幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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一周目・六話目―霍青娥

 

「さて、もう六話目になりましたわね・・・。ああ、申し遅れました。わたくし、霍青娥といいます。どうか宜しくお願い致しますわ。

 

まだ七人目は来ないですわね・・・。何処かでご不幸に遭ったりでもしたんでしょうか。・・・ふふ、何事もなければ良いのですけど。

 

ああそう、怖い話。阿求ちゃん、ごめんなさいね。私、自分からの引き出しがございませんの。というのも、人里なんかを見ていますと、人が死んだり生き返ったりの程度で怖い怖いと言うんですもの。私からしたらなんとも思わないのですが、感覚が違うんでしょう。

てな訳で私が怖いと思うモノなんて、お話しするのははばかられてしまいますの。

なので、人里で伝えられている噂を一つ。脚色があったり面白くなくても、私のせいではないので悪しからず。」

 

 

 

 

「・・・人里の外れの方にね。お婆ちゃんがいたの。お爺ちゃんは既に亡くなって、独り暮らしでした。近所付き合いはどうかというと、怒りっぽくて文句の多い性格でねぇ。中々周囲からの印象もよくなかったのよ。

そんなお婆ちゃんは、お茶とかお花なんかの趣味もなく、殆ど家の中にいた。楽しい事がないって辛いでしょうね。体はともかく、頭まで老いてゆく。やがてお婆ちゃんは、やはりというべきかあるものに興味を抱いたの。

 

若さ、よ。

若さゆえの活力と美しさに、彼女は憧れた。本来叶わぬ願いだからこそ余計にね。想像だけど、若い頃を思い出しては溜め息をつくような日々だったんじゃないかしら。きっと幾分かはマシだったのでしょう。彼女の頭の中では。

ある日、彼女は街に出てある場所へと向かった。貴女も知っているでしょう。"鈴奈庵"、小鈴ちゃんのお店よ。別に本が欲しがった訳じゃない。話しかけて相手をしてくれるのが、小鈴ちゃんと少ししか居なかったの。お店には迷惑だったかしらねぇ。

で、お店についた訳だけど、店主さんは頃合い悪く片付けの最中。お婆ちゃんは心の中でぶつくさ言いながらも、とって返すのも馬鹿馬鹿しいのでフラリと本棚を物色し始めた。適当に取って開いても訳の分からない本が多くて、元々欲しかった物もないお婆ちゃんは適当に取っては開いて戻す、なんて迷惑な立ち読み客そのものの行動を取り始めた。

そんな中、そろそろ飽きてきた、なんて時。開いたページに丁度、目を引くものが書いてあった。

 

"若返りの術"。

 

お婆ちゃんは余り見えなくなってきていた目を見開き、何度も凝らしたわ。そこには、確かにその方法が書かれていた。

恐らく妖術の本が紛れていたのでしょう。にわかには信じられないものでしょうけど、お婆ちゃんはいたく執着を持ったわ。普通なら一般人には売らないような本、それに本自体貴重で高かったけれど、何がなんでも欲しくなった。

そしてとうとう、一線を踏み越えてしまった。

一人で働く小鈴ちゃんの隙をついて、本を盗んでしまいましたの。」

 

 

 

 

「持ち帰ったその本を、お婆ちゃんは飛び付くように読んだ。そしておぞましい内容にも関わらず、それを実行してしまいました。

 

里の外れで子供を拐かして殺し、生け贄として・・・

 

そしてその子の肝を、呪いの詞を口ずさみながら噛み潰し、

 

残った死体と、日付の変わる瞬間から隣り合わせに夜を明かした。

 

狂気の沙汰と言えるでしょう。しかしよほど若い頃が懐かしかったのか、はたまた自分を蔑ろにする里に怨みであったのか、或いは両方でしょうか。とにかくそうして朝を迎えた訳ですわ。

 

目が覚めたお婆ちゃんは、まず視界が事の外クッキリしていた事に驚きました。そして体も軽く、容易に動く・・・。

まさかと思い隣を見ると、殺した子は血痕を含めて綺麗サッパリ消え去っていました。夢かとも疑いましたが、すべすべした手の感触、黒く長い髪の艶、そして若々しい声。全て現実のものでした。

ただし、昔懐かしい、若かった頃の自分の。

 

お婆ちゃん・・・いえ、彼女は、恐る恐る鏡を覗きました。そして、愕然としましたわ。

 

そこには、何十年も前の、生き生きとした自分が居ましたわ。スラリとした体型で、真っ直ぐに立って、笑っています。

彼女が狂喜したのは言うまでもありません。幸い自分の起こした事件も、幻想郷だけに神隠しの線を疑われ、人間はそこまで怪しまれておりませんでした。

彼女はそれに安心したのか舞い上がったのか、何の憂いもなく里での生活を楽しみました。

高い着物、髪飾りに紅や珍しい置物に騒霊のライブに酒盛り・・・

楽しみというものを貪るかのように、彼女は遊び惚けていました。使い道のないお金だけは沢山あったのでしょう。

 

そうして暫く経ったある日の事、彼女は自分がいつの間にか若干老け込んでいる事に気づきました。あの老婆の姿とまではいきませんが、白髪が目につき、シワが顔に刻まれていました。

 

彼女は慌てて本を読み返してみました。すると、術の効力には限度があり、生け贄を作り続けないと数日で元に戻ってしまうというのです。

 

『そんな・・・いや、あんな姿は、生活はもう嫌!』

 

彼女はまた元に戻るかもしれないという恐れから、なんと殺人を犯し続ける道を選びました。朝になって記憶の中の花の時代に戻れる。その魔力からは逃れられなかったのでしょうね。

頻繁に老いては若返るのを繰り返したお陰で、姿からもバレずに彼女はいつしか術にドップリ嵌まり、取りつかれ、罪の感覚も麻痺していきました。

 

しかしついに、相次ぐ殺人の疑いが人里にも向けられるようになりました。紫や式神、巫女が頻繁に里を回り、人々に話を聞いていました。

そうなると、彼女も大人しくせざるを得ませんでした。徹底して居留守を使い、極力接触を避けました。

しかし、犯人が見つからない以上捜査は止まりません。彼女は老いていくのをいつまでも何も出来ずにいました。

 

何日が経ったでしょうか。珍しく、彼女のもとへ訪ねてきた人間がいました。

彼女の孫娘で、もうお年頃。同時に、お婆ちゃんを気遣う数少ない優しい方でした。

孫娘が入ってきた時、お婆ちゃんは、戸に背を向けて布団にくるまっていました。見えるのは乱れた白髪だけ。声をかけても返事はありません。

 

『お婆ちゃん、具合が悪いの?』

 

もう一度声をかけると、振り返らず声だけの返事が返ってきました。

 

『ああ・・・来たのかい。』

 

その声は、しわがれていました。年寄りというだけでは説明できないほど暗く、どこか空気が抜けるような音が漏れています。

孫娘は若干いぶかしんだものの、すぐに努めて明るく振る舞いました。

 

『今、居てもいい?やって欲しい事があったら言って』

 

駆け寄ってそう言うと、お婆ちゃんはこう言いました。

 

『・・・何も要らないよ。傍にいてくれれば・・・』

 

孫娘は、その無欲な言葉が最初は信じられませんでした。すると、お婆ちゃんの呟くような声が響きます。

 

『・・・これで最後だし、もうろくに動けないんだ。ご飯も、要らない気分さ』

 

孫娘はどう合点したやら、老い先短いでしょうお婆ちゃんを憐れんだわ。せめて自分だけでも少しでも長く、そう思った。

 

『・・・お婆ちゃん、今は物騒だし、今晩は泊まるわ。本当に遠慮しないでね?』

 

『ああ、ありがとう』

 

そして孫娘は、特に何をするでもなく、ご飯を一人だけ食べるのも忍びなくて、ただ夜になってから、布団を敷くなり寝てしまいました。

 

そして、その夜・・・

 

 

『う・・・ん・・・』

 

寝ていた孫娘は、寝苦しくなって眠りから覚めました。首の辺りを、強い力で締め付けられていました。

 

(・・・な、誰が・・・?)

 

まさか暴漢か、だとしたらお婆ちゃんはが危ない。そう思った孫娘は、パッと目を開けた。

 

その瞬間。

 

 

『きゃあーーーっ!』

 

張り裂けるような悲鳴が飛び出たわ。目の前には、皮膚が張り付くように痩せこけ、所々乾いた粘土のようにヒビが入り、ギロリと飛び出すように目が剥いている。むしったら取れてしまいそうな白髪の間から覗くその形相は、まるで夜叉。しかし孫娘には、面影があるのを感じた。

そう、お婆ちゃんのね。

 

(・・・お婆ちゃん・・・!?)

 

声を出せずにいると、その怪物は人のモノとは思えないうなり声をあげて、孫娘に顔を近づけてきた。

 

『アンタはこれで最後だよ。これが最後のチャンスなんだ。この首飾りがかけられなくなって、金も酒も用がなくなる。そんなの御免だ。』

 

怪物は捲し立てるように言った。その目は孫娘を向いていた筈だけれど、肉親を見る眼差しには到底見えなかった。げふう、と気味の悪い息が漏れ、力が強まるにつれ意識が遠のいていく。

ここまでか、そう思った瞬間。

 

バキリ、と嫌な音がした。見ると、怪物の肩が変な形に折れ曲がっている。

途端に力が弱くなり、怪物は終いにはベタンと床に手をついて、壊れた人形のようにもたれ掛かってきた。

そして、ぺりぺりと乾いた音が響く。

 

『あ・・あ・・・』

 

老婆のような狼狽えた声。顔の皮が玉葱の皮のように剥がれ落ちていった。『ヒイィーーーィッ!!』という金切り声があがり、髪がカツラのように落ちた重みに引きずられ、ベロンとめくれてしまった。

そして、中から、どす黒い骨が露になった。肉が欠片もついていない、剥ぎ取られた後のようなその全身の骨は、剥がれた皮膚と共に、ドロリと熔けて消えてしまった。孫娘は、耐えられずに気絶したらしいですわ」

 

 

 

 

「・・・後に霊夢が調べて、例の妖術の本が見つかったんですって。それで事件が解決したという話ですわ。

 

・・・阿求ちゃん、私達はお互いに老いた経験がありませんわね。でも、この話の恐ろしさは、老いでなくとも語れると思うの。

 

満たされないことで、心は貧しくなり、ついには腐り果ててゆく。そして一度まかり間違ってあり得ない幸せを手にしたら・・・。

まあ、私は好き勝手させていただいてますが、他人事ではなくってよ。

 

・・・さて、七人目はまだですが、私はこの辺で。

お粗末様でした。」


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