「えー、私が三話目を話すんですね。妖怪の山で風祝をしております。東風谷 早苗です。上手く話せるか分かりませんが、しばしお付き合いください。
さて、皆さん、妖怪の山で神様と言えば私達、守矢一家をまず想像するでしょうが・・・・・・。
え? そうでもない? そんな馬鹿な。
・・・・・・まあ良いですよ。ええ、外から来た身分ですし、まだまだ布教の余地があるって事ですから。気にしていませんよ。神様なんてたくさん居ますし。
・・・フンだ。
オホン、失礼。妖怪の山と言いましたが、そこに守矢も天狗も関係ない神様がいらっしゃるのを知っていますか?
神というか、どちらかというと妖怪に近いのですが・・・・・・
鍵山 雛(かぎやま ひな)という方です。彼女は山の中腹でよく見かけるのですが、見つけても大抵皆逃げてしまうんですよね。
恐れ多いから? いえいえ、そういう訳ではありません。さっきも言いましたが妖怪に近いですからね。フランクでも威光は出せるものなんですよ。守矢神社に来ていただければ分かります。
彼女も大概人当たりは良いんですよ。私も何度か会いましたが、気さくで明るく、可愛い方でした。
では何故かというと、彼女、厄神なんです。
厄神っていうのは、何ていいますかね。人々から不幸を引き受けて、幸せを守ってくれる神様です。雛人形を考えてもらえれば分かりやすいでしょうか。
そんな彼女が何故避けられているかというと、雛さん自身が自ら引き受けた不幸にまみれているからです。
雛人形も本来は行事が終わる毎に捨てる物だとよく言われますが、あれは置きっぱなしにするとせっかく雛人形にくっつけた厄が、元に戻るからなんです。
そういう訳で使用済みの人形は川に捨てたりしますが、雛さんはそれに付いた厄を引き受けます。雛さんは一人きりで替えがききませんから、厄を溜め込むばかりだという事です。
・・・・・・長々と話してしまいましたが、要するに雛さんは人の不幸を最終的に留める役目に収まり、近づくとその影響を受けるからと皆に敬遠されています。山でももっぱら一人で静かに過ごしていますね。
・・・・・・ただ、何ヵ月か前は少し違いました。彼女の傍に居たいという人が、一人いたんです。前は、というのは・・・・・・
あ、お待たせしました。順を追って話していきますね。
―
・・・・・・・・・以前、雛さんに恋をしたという天狗がいたんです。なんでも物憂げな表情で川辺に佇む姿に一目惚れしたんだとか。
当然、周囲は止めました。物理的に近寄るだけでも不幸を受けるというのに、心理的にも近付こうだなんて、今まで誰も考えやしなかったですから。
それでも彼は折れませんでした。今行動しなければ一生後悔する、なんて月並みな台詞を言って、雛さんを探し回ったのです。
そして雛さんを見かけるなり呼び止め、いきなり告白しました。私もその時は傍で見ていたのですが、雛さん、面食らっていましたよ。
結果は当然、断られました。初対面という理由もあったでしょうが、何より雛さんが関わりがたい存在だというのは自他共に認める事実でしたから。
しかし、彼は諦めなかったのです。仕事ぶりや外見に磨きをかけ、折りを見ては雛さんに会いに行き、友達からでもいい、どうか僕と付き合って下さいと頼み込んだのです。
勿論その間、何事も無くはいられませんでした。ある時は野良妖怪に襲われ、ある時は毒虫が家の中に入り込み、またある時は巫女に誤解を受けて追いかけ回され、散々な事が続きました。
それでも彼の告白は勢いを失うどころか、ますます熱意を増していきました。もしかしたら度重なる不幸がかえって彼を燃え上がらせたのかもしれません。恋は盲目、並びに障害がある程たぎると言いますから。
そうこうしているうちに、雛さんも根負けして天狗の告白を受け入れました。彼女も独りでいるのが寂しかったのでしょう。めげずに好意を伝える天狗は、もしかしたら初めて愛しく見えた相手だったかもしれません。
天狗の方も、念願かなって大はしゃぎしていました。雛さんに何度も確認し、何度もお礼を述べ、数日間で辺りの同僚にのろけまくまったと聞きました。
第三者から見たら多少どうかと思う行動ですが、当事者二人には些細な事だったようです。それから仕事場に迎えに来たり休日を共に過ごしたりと、今までの厄神としての暮らしが嘘のように華やかに二人でやっていました。表情もウキウキとして明るく見えることが多くなり、すれ違うと挨拶を自然にするようになったといいます。
そんな風に二人はいつしか、物好きで稀有なカップルとして山の人々に知れ渡っていきました。
ただ、良いことばかりではありません。天狗は仕事場で、関わって不幸が付いては堪らんと避けられるようになりました。たまにからかってくる同僚を除けば、皆が遠巻きに、腫れ物に触るように仕事をする。気安い会話が出来る相手はどんどん減っていきました。もしかしたら嫉妬もあったのかもしれません。
それだけならまだ耐えられたかもしれません。しかし、雛さんと付き合ってからというもの、天狗の身には今までにも増して凄惨な不運が立て続けに起こりました。
家に雷が直撃する、山で道を踏み外し大怪我をする、貰ったばかりの給与を全額引ったくられる・・・・・・・・・。
更には仕事場でも、何人も大病を患ったりボヤ騒ぎが起こったり、自分達だけの問題では済まなくなってきました。
とうとう、天狗は雛さんにある相談を持ちかけました。同僚がひどい目に遭い始めたのは自分達が付き合ってから。しかし原因は『一人』なのです。今からでも雛さんと付き合いを絶てば、被害は最小限に抑えられる。
天狗は額を擦り付けるように頼みました。本当にすまない。別れてくれ。僕も周りも、もう限界なんだ、と。
雛さんはしばらく悲しい目をして天狗をじっと見つめました。弱々しい背中。頑なに下を向いたままの顔。その表情を自分から確かめようとする意欲は、その時の彼女にはありませんでした。
やがて、彼女はこくりと頷きました。
『分かったわ。顔を上げて』
『本当か!?』
向き直った彼の表情は、あからさまにホッとしたものでした。目には光がなく、まぶたには隈が浮かび、愛の言葉を口にした時の覇気はどこにもありません。
精一杯の作り笑いを浮かべてお礼をいう天狗。そんな彼に雛さんは作り笑いで返し、ふと言いました。
『この際だから、あなたに付いてる厄も全部取ってあげるわ』
『え、あ、ありがとう』
雛さんが手を差し出すと、男は拍子抜けしてその手を取りました。その瞬間・・・・・・
ネジの切れた人形のように、天狗が倒れました。
突然床に体を投げ出し、眠るように・・・・・・。それからはピクリとも動かず、しばらくしたら冷たくなってしまいました。
彼の人生は既に、死ぬまで厄がつきまとう運命にありました。だから厄を取り除いた途端、命そのものを投げ出すに至ったといいます。
その事を雛さんが予想出来ていたのかは知りませんが・・・・・・。本当に "一生後悔する" よりはマシだったのかもしれませんね。
―
・・・・・・それから、雛さんは間もなく元の生活に戻り、天狗達も皆『やはりこうなったか』と言い合って、死んだ天狗は忘れ去られていきました。今では、この事を話す人は滅多にいません。
・・・そうそう、大事な事を忘れていました。厄神って、話を伝え聞くだけでも悪影響があるんです。皆さんもどうかお気をつけ下さい。
え? どういう意味、ですか? 分かりません?
これ、雛さんに直接聞いたんです。本人しか知り得ないような事がちょくちょく出てきたじゃないですか。
なんでも彼女曰く、好意を寄せる者をこれ以上出さない為にも、この話を広めてくれというのです。仮に不幸に見舞われたとしても、実際触れ合うより数段安全だからと。
・・・・・・悪く思わないであげて下さい。噂を広めるのが、そしてあの時天狗の命を奪ったのが私怨混じりだったとしても。
どのみち、悲しい話に変わりないじゃありませんか。
私の話は終わりです。ありがとうございました」