幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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ローテーションの関係で霍青娥三連発です。


二周目
二周目・一話目―霍青娥


「あらら、私が一話目ですか・・・

私は霍青娥。どうぞ宜しく。

 

阿求ちゃん、私が実は幻想郷の住人では無いこと、ご存じでした?そう、実は仙界、仙人の創る異空間に居りますの。

そこでは私とそのお仲間、あとは私達に師事する弟子達が日々修行中です。

 

・・・そこで起こった、不気味なお話を一つ。」

 

 

 

 

「・・・さっきも言った通り、仙界では弟子が仙術の修行をしております。

とはいえ、誰がどの位進歩しているか、私はそこまで把握しきれていません。太子様ならともかく、私はあまり弟子の個人に興味はないんですの。だって本来義理も情もありゃしないのですもの。

ただ、以前は一人だけ、気になる者がいました。その子はまだ青年に差し掛かるかどうかという年齢の男の子で、弟子達の中では年少の方でした。なんでも、小さい頃に母親を亡くしたとかで、里を離れ弟子入りしたそうです。

だからでしょうか。事ある毎に私に構ってくるような子でしたわ。仙術のここが分からない、或いはこれが出来るようになったから見てくれ、てな具合に。

何も私じゃなくても、と思ったんですけど、他の人達は男らしさを残していたり、怒ると厳しすぎたり、またオッチョコチョイだったりしたもので、自然と私になついたのでしょう。

私もまあ、悪い癖と言いますか。気まぐれで甘やかしていました。といっても少しだけ皆より長く修行に付き合ったり、内緒でコツを教えてあげる程度でしたが、あの子は馬鹿みたいに喜んでいましたわ。

その内、その子は仙界を創れるまでになりました。今までの贔屓もあって、進歩が速いものです。その時も私の前で成果を見せてきましたわ。私は正直何の感慨も無くて、テキトーに誉めてやりました。本当にいつも通りの中のちょいとした節目、程度に考えていたんです。またあの子は喜んで、この先も同じ事が続く。その時は、そう思っていましたわ。」

 

 

 

 

「間もなくして、その子が居なくなったと噂で聞きました。修行が辛くて逃げ出す者ならたまにいるので、いつもは気にも留めないのですが、その時はふと疑問に思いました。

あの子はつい先日まで、新しい術を修得して喜んでいた筈です。何も言わずに消えてしまうなんて、どうにも違和感が拭えませんでした。

同時に、嫌な予感がしました。・・・それは追々、当たることになりましたわ。

 

・・・その子がいなくなって何日かした夜。私が床に入った後でした。ふと、耳鳴りのような妙な音が聞こえたんです。

 

『・・・?』

 

最初は聞き間違いかと思いました。けど、その音は次第に声になって、大きく響いてきました。

 

『きゃはは、きゃあははあはは』

 

それは笑い声でした。甲高い子供の声。まるで楽しくて仕方ないとでもいう風に、けらけらと大声で笑い続けているのです。いつまでも、いつまでも。

ただ、それはどことなく不気味でした。一見嬉しそうで、だけど笑うことしか出来なくなったような、から笑いだったんです。けど、私はその時一層不気味な事に気づきました。

 

『あの子の・・・』

 

そう、それは高揚して可笑しな声でしたが、確かに消えたあの子のものだったんです。直ぐに灯りをつけて辺りを探しましたが、不思議なことに影も形もありません。念のため他の皆に聞いて回りましたが、誰も何も聞いていないし、見てもいないという事でした。声もいつの間にかやんで、その夜は結局そのまま寝たのです。

 

・・・それから、声は止むどころか夜な夜な続きました。しかも段々調子が崩れて行き、ついには笑いの体さえ成していない、言葉にならない声を相変わらず楽しそうに呟き続けるようになりました。

ここに来て私は、いよいよ嫌な想像を現実に疑わざるを得なくなりました。

 

―仙術の修行をする中で、大事な事が一つあります。

"己の欲を認識する事"です。簡単なように思えますが、人は往々にして体裁などの為、自分の中の欲を無視したり、気づかないままだったりしがちです。それを解放して欲望を受け入れてこそ、良い方にも悪い方にも進歩する為のエネルギーに変える事が出来るのです。

仙界は仙術で創る己の空間、思い描く通りの世界が作れます。しかし、もし己の中に気づかないままの、或いは覆い隠した願望があったとしたら。

・・・それは仙界の中で、予期せぬものとして実体を持って飛び出すでしょう。夢に潜在意識が現れ、時に襲いかかるのと似ています。しかし夢なら目覚めれば終わりですが、仙界はそうは行きません。自分の心を受け入れない限り、永遠に"見たくないもの"に苛まれ、ともすれば一転して溺れてしまうのです。

さては、仙界の中で出られなくなったのではないか。眠れない夜を過ごしながら、そう思いました。

 

ところが、その予想が当たりだったとして、私に何が出来たでしょう。何度も言うように仙界はその人それぞれの空間。招かれるならまだしも、他人が外から踏み込む事など出来ないのです。しかし今のままでは不気味な声にうんざりするばかり。私はひょっこり此方に戻ってきやしないか、と儚い期待を胸に、自分が創った駄々っ広い空間をあてどなく隅から隅まで歩き回ったりしていました。

そうして何日も経った、ある時です。

 

『・・・!?』

 

仙界の隅、丁度私のすね辺りに何かがありました。野球ボール程度の大きさの黒い何か、見つけたのは本当に偶然でした。ヒュウヒュウと微かに風の音がする、真っ暗で奇妙な穴だったんです。

そこから、理屈を色々考えたりはしていなかったと思います。反射的に屈んで、穴に指を突っ込んでいました。進むにつれて指先に感触が伝わってきます。・・・その奥はヌルリと湿って嫌な空気が充満していましたが、私は我慢して腕まで入れました。うまい具合に穴はズブズブと広がってくれて、私は腕を限界まで入れると手探りで辺りを探しました。

すると、つい、と何かに触れる感触がしました。咄嗟に掴むと、柔らかくて温かい、人肌です。誰かいる、そう直感して、力任せにそれを引き抜きました。

始めに汗ばんだ青白い細い手が、そして腕が、つっかえたのを弾みをつけて引き寄せると、穴が深海生物の口のようにグニャリと歪み、毛の生えた何かが出てきました。

それは髪の毛、頭が出てきた所でした。そこからはズルズルと抜け出るばかり、やはり人間でした。

しかし、背中から先を見てギョッとしたのが、何があったのかその子は、布一枚ない全裸だったのです。

その人は穴からすぽんと全身抜け出ると、うつ伏せに力なく倒れてしまいました。私はその姿に面食らって、暫く呆然としていました。

ハッとなって、ひっくり返して顔を確かめました。もしかして、と思って―ええ、予想はつくでしょうね。

消えたあの子だったのです。その子は気を失っていました。今まで何をしていたのか、それを確かめたくて私は慌てて頬を叩きました。そして、ウッスラと目を開けたのです。

 

『あ・・・』

 

その時は少なからず安堵しました。良かった、取り返しのつかなくなる前に戻って来れた、と。まずは記憶が定かか確かめたくて、"私が分かる?"と聞こうとしました。

・・・しかし、答えはイエスでもノーでもありませんでした。その子は焦点の合わない虚ろな目を見開き、口を一杯に開けて、

こう言った、いえ叫んだのです。

 

『ほぅぎゃあ、ほぅぎゃあ・・・』

 

それは、明らかに赤ちゃんの泣き声でした。その子は消える以前もその時も、少なくとも体は少年より育っていた筈です。しかしその子は私の腕の中で、産まれたままの姿で乳を求める子のようにいつまでも泣き続けていました。」

 

 

 

 

「・・・その子の頭は結局直らず、里へと放り出されました。とても修行を続けられる状態ではありませんでしたから。真相を知っているのは私と上の者だけ。他の弟子には未だに逃げ出したのだと言った切りです。

 

あの空間、あの中で何があったのかは結局分からずじまいでした。その仙界自体も無くなって、知る術はありませんわ。

 

・・・いえ、予想はおぼろ気ながら出来るんです。母親を亡くし、私になついていたようなあの子が、どんな欲望を目にして、呑まれたのか、そして何故個人の空間である仙界が、私のそれと繋がっていたのか。

正直、考えたくはありませんわね。普段人が理性で留めているような何かでしょうから。

 

ただ・・・今は距離自体は離れてはいますが、いつか突然私の空間に姿を現すのではないか、と・・・

 

今は、それが気掛かりです。

 

・・・私の話はここまでですわ。ありがとうございました。」


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