幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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一周目・霍青娥END―『鬼畜』

 

・・・とうとう六話目が終わった。七人目はまだ現れない。時計がコチコチと時を刻む中、次第に皆に落ち着きがなくなってきた。

 

足を崩す者、壁に寄り掛かる者、アクビをして船を漕ぎ出す者、中には明らかに私に苛立った視線を送る者までいた。

私とて呼び出された側だし、メンバーはあの方が集めたし、何より遅刻は間違いなく七人目、本人の責任だ。とはいえ私も含めて元々そこまで仲良くもない手前、そんな事言える訳もない。ましてや会話など"か"の字もない。

 

このまま何の進展もない時間を過ごすのは危険だ。私は思い切って切り出した。

 

「あの・・・皆さん、未だに七人目も来ませんし、ここらでお開き・・・としませんか?」

 

正邪さんがうんざりして私の方を睨む。他の人達はもうどうでも良かったようで、伸びをしたり首を鳴らしたり、口には出さないけどいかにも帰りたそうだった。あまりいい気分ではないが、幻想郷の住人が気まぐれなのは今に始まった事ではない。やれやれ、と心の中でだけ呟いて、"では、ありがとうございました。"と頭を下げようとした時。

 

「・・・いいの?貴女が七不思議を聞きたがっていたんじゃない」

 

「っひゃ!?」

 

不意にアリスさんが喋りだした。それも声色からして律儀に起きていたらしい。お気遣いは有り難いが、今はタイミングが不味すぎる。さっきまでの退屈そうだった面々の顔が一気に曇り、視線が一斉に私に注がれる。

 

「・・・い、いえ、流石にこれ以上はご迷惑かと」

 

「・・・そう」

 

愛想笑いしながらの返事にアリスさんは一言頷くと、スッと立って帰り支度を始めた。アッサリしているというか、何というか。

 

「今晩はありがとうございました。お疲れ様です」

 

ともあれ七人目を待たずして、私達は解散となった。七人目が来たら何もないガランとした状況に一人にしてしまうが、来ないものは仕方がない。

全員が居なくなったのを確認して灯りを消し、神社を後にする。

神社まで灯りを無くすと、外に出た瞬間おのずと真っ暗闇が広がる事になる。めいめい適当な挨拶を済ませて帰路につくと、たちまち夜を泳ぐような心細さに襲われた。辛うじて目につくのは大きな鳥居と地面の石畳、そして長い石段。降りきった地面すら穴の底のようで、手すりすら無い中、時々冷たい風が下から吹き上げる。歩くだけで生唾を呑んだのは初めてだ。

 

「・・・ふー・・・」

 

震える足に地面の感触がした時、ドッと肩の力が抜けて息をついた。こんな事にすら難儀する我が身に、安心した拍子に変な笑いが漏れた。

 

その瞬間。

 

「阿求ちゃん」

 

「きゃ!」

 

急に肩を叩かれ、犬みたいに飛び上がってしまった。振り返ると、ニコニコと青娥さんが満面の笑みを浮かべている。

 

「帰りは一人なの?」

 

「え、ええまあ」

 

動揺が口調に浮き出てしまう。驚いたのがバレバレで恥ずかしいが、彼女は全く意に介さないようで笑顔のまま話し出した。

 

「夜道は危ないわよ。ご一緒しましょうか?」

 

「う、・・・良いですよ。お気持ちだけ」

 

有り難い申し出の筈だが、この人はどうも近寄りがたい。その美人顔の裏に何が潜んでいるのかと、嫌が応にも胸騒ぎがする。

もし女に化けた女狐だと言われたら、そのまま信じてしまいそうだ。夜道で会うと危ないのは貴女じゃないか、印象だけでそう言いたくなるのは我ながら珍しい。

 

「まあまあ遠慮せずに!」

 

一人で考えていると、青娥さんは勝手に私の手を引いて歩き出した。その足取りは妙に軽快で、暗い夜道で何度も躓きかけた。

 

「・・・阿求ちゃん」

 

「へ?」

 

私の手をぐいぐい引っ張り、前を向いたまま青娥さんが尋ねてきた。

 

「今日のお話、楽しかった?」

 

「? ええ、とっても」

 

それは正直な感想だった。しかし青娥さんの言葉は沈んでいた。

 

「怖い話、怪談・・・それらは"色褪せている"から"楽しめる"」

 

どこか、独り言のような響き。

 

「幻想郷でも、それは同じ。死んで話せぬ人がいるだけで、伝え聞く内に陳腐になるのは、他ならぬ皆が証明しています」

 

なんだろう。今日の話が不満だったのだろうか。始めにあった愉快な声色は消え失せている。

 

「私は、"生の恐怖"を聞きたい。

人間が本来、無意識に和らげる恐怖を、体験者から、そのまま・・・」

 

抑揚のない青娥さんの声。手を握る力が痛いほどになり、足は私を引き摺るように忙しなく動く。

・・・あれ、いつの間にこんな森の中に入ったんだろう。人里に行く気では無かったのか?

 

混乱していると、不意に青娥さんの足が止まる。つんのめって背中にぶつかってしまった。

 

「いつつ・・・」

 

鼻先を押さえながら、顔を上げると、背の高い誰かが私を見下ろしていた。目を凝らすと、見たことのある顔。

 

「永琳さん?」

 

八意永琳。月から来たという、迷いの竹林に住む天才薬師だ。

しかし何故、こんな場所に?

 

「ごめんなさい。七不思議、間に合わなかったわね。」

 

「ふぇ?」

 

申し訳なさそうに笑う永琳さんに私が目をパチクリさせていると、横から青娥さんが補足してくれた。

 

「実は彼女は七人目だったのですわ」

 

「悪いわね。どうしても外せない用事があって・・・」

 

ああそうか。それで来れなかったんだ。確かに医療は後回しが効かないわけだ。それでくる途中だった、と。

 

「なんなら今帰りがてらにはなしてあげましょうか?私もただ引き返したくはないし」

 

永琳さんがシニカルな笑みを浮かべる。気持ちは有り難いけど、もう夜中だ。後日改めて御願いしよう。

 

「いえ、もう遅いので」

 

「あらそう。なら・・・」

 

永琳さんは大袈裟に肩を落とし、チラリとこっちを見やる。そして、言った。

 

「"私達"に、付き合って頂けるかしら。」

 

「へ?」

 

私が首を傾げた瞬間、後頭部に鈍い痛みが走る。

 

「・・・!?」

 

暗転する視界の中で、永琳さんが複雑な表情で私を見下ろしていた。

 

 

 

 

「・・・う?」

 

目を覚ますと、最初に不気味な空が見えた。闇夜に七色の月がいくつも浮かんでいるような、非現実的な空。

 

(ここは・・・え!?)

 

寝たまま首を横にすると、手が鎖に縛られている。まさかと思い足を動かそうとすると、やはりガチャガチャと音がして足が傷んだだけだった。次第に頭が覚醒し、固い台に全身拘束させられているのが分かった。

 

「一体誰がこんな事を!?」

 

叫んでもがきながら、必死で思考を巡らせていると、二人の影がぬっと現れた。気絶の直前までいた、霍青娥に八意永琳だ。

 

「どういうつもりですか!?冗談ならやめて下さい!」

 

精一杯睨んで叫んだが、青娥はニタニタ笑いながら私に顔を近づけてきた。

 

「言ったでしょう。私は、生の恐怖が聞きたいと。」

 

つり上がった口角、しかし目は笑っていない。冗談ではないようだ。得体のしれない恐怖にかられて、無我夢中で声を張り上げる。

 

「意味が分かりませんっ!ふざけるのもいい加減に・・・」

 

終始仮面のような笑顔の青娥に、私は噛みつくように言った。しかし、その表情が突如一変する。

 

「黙って」

 

「っ!」

 

一瞬だけ浮かんだ氷のような眼差しに、私の体は射竦められる。そしてすぐに笑顔に戻ると、青娥は私の首筋をそっと撫でた。

 

「ここは私の仙界。泣いても喚いても、私が招き入れた者以外は、誰も来ませんわ」

 

仙界。その言葉に頭が凍る気がした。青娥はそれを見抜いてか満足げに頷くと、さっと離れる。

 

「では、始めましょう」

 

手を高々と掲げ、パチンと指を鳴らす。すると地面から、ゾロゾロと何人もの黒い人影が這い出してきた。それは、死体だった。青娥が操っているのだろう。目玉が飛び出し、肉は腐り、髪の抜け落ちた亡者共が、次々と私を取り囲む。

 

「・・・殺さないようには言い含めておりますわ。

・・・もっとも、それ以外の保障はございませんが。」

 

心底嬉しそうに笑う青娥。するとさっきまで黙っていた永琳が溜め息をついた。

 

「・・・貴女ね、これが実験なの?」

 

「そう。言った通り面白いでしょ?」

 

青娥は私を振り返り、手を差し伸べるような格好をとる。そして言った。

 

「期待していますよ。貴女の宿命の記憶力で、色褪せない恐怖体験を話して下さいね」

 

そう言ったあと、青娥はすぐに群がる亡者の陰に隠れてしまった。

 

私は目をつぶる。それしか出来なかった。

 

きっと、私の生まれついた頭脳は、何をされたか、何回繰り返したか、いくら心が拒んでも勝手に脳に刻むだろう。縛り付けられた体は、逃れる術もない。

ならば、せめて。

私は我が身を呪う。そしてあの二人を呪う。何度転生しようが、永遠に。




これからも語り手の順番を変えて、七週で一巡、他数本を目指していきたいです。宜しくお願い致します。

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