幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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六周目
六周目・一話目-アリス・マーガトロイド


 「あら、一話目は私なのね。

 アリス・マーガトロイドよ。どうぞよろしく。

 

 それで・・・何から話そうかなぁ。初っぱなから来るとは思ってなかったから。

 

 ・・・・・・人形の話して良い?私って家で人形作りばっかりしてるから浮かぶネタが限られているのよね。

 

 あ、良いの?ごめんね。じゃあ本題入りましょうか。

 

 

 

 

 ・・・・・・あれは、私が使える拾い物でもないかと香霖堂に行った時の事だった。いつも通り店主と世間話しながら、ガラクタの置かれた棚を見回っていたんだけど、ふと気になるものが目に入ったの。

 

 店主のいるテーブルより更に奥、客からは中々見えない隅っこの方に、一体の人形が置いてあった。

 なにも綺麗だったとか、大袈裟な入れ物に入っていたとかじゃないの。むしろ汚かった。髪がボサボサで、手垢で汚れて服も所々破けた、古ぼけた人形。

 そんなのがポツンと置いてあった。

 

 だからどうした、って訳でもない筈なんだけど、何だか気になってね。でもあの店主さんの事だから、また変な拾い物でもしたんでしょう。

 深く考えずに、一つ二つ買い物して、店を出た。

 その時、何気なく店の中を振り返ったんだけど・・・・・・

 

 店主は既に背中を向けて、業務に戻っていた。その後ろ姿に隠れて、二つの視線がぶつかった。

 あの人形が、横向きになってこちらを見ていた。勝手に倒れたのかもしれないけど、それほど不安定だったとも思えなくて、扉を閉めるまでの間、何故か目を逸らせずにいた。

 

 家に向かって歩き始めても、なんとなく嫌な感じが拭えない。あの戸の隙間から見えていた二つの目がまだ何処かから見ているような気がして。

 魔法の森の中だから、周りには誰もいない。時折木々のざわめく音が聞こえるだけ。道らしい道の無い森の中でも、足は習慣で家路に向かって動く。背中の寒気は焦りに変わって次第に早足になっていった。

 

 サクッ、サクッ、と乾いた土を踏む音が規則的に響く。木の枝葉が頭を掠めたりしたけど、気にしてはいられなかった。そんな風にして、幾らか進んだ頃。

 

 耳に、別の足音が聞こえてきた。

 微かだけど、私の足音に少し遅れて、カリッ・・・カリッ・・・って忍び足のような気配を押さえる音。

 

 咄嗟に振り返ったけど、誰もいない。自分が通ってきた足跡が辛うじて見えるだけ。

 怪しく思ってしばらく向こうを凝視してみたけど、変わったものは何もなかった。

 でも、前に向き直って歩き出すと、また一定のリズムで、小さな足音が聞こえるのよ。一度わざと止まったり蛇行したりしてみたけど、全然足音の大きさが変わらない。どんなに私が歩く調子を外しても、規則正しく、距離も一向に付かず離れずついてくる。

 

 これは気のせいやただの動物なんかじゃない。明らかに意思がある何者かがつけて来ている。

 途端に怖くなって、振り切ろうと全速力で走り出した。ザッザッザッと荒々しい足音が耳に届く。すると後ろからはサッサッサッと同じ調子で誰かがついてくる。

 引き離そうとしても糸で繋いだみたいに離れない何かから逃れようと、もう息を切らしながら走り続けると、やがて自分の家が見えてきた。

 

 助かったと思ってドアに飛び付くと、押しても扉は動かない。鍵をかけていたのに気づいて大急ぎで鍵を挿し込む。その間にも、足音はドアにかじりつく私の耳にジワジワと近づいてくる。

 鍵を回すだけの間でも焦ってドアを五月蝿く押してしまう。解ける金属音がしてから急に体が軽くなって、ドアを押す勢いで中に転がり込んでしまった。

 

『きゃっ!』

 

 床に情けなくへたり込んで、家の中に入れたんだと一瞬だけ安堵する。その直後にドアが開けっ放しなのに気づいて、動悸の止まない体を引きずって膝立ちでドアに手をかける。

 そのまま押して閉めようとした時、はたと体が止まった。

 

 あの香霖堂で見かけた人形が、独りでにカサカサと走ってくる。周りに誰もいないのに、私に向かって二本の足でみるみるうちに近づいてくる。

 家を見つけて隠れる必要も無くなったのか、目が釘付けになった私へ生きているかのように、駆け足で、一直線に。

 

 思わず扉を閉めて、引っ掻くように腕を伸ばして鍵をかける。

 続けて家中の窓の錠を確認してカーテンを閉め、暗くなった家の中で、ベッドに座り込んで固まった。

 

 息を潜めて、無音になった部屋で布団を被る。コトリとも音がしない空間を、自然と目線がいったり来たりする。

 家の外にはまだアイツがいるんだろうか。どういう訳か動き回り、私の後ろをずっとついてきた、あの古い人形。

 

 少しずつ目が慣れてきた。部屋の端のカーテンに目をやる。窓は締め切って当然ながら風は入って来ない。だのにカーテンの向こうに浮かぶ影が揺らめいた気がして、ひっと体が硬直した。

 ・・・・・・見間違いかもしれない。しばらくしても、物音一つしないし、もしかしたらもうどこかに行ってしまったかもしれない。だけどすぐには震えが収まらなかった。

 

 身動ぎも出来ずに視線ばかり泳がせ続けて、色んな予想と不安が浮かぶ。そういえば戸締まりは間違いなかっただろうか、今さっきつい気を抜いて何かを聞き逃さなかっただろうか?

 動いて確かめ直せば早かったけれど、そうも出来なかった。不安が杞憂で終わればいいけど、いざ的中したら。何処かから侵入されて、目の前に現れでもしたら・・・・・・

 

 そう思うと縮こまるばかりだった。そんな気を張る時間が一時間、二時間と続いて、いつしか私は疲れきってしまった。

 

 

 

 

 ・・・・・・どのくらい経ったかしら。私は座ったままの姿勢で目を覚ました。カーテンから差し込む光はもう一片もない。

 手探りでベッド脇の置き時計を取って目を凝らすと、もう夜中の零時を回っていた。何時間も眠っていた事に気づいて、例の人形はどうしただろうと背筋がにわかに寒くなる。

 

 その時。

 

 カタ、と小さな音が、天井の方向から響いた。肩が跳ね、反射的に音の方向を睨む。

 

 音はカタン、カタン、と妙に小気味良く、屋根を伝うように響いた。窓からは雨や風の音は入って来ない。

 その時、たった一つ、外から通じる開け放しの場所を思い出した。

 

 煙突よ。まさかとは思ったけど、音は段々とその方向に移っていた。

 

 恐る恐る体を起こして、机からマッチを取る。一本だけ擦って明かりを灯すと、足音を潜めて居間に向かった。

 煙突から繋がる暖炉の前まで来ると、ちょうど上からゴトゴトと伝って降りる音がする。一度火を消して、常備してある薪を一本取って息を潜めた。

 

 降りる音が少しずつ大きくなり近づいてくる。暖炉の脇から顔だけ出して睨んでいると、ヒョイ、と小さなものがぶら下がった。

 人間の足のような形。それがソロソロと下に伸びて、一気にドスンと本体が降りてきた。

 灰がもうもうと舞って、うすぼんやりと辺りが白く光る。それに照らし出され、暖炉から落ちてきたものが這い出してきた。

 人形の影がスタスタと歩き出す。誰かを探すようにキョロキョロと周りを見渡す。片手で持ち上げられる無機物が、人間のように意思を持った動きをするのが不気味だった。

 意を決して飛び出し、思いっきり薪を振り下ろす。バキッという木の音と何かが割れる感触、手にもじんわり痺れが伝わったけど、無我夢中で薪を何度も叩きつけた。

 次第に砕ける感触と音が潰れるようなそれに代わり、ふと気がつき目が慣れるとソイツは少しも動かない、バラけた物体に変わっていた。

 手足は四方に飛び散り、胴体は細かく割れてひしゃげ、床にへばりついている。頭は押し付けられてグチャグチャに張り出した髪の毛に隠れて原型を留めていない。荒い息をしながら無惨になった人形の残骸の前で立ち尽くしていた。

 

 しばらくして、ハッとなってマッチを擦り、暖炉に火を入れる。そして人形を大急ぎでかき集めて残らず火にくべた。

 小さくなっていた分、簡単に形を歪め、熔けていく。

 それを見ながら、ようやく恐怖が消えて、火をつけたまま眠り込んじゃった。

 

 

 

 

 また目が覚めると、暖炉の中には消し炭と、人形の燃えかすが残っていた。目玉や髪の毛がまだ形を残していて、やっぱり夢じゃないって、気味悪くなって庭に埋めたわ。

 昨日の奇妙な事件の痕跡を残らず土の下に押し込むと、真っ直ぐ香霖堂に走った。あの人形が一体なんだったのか、聞いとかないと気分が悪かったからね。

 

 朝方の冷える森を抜けて、香霖堂のドアを押す。日が昇ったばかりだからまだ開いていない。けど人形の正体が知りたくて居ても立ってもいられず、扉を乱暴に叩いた。

 しばらくして、奥の方から足音がして扉が開けられる。そこには、疲れた顔の店主が、腕に包帯を巻いて立っていた。

 文句の一つでもいってやろうと直前まで思っていたけど、その姿を見て急に我に返った。思わず昨日は無かったその包帯に目がいく。

 

『なんだい、こんな朝早くから』

 

 店主は、突っ立っている私に不機嫌そうに尋ねてきた。慌てて昨日の一部始終を伝える。人形が追いかけてきた事、結果的に燃やしてしまった事。

 それを聞いた店主は、一瞬だけ顔をしかめ、『やはりか』と呟いた。

 

 詳しく聞いたら、あの人形は無縁塚に落ちていたもので、拾ったは良いもののそれからラップ音がしたり、人形の置場所がいつの間にか変わっていたり、変な事が立て続けに起こったんですって。

 しばらく置いていたけれど、昨日私が帰ってから腕の骨を折るまでになって、とうとうお祓いしようと決めたら肝心の人形がない。それで朝方まで探して気が気で無かった、と。

 

『君の所について行くだなんて、迷惑をかけたね、すまなかった』

 

 店主は深々と頭を下げてきた。でも次の瞬間には気まずそうな笑顔を向けて、『でもまあ、燃やしたなら大丈夫だろう。肩の荷がおりたよ』なんていい加減な事を言っていたわ。

 

 私としては、不安が消えた訳じゃなかった。店主の話を聞く限りただ動くだけの人形って訳じゃない。怪我をしたのを見ても悪意、良くないものの影響を受けているのは想像出来た。ましてや無縁塚に落ちていた訳だしね。

 物理的に燃やした位じゃまだ解決しない。頭ではそう思った。

 けど、私も疲れきった状態で、しかも一度見えないようにしちゃったから、正直もう忘れてしまいたかった。わざわざ掘り返すなんて、したくなかったのよ。

 

 大丈夫、そこまでする必要ない。無理やりそう思い込んで、何事もなかったように元の生活に戻った。特に変わったこともそれから起こらなかったわ。

 

 数日は。

 

 ある日、あの人形を埋めた場所に、ひょっこり植物の芽が顔を出した。草むしりは割りとマメにしていたつもりだったんだけど、妙にポツンと、大きく伸びた芽だった。

 一瞬嫌な予感がしたけど、気にしないようにして引き抜いた。根がズルズル抜けて、一瞬人の形に見えて、すぐに捨てた。

 

 けど、次の日見るとまた同じ場所に芽が生えていた。それも、少しだけ大きくなって。

 同じように抜き取るんだけど、次の日にはまた成長した姿の芽がある。何度抜いても、抜いても、それは消えなかった。いえ、それどころかみるみる太くなって、私の背を追い越すまでになった。

 数ヶ月が経って、あの人形の上には森の木々と変わらない大きさの大木が、庭に一本だけすらりと伸びていた。

 

 いくらなんでも変でしょ?竹じゃあるまいし。・・・・・・もちろん、それまでの間なんとか抜き取るか、切ってしまおうか、色々と試した。

 けど、不思議と出来ないのよ。なんていうか、地に足が着いていないというか、腰がぐらつくの。宙ぶらりんになっているみたいに踏ん張れなくて、引っこ抜こうとしても、鋏を入れようとしても、斧を振ろうとしても、力が入らなくて傷一つつけられない。

 終いには段々と息が苦しくなりだして、その場に決まってへたり込んじゃう。でも木から離れると不思議と収まるのよ。

 そんな訳で、完全に成長しきる頃にはなるべく近寄らないようにしていた。

 

 そうして無理に忘れようとしていたある日、一人の女の子が訪ねてきた。今までもままあったように、森で迷ったから止めてくれとね。

 けど、その子は他と違い奇妙だった。目が虚ろで焦点を結ばず、言葉も弱々しい。口が動いて喋ってはいるけど、"言わされてる" って表現がピッタリ似合う姿。

 

 それを見て、またあの人形が頭をよぎった。詳しくどう関係あるかは分からない。けど、とにかくただ事じゃないのは確かだった。

 

 でも森の中に放り出せる訳もなくて、結局家に入れた。夜まで戦々恐々としてはいたけど、とりあえず寝てはくれたのよ。

 けど、そこからが余計心配だった。寝静まれば当然無防備になる。煙突から入ったあの人形じゃないけど、目を離せばどんな悪いことが起こるか分からない。

 

 そこで、私も強引な手に出た。手頃なロープを引っ張り出して、寝ているあの子をベッドごとぐるぐる巻きにしたの。起きてからの言い訳が大変だけど、とりあえずはこれで動けない。

 幸いその子も気づかずに、変わらず寝息を立てていたから、チラチラ見つつも次第に安心して、自分も床についた。

 

 

 

 

 ・・・・・・目が覚めると、もう日は高くなっていた。どうも心配事が続いたからかしら。慌てて飛び起きて家を探したけど、女の子もどこにもいない。

 まさかあの子もまだ寝ているのか、そう思ってお客用の寝室を開けた。

 

 ・・・・・・すると、中身はもぬけの殻だった。帰ったのか、一瞬そう思ったけど、書き置きも何もなく、何より、縛っていた筈のロープまで消えている。

 嫌な予感がして、家を飛び出した。一番に目に飛び込んでくるのは、庭でいっとう背の高い、あの木。

 

 その木の枝に、あの女の子が首を吊っていた。私が使ったロープでね。

 駆け寄って下ろそうとしたけど、ブラブラと頼りなく揺れる後ろ姿は一見して、もう手遅れだった。

 しばらく呆然として動けなかった。背中を見ながらこれも人形のせいなのか、この木のせいなのかとぼんやり考えていると、不意に、グリンと首だけが捻れて、死体が私を見て笑った。

 

『ひっ!』

 

 飛び退いて腰を抜かしたわ。急に動いたのもそうだけど、何よりその時の目が恐ろしかった。

 暗く淀んだ、死骸の目。それはあの時初めて見た、人形が見つめてきた時の目とそっくりだった。

 

 口をパクパクさせて固まっている私に、死体はニーッと顔をニヤつかせて、ぶら下がったままこう言った。

 

『パパもね、こうやって死んだんだ』

 

 

 

 

 ・・・・・・それから、霊夢を呼んで、木を祓ってもらったわ。細かくは知らないけど、さぞかし流れ着く前に色々あったんだろうって言われたわ。

 

 あれからは私も店主も変なものになるべく手を出さないようにしてる。お陰で最近は平和だわ。

 

 ・・・けど、時々夜中にコトコト、って小さな音が聞こえたりするのよ。近寄っても何もないんだけど・・・・・・ね。

 

 私の話は終わり。怖がってもらえたら嬉しいわ。


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