「おっと、私が二つ目ね。天人である比名那居 天子よ。
それにしても、話を聞いてて思ったけど、やっぱり雰囲気出てるわね。生ぬるい風が入ってくる薄暗い部屋で怖い話・・・・・・。古臭い神社、擦れた畳にシミのついた襖なんかもナイスな会場を演出してくれてるわ。こう薄汚い場所って新鮮だわ。
へ?違う違う、バカにしているんじゃないわよ。私の家って物に不自由しないからさ、古くなると捨てるか取り替えちゃうのよ。
穴の開いた傘とか、シミのついたソファとか、飽きちゃった敷物とか。
だからこういう場所に来るとね、色々思い出しちゃうのよ。ああ、思えばアレも悪くなかったな、勿体なかったかもなあ、って。
無くなってから有り難みに気づくってこと、皆にもある? 物に限らず色々あると思うのよ、例えば・・・・・・
いえ、ここから先は話した方が早いわね。
―
・・・・・・昔、人里に一人の娘がいた。その人はお母さんを亡くして、年老いたお父さんと二人暮らしだった。
娘さんはもうそろそろ恋人なんか居てもおかしくない年齢で、普通なら父親と距離を置いてたりする頃。
けど、彼女の場合父親を意識せざるを得ない機会が毎日あったの。
彼女の家は和菓子屋を営んでてね。父親も年をとってからは娘さんになんとか継いでもらいたいって、菓子作りの修行をつけていたのよ。一人娘だったのもあって、そりゃあ厳しくね。
一方、娘の方はどうにも素直に慣れなかった。よくある話よ。 "お父さんの夢は私の夢じゃないのよ!" なんて。思春期の途中ってこともあって、結構反発したんでしょうね。
私もお父様の恩恵で天界に居るけど、余計な苦労がついて来るってんなら話は別だなあ。お父様にバカとかなんとか言っちゃってたかも。
で、そんな日々が続いて、娘は次第に家に寄り付かなくなった。家出とまではいかないけど、毎日忙しい父親を尻目に、手伝いもせずに人里を遊び歩いていた。
今までも、二人以外に家族が居なくてかなり険悪な雰囲気だったことは想像に難くないけど、一人で残される時間が増えたとなれば心労は更に深刻になったでしょう。働き手の数だけの問題じゃない。マイナスの感情が元で誰かいなくなるって辛いものよ。奥さんに続いて娘さんも、それも今度は自分の不甲斐なさで取り返しのつかない事になったら・・・・・・
毎日一人で不安を抱え込んで、父親も段々と心身を弱らせていった。
それが祟ったんでしょうね。ある日、父親は倒れてしまった。すぐに対処すれば何事も無かったかもしれないけど、運悪くその時は既に閉店した後。娘はどうしたかというと、騒霊のライブに出かけていた。
騒霊って知ってるわよね?あの三人組の楽器の幽霊よ。プリズムリバー三姉妹って言えば分かるかしら。そいつらの演奏会は人妖問わず人気があってね。娘は夜まで夢中になっていた。
帰った頃には、父親は帰らぬ人になっていた。嫌ってはいたけど、その時は泣き通しだったそうよ。それに、葬儀の時間も。
それから、娘は近所の人達に助けられながらも、働き口を探さなきゃいけなくなった。未熟だった菓子作りの腕には頼れず、和菓子屋は閉店。自ずと娘は父親の理想から外れていく事になった。
結果的に父親から解放されたいって願いは叶った訳だけど、娘の心は晴れなかった。それどころか塞ぎ込んだり落ち込んだり、暗い表情を見せることが多くなっていった。
継ぐ気に今さらなった、てんじゃないでしょうが、あんまりにもお別れが唐突過ぎたんでしょうね。死に目も見れなくって後悔してももう遅い、と。
そんな訳で、追いたてるものも息抜きできるものも無くなり、浮わついた日々を過ごしていた。とりあえず食い扶持を探して駆けずり回り、夜になったら帰って寝るだけ。年頃もあって味気無いと何度も思ったでしょうが、贅沢は言えない。
その日も娘はいつものように暗い家路を急いでいた、その時。
どこからか軽やかな音楽が響いてきた。聞き覚えのある気がして振り向いてみると、三人組を中心に人だかりが出来ているのが見える。
プリズムリバー三姉妹だった。以前は心が躍るほど楽しんで聞けていたけど、今は気が沈むばかりだった。恨む筋合いは無いのに『あの時行ってなければ』と後悔が募る。
頭の中がごちゃごちゃになって、いつしか道の真ん中に佇んでいた。俯いて黙ったまま、どの位の時間が過ぎたんでしょうね。ふっ、と耳に響いていた音が止んだ。
ハッとなって顔を上げると、もう演奏は終わっていた。高らかな拍手が上がり、三姉妹はその面々に満足そうに頭を下げている。
辺りはもうすっかり日が沈んでいた。暗く静まった里を見渡して現実に引き戻され、こんな事している場合じゃないと娘は慌てて帰ろうとした。
その時。
『もし』
『ひゃっ!?』
突然背後から声がした。振り返るといつの間に来ていたのか、三姉妹がすぐ近くに並んで立っている。
『な、何か・・・・・・?』
娘が戸惑っていると、大人しそうな長女がスッと進み出て、微笑む。
『失礼、何やらとても落ち込んでいるように見えまして・・・・・・』
『あなた、確かライブに一度来てくれたよね~?』
三女が首を傾げて近寄ってくる。一度来ただけの客の姿なんて覚えているものなのか。それにしても、わざわざ気にかけて訪ねてくるなんて。
娘はどう返事したらいいか分からず二人の顔を交互に見ていた。するとさっきまで黙っていた次女が口を挟む。
『私達みたいのは、人の精神に敏感でね。ちょっと気になっちゃったんだ』
路上で突っ立っていたのも見られていたみたい。娘は自分の心を見透かされたみたいで、少しだけ恥ずかしくなった。目の前の三人は悪意の欠片も無い笑顔で自分の表情を伺っている。
悲しい気分になっていたのは本当。でも姉妹にそれを打ち明けていいものかとやはり躊躇われた。そりゃあ彼女らの噂は巷でも聞くし、善意で声をかけたのは分かる。だけど、完全な身内の話だし・・・・・・
結構な時間悩んだけど、言ってもどうなるものでは無し、と娘は父親との事を話した。彼女もしんどかったんでしょうね。話しているうちに、ポロポロ涙が溢れてきた。嗚咽混じりに話終えると、長女がしばらくして言った。
『・・・・・・すみません、身内のご不幸とはついぞ知らず・・・・・・』
『いいえ、良いんです。私も楽になりました・・・・・・』
娘は涙を拭い、足早に立ち去ろうとした。しかしその背中に三女が大声で、こんな事を言い出した。
『ねえ! お父さんとまたお話したくない~?』
娘の足がはたと止まる。聞き間違いかと振り返ると、三女はスタスタと歩み寄り、あっけらかんと続ける。
『私達なら出来るよ。死んだお父さんを呼び出す事が出来る』
まさか、そう思って長女の方を見ると、遠慮がちに微笑んでからこう言った。
『もしあなたが望むならですが・・・出来ますよ。お父さんと、一度だけ』
『我々騒霊楽団、普通の演奏家とはちょいと違うよ!』
次女がえへんと胸を張る。けど娘はにわかに信じられなかった。でも心残りは確かにある。普通ならたちの悪い嘘か詐欺かと疑う所だけど・・・・・・
一生引きずるはめになる方が辛くて、ダメもとで娘は頷いた。
―
数日後、娘は紅魔館の脇の、古びた洋館に招かれた。
三姉妹の棲みかよ。薄暗いホールに足を踏み入れると、三姉妹が立っていた。その前には一本の火がついた蝋燭に、何故かポツンと置かれた座布団に、湯気を立てるお茶。
『あの、これは一体・・・・・・』
『ああ、その座布団はそのままにしといてください。それと例の物を』
娘はあらかじめ頼まれたものがあった。それは娘が作った和菓子。久々に作ったそれを娘はいぶかしみながら座布団の前に並べる。
まるでこれから誰かを招いて茶会でもするのかという浮いた空間が、駄々っ広い洋館に出来上がった。娘は脇によけるように言われ、三姉妹が顔を見合わせる。
一拍して、三人の息のあった演奏が始まった。静かに染み渡るような、物悲しくそれでいて惹かれる美しいメロディー。娘もいつしかうっとりと聞き惚れていた。
風のような旋律に浸り、何分か経った頃、娘は何気なく誰もいない座布団に目を向けた。
そして、目を疑った。
『え?』
座布団に誰かが座っている。人が入ってきた気配なんてしなかったのに、白い着物を着た初老の男が正座して、お茶を飲んでいたの。
しかもその横顔、どこか見覚えがある。娘が目を丸くしていると、その男がゆっくり振り向き、微笑んだ。
『よう』
『お父さん・・・・・・?』
そこにいたのは、紛れもなく死んだ筈の父親だった。彼は息を呑む娘を尻目に菓子を一つ頬張り、穏やかに語りかける。
『元気だったか? ・・・・・・少し、やつれたか』
生前と何一つ変わることなく、娘を気遣う父親。演奏は続いている筈だけど、不思議と一つ一つがハッキリと耳に届き、包み込むように暖かかった。
娘はそれだけで感極まって、はらはらと涙を流し始めた。そして亡くなってからの後悔から、謝罪の言葉が流れ出す。
『ごめんね・・・・・・。私、何もしてあげられなくて、お店ももう・・・・・・』
しゃくり上げながらそう言うと、父親は黙って頷き、そっと頭を撫でる。
『いいんだ。俺もお前の気持ちを考えて無かった。苦労をかけちまったな。謝るべきは俺の方だ。』
ずっと言いたくて言えなかった言葉。それをキチンと受け止めてもらえて、娘は恐る恐る父親に目を合わせた。
父親は照れ隠しなのか、目の前の和菓子を摘まんで口に入れる。
『うん、美味い』
父親が大袈裟に手を打ったのを見て、娘は涙目のまま吹き出した。
『やだ、何度も私にダメ出ししたくせに、今になって』
『いやいや、本当。素晴らしい。百点満点、俺の見る目が無かったんだ』
親子はしばらく冗談を言っては笑いあっていた。生前にはお互いに突っぱねて手放してしまった温かさを、二人は十数分が何年にも感じられる程に噛み締めていた。
しばらくして、長女が演奏の手を止め、二人に申し訳なさそうに囁く。
『失礼。そろそろ留める限界です。今のうちにお別れを・・・・・・』
娘はそれを聞いて、やはり残念そうな顔をした。父親が向き直って、そんな娘の頭をまたそっと撫でる。
『もう俺の事は気にするな。悪いことさえしなけりゃ、後は自由に生きてくれ』
『お父さん・・・・・・』
鼻を赤くして、必死で涙をこらえる娘に、わざと父親は呑気な声で言った。
『冥界になぁ、和菓子とか好きなお姫様がいるんだ。土産に持っていこうかなぁ』
『・・・・・・恥ずかしいよぉ』
『なーに言ってんだ、自信持てや。俺は堂々と聞いてやるぜ。
う
・・・・・・なーんつってな。あはははは・・・・・・』
それだけ言って、父親は笑いながら空に引っ張られるように浮かび上がると、そのままスウーッと消えていった。
―
良い話でしょ? 親子は色々あるものだけど、素直にありたいっていうもんよ。
ちなみにね、最後のオチは私が脚色したの。ちょっとしたアクセントになったでしょー?
・・・・・・って、え? 何?
それより娘がそれからどうなったか知りたい?
ああ、それね。里の表通りに甘味処があるでしょ? そこで働いてるのよ。旧姓で尋ねればすぐに分かるわ。
・・・・・・何よー? さっきまで白けた顔しておいて。私の話終わった時と反応違わない?まあ良いけどさ・・・・・・
次の人、お願い。」