NARUTO筋肉伝   作:クロム・ウェルハーツ

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“忍”の道へ
プライオメトリックス


 火の国、木ノ葉隠れの里。

 忍界でも随一の規模を誇る大国の隠れ里だ。

 

 木ノ葉は第三次忍界大戦の勝者となり、栄華を極めた。だが、繁栄はそれほど長く続かなかった。

 今より12年前、平和な里を脅かす事件が起きたのだ。

 

 九尾来襲。

 尾獣と呼ばれる膨大なチャクラでその身を形作られた巨獣。その内の一体である九尾が突如、木ノ葉隠れの里に現れた。木ノ葉は総力を結集して、この災厄に立ち向かい、そして、九尾を封印することに成功。里は10月10日の長い夜から抜け出すことができたのだった。

 だが、封印に成功したとはいえ、九尾が残した爪痕は甚大だった。時の里長、四代目火影夫妻は殉職。その日にこの世に生まれ落ちた一人息子、うずまきナルトを残して帰らぬ人となった。

 

 四代目火影夫妻の願い通り、夫妻の息子は成長した。いや、願い通りといっていいものか疑問が生じるが。とはいえ、成長したことは間違いない。

 

 九尾来襲から月日は流れ、早12年。あの頃は生まれたばかりの赤子であったナルトも、もう忍者学校(アカデミー)を卒業する年齢だ。

 だが、ナルトにはある悩みがあった。

 

 難しい顔をして街中を歩くナルトの姿を見て、立ち並ぶ八百屋、魚屋、肉屋などの店主たちは緊張した面持ちで直立不動の構えとなる。いや、店の者だけではない。それは町人たちも同じだ。ピンと背筋の伸ばした町人たちの姿は巣穴から捕食者を確認する小動物の如し。

 だが、自分を取り巻く状況を意に介していないのか、将又、単純に気が付いていないのか、うずまきナルトは真剣な面持ちのまま歩みを進めて、商店街を通り過ぎた。

 

 例のあの方が歩く度にズズンという擬音、それと男の声での囃子と太鼓の音がどこからか聞こえて圧倒された。

 

 うずまきナルトが通り過ぎた商店街にいた一人の50代男性はそう語った。

 

 身長196cm、体重115kgの筋骨隆々とした体と威風堂々とした佇まい。齢12の少年の風格ではない。しかしながら、外見はどうあれ、ナルト少年の心の内は忍者学校に通う他の生徒と変わらない。

 

 明日の卒業試験、もちろん、全力を尽くすが落第した場合はどのような身の振り方をするべきか……。

 

 ナルト少年は大きく溜息をつく。それを見た商店街にいた女性がビクッと肩を震わせたがナルトは自身の悩みで、それに気づくことはできなかった。常ならば、彼は『お嬢さん、気分が優れないのでは?』と声を掛けるのが心優しいナルトの行動だ。そして、ナルトの予期した状況とかけ離れた状況、声を掛けられた女性の顔から血の気が失われるという結果になるのではあるが。

 

 通常よりも視野が狭まっている彼は地面を見ながら商店街の正道を行く。

 根深い悩みの種は彼の表情に暗い影を落とすのであった。

 

 +++

 

「で……卒業試験は分身の術にする。呼ばれた者は一人ずつ、隣の教室にくるように」

 

 忍者学校の教師、うみのイルカは黒板の前に立ち生徒たちに試験の内容について説明していた。公明正大な教師として生徒の父兄からも信頼の篤いイルカに試験官の話が回ってきたのは不思議な話ではない。

 試験に挑む自らの生徒たちに試験内容の説明後に彼らを鼓舞し、いつも以上のパフォーマンスを引き出そうと無意識の内に行うイルカは正しく教師であった。教室内をぐるりと見渡したイルカの目が一人の生徒に止まる。

 

 がんばれよ、ナルト。

 

 ナルトの頑張りを人一倍知っているイルカは態度には出さないものの目線だけをナルトに送った。それはナルトの父兄のような感覚だろう。だが、イルカはナルトを応援している人間であると同時に、この試験の試験官でもある。

 ナルトの頑張りを一番知るイルカであるからこそ、試験の合格基準を緩めるのは彼の努力に対する無礼な行為であると考えている。

 

「次! うずまきナルト!」

 

 イルカの声からややあって、試験会場となる教室のドアが開かれた。ドアから入ってきたのはナルトだ。

 イルカの隣に座る同僚の教師であるミズキが喉を鳴らす音が妙に静かな教室に響いた。

 

 足音を立てずに、彼ら試験官の前へと進むナルトの所作は忍として完成していた。それこそ、これまでの試験で二度も落ちていることを感じさせない堂々たる雰囲気だ。

 

 今度こそ、ナルトは合格するかもしれない。

 知らず知らずの内に、イルカは身を乗り出していた。

 イルカの期待する眼差しを受けたナルトはすばやく印を切る。

 

「分身の術!」

 

 何も出ない。煙すら上がらない。

 その様子を見たイルカは一度、目を閉じた後、宣言した。

 

「失格!」

「イルカ先生」

 

 にべもなく言い切ったイルカを宥める声がする。ミズキだ。

 

「……彼はもう三度目ですし、一応、分身はできてます。ボクの目には一瞬ですが、分身の姿が見えましたからね、ええ。ですので、合格にしてあげても……いや、彼が怖いからじゃないですよ。仏の顔も三度までって言葉は信じてませんからね」

 

 急に早口になるミズキ。彼を訝し気な顔で見つめたイルカだったが、すぐに切り替えて首を横に振る。

 

「ミズキ先生が何と言おうとダメです! 皆、三人には分身している。しかし、ナルトの場合はたった一人……しかも、ミズキ先生がおっしゃることを信じても一瞬だけの分身。合格とは認められない」

「ですが……」

「ミズキ先生」

 

 低く、そして、重い声が教室の中に木霊した。

 

「無念ではあるが、この結果は己の精進が足りなかった故。それを己は真摯に受け止める。だが、お気遣いには感謝する」

「そ、そうかい? なら、ボクからは何も言えないね」

 

 ナルトに話し掛けられたことで引き攣った表情を瞬時に笑顔に戻す。自らの心の内を隠すこと。これが忍の極意である。

 ナルトは試験官である二人に一礼した後、退室した。

 

 イルカはナルトを辛そうに見送る。子弟のように思っていたナルトに自ら引導を渡さざるを得なかった。イルカの無念はいかほどであろうか。ナルトのことを想っていた故に、イルカは気づくことができなかった。

 ミズキは眉間を指で揉み解しながらも鋭い目つきでナルトの後ろ姿を見ていたことを。

 

 +++

 

「ナルトくん……殿。トレーニング中にすまない」

 

 敬称をなんとつけたら良いのだろうか? その逡巡が普段使うことのない“殿(どの)”として出てしまった。ミズキは僅かに頬を染める。

 ミズキに声を掛けられたナルトは立ち上がり、声がした方向、つまり、後ろへと体を向ける。

 ミズキに突然、話し掛けられたことで、それまでしていた腕立て伏せの回数が頭から飛んでしまったが、また初めから数えればいいだろうとナルトは結論付けて口を開く。

 

「己に殿などとつけなくても結構。いかがされた、ミズキ先生?」

「少しいいかな? 話したいことがあるんだ」

「無論」

 

 ミズキとは違い、ナルトは逡巡なく頷く。

 

 ──これなら、上手く事を進めることができそうだ。

 

 ナルトの様子を見て、ミズキはほくそ笑む。

 

 ミズキが案内した場所は、とある建物のバルコニーだ。一見、建築ミスと思われる構造、廊下の先には柵もなく危険な場所ではあるものの、そこは忍が多く住まう木ノ葉隠れの里。もっぱら、家の屋根を飛び移って移動することも多い忍にとって、柵がないバルコニーは家から高速道路へ直通している道路のようなものだ。

 とはいえ、ここが混むことはほとんどない。朝や夕方ならまだしも、今の時刻は昼過ぎ。出勤や退勤の時間とはズレている。

 

 つまり、今、ミズキとナルトがいる場所は誰も来ることのない場所だ。

 

「イルカ先生、真面目な人だから……小さい頃に両親が死んで、何でも一人でがんばってきた人だからね……ナルトくん。君はどう思う?」

「む?」

「君は自分がイルカ先生に似ていると思うかい? ボクは少なくとも、イルカ先生は自分のことを君に重ねていると思うんだ」

 

 ミズキは隣に座るナルトの顔を見上げる。

 

「だから、君には本当の意味で強くなって欲しいと思ってるんだよ、きっと」

「しかし、己はイルカ先生の気持ちに(こた)えることができなかった。生徒、失格だな」

「そんなことはない。今からでも遅くはないよ」

「む? だが、卒業試験は終わってしまったであろう?」

「……君にだけとっておきの秘密を教えよう」

「秘密?」

「ああ」

 

 ミズキの表情が変わる。どこか爬虫類を思わせる顔だ。

 

「分身の術ができないというだけで忍者を諦めることなんてない。忍者にとって必要なのは“力”だ。だから、皆に分かるように君の力を示せばいい。……火影様が保管している“封印の書”と呼ばれる巻物がある。これを火影様の手から取ってしまえば、忍者としての才能を認めて貰えることは間違いないよ」

「それは……己に三代目火影から、その封印の書を盗めと言っているのか?」

 

 ナルトから強烈な殺気がミズキに向かって放たれる。正義と力と筋肉に重きを置くナルトには窃盗など認められるハズはなかった。

 

「……まあ、いい。準備は整った」

 

 ナルトの目線から隠れて印を組んでいたミズキ。流石、上忍に最も近い実力を持つ中忍と言うべきか。忍者学校も卒業することができないナルトとは忍の技術は雲泥の差だ。

 

 ナルトの目がトロンとした、多分。ナルトの表情、読みにくいけど幻術に掛けた時の感覚があるし、目じりが1mmほど下がっている気がする。

 

「ナルト、お前は三代目火影から封印の書を盗み出せ。命令だ」

 

 兎に角、命令を下さないことには対象を操る催眠効果がある幻術が掛かっているかどうかは確かめられない。ミズキが命令を下したところ、ナルトは静かに頷き、その場から姿を消すのであった。

 ナルトの後姿を見送ったミズキは冷や汗を垂らす。

 

 ただ走っただけでオレの瞬身の術の最高速度よりも速い。なにあれ、意味分かんない。

 

 ミズキの頬を風が撫ぜる。そこで彼は気づいた。なぜか、自らの頬が涙に濡れていたことに。その理由がナルトの筋肉への嫉妬か、ナルトの筋肉への恐怖か答えを得ないミズキだった。

 

 +++

 

 ミズキがナルトに幻術を掛けた、その日の夜、ナルトは火影邸へと忍び込んでいた。静かに廊下を渡り、目的の部屋へと進むナルト。

 

「夜中にわしの家で何をやっとるのじゃ、お前は?」

 

 突如、彼へ声が掛けられた。

 69歳という高齢ながら火影の座にいることが許されている三代目火影である猿飛ヒルゼンは音もなくナルトの後ろへと姿を現す。

 前線から退いて長いと言えども、“忍の神”と呼ばれ畏れられた実力は今も健在であると言えるだろう。

 ナルトの姿を認めたヒルゼンは溜息をつく。

 

 ──ナルトのイタズラはなくなったと思っておったが、悪い癖がぶり返したか。

 

 ナルトを幼い頃から知っており、最近は心身共に成長していたことを実感していただけにヒルゼンの失望は大きかった。

 だからこそ、ナルトの行動に十分に注意を払うことができなかったのだろう。

 

 ヒルゼンの存在を自らの後ろに確認したナルトは自らの襟に手を掛ける。

 

 強者は常に弱点を持つもの。

 そして、ヒルゼンの弱点は“女性”だ。戦乱の時代を生き抜き、やがて、火影として里を守るようになったヒルゼンには遊ぶ余裕などは、ほぼなかった。それ故、ヒルゼンは女性への免疫が極端にない。目の前に裸の女性が突然現れたと仮定した場合、彼は困惑よりも先に興奮し、鼻血を噴き出す結果となるだろう。

 

 そして、それは逆も然り。

 

筋肉披露(おいろけ)の術!」

 

 ナルトの声が火影邸の廊下に響く。

 

 筋肉披露の術。術とナルトは言うが、その実、忍術や幻術に必須とされる身体エネルギーと精神エネルギーを混合させたチャクラは一切使わない。

 つまり、これは肉体の力のみを使う体術だ。

 

 ナルトが意識したのは自らの筋肉。されども、ナルトは無意識の内に血流まで操作していた。血液が筋肉へと送り込まれ肥大(バンプ・アップ)する。

 パサリという音と共にナルトの服が床へと落とされる。ヒルゼンの目が大きく開かれた。

 

 裸体というものに並々ならぬ拘りを持つヒルゼンは、こう考えている。裸体はボンキュッボンのナイスバディな女の子に限る、と。だからこそ、目の前に突然現れた黒光りするナルトの筋肉、更にポージング付きなどは認められるわけがなかった。

 

「うぇろろろ!」

 

 膝を付き、胃の内容物を戻すヒルゼン。嘔吐く彼をチラと見ることもせずにナルトは封印の書が保管されている部屋へと入り込み、封印の書を手に入れた。

 そして、床に置いた服を回収して悠々とヒルゼンの横を通り過ぎるのであった。

 

 +++

 

 それからの木ノ葉の里はハチの巣をつついたような騒ぎだった。危険な術の詳細が記された巻物。それが12年前、里に甚大な被害を与えた九尾の妖狐の手にある。里の者の恐怖は最高潮に達した。

 12年前ですら、四代目火影の命と引き換えにしなければ九尾は封印できなかったのだ。そして、今回は強力な禁術の詳細が記された巻物まで九尾の手中だ。ならば、九尾が何か里へ危害を加える前に無力化、殺さなくてはならない。

 残酷な方向へ思考が飛躍するのは仕方のないことだった。

 

 ナルトを探して里を駆け回る多くの忍たち。

 その中にイルカの姿もあった。

 

 ──なんでだ、ナルト?

 

 +++

 

 木々を飛び回るイルカの目の端に黄の色が映った。イルカは慌ててチャクラを足裏に集めて木の枝に吸着する。チャクラの性質の一つとして物体に吸着するというものがある。壁登りの際などに使われる技術ではあるが、急ブレーキを掛ける時にも有効な技術だ。

 

 木の枝の上から目を凝らすと、それは確かに自分が探し求めていた人物、ナルトの姿であった。

 イルカは瞬身の術で一瞬にしてナルトの前に姿を現す。

 

「見つけたぞ、コラ! ……ナルト?」

 

 虚ろなナルトの視線に気が付いたイルカはナルトに駆け寄る。今のナルトの様子に心当たりがあったイルカは印を組み、ナルトへチャクラを流し込む。

 

「開!」

 

 虚ろだったナルトの視線が定まる。

 

「……イルカ先生」

「ナルト! 何があった? 誰に幻術を掛けられた?」

 

 イルカは矢継ぎ早にナルトへ質問する。嫌な胸騒ぎがしていた。三代目火影が説明していた“ナルトのイタズラ”などでは決してないことを直感で感じていたイルカはナルトの肩へと手を伸ばし、ナルトの顔を見上げる。

 

「ミズキ先生だ。彼は“封印の書”というものを狙っている。気が付いたら幻術に掛けられていた。すまない、己の技量不足だ。幻術返しができなかった」

「ミズキが? しかし、なぜ……ッ!?」

 

 危険を察知したイルカはナルトを突き飛ばした。と、イルカの体にクナイや手裏剣が深く刺さる。

 

「よく、ここが分かったな」

 

 下手人が木の上に姿を現した。ナルトとイルカを見下ろすのはミズキだ。

 

「ミズキ!」

「ナルト、巻物は奴に渡すな! お前が持っている巻物には禁じ手の忍術が記されている。ミズキはそれを手に入れるためにお前を利用したんだ!」

 

 厄介なことになったとミズキは目を細める。本来なら、幻術を掛けたままナルトを殺した後に巻物を奪って、内通していた雲隠れの忍と合流し、木ノ葉を抜けるつもりだったというのに。イルカのせいで計画が狂った。

 

 苦々し気にイルカを睨むミズキだったが、イルカの隣に駆け付けた黄色を視界に入れて唇を歪める。

 デカい図体をしていても、まだ子ども。ならば、簡単に精神を揺さぶれる。

 

「ナルト……その巻物はお前が持っていても意味がないのだ! 本当のことを教えてやるよ!」

「バッ! バカ、よせ!」

「12年前……バケ狐を封印した事件は知っているな?」

 

 イルカの制止も虚しく、ミズキは底意地の悪い笑みを浮かべてナルトに隠されてきた真実を(つまび)らかにする。

 

「あの事件以来……里では徹底した()()()が作られた」

「掟……だと?」

「ああ。ナルト、お前にだけは、決して知らされることのない掟だ」

「どういうことだ?」

 

 クククククッ。

 ミズキの笑い声だけが静かな森に響く。

 

「ナルトの正体がバケ狐だと口にしない掟だ」

「やめろ!」

「黙ってろ、イルカ。黙っていたら、お前は後で殺してやるからよ」

 

 イルカの叫びはミズキには届かない。そして、ミズキの攻撃からナルトを庇ったために、体中の至る所にクナイや手裏剣が刺さった今のイルカでは実力行使でミズキの口を封じることもできない。

 常より饒舌に、そして、冷たくなったミズキはナルトを追い詰める。

 

「つまり、お前が──イルカの両親を殺し──里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよ!」

 

 獲物を追い詰めるミズキの顔は醜悪に歪んでいた。

 

「お前は四代目火影に封印された挙句……」

「やめろー!!」

「里の皆にずっと騙されていたんだよ! おかしいと思わなかったか? あんなに毛嫌いされて!」

 

 ミズキは巨大な手裏剣を振りかぶる。

 

「イルカも本当はな! お前が憎いんだよ! お前なんか誰も認めやしない! その巻物はお前を封印するためのものなんだよ!」

「そうか、理解した」

「……は?」

 

 ミズキの動きが止まる。

 

「己が里の者から疎まれていた理由を理解したと言ったのだ。里の者が己を恨むことは仕方のないこと」

 

 唇を震わせたイルカは振り絞るようにナルトに尋ねる。

 

「ナルト……お前は、寂しくなかったのか? 辛くなかったのか?」

「無論!」

 

 ナルトは大きな声を上げる。だが、それはイルカを威圧するものではなかった。イルカを鼓舞する勇気に溢れた声だった。

 

「寂しくも感じた。辛くも感じた。だが、それは己が原因だったという話だ。ならば、己はそれを受け入れよう」

「違うぞ、ナルト。お前は九尾じゃない。お前はオレの生徒だ! 努力家で一途で、そのくせ不器用で誰からも認めて貰えなくて。でも、お前は変わった! バケ狐なんかじゃない。お前は……お前は木ノ葉のうずまきナルトだ!」

「……」

 

 驚いた表情を浮かべるナルトを見てミズキは心底下らないとイルカの言葉を一蹴するかの如く言葉を吐き捨てた。

 

「ケッ! めでてーヤローだな。……イルカ、お前を後にするっつったが止めだ」

 

 ミズキの目が怪しく月を反射する。

 

「さっさと死ね!」

 

 再度、振るわれるはミズキの腕、そして、彼が握る風魔手裏剣だ。今度は狙いを違わず真っ直ぐに進んでいた。自分へと向かう黒い手裏剣の軌跡。思わずイルカは目を閉じる。

 

「……へ?」

「己の筋肉は力を籠めれば刃をも通すことはない」

 

 呆けたミズキの声を聞いたイルカはおずおずと目を開けた。と同時に限界まで目を開く。

 自らに向かって飛んできていた手裏剣は地面に落ちていた。しかも、バラバラになって、だ。

 あまりにも有り得ない光景。それをしっかりと見ていたミズキが大声を上げる。

 

「何を……何をしたァアアア! バケ狐ッ!」

「何。己の拳で以って貴殿の手裏剣を打ち砕いただけのこと」

 

 ナルトは腰に抱えていた巻物を直立させるように地面に置いた。少し巻物を開いて、それに目を通したナルトは十字の印を切る。

 

「試させて貰うぞ、ミズキ。……ハッ!」

 

 一拍、置いたナルトは掛け声と共に左右交互に体を素早く移動させる。

 左右に反復横跳びの動きをするナルトはミズキから目を離さずに重みのある声で語った。

 

「ミズキよ。貴殿には己が引導を渡そう」

 

 ナルトは何度もサイドステップを繰り返す。

 

「そうか、これが封印の書にあった術か! まさか、儀式が必要な術とはな。だが、ナルト。忍術の才能がないお前に禁術が使える訳がない。ハッタリは止めろ!」

 

 ナルトはミズキの言葉を無視して、というより、ナルトの耳は自らの筋肉との対話により周りの音を拾っていなかった。己がやるべきことに極限まで集中した状態だ。

 

 筋肉のッ! 稼働域をッ! 小さくッ!

 そしてッ! 接地時間をッ! 小さくッ!

 

 大殿筋! 大腿四頭筋! 下腿三頭筋!

 伸張反射を意識して、全身を撥条(バネ)とし、跳ね回るッ!

 

 ミズキは目の前の光景が信じられなかった。自らの目に映るナルトの体が段々とブレていく。ブレは一秒毎に大きくなり、やがて、そのブレすらもなくなっていった。

 

「多重影分身の術」

「これが……多重影分身の術?」

 

 自らの周りを取り囲む千ものナルトの姿。術の名をミズキは口にするが、彼の言葉の最後には疑問符が浮かんでいた。

 

 ──しまった! 冷静になれ!

 

 ミズキは一瞬ではあるが呆けてしまった自分を叱咤する。敵前で気をそぞろにするなど愚の骨頂。冷静に周りを確認して、突破するための策を……策を……策を……。

 ミズキの目に映るは自らを取り囲む千ほどのナルトの姿。これが、年相応の少年の姿であれば、どれほど楽だったであろうか。ミズキの目から光が失われる。

 そう、ミズキを取り囲むナルトたちは自分よりも大きく筋骨隆々とした漢であったのだ。

 

 ──あかん、死んだわ、これ。

 

「うぎゃあああああ!」

 

 その思考と悲鳴を最後にミズキの意識は落ちた。

 後に、牢獄の中から彼は語ったと言う。

『オレは今まで生きてきて、あの瞬間ほど筋肉に恐怖を覚えたことはない』と。

 

 +++

 

「む! やり過ぎてしまったか」

 

 影分身の術とナルトが称した体術を止めたナルトの姿は一つに戻っていた。ナルトは地面に転がっているミズキを見下ろして唸る。ボロ雑巾、いや、ボロ雑巾の方がまだ綺麗だろう。明らかにミズキを殴り過ぎてしまったことを後悔しているナルトにイルカが声を掛けた。

 

「ナルト。ちょっと、こっち来い。お前に渡したいもんがある」

「だが、ミズキはどうすればいい?」

「放っとけ。しばらく目を覚ますことはないだろうし、見たところ……二目と見られない姿になってるけど命に別状はない」

「そうか。イルカ先生がそう言うのなら、そうなのだろうな」

 

 木を支えにしてイルカはゆっくりと立ち上がる。自分より高いナルトの顔を見上げてイルカは笑顔を浮かべた。

 

「少し屈んで目を瞑ってくれ」

「承知」

 

 イルカの言う通りにしたナルト。

 

「よし! もう目を開けていいぞ」

 

 ゆっくりとナルトは目を開ける。ナルトの前には笑顔のイルカがいた。

 

「卒業……おめでとう」

 

 そして、笑顔のイルカの前には一人前の忍の証である木ノ葉の額当てをした一人の立派な忍者がいた。

 

「今日は卒業祝いにラーメンを奢ってやる!」

「ゴールデンデイでしか己はラーメンを食べることができない。今日は遠慮させて貰う」

「え?」

「うむ。好きなものを食べたいだけ食べることができる日、ゴールデンデイを毎週土曜日に己は設定している。その日以外は筋肉のためにラーメンは食べることができない。提案は嬉しいのだが、土曜日にして頂いてもいいだろうか?」

「あ、うん。お前、普段、何を食べてんの?」

「低カロリー高タンパクで筋肉に良い食事を心がけている。ささみなどだな。あとサプリメントが主食だ」

「野菜は!?」

「もちろん、スムージーで摂っている。ビタミンも筋肉には必要なのでな」

 

 イルカは決意する。

 今度、普通の食事、お煮つけとか作ってナルトに差し入れとして持って行ってあげようと。

 

 最高を追い求める人間の道は時として理解されないものであるのだ。

 


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