幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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不思議な世界って難しい


五周目・四話目-霍 青娥

 「あら、私でもう四話目ですの? 早いものですね。私、霍 青娥と申します。良ければお付きあい下さい。

 

 ねえ阿求ちゃん、貴女は神・・・・・・いえ、仏様を信じていますか? 私は仙道が専門であまり詳しくはありませんが、伝承によっては奇跡を起こしたり、神様と同じような扱いを受けていたりしますよね。

 

 実は私は信じていますのよ。幻想郷にもお寺がありますが、そこで見たんです。

 それも、怖い体験と合わせて・・・

 へ? 妖怪の仕業? いえいえ違います。あれは妖怪などではありません。れっきとした仏です。

 

 とにかく、聞いていただければ分かっていただけますわ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 以前、私が気まぐれで人里近くのお寺を訪ねた事がありました。

 命蓮寺というお寺です。妖怪たちが修業をしている変わったお寺ですわ。特に用は無かったのですが、私の弟子はそこの住職とお知り合いでして、まあお話でも出来たらなぁ、と思って立ち寄ったのでした。

 

 石段を登り、お寺の門とその向こうの庭が見えてくると、箒で掃除をしている子供の姿が目に留まりました。

 幽谷 響子(かそたに きょうこ)ちゃん、犬みたいな耳と尻尾の生えた、女の子の妖怪です。

 彼女は山彦の妖怪だそうで、声が大きくて、相手の言葉を繰り返す妙な習性を持っていました。結構面白いもので、その日も私は遠くから声を張り上げました。

 

『おはようございまーす!!』

 

 その声に響子ちゃんはクルリと振り向いて、『おはようございまーす!!!』と更に大きな声で返してきました。近づいて行ってもくりくりした笑顔で嫌な表情一つせず、『お掃除? 偉いわね~』なんてお世辞を言って撫でてやると、尻尾まで振っていましたわ。

 

『御住職はいらっしゃる?』

 

 私が尋ねると、響子ちゃんはチラリと顔を曇らせ、しばし思い出すように目を泳がせて言いました。

 

『和尚様は里に説法に。一輪様は買い物、代理様とナズ様は神社、ぬえとマミゾウ親分はどっか行っちゃいました』

 

 ご丁寧に答えてくれたものです。とにかく生憎全員お留守という事でした。これは拍子抜けと、私はとりあえず帰ると言いました。響子ちゃんも素直なもので、名残惜しそうに別れの挨拶をして下さいましたわ。

 

 しかし、その響き渡るサヨナラと大袈裟な手振りでの見送りを受けて数分後、私は響子ちゃんが掃除に戻った頃を見計らって、寺を大回りに裏手にこっそり回りました。

 誰もいないと言った通り、庭の木に覆われた寺は声もせずしんと静まり返っています。

 

 ひとっ跳びで壁に手をつき、すかさず仙術で穴を開けました。木の壁はパックリくり抜かれ、畳と襖の和室が露になりました。

 

 誰もいないのなら、と気紛れで忍び込んでやろうと思ったのです。先ずは穴から顔を出してチラチラと覗きます。

 誰の部屋だったのかは分かりませんが、流石はお寺というだけあって、娯楽品は殆どありませんでした。衣服を入れるタンスに押し入れ、お経の解説書か何かの詰まった本棚に、あとは貯金箱なんかの小物が数点。

 つまらない、念入りに恥ずかしい物でも見つけ出してやろうと、忍び足で部屋に足を踏み入れました。

 しかし、ふと振り返った瞬間。

 

『うわっ』

 

 叫び声が漏れました。その時始めて気付いたのですが、襖から入って正面の場所に、大きな仏像があったのです。

 片手に槍を持ち、もう片方に宝具を掲げた、そう。毘沙門天様の像です。

 

 思えば、その寺は毘沙門天を奉り、代理の寅の妖怪と、遣わされた鼠の妖怪が出入りする寺でした。それも毘沙門天本人が居るとは聞かなかったので、像があること自体は不自然とは思いませんでした。

 しかし、入った場所はどう見ても一人ぶんの居室の広さで、そんな場所に私よりも背の高い像を置くなんて随分信心深いというか、変な寺だなあと思いました。

 ともあれ、そんな珍しい物があると分かれば見逃す手はありません。部屋を探すとおあつらえ向きに墨と硯が見つかり、早速落書きを始めました。

 寺の連中にとっては御本尊。それにベタベタ不遜な事を書けばさぞかし慌てるに違いない。笑いを堪えながら隅から隅まで筆を走らせました。

 

『~魔界の僧は破戒僧 おまけに胸はでっかいぞう~』

 

『~寅丸と鼠は凸凹コンビ 宝塔なくして何処此処コント~』

 

『~ぬえとタヌキの妖怪魂 和尚を出し抜き尽く騙し 増える騒ぎの際限は無し~』

 

『~響子ちゃんは可愛い~』

 

(以下略)

 

 ・・・みたいな事を頭のてっぺんから足の先まで書き連ねていました。誰もいないというだけあって、ゲラゲラ笑っていても誰も近寄る者はおりません。

 そんな風にいつしかバレないように警戒するのも忘れ、一人で好き勝手にしていた時でした。

 

『おい』

 

 不意に、誰かの声がしました。野太く低い男の声です。ハッとなって慌てて周囲を見渡しましたが、誰もいません。それに、あんな声の男の人、寺に居たかしら・・・

 

『私だ』

 

 また聞こえました。今度はよりハッキリと。しかしその方向は、襖の向こうでも無ければ私が通ってきた穴でもない。声のするはずもない、目の前・・・・・・

 

『呼んだのは私だ』

 

 毘沙門天の像から聞こえていたのです。ぎょっとしてよく見てみましたが、無機質な光沢はどこから見ても金属で出来た作り物に違いありません。

 私は『ははぁ、裏で誰かが喋ってるんだな』と思い、クルリと背中側に回ってみました。

 

 しかし、誰もいません。壁と像の少しばかりの隙間には、暗がりの中で畳がうっすら見えるだけでした。

 

 じゃあどこから聞こえてくるのか、そう疑問を抱きながらフッと顔を上げました。その時。

 

『悪戯ではないぞ』

 

『きゃっ!?』

 

 ぐるりと、首を回転させた像と目が合いました。その両の目の光は生々しく、口は台詞に合わせて柔らかく変形しました。今度こそ穴の開く程見つめてみましたが、息がかかるまで近づいても確かに仕掛けのシの字もありません。

 

『な、何者ですか? 貴方は』

 

 震える声を必死に抑え、目を離さずに問いかけました。額が汗ばむのを敢えて無視するかのように、像は口をニタリと歪ませて言いました。

 

『私は毘沙門天、本人だ。いつもこの寺を陰から見守っておる』

 

 何をたわけた事を。いつもならそう言って鼻で笑ったと思います。しかしその時はどういう訳か、像と対峙しているだけで体が石のように固まり、重苦しくプレッシャーを放つ像はにわかに動き出して私を掴み上げても不思議ではないような気がしました。

 

『それで、私に何のご用で?』

 

 一つ一つの言葉が上手く発音出来ません。像、いえ毘沙門天は真面目な顔で頷き、初めて目付きを鋭くして言いました。

 

『今までこの寺を見守って来たが、貴様の行いは目に余る。寺に害をなす前に罰をくれてやろう』

 

 その瞬間、鋭い眼光に心臓を射抜かれたような錯覚がし、像の放つ重圧が増し、その周りの部屋の空気までが重苦しくなったように感じられました。

 

『貴様の感じる気配、それは己の悪行を重ねたツケだ。耳を澄ますと聞こえて来るだろう。貴様を恨み呪った怨嗟の声が』

 

 

 そう言われた瞬間、耳にビリビリと痺れるような音の波がぶつかりました。ゴウンゴウンと脳を直接揺さぶるような凄まじい轟音。最初は寺の鐘かと思いました。

 しかし、違うのです。金縛りの体は耳を塞ぐ事も出来ず棒立ちになっていました。すると否が応でも朦朧とするはずの耳に、寧ろハッキリと聞こえてくるのです。

 濁流を作り出す一つ一つの憎悪の声。細かい呟きのような呪いの言葉が、今度はそれぞれの意味を以て蟲の群れの如く襲ってきました。

 

『死ね』

 

『地獄に落ちろ』

 

『一生呪ってやる』

 

『生まれ変わったら四肢を引き裂いてやる』

 

 それは今まで何度も投げつけられ、その都度無視してきた言葉でした。しかしその時だけはどうしてか、声が身体中に噛みついてくるようで、何度煩いとはね除けようとしても頭の中にこびりついて離れないのです。

 

 私はとうとう耐えきれずに、強引に体を引きずって毘沙門天に背を向け逃げ出しました。押し倒すような勢いで襖を開け、廊下に飛び出します。

 

―しかし、そこには木の床の廊下はありませんでした。

 同じような畳の部屋に、その先にはまた襖の出口がありました。

 

 机、本棚、小物、目の前にそっくりそのまま同じ部屋が、散らかり具合までご丁寧に真似て広がっていたのです。数度瞬きをしましたが変わりません。部屋が二つ繋がっていたとしてもこれは奇妙です。

 しかし鼓膜を破るような呪詛に苛まれ、構ってはいられません。まっすぐ先の部屋に飛び込み、戸に手をかけまた扉を開けます。

 

 そして見えたのは、また同じ部屋。部屋の先には先ほどくぐったのと同じ模様の襖があります。向こうにはまた同じ光景が広がっているのでしょうか。

 いや、そんな筈はない。無限の空間などあるわけが無い。そう信じて何度も襖を開け、部屋を飛び出しました。

 何回も、何回も、何回も。

 しかし、いつまでたっても部屋が続くばかりで、違った景色の一つも見えてきません。かれこれ数百メートルは走っています。とっくに廊下どころか外まで突き抜けていておかしくありません。それなのに。

 どうなっている、これが毘沙門天の言った罰なのか。そう思って後ろの像を振り返って睨んだ時でした。

 

『・・・・・・へ?』

 

 しかめていた目付きが途端に丸くなりました。確かに自らの足で走り、部屋を隔てた先にあった筈の毘沙門天像。

 それがすぐ傍、壁を背にして私の『目の前』にいるのです。

 そんなバカな、慌てて前に振り向くと襖はピッタリと閉じ、いつの間にか私は忍び込んだ時と全く同じく、部屋の真ん中で毘沙門天と対峙していました。

 

 さっきまで駆けずり回っていた複製紛いの部屋は、この手で確かに開けた扉は一体何だったのか。襖を再度開けようにも、また同じ部屋があったらどうしよう、そう考えると手が震えて汗ばみました。

 かといって反対の位置には毘沙門天がいます。どちらにも近寄って行けずに、私は逃げるように脇の壁に向かって走りました。

 

『どこへ行く?』

 

 毘沙門天が嘲るような口調で尋ねるのを無視して、頭の簪に手をかけました。出口が無いなら作ればいい。仙術で壁に穴を開け、外の空気が肌に触れた瞬間、反射的に部屋から飛び出しました。

 

 ああ、やっと逃げられる。思えば初めからこうしておけば良かった。私はため息をつきながら、半分目を閉じて地面の感触を待ちました。

 

 ・・・・・・しかし、いつまで経っても足が地についた感触がしません。代わりに何か冷たい空気が下からヒュウヒュウとせり上がってくるのみです。

 

 はて、寺はそう高い場所には建っていなかった筈です。さては知らないうちにまた船に変形でもしたのか。私は不審に思って目を開き、足元を確かめました。

 

『うわっ!?』

 

 そこには、地面などありませんでした。白い雲、いえ、煙のようなものが一面に広がっていたのです。

 

 慌てて上に飛ぶ暇もなく、私はその中に足を踏み入れました。落ちる勢いでズブズブと煙の中に沈み、瞬く間に全身が包まれました。

 それでもなお、煙が晴れる気配はありません。それどころか落ちるにつれて下から怪しい光がぼんやりと照らし、煙の隙間から覗きました。

 その光は赤く、辺り一面に届くほど広大でした。一体どれ程の大きさのものが、こんな広さの光を放つのか、地に立っているとしても相当なものです。

 いえ、寧ろ、この先に地面など無いのではないか、私にはそんな気さえしてきました。

 

 皆さん、地球以外の星で、ガスが集まって出来た星の写真を見た事はありませんか? 小さな核にガスが引き寄せられ、間近で見ると淡く照らされた雲が底無しに見える深さで球の形を作っているのです。雲の海、そんな言葉さえ浮かぶような神秘的な光景でした。

 

 私はその時まさに、煙で作られた深海に落ちていくような感覚でした。いつの間にか目に届く光は下の赤色だけになり、手探りでもがいてみても掴める物はなく、溺れたような心細い感覚がします。

 

 やがて、冷たいばかりだった風が何やら熱を帯びてきました。同時に煙の向こうの赤色が、ぐんぐんと吹き出るように濃くなっていきます。

 脚にちりちりと熱い空気が上るのを感じ、流石にこのままではまずいと、上に飛んで逃れようとしました。

 しかし、動けません。ただの人間のように、なすすべもなく落ちていくばかりです。何故、どうしてだ。パニックになる間にも下からの熱気は火傷しそうな程に高まり、ごうごうと空気のうねる音が聞こえてきました。

 

 焦りがますます募り、空を掴みながら天を仰ぎました。その時、落ちてきた白い煙の中で、一瞬だけ見えたのです。

 透明な、私を握りつぶせそうな大きさの手のひらが浮かび上がりました。私を押さえ付けるような形で上からぐいぐいと五指を伸ばして迫ります。

 私は死物狂いで、その透明な手に弾幕を撃ち込みました。花火のような煙が上がり、手のひらの形がふっと消え失せました。

 

 その事に一瞬だけ安堵し、体からすっと力が抜けました。

 直後、背中に焼けるような痛みと、打ち付けた衝撃が走りました。

 

『がっ!』

 

 動物のような悲鳴が飛びだし、落ちた勢いのままに硬くでこぼこした場所を転がりました。そして地面に接した分だけ、皮が剥けるような感覚。

 

『つぅ・・・』

 

 全身の痛みに縮こまり、しばらく呻いていると、さっきまで気づく余裕の無かった音が耳に届きました。

 パチパチと何かがはぜる音。続けて地面に炙られるような灼熱。そして辺りから立ち上ぼり肌を舐める熱風。意を決して目を開けると、赤い光が飛び込んできました。

 顔をしかめて目を凝らすと、光の正体は燃え盛る、私の背丈よりも高い炎でした。見渡す限りの場所に業火が広がり、隙間を縫うような地面には石ころが幾つも転がり、熱されて巨大な焼け石のようになっていました。

 空を見上げると、あの煙はどす黒く分厚い雲となって辺りを覆い尽くしており、光一筋通しません。

 草一本生えない地面、景色を一色に染める炎、黒煙のようなおぞましい雲に覆われた空・・・・・・

 

 『地獄』。そう表現する他ありません。見れば人影がちらちらと、おぼつかない足取りで近づいてくるのが見えました。

 ・・・ここまで来ると嫌でも予想できました。亡者です。体は黒こげで炭のよう、 曲がって伸びなくなった手足はどういう原理で動いているのか、ズルズルと音をたてています。

 まぶたもなく、真っ白く浮き出た目玉は私を捉えているのか、皆一様に私に向かってひきつった体を揺らし、群がって来ました。

 

 言い知れぬ恐怖を感じ、一目散に逃げ出しました。出口なんて分からないけれど、この悪夢のような世界で捕まってしまえば二度と抜け出せないような、そんな気がしたのです。

 地べたに転がった時の素肌が痛み、ゴツゴツした地面を走ると靴の中が軋みますが、必死で走り続けました。炎の中を掻い潜り、掴みかかろうとする亡者を振り払いながら、気も遠くなるような時間が過ぎました。

 やがて息も絶え絶えになり、吹き出した汗が炙られて体に張り付くまでになった頃、私はいつしか炎の地帯を抜け、幾分か涼しく暗い場所に迷いこんでいました。

 

 そこは一抱え程の石が無数に並べられており、その下の土が盛り上がって見えました。あの寺ほど丁寧ではありませんが、ちょうど土饅頭に申し訳程度の石を置いた、墓場のように見えました。

 

 気づけば追って来ていた亡者たちはもういません。辺りを見て乾いた息をつき、少々その場の雰囲気を不気味に思いながらも、疲労には勝てず、その場にへたり込んでしまいました。

 地面にも構わず腰を下ろし、震える足を労ります。火照った肌を一撫でして、安心した瞬間に頭から後ろに倒れました。

 

 しかし、体を投げ出した筈が、頭はかくんと急に傾き、体が引きずり込まれるように宙に投げ出された感覚がしました。

 

『へ?』

 

 我に返ると同時に背中をまたどこかに打ち付け、視界が明滅しました。瞬きすると四方を土の壁に囲まれ、眼前にはあの灰色の空が切り取られています。

 穴だ。直感で分かりました。しかしいつの間に私の真後ろにあったのか。とにかく起き上がろう、そう思って身動ぎした瞬間、耳元に間延びした声が聞こえました。

 

『せーが』

 

 それは聞き覚えのある声でした。恐る恐る顔だけ動かすと、瞳孔の開いた死体の目がぶつかりました。

 宮古 芳香(みやこ よしか)。普段私の使役しているキョンシーが、よく見れば下敷きになる形で寝ているではありませんか。

 

『芳香、何でここに?』

 

 呼びかけてみても彼女はニコニコと笑うばかり。まともな答えをしないのはよくある事ですが、その時ばかりはもどかしくなり、空をチラリと睨みました。そうして芳香から目を逸らした刹那。

 

『ぎゃっ!?』

 

 首筋に痺れるような痛み。悲鳴を上げて目だけを精一杯脇にずらすと、芳香が噛みついていました。何を言う暇もなく、首に生暖かいものが溢れだします。

 

『あ・・・あ・・・・・・』

 

 事態が飲み込めずに呻いていると、今度は上から誰かの近づいてくる足音がしました。助けて、お願い。望みを込めて天を睨むと、その姿が現れ、私を見下ろしました。

 

 今度は、響子ちゃんでした。暗くて表情は見えませんが、柄のついた大きな道具を手に、私と芳香をじっと見つめています。

 

『お願い! 助けて、手を伸ばしてくれるだけでいいの!』

 

 私は絞り出すような声で叫びました。芳香の牙が一層深く食い込みましたが気にしてはいられません。響子ちゃんはかくんと首を傾げ、少し屈んで顔を近づけました。

 そのまま手を差し伸べてくれる。そう思っていました。しかし。

 

『オネガイタスケテ! テヲノバシテクレルダケデイイノ!』

 

『へ?』

 

 響子ちゃんは九官鳥のような奇妙な高音で私の言葉を繰り返すと、何か湿ったものを浴びせかけてきました。

 

『うぷっ』

 

 喉に砂利が滑り落ち、砂の匂いが鼻をつきました。恐らく持っていた道具はシャベルで、土をかけられたのだと思います。

 

『や、止めなさい! 何のつもり!?』

 

『ヤ,ヤメナサイ! ナンノツモリ!?』

 

 響子ちゃんはまた私の言葉を繰り返しながら、土をかけ続けました。目に、耳にまで土が入り、体が重たくなってきます。

 

『ゆるし、て、おねが』

 

『ユルシ,テ,オネガ』

 

 視界は段々と塞がれ、意識が遠のいていきました。最後に土の隙間から、能面のような無表情の響子ちゃんの顔が見えた気がして、私の意識は途切れました。

 

 

 

 

『わーーっ!?』

 

 大声を出して私は目覚めました。ハッと気がつくと汗はびっしょり、辺りには芳香は居らず、響子ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでいます。

 

『きゃあ!』

 

 悲鳴を上げて飛び退くと、響子ちゃんは驚いた様子でオロオロしだしました。とてもさっきまで他人を生き埋めにしかけた子には見えません。

 

『・・・あれ・・・』

 

 一拍して、周りがさっきより随分明るいことに気づきました。寝ているのは木の床で、火の気一つなく、体も火照ってすらいません。

 呆けて響子ちゃんに向き直ると、首を傾げて『大丈夫ですか?』と言ってから続けざまに早口でまくし立てました。

 

『びっくりしたんですよ。うなされる声がしたと思ったら、本堂に倒れているんですから』

 

『本堂に?』

 

 聞き返して辺りを改めて見渡すと、最初に入った居室よりずっと広く、天井は高い。そして奥には大きな毘沙門天が奉られています。

 像と目があってギョッとしながらも、頭の中で今までの事を思い出しました。あの無限に続く部屋は、煙の海は、地獄の風景は何だったというのか。

 

『ねえ響子ちゃん、私が帰ると言ってから、どの位経った?』

 

 すがるように両肩を掴むと、ひとしきり彼女は瞬きを繰り返していましたが、『ご、五分くらい、です・・・』と答えて俯きました。

 

 五分、明らかに体感時間より短いものでした。ならば夢だろうか?しかしだったら何故本堂になど倒れていたのでしょう。

 

 まさか本当に・・・・・・

 

 

 生唾を呑み、すぐそばの毘沙門天像を見ました。私がした落書きなどどこにもない。荘厳な一体の像。

 しかし、ある一点が目に留まり、私はその場に凍りつきました。

 

 宝塔を乗せている手のひら。そこに微かに、表面が剥がれ傷が出来ていました。

 あの煙の中を落ちていた時に一瞬だけ見えた、透明な巨大な手の、弾幕を撃ち込んだ場所。何度思い返しても、不思議なほどハッキリと思い出せる同じ場所です。

 

 震えて視線を逸らそうとした瞬間、毘沙門天がぎろりと睨み付けた、ような気がしました。

 

 

 

 

 ・・・・・・結局、あれはただの夢だったのか、毘沙門天の下した罰だったのか、不可思議な体験は謎のままです。

 

 ただ、死なないように気を付けようかな~とは思うようになりました。なんせ死後にどうなるのか、にわかに心配になってきましたからね。

 

 え? 反省? 何の話ですか?

 

 そんなことより次の話をお願いしますよ」


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