幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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一周目・四話目―東風谷 早苗

「私が四話目ですか。そろそろ後半、緊張するなぁ。

あ、忘れる所でした。

私、東風谷早苗です。皆さまどうぞ宜しくお願いいたします。

 

えと、私は普段、妖怪の山のてっぺんにある神社に、二人の神様と一緒に暮らしています。

妖怪の山は、皆さんあまり行った事はないですか?他所の人には厳しいですし、危ない場所もあるのは有名ですが・・・私にとってはもう慣れ親しんだ場所で、普通にテクテク歩いています。

 

・・・ただ、先日少し怖い目に遭いまして、今回はそれについて話そうかと思います。」

 

 

 

 

「・・・あれは、霊夢さん達と宴会をした帰り道の事でした。宴会自体は楽しいんですが、皆さん結構飲みすぎちゃう所がありまして、終わった時にはそこら中散らかり放題でした。しかも気がすむまで飲んだ人達はもう呂律も回らず一人にはしておけない状態です。そしてあまりお酒を好まない子供っぽい子達は、とっくに帰っちゃっている時分でした。

そんな中で、私は珍しく下戸、お酒が飲めないタチでして、素面だったんですよね。

当然後片付けは私と、後は数人の五ボス・・・ゴホン、従者の皆さんでやる事になりました。

それが一区切りついて、寝入っている神様二人を起こして、残った人に挨拶をして・・・その時はすっかり夜も更けていました。

 

そして、自分の神社まで飛んで行こうとしたんですけど、あの時は一人に肩を貸し、もう一人に手を繋いだ状態でしたので、重いわぶら下がって腕は痛いわで、仕方なく歩いていく事にしました。人体は靭帯も脆いんです。

そろそろと慎重に降りていって、斜め前方に距離を稼ぎながら足を着けた場所は、丁度山の麓で、頂上への細い路が始まる場所でした。

 

『なんだ、よりによってココから・・・』

 

ゲンナリと肩を落としました。いえ、どのみちそこは歩く事になるんですが、何だか不吉だったんですよね。山の方が待ち構えていたみたいに、ポッカリと闇が広がっています。まあ、そんな事深く考えても仕方がないので、二人を抱えて歩き出しましたよ。

 

・・・夜中の山の中、もちろん明かりなんてありません。皆さんからしたら当然でしょうが、私は現代の風景を知っているので、まだ怖かったですね。昼間は目を光らせている見張りの白狼天狗も、数の少ない夜勤に交代して全くすれ違いません。

即ち、無音の中をひたすら、一人で重さを我慢しながら坂を登る訳です。唯一の癒しは虫の鳴き声、しかしそれもすぐにどうでもよくなりました。実を言うと私、その時は革のブーツなんて履いていたんです。飛んで帰るつもりでいましたからね。一歩一歩、斜め上の角度に足を屈伸させる度、窮屈な靴の中で足が軋みました。肩と腕には二人分の重みがあるし、更にはその二人のお酒の匂いに惹かれてか、小さな虫が近づいてきます。

 

『あぁんもう、うざったい!』

 

私の頬にまで止まるのを振り払おうにも、腕は塞がったまま、私は一人で髪を振り乱して身を捩っただけでした。想像してみて下さい、両隣に重りつきのマネキンを抱えて、"花一匁"が出来ますか?出来ないんですよ。あの時は正にそんな状況でした。上手く行ったのは最後の蹴りだけです。なんせイライラ・・・いえ、脚は自由でしたから。

虫の鳴き声ではなく羽音の方が五月蝿いのは、変わりませんでしたけど。

 

そんな調子でどの位歩いたでしょう。一向に変わらない景色とどんどん酷くなる肩の痛みに、一度くらい休憩しようかな、と気を抜いた頃でした。

 

『待て、早苗!』

 

いきなり、耳元で声がしました。

 

『うひゃあっ!?』

 

ビックリして肩が跳ねましたよ。思わずお二人を離しそうになった時、ガシリとしがみつかれました。

 

『落ち着け。私だよ』

 

『か、神奈子様・・・?』

 

何時の間にか、肩に抱えた神様の一人、神奈子様が起きていました。よく見えなくとも真面目な雰囲気は分かったので息を呑んでいると、もう片方の、諏訪子様も起きて、こんな事を言ったのです。

 

『これ以上真っ直ぐ行かない方がいい。良くない何かがいる。』

 

『え・・・?』

 

言われて目を凝らしてみるのですが、木の影と石ころの転がる道以外は、何も見えませんでした。それでもいつもならお二人のいう言葉に従うのですが、その時は回り道なんて御免でしたし、何よりべべれけのお二人の顔を間近で見ていました。つい忠告を邪推してしまったのです。

 

(ははあ、さてはお二人で、私をからかう気だな。)

 

私はそう決めつけて、二人を放り出しました。大小二つの尻餅の音と悲鳴をあえて無視して、わざとらしく振り返り、私はこう言いました。

 

『じゃあ私が確かめてきますよ。何かいれば退治してやりますよ』

 

『ちょ・・・!』

 

お酒のせいでまだ起き上がれない二人を置いて、私はズンズン先を行きました。どうせ何もいやしない。放って先に帰るのを見れば、冗談だと謝ってくれるだろう。

そう思って、呆れ半分、期待半分で伏し目がちにクスクス笑っていた時でした。

 

『っ!?』

 

突然、体全体に真冬の突風のような冷たさが襲いました。弾かれたみたいに顔をあげると、そこには何かの白い影が立っていたのです。

 

『・・・!』

 

その影はよく見ると犬の耳に修験者の服、そして大きな剣を携えていました。

なんだ、見回りか。と安心しかけたのですが、すぐにおかしいと気づきました。

何しろさっきは何も見えやしなかったのに、その影は少し近づいただけでイヤにハッキリと、寧ろ闇の中から切り抜いたように真っ白く光っているのです。

その影が、じり、と私に近づいてきました。その時。とうとう全貌が見えたのです。

 

『・・・ひっ!』

 

その姿は私の体を硬直させるには十分でした。目はギラギラ光りながらも明らかに焦点が合っておらず、牙をガチガチと鳴らして隙間からヨダレをダラダラと流し、ブルブル震える体に合わせてざんばら髪がバサリと乱れます。

そして、明らかに敵意の籠った唸り声を私に向けて放っています。

その時私はようやく悟りました。お二人が言っていたのはこれだ。経験の差でしょうか。私は愚かにもその目に留まるような真似をしてしまいました。そして気づいた時には遅かったのです。

ジワリと首筋に汗が伝い、脚が情けなく震えました。妖怪退治の時の威勢は出てきません。この相手は明らかに常軌を逸しているのです。私はただ追い詰められて口をパクパクさせていただけでした。

その時です。

 

『早苗、逃げろ!』

 

『!!』

 

神奈子様の声が響きました。その瞬間バネのように体が動き、私は踵を返して走り出していました。ただ、その方向は神奈子様を避けて、道も何もない、脇の藪の中でしたが。

明かり一つなく、足元に蔦が絡み付くのも構わず、私は木にぶつかりながら手探りで、全力で走りました。危険だなんて言っていられません。いえ、冷静に考えれば分かったでしょうが、その時の私には到底無理でした。何しろ、後ろからガサガサガサという足音と"ハァーッ、ハァーッ、"という獣のような荒い息遣いがひっきりなしに私を追い立てるのです。

 

『あっ!!』

 

ズルッ、と削れるような音と地面が抜けたような感覚がしました。そして視界が真っ暗に、耳にごわごわと嫌な音がまとわりついて、全身を二度三度打ち付けて私は投げ出されました。

何処かの斜面で足を滑らせたのでしょう。顔をあげると前方横一列に川が流れていましたが、私は動かない事への恐怖で一杯でした。痛みも忘れて前のめりに駆け出し、川から顔を出した岩を足掛かりにしようとしました。

その時、背中にズダン、と大きな音が届きました。奴も斜面を降りて来たのです。急がなきゃ、そう焦ったせいでしょう。

 

『っ!』

 

水に濡れた岩の上で足を滑らせ、ブーツのせいもあって酷く足を捻り、私はそのまま川の中に倒れてしまいました。

 

『ぐ・・・』

 

膝をぶつけたのでしょう。ふくらはぎにかけて生暖かいものが伝いました。更に不味いことに、私は足を岩に挟んでしまっていたのです。

 

『くっ!・・・つっ・・・』

 

体を引きずるようにして力任せに抜こうとしますが、どうにも嵌まり込んで動いてくれません。靴のせいで脱ぐことも出来ないのです。水に沈んだ腕をバシャバシャ言わせながら、空いた方の足でガムシャラに岩を蹴ってもそれで壊れる筈もありません。すでに私は判断力など失っていました。頭の中は次第に恐怖が焦りに摩り代わり、ついには私は邪魔な岩を睨み付けようと、後ろを振り返ってしまったのです。

 

『・・・あ、ぁ。』

 

水を掻いた音が足音を掻き消してしまったのでしょう。奴はもう一飛びで私に襲いかかれる距離まで来ていました。あの時の目が、今度は見下ろしています。

 

目があった瞬間、私は意識を失ってしまいました。

 

 

 

 

『・・・目が覚めた?』

 

私は次の朝、永遠亭のベッドに寝かせられていました。横には心配そうな顔の神奈子様と諏訪子様、反対側には永淋さん、そして昨日の宴会の後始末をした鈴仙さんが目に隈を浮かべて立っていました。

 

『・・・え、私は・・・』

 

状況が掴めず戸惑っていると、鈴仙さんが迷惑そうに説明してくれました。

 

『アンタ、夜中にいきなり運ばれて来たのよ。大したことなくて良かったけど。』

 

言われてよくよくみると、あの時挟んだ足には包帯が巻いてありました。あの時の事が本当だったんだと思い知ると同時に、助かったのだと安堵したものです。

でも、何故無事だったのだろう。そう首を傾げていると、永淋さんが神奈子様と諏訪子様にピシャリとした勢いで、こう言い放ちました。

 

『・・・全く、戦えない程ぐでんぐでんになるなんて馬鹿なの?

たまたま川で倒れたから良かったものの・・・』

 

『うぅ・・・』

 

川で、その言葉が引っ掛かって永淋さんを見ると、気づいた彼女は『ああ、貴女には話して無かったわね。』と前置きし、私が出会ったものについて話してくれました。」

 

 

 

 

「・・・私達が幻想郷に来るより昔から、白狼天狗達を中心に恐ろしい病気が存在するようです。なんでもかかると水や風の音、強い刺激を異様に恐れるようになり、体が沸騰するように跳ねて、最後には頭も侵されて一ヶ月もしない内に死に至る、と。

今は患者は存在しないが、治療という方向での解決策は未だにゼロだと永淋さんは言いました。

じゃあ私が出会ったのは何なんだ、患者では無いのか、と尋ねると、永淋さんは苦々しい顔で答えました。

 

『天狗達は昔、その兆候が見られた者を片端から処分した。今発生率がゼロなのはそのお陰よ。』

 

つまり、私が見たのは怨霊だという事でした。治療されずに殺された怨みで今も人を襲うのだ、と。

最初は反発しました。せめてあるべき場所へは帰せないのか、と。

しかし、答えはNOでした。

今では怨霊も稀になってきている。山の上層部は黒い過去を晒して貸しを作る方のリスクを恐れている、という話です。

 

最後に、自分は紫に頼まれて病気を調べている事、そしてこれからは夜に山を出歩かない事、と念を押され、それ以上は何も話してくれませんでした。

・・・結局、そのまま私は退院したのです。」

 

 

 

 

「・・・あれから、私はなるべく日が暮れる前に帰っています。そして、寝る前に枕元に水を用意する癖がつきました。今の所再び出くわしてはいません。

 

・・・ただ・・・。

 

昨夜、夜中に見たんですよ。私の頭のすぐそば、水の入った洗面器の前で苦しそうに呻いて、のたうち回る白狼天狗を。

 

・・・あれが怨霊なのかは、考えない事にしておきます。夢だと、良いんですが。

 

・・・私の話は終わりです。さあ、お次の方。」

 


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