン!」
跳ねる水音、轟く打音。
……あれは、いつの事だっただろうか?
再不斬は過去に思いを馳せる。忍者学校に入った後の頃だっただろう。まだ、小さな少年だった再不斬なのだが、彼の顔は控えめに言っても恐ろしいものだった。鋭い目つきに薄い眉。その人相のせいで、再不斬少年は友達が出来なかった。そのため、忍者学校の授業が終わった後は、専ら、図書室に籠っていた。
今の彼の言動からはとても信じられないことであるが、再不斬は動物が好きだ。白など彼と近しい人物ですら、その事実は知る事はないが、事実は事実。優しい心を人相と言動でひた隠しにしているが、彼は動物が好きなのだ。
図書室に入り浸っていた再不斬少年は一冊の本に目を止めたことがあった。題名は大人となってしまった再不斬は思い出せないが、その内容はしっかりと覚えている。その本の内容はトカゲの生態について詳しく書かれていたものだ。その中に書かれていた“バシリスク属”のトカゲ。その記述を読んだ再不斬少年は目を丸くした。
“このトカゲは水の上を走ることができる”
単純ながら、心動かされる一文に再不斬少年は目を輝かせたのであった。地を這うトカゲが水の上を歩く。純粋であった再不斬少年は、長い年月をかけ不可能を可能としたトカゲのポテンシャルに胸を打たれたのだ。
では、なぜ、バシリスクが水の上を移動できるのか?
それを知るためには水という物質について知らなければならない。
水というのは存外、“固い”物質だ。日常生活の中で、水が固いと感じることはないだろう。だが、このような経験はないだろうか? 海や湖、川でもいい。水へ向かって、広げた掌を叩き付けると、固いものに打ち付けた時のように掌が痛くなったという経験が。
元に戻ろうとする慣性力と水が持つ粘性。それが作用して、一定以上の力を瞬時に加えると水はそれこそ、コンクリートのように固くなる。そして、それは水面に叩き付ける面積が大きければ大きいほど固くなるのだ。
水泳競技の一種、飛び込みで選手が着水の時に水と当たる面積を少なくする理由は、これに起因する。大の字で水面に叩き付けられると、痛い。大の男でも泣いてしまうほどに痛い。だからこそ、水面に当たる面積を可能な限り小さくして着水する。
「……」
そう水は固くなる。ナルトの目にも止まらぬほどの速さの足踏みで彼の体を水の上に立たせる。ナルトの足の裏はそれほど大きな面積ではない。だが、それを速さで補う。速く水面に叩き付ける足の裏で、水はナルトの体重を支えることができるほどに固くなり、水の慣性力が失せる前に交互に足踏みすることで体を支えている。
跳ねる水音、轟く打音。
「チャクラを使え!」
思わず、再不斬は声の限りに叫んだ、叫ばざるを得なかった。忍者としてあまりにも泥臭いナルトの動きが許せなかったのか、それとも、少年時代の思い出を汚されたから、自分の怒りがどこから来ているのか再不斬は分からなかった。
「己はチャクラを使うことが苦手だ!」
──ああ、分かった。コイツ、バカだな。
再不斬は手に持っていた首切り包丁を担ぎ、両手を自由にした。
額に血管を浮き上がらせた再不斬。彼の手が見えないほどの速度で印を組み上げていく。
「水遁 水龍弾の術!」
再不斬の後ろで盛り上がった水は、天に向かって鎌首を擡げるように高く聳え立つ。ナルトの前に顕現した水の龍は咢を開き、彼を噛み砕かんと迫る。
矮小な人の身で龍に立ち向かうのは蛮勇というもの。だが、ナルトは引かない。それどころか、海を蹴り、ナルトは宙に躍り出る。ナルトは右腕に力を籠める。
「ハアァアアア、ラァ!」
迫る水の龍の鼻先に上から叩き付けるは拳。
固ければ殴りつけることができる。単純な理論だ。形を保てなくなった水龍弾の水飛沫を浴びながら再不斬は首の骨を鳴らす。水を掛けられたせいか、頭が冷えた再不斬は冷静さを取り戻した瞳でナルトを見る。
──認めてやるよ。
言葉にはしなかったが、この時、初めて再不斬はナルトの力を理解したのだった。
+++
ナルトと戦う再不斬の姿を呆けたように見つめる白。橋の上から見る二人の姿はとても大きく、そして、遠かった。
「おい。いつまで、そうしているつもりだ?」
と、白へと横から声が掛けられる。
「君は……」
「まだ、名乗ってなかったな。……うちはサスケ」
白へと声を掛けたのはサスケだ。
「オレは負けちゃいねェ。さっさとかかって来い」
「しかし、ボクは君と戦う理由がない」
「本音を出せ」
「……」
サスケは顎をしゃくる。その方向は今し方、大きな水飛沫が上がった海の上。
「アイツ等の戦いを見て、本当にお前は何も感じないのか?」
「……」
「戦いたい。違うか?」
「……」
「もう一度、言う。さっさとかかって来い!」
「君は……愚かだ」
「御託はいい。さっきの鏡を作れ」
「どういうことですか?」
「邪魔が入ったからやり直す。それだけの話だ」
白は微かに笑う。
「君は本当に愚かだ。でも、何故でしょうか。そんな君とは……戦ってみたくなりました。秘術 魔鏡氷晶!」
再不斬とナルトの戦いを見ている内に、いつの間にか解いていたのだろう。白が作り出した鏡は割れて、地面に散らばっていた。
鏡の欠片へとチャクラを流し込み、鏡を再び作り出す白に対してサスケはクナイを両手に持ち構える。先ほど、追い込まれていた時に感じていた焦燥はもうない。自らの周りを囲む氷の鏡に映る白へと、眼を開きながらサスケは口を開く。
「来い」
氷の鏡が煌めく。それを見つめるは赤き瞳。二つ巴模様が浮かぶサスケの眼、
──アナタは……強い。
言葉にはしなかったが、この時、初めて白はサスケの力を理解したのだった。
+++
カカシは焦っていた。
ナルトは再不斬と、そして、サスケは白と戦っている。ナルトもサスケも勝てないことをカカシは知っていた。忍の世界では、敗北は死に繋がることが多い。自分が担当している若き才能を摘まれるということは認められない。
だが、目の前にいる者たちはそう簡単に通してくれなさそうだ。
「お前たち、ただの用心棒じゃないな。……忍か?」
「ああ。霧隠れ中忍、ゾウリ」
「同じくワラジ」
彼らが取り出した巻物から煙が上がる。口寄せの術の一種で、巻物に封じ込めた予備の刀をゾウリとワラジは、その手に持つ。
「オレたち一派としちゃあ、ガトーを見て置く方が、都合がいい」
「分かっているのか? それは、波の国の民を犠牲にするということだ」
「オレたちの意志は意味がない。上の者の指示通り動く。それが霧隠れの忍だ」
「木ノ葉とは違うな。多くの人を犠牲にするなんてことは……忍のやることじゃあないんだよ」
「甘い木ノ葉と一緒にするな。例え、クズだと呼ばれようがオレたちには使命がある。過去を忘れないために、生き続けるという使命が」
「……相容れないな」
逡巡。
カカシはゾウリの言うことを理解した。過去、何か大切なものを喪失したのだと。自分と同じ経験をしたのだと。
だが、ゾウリたちがしていることは、この国の未来を奪う行為。それをカカシは認められなかった。だからこそ、彼は戦う。
「悪いが、一瞬で終わらせて貰う!」
額当てへと手を掛けたカカシに反応した
「ワラジ! 作戦通りいくぞ!」
「ああ!」
二人は横に並ぶ。
──目を閉じただと?
「恨むんなら、テメェの勇名を恨め」
「アンタが“写輪眼”のカカシだと知った時からアンタの対策はしっかりしている」
ワラジとゾウリの得意そうな声が橋の上に響く。確かに、カカシが持つ写輪眼対策に目を閉じるということは正しい。視線を合わせただけで、意識を失わせる幻術を掛けることができる写輪眼相手には視線を合わせずに戦うのが大前提だ。
だが、人の感覚器官で最もウェイトの重い目を閉じたらカカシの攻撃を感知することはできない。そう、通常ならば。
カカシの視界には、目を閉じたワラジとゾウリの体の周りに色がついているのがしっかりと映っていた。
通常、視覚化できないチャクラを色で見分ける写輪眼が見抜く、彼らの戦略は自分たちの周りにチャクラを張り、それに触れたものを感知するというもの。
──すまない。ナルト、サスケ。一瞬じゃ終わらなそうだ。
言葉にはしなかったが、この時、初めてカカシはゾウリとワラジの力を理解したのだった。
+++
「水遁 水牙弾」
再不斬は忍術を発動させた。
ナルトは腕を広げ、体を回転させる。水のドリルが足元の水面からナルトの体を六方向から襲うが、その全てを回転させたナルトの拳に打ち払われた。
──どこに?
再不斬から目を離した一瞬で、再不斬の姿はナルトの前から消えていた。足を小刻みに動かして、その場に留まりながらナルトは周りを観察する。前はもちろん、左右、背後、どこにも再不斬の姿はない。
と、ピクリとナルトの感覚が殺気を捉えた。
「上!」
影がナルトの顔に差す。首切り包丁の切先を下、つまり、ナルトに向けて再不斬は上から彼を切り裂こうと落下してくる。首切り包丁を華麗に躱した後に右腕を天へと、つまり、再不斬へと向かって突き上げると、ナルトの拳に柔らかい感触が伝わった。
──違う。
手応えがないことに気づいたナルトの顔に水がかかる。拳で打ち抜いた再不斬の体が液体に戻った結果、ナルトの体を濡らしたのだ。
──そこか。
ナルトの勘が告げていた。再不斬は橋の上にいると。
一度、水面から両足を離したナルトは、上げた足を今度は思いっ切り水面へと叩き付ける。伝わる衝撃で固まった水を足場としたナルトは一足飛びに橋の上まで跳び上がる。
ナルトの考え通り、再不斬は橋の上でナルトを待っていた。橋の両端で向かい合う再不斬とナルトだったが、それは刹那の間だけ。再不斬は水分身でナルトを牽制していた内に全ての準備を終わらせていた。
再不斬のチャクラが膨れ上がる。
「水遁 水神鬼刃」
印を組み終わった再不斬は肩に首切り包丁を担ぐようにして構える。すると、橋の下の海が津波の如く盛り上がり、一斉に首切り包丁へと集まっていく。首切り包丁を核とした大量の水はチャクラにより形を設定され、長く、太く、強く、その姿を構築していく。
「嘘じゃろ……」
タズナは、その強大な再不斬の武器に思わず声を溢した。
再不斬が担ぐのは、自分たち橋職人が何日も、何ヵ月も、何年も掛けて作り上げてきた橋と同等の大きさの水の刃。全長100mの武器を担いだ再不斬はナルトに視線を注ぐ。
「逃げんじゃねェぞ……」
口元に巻いた包帯の内で、再不斬の唇が歪む。
──橋ごと斬るつもりか!
カカシの目が大きく開かれる。ナルトが避けたら橋が斬られる。積み上げてきたものが一瞬で壊されるとなれば、建設に携わる者たちの士気が落ちるのは必然。完成まで時間が掛かれば、その分、ガトーの毒牙にかかる者が増えてしまう。
そして、それを防ぐことができるカカシの前に立ち塞がるは二人の霧隠れの忍。侍の技を身に着け、ナルトに倒された時とは違い、油断を捨てた彼らは一筋縄ではいかない。とはいえ、打ち破る以外には方法はない。
間に合えと願いながら、カカシはゾウリとワラジに向かって駆けるのだった。
カカシの前方、約20m。その位置で再不斬と向き合うナルトの表情は無だった。再不斬の術を見、そして、再不斬の発言を聞いてもナルトの顔は変わらない。
希望を断たんとする絶望。水の大鉾を睨みつけたナルトは拳を握り、腰を低く落とす。
「己はこの国を背負っている。……逃げる気など毛頭ない!」
ナルトは右手に力を籠める。全身に漲る力をただ一点、自身の右の拳に集中。歯を噛み締める。目を見開く。そして、ナルトは笑う。
絶望に負けないように、心を昂らせ、血潮を熱く燃え上がらせ、彼は波の国の希望を背負い、拳を握り締める。
「終わりだ! うずまきナルトォ!」
思わず、再不斬はナルトの名前を叫んでいた。それは、ナルトを“敵”と認め、自らの最高の術で葬り去るという決意。
再不斬は橋ほどに巨大な水の刃をナルトに振り下ろした。
「ラァアアアァア!」
「オォオオオ!」
力と力がぶつかり合った。
結果を言おう。
橋は守られた。ナルトの拳が水の刃を叩き折ることに成功したのだ。そして、チャクラで固められた水は橋の床に到達する前に液体に戻り、橋を濡らすに留まった。
だが、ナルトの筋肉と言えども、限界がある。自らを追い込んだ過酷過ぎる修行、そして、再不斬と白がナルトのために練った戦略。ナルトの筋肉に蓄積された疲労がここになって彼を蝕む。彼らがナルトを倒すために分析し、立てた対策がナルトの強みを消す。
いや、例え、疲労がなかったとしても、彼らが対策を打たなかったとしても、結果は変わらなかったかもしれない。それほどに、再不斬の忍としての実力とナルトの全てを懸けた実力は距離があった。
橋の上から水が排水溝に流れていく。排水溝に流れる海水の色は常とは違う。
水の次に、橋には血が流れていた。
右拳、右腕から左胸、そして、左腰に到るまでの裂傷。肺にまで到達したのだろう。口からは大量に血が流れている。
「終わったな……白」
「はい」
シャンと軽い音がして、氷の鏡が全て割れて天へと還るように消えていく。再不斬の近くへと近づいた白は彼らを油断なく見つめるカカシと対峙した。
所々、体から青い雷光を散らしながら橋の上に倒れているゾウリとワラジの間を通り抜け、自分たちの方へ歩いて来るカカシを見ながら再不斬は白へと指示を下す。
「白、二人でやるぞ」
「分かりました」
カカシは唇を噛み締める。
「ナルト……。サスケ……」
血に染まるナルト。まだ、生きているが猶予は然程ないほどの重傷。
地面に倒れるサスケ。体に千本がいくつも刺さっており、更に二本の千本が首を貫いている。サスケの心肺機能は完全に停止していた。動かないサスケの体を、体が動かせないナルトの目が捉えた。
「オオオォオ……」
哭く声がする。
「クッ!?」
「!?」
再不斬と白は幻視する。自分たちを巨大な手で叩き潰す三面六臂の狐の顔をした阿修羅像を。
瞬きをし、死のイメージを飛ばす。
だが、イメージが齎した影響までは飛ばない。
──手が震えている……?
このオレが、鬼と呼ばれたこのオレが恐怖したというのか?
「許せぬ」
「ッ!?」
再不斬が振り返る前に、阿修羅の如き声が彼の動きを止めた。
怒りが立ち昇るかの如く、赤いチャクラが火山のように噴出する。
「再不斬さん、逃げてください! ボクが時間を稼ぎます!」
白の声で動きを取り戻した再不斬は振り向き、倒したハズの怨敵の強大な姿を正面から見つめる。
再不斬は何も言わず白の肩を掴み、その胸に抱き寄せた。
「こいつはオレの戦いだ。テメェは口を出すな」
「再不斬さん……」
──持てよ、オレの体。
「水遁 水神鬼刃!」
再不斬は自らの最高の術で立ち上がったナルトを再び沈めるべく、体中のチャクラをかき集めて術を発動させる。
が、再不斬の体も既に限界だった。膝から崩れ落ちそうになった再不斬の体を白い手が支えた。
「ボクはアナタの道具です」
「……勝手にしろ」
──今度こそ。
断ち切る意志を水の刃に載せ、二人は断刀を振るう。
ここで終わるハズがないと、自分たちの未来を信じて。