「・・・私は鬼人正邪。わざわざ私を呼び出すなんて怪しいが、まあいい。
にしても、もう五話目か、何だかそんな気しないな。お前達の話、印象薄いんだ。
嫌な顔するなよ。怖さなんての所詮は主観さ。自分の恐れている事が、他人には普通だなんて良くあるだろ?私にはこの場の全員ヘラヘラして見えるぜ。・・・何だよ、価値観が違うって話しているだけだろうが。
・・・は?じゃあ自分で話して見ろって?言われなくても話すさ。何ならアンタだけ先に帰れば?
でもそうさな、価値観、か・・・。じゃあこんな話はどうだい?私も"怖さ"を押し付けさせてもらうよ。」
―
「あんたら、人里は行った事あるかい?紙芝居に、布教に、ん、そっか元々住んでるか。いや、人間ってのを"種"の名前って認識してると思っていたんだが・・・。ああそうさ、人間、日陰者一人一人にはてんで興味ねーかな、と。
あ、個々人のエピソードなら知らないかも知れないし、話して欲しいって?ならいいや、続けさせて貰うよ。
その、そう人里にな、ある妖怪が住み着いた事があった。別に何の変哲もない、敢えて言えば獣人って見た目の、若い雌だった。
別に群れを追い出されたとか、そこで生きる事情があるとか、そんなんじゃない。じゃあ何だと思う?
・・・恋だよ。そう、人間にだよ。笑っちゃうだろ?そいつ人間の男に恋していやがった。
・・・とは言ってもだ。幾ら人間も妖怪も人里では顔を合わせるって言っても、まだまだ表面的。心の奥底では怖がる人間も、見下す妖怪も沢山いた。
悪いことに、その女妖怪は内気だった。そんな周りの風潮に晒されながら、陰から見守るばかりの状態が続いたんだ。
女妖怪は次第に思い詰めていった。告白しようにも今のままじゃ赤の他人、しかし距離を縮めようにも自分は妖怪で簡単にはいかない。だけどやきもきして人間の女の子が現れればそれこそ、そちらに靡くに決まっている。彼方が立てば此方が立たず。彼女はそんな状況を変えるために、一大決心をした。
・・・妖怪の自分を、捨てる事にしたんだ。
住み着いた古い家に隠れて、妖力で何とか耳と尻尾を隠し、鏡とハサミとカミソリを駆使して身体中の毛を剃り落とした。何時間もかけて念入りに丸裸になり、仕上げに牙を削って爪も切った。全てが終わった頃、彼女は鏡に映った女が自分だとすぐには分からなかった。私には良いとも悪いとも思えないが、少なくとも彼女は喜んだらしいよ。これで彼に会いに行ける、ってね。
そして次の日。彼女は彼に近づこうと行動を始めた。道すがらの、待ち構えての挨拶から始まって、買い物先で情報交換したり、それで出来た料理をお裾分けしたりとね。
元々狭い集落の中だ。そんな気は無くても行動パターンなんてすぐ分かる。それに合わせて接する時間を段々と増やしていった。もちろん妖怪を匂わせるものには欠かさずケアをしてね。
そんな日々の努力が実を結んだのか、はたまた妖怪らしからぬ奥ゆかしい性格が功を奏したか、女妖怪は見事恋仲になった。
まあここまでなら良い話。本番はここからさ。
まあ交際を始めたわけだが、お互い若い男女だ。いつしか子供を身籠った。はたしてアソコの毛までキチンと・・・おっとスマン。
とにかく、最初は二人とも喜んださ。女妖怪は勿論の事、男も幸い誠実な方で、お互いの子として生まれる日を楽しみにしていた。
・・・だが、暫くしてお腹も大きくなり始めた頃、女妖怪はある恐れを持った。自分の正体がバレるかも知れないと。
当時は騙し騙し別居していたが、生まれてしまえば流石に一つ屋根の下で過ごす事になるだろう。そうすれば日々の人間の姿は嘘だとバレてしまう。第一、生まれてくる子は人間の姿だろうか?自身の体と違い、お腹の中となれば手出しは出来ない。他でもない我が子、妖怪の面影を引き継がない筈がない。
ここで彼女の性格がまた顔を出した。ただし、今度は思いきりネガティブにね。
男と会う回数を減らし、里にも殆ど出なくなった。表情もめっきり変わらなくなって、時々お腹を撫でては、悲しげな顔をするだけだった。
私なんかは、どのみち先立たれるんだし、既成事実引っ提げて正体をばらしちまえば良いと思うんだが、彼女はそれが出来なかった。それは正体を受け入れてもらえるかという恐れ以上に、男を騙していたという罪悪感が大きかったせいだろう。たとえ妖怪には束の間の時間でも、嘘の自分を演じて男を我が物にした。その事実は重いものだったんだ。彼女は気付く切っ掛けが中々無かったようだがね。
そうして悩む日々が続くうち、彼女の体は再び妖怪の毛が、牙が、爪が、それぞれ戻り出した。処理を怠ったせい、というより精神がついていかなかったからかな。
そしてとうとう、彼女は認識せざるを得なくなった。自分はやはり妖怪なんだと。
彼女はその後、人里から遠く離れた無縁塚で一人、命を絶った。その姿はもう完全に妖怪に戻っていて、前と違うのはストレスでみずぼらしくなった毛並みに、あとは自らの爪で引き裂いた大きなお腹だった。
彼女の中で息絶えた子供は、やはり妖怪の赤子の姿をしていたとさ。」
―
「・・・以上が、彼女の死ぬまで。
・・・へ?男の方はどうしたかって?私に聞かれても知らないね。女は兎も角、そいつの彼氏なんざ。家に上がって来ることも最後には無くなってたし。
んー?今度は何だ。何で彼女の家の中を知っているかって?
・・・ああ、聞きたいかい?
私が、あの子の知り合いだったんだよ。じゃなきゃこんなに詳しく知らないって。
そうさ、私はあの時、母親になるアイツに尋ねたんだ。
―『一緒に住めば誤魔化せない。それに生まれてくる子の姿は多分妖怪だ。どうするんだい?』とね。
私は重要な事を聞いただけさ。だって事実だろ?だから何回も言ったのさ。念入りにね。
―『お前は妖怪だ。今まで誤魔化しても、やっぱり妖怪だ』。
・・・何だよ、その目は。私が何をしたって?
妖怪の癖に家畜みたいな人間に夢中になって、
自分を偽って摩りよって、幻想郷の風潮に疑問も持たずに、甘い夢を見て、
舞い上がってガキなんざこさえて、
終いには結局自分を受け入れられずにガキまで巻き添えにした!
全部アイツが選んだんだよ!アイツ自身もそう言うさ。なんせ私が突っついた弱さは、死に際には全部自覚してたんだ。他でもない私のお陰でさ!
・・・もう良いかい?下らない質問は・・・
あ?最後に?
"何で笑っているのか?"
・・・それを知って何が変わるんだい?私の話は終わったんだ。さっさと次を頼むよ。」