1984年、学園艦の旅   作:OTK

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今回も短めです

まともに考えれば学園艦の制度って相当イかれてますよね(事実確認



スクール・シップ・ホッパー:その3

後方へと流れ消える陸地(ふね)を横目に向かうのは遥か1500キロ離れた亜熱帯。

昼も近く朝五つ、これから過ごす6時間、延々と過ごす時間は以前乗った夜行電車を思い出す。

 

1年前の4月下旬、旅情に突き動かされてたどり着いた上野駅の混沌は、教科書(かつて)の金の卵とオーバーラップしているようにも見える。

サクセスストーリーを目指す若者の犇めくホームの反対側に停車している下りの夜行列車(あけぼの)に乗って一路北へ、東京は花は舞い散り、新緑が春の息吹を誘うような陽気である。

ここから一路桜前線を北上し、満開の中に移ろいを感じる。そんな趣旨の旅だった。

2段ベッドの窓から見える景色はタイムマシンのようで、朝靄の中で咲く村落の桜はぼんやりとして、しっとりとした落ち着いた印象を受ける。

列車の所用時間は14時間半、長い旅路の中にあっても、疲れというものは暗闇の中へ、景色のなかへと消えていった。

 

遠ざかる駅はいつの間にか遥か彼方へ。

次の駅迄は旅情と言う奴を羽の上に広がる青い青い葉桜とあの日見た、白よりも白い花弁を、この雲に重ねて、重力に捕まらない自由な時間として過ごしたい。

遠ざかる平野を横目に飛行機は、上昇を続ける。眼下に望む富士山は、大自然の強大さや人間の小ささを教えるだけでなく、決して並ぶことのない高さは孤独をも意識させる。

旅情に突き動かされる旅路は、たとえ友人とであってもその捉え方は一つとして同じものはない。

横に座る彼女は今何を思うのだろうか、知る気もないし言う気もさらさら無い。

ただ一つ分かると言えば、今この瞬間、旅という時間が頗る楽しいということだけだ。

上空の透き通った空気の下に浮かぶ雲、反射する太陽の眩しさは、夏という季節を否応なく突きつける。

 

活力溢れるこの季節ほど生き生きとしていて見る者を飽きさせない季節は無いだろう。

無論、自らがこの暑さを体験するとなれば話は別だが、

しかし、海沿いの街並みに突き出す山地は夏を謳歌する青さがある。

海の包みこむ青と、深く遠い青の空の狭間に活力漲る青、この狭間を突き抜ける銀翼はまさに夏一色である。

 

ゆっくりと後方に過ぎる景色を眺めるとふわふわと雑念が浮かんでくる。

学生時代の思い出から、旅の思い出。次の学園艦(ふね)の所在まで…

浮かんでは消える雑念の中で時間はゆっくりと流れていった。

深い海に浮かぶ学園艦は、潮風と共に流れたであろう青春、遥か学生時代の夏のひと時を思い出す。

日差しと景色、音楽が程よくマッチして、私の身体から行動力を奪っていく

サーブされた紅茶を飲み終えてからしばらくした頃、私は雑誌を読むのをやめ、延々と続く空の中でいつしか私は眠りに着いた。

 

時計は無言でまわるけれど、面影(思い出)ばかりは消せない

学園艦(まち)がくれた粋な計らいだろう

 

 

1時間程が過ぎたであろうか、アナウンスと共に目覚めたとき、カセットは巻き戻しの音を立て、何周目かの曲を刻み始めていた。アナウンスによると、飛行機は10分ほどで四国は高知、の洋上に位置する元親学園附属空港に着艦するらしい。

ヘッドホン越しではあるが、タイヤの下がる音が聞こえた頃、私はふと…近頃の旅行の気軽さというヤツを実感してしまう。

この旅はあくまで旅であって旅行ではないと私達一行は言い張っているのであるが、旅だとしても此処数十年で随分と便利になったものだと感じる。

私がまだ幼稚園だった頃に、母親に連れられて小学校の下見に行った事がある。

近所の学校にした筈だのに寄港中でなかったことから港からフェリーに乗り換えて2、3時間掛けて行ったものだ。

当時の私は親の愛情というヤツを一身に受けて育っていた時期で、父母と離れるという事実に随分とショックを受けたものだった。

しかし、10年以上が経って私という人間もいよいよ学園艦制度の根本である「自立的云々」というヤツが身についたようで、旅を楽しむようになっている。

待ちに待った本土の大学に進学てからも"また遠くに旅に出たい"。そう思う程度に私はこの制度に毒されているのだ。

そして、いざ自分が小学校へと進学した頃になると学園艦を繋ぐ交通もなかなか便利に、具体的には真っ当な旅客機(DC-9)が導入されたこと。

これによって私のホームシックも随分と鳴りを潜めたものだった。

大型の休みは帰省するか両親が来てくれるかで、今思えば随分と親には苦労を掛けてたものである。学園艦との物質的な距離は昔では考えられぬ程に短くなっているのだ。

これを象徴するかのように、かのスパイダースは"エレクトリックおばあちゃん"なる名曲を生み出した。

どしてらべなと言いつつ、気軽に津軽を抜け出せる程度に日本は発展を遂げているのだ。

 

雲間を擦り抜け、照り返る光が雲から水面に変わった一刹那、旅客機はランディングを始めた。

右の窓から見える街並みは正に四国を凝縮したような見た目で、日を浴びて育つみかん畑に空港沿いの銭湯の屋根(温泉擬き)から昇り立つ湯煙はまさに四国だ。

夏の四国といえば香川の水不足であるが、この学校の香川出身者は幸運であろう。海という巨大な水がめが、うどんへの欲求を満たすのだから。

もし、機内食がないのならば空港のうどん屋に駆け込むのだが、今回は土産に麺を買うだけで我慢しよう。

うどんの味は確かに気になるがここは日本、かのアンカレッジよりは日本食への欲求や禁断症状の類は強く感じなかった。




ひと昔前、アンカレッジと言えばバカみたいに高いうどんでしたね。
覚えている方はいるでしょうか?
当時は、あと数時間待てば日本だのに有難がってうどんを買い求める人たちを理解出来ない自分がいましたが、今ではなんだか分かる気がします。

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