幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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※今回の話はやや風刺的表現が含まれます。
苦手な方は早苗のBを用意しましたのでそちらをどうぞご覧ください


五周目・二話目-東風谷 早苗 A

 「私が二話目ですか。一話目で大分空気がほぐれたんで、気楽にいきましょう。東風谷 早苗です。よろしくお願いいたします。

 

 皆さん、地底の地獄跡をご存じですか?危ない場所なので、行ったことのない方もいるでしょうが、あそこにある温泉はちょいとしたものですよね。

 私の神社は少々あの場所と繋がりがありましてね。もっと言えば、そこで働いている霊烏路 空(れいうじ うつほ)さんにです。

 もうずっと以前の話になりますが、神奈子様が『幻想郷独自のエネルギー源を』と企んで、地底に降り、一匹のカラスに神様の力を与えた事がありました。そして生まれたのがお空さんです。

 その力は本来とても強く危険なもので、当時はちょっとした騒ぎになりました。ですがすぐにお空さんが制御を成し遂げてくれたので、結果的には何だか急に温泉が湧いた、というだけで終わりました。

 正確には今の姿になったのも、その事件以後なんですよ。手足をいかついアーマーに包んで・・・。今では強い力を認められ、焦熱地獄で悪い魂を処理する仕事をしています。多少のいざこざはあるにせよ、問題なく地底も地上も暮らせているようです。少なくとも、対外的には・・・

 え?どういう事か?今からお話ししますよ。ただ、あまり広まるのも好ましくない話なので、どうか一つ、ご内密に・・・

 

 

 

 

 ある日、お空さんがいつものように仕事に出かけようとした時、ちょっと寒気を感じた事があったそうです。その時は少し気になったようですが、朝方は冷えるものだろうと深くは考えず、いつも通り仕事に向かいました。

 

 しかし、焦熱地獄で作業を始めてからも、魂も溶かすとてつもない熱さの場所にいるにも関わらず、体の寒気は収まりませんでした。

 それどころか今度は体が怠くなり、頭がかぁっと熱くなって、眩暈が怒りました。体は表面ばかりが不自然に冷えるようで、首筋にぬるりとした嫌な汗が伝い、周りとの温度差で気持ち悪くなるほどだったと言います。

 今考えればただの風邪なのでしょうが、彼女はその、何て言うか、ちょっと鈍い子でして、そこまで思い当たらなかったのでしょう。最早動作の一つ一つが億劫なフラフラの体に鞭打って、『しっかりしなきゃ』とばかり考えていました。

 ただ、そんな時は往々にしてどこかでボロが出てくるものです。

 ・・・彼女は鈍いだけではなく、『あれをしてはダメ、これをしてはダメ』という事柄をキチンと覚えて置こうとする、いわゆるマニュアル馬鹿のような所がありました。だから体内の力の制御も、細かく出来ていたのだと思います。

 しかし、体の不調で判断力が落ちていたんでしょう。止まない肌寒さに騙され、彼女は体内の力を使い、ほんの少しだけ―体温を上げようとしました。

 

 その途端、お空さん自身どころか周りの焦熱地獄までもが急に更なる熱気に包まれました。辺りの隔壁がジュウジュウと音をたて、飛び回っていた地獄鴉までギャアギャア鳴きながら逃げ出しました。景色が熱気でユラユラと歪み、視界がおかしいと気づいた瞬間には、お空さんも体が焼けつくような痛みが沸き上がって来たといいます。

 

 その熱は次第に真上に建つ地霊殿にまで及びました。地盤を隔てているにも関わらず、舘全体が蒸し風呂のように暑くなり、飼っていた動物たちが一斉に、本能的に騒ぎ始めました。

 流石に何かあったと勘づいたのが、主のさとりさんでした。彼女が部屋を飛び出して廊下に出ると、急に肌を薙ぐような熱風が吹き付けました。

 その廊下の先に・・・・・・音が聞こえて来そうな程の熱を放つ、お空さんが倒れていたのです。

 

『さとり様ぁ・・・助けてぇ・・・・・・』

 

 彼女は殆ど呻くように言いました。顔は真っ赤に上気して眉は堪えるようにシワをつくり、威厳のあったアーマーは見るも無惨に融けかけていました。

 さとりさんは咄嗟に駆け寄ろうとしましたが、いかんせん熱さのせいで直接触れるだなんて出来ません。何とか無理をして動いてもらって、地霊殿の温泉まで誘導しました。

 なぜ温泉かというと、そこには水風呂もありますし、焦熱地獄が滅茶苦茶ならば温泉も熱源がなくなり、次第に湯も冷たくなります。体を冷やすには持ってこいだと踏んだのです。

 それからしばらくは地獄の余熱だけで地霊殿が大騒ぎになりました。主の妹、こいしさんが急に地底に帰ってきて乗り込もうとしたりハプニングもありましたが、地獄の方はさとりさんの読み通り、勝手に熱を失っていきました。機能が停止しちゃった訳ですが、暴走し続けるよりはマシです。

 

 ただ、問題はお空さん自身でした。熱だけではありません。今度は、普段制御している神の力が外に漏れだしているとお空さんが言い出したのです。周りの人たちは何も見えも感じもしなかったのですが、本人は感覚で分かったのでしょう。私達も風邪などで器官を患ったりしますし、あり得ない話ではありません。

 しかし、近づいては危険とあっても、放ったらかしには出来ません。体を冷やす温泉の水だって、放っておけば熱されて沸いてしまう程だったのです。それにずっと動かないままでは生活もままなりません。

 

 そこで、温泉を一時閉鎖し、周りに仮のトイレなどを作る事にしました。一番の友達の火車や、大工仕事が得意な蜘蛛の子が作業を買って出たそうですが、お空さんの発言を重くみて断られました。定期的に水を入れる作業も同様に。

 

 お空さんは温泉にジッと浸かり、その為の水や飲み水、そして食事を運んでくる妖精と会話をする時間も取れず、そもそも顔ぶれさえコロコロ変わっていったといいます。

 そんな風にろくにコミニュケーションもない、服も着られず軟禁まがいの生活が長く続いたのです。

 

 ・・・これは後の話になりますが、駆り出された妖精が何人か、しばらくして倒れたんだそうです。強すぎる力が害になったのだと、皆は噂しました。お空さんにはひた隠しにされたらしいですが。

 とにかく、そうした苦労の甲斐もあり、お空さんの体温は長い時間をかけて元に戻りました。その時は皆涙を流しての大喜びです。そのままメデタシで終われば良かったんですが・・・

 

 それからも問題は山積みでした。水の継ぎ足し係、飲食物を運ぶ係、掃除をする係、それぞれの妖精たちのケアを始め、お空さんの体調管理など。

 トイレや様々な処理に使い循環した水まで、念をいれて保管し、隔離していたのです。何より漏れ出た神の力とやらがどの程度影響を及ぼしているのか、閉鎖した温泉とその周辺や地霊殿が大丈夫なのか・・・・・・尽く不明でしたから―

 流石にここまで来ると分からない事だらけで、力の元を辿ってさとりさんが守矢神社まで来たのでした。私もその時経緯を聞かされたのです。

 しかし、当の神奈子様も全能神の如く知恵を授けてくれた・・・なんて事はありませんでした。しばらく頭を抱えた後、答えた事と言えば、

 

『神の力は危険なのは確か。融けたアーマーはすぐに処分し、閉じ込めた温泉にはしばらく近づくな。というより地霊殿も出来れば放棄した方が良い』

 

という、急に言われても戸惑うような内容でした。『いつまで放棄するんですか』と聞くと、『ハッキリとは答えられん』とのたまう。

 その返事を皮切りに、さとりさんは矢継ぎ早に質問を浴びせかけました。お空さんに力を戻すのか、最初にボロボロになった焦熱地獄は復旧出来るのか、地面から湧いた天然温泉にお空を入れて、地下まで危なくなってやしないか・・・

 最後は不安がありありと出て、悲痛な口調に変わっていました。神奈子様は黙ったままで、しばらく息を切らすさとりさんと向き合っていました。

 そして、両肩に手を置き、歯切れの悪い調子で言いました。

 

『分かった。一緒に何とかして行こう。次の機会までに知恵を絞っておくから』

 

 精一杯のやり過ごす文句だったと思いますが、相手はさとり妖怪、心中は筒抜けです。明らかに信用していない目付きでした。身内の私でもそう呆れたのですから、さとりさんの胸中は察するに余ります。私も傍で聞いているだけでどれだけ苦い思いをしたか。

 

 しかし、苦難はこれだけではありません。私にとっては、むしろここからが始まりでした。

 

 

 それから幾度もさとりさんと神奈子様が話し合いをしました。しかし、相談の内容一つ一つが、揉め事の種にしかなりませんでした。

 

 例えば水の事。神奈子様が『お空を介した水分も今まで通りにしろ』と言うと、すぐにさとりさんは渋い顔をしました。

 お空さんに摂取、接触させた水を隔離するにも限度がある。行き場のない危険な水は増えるばかりということでした。水分なしでは生きられませんから。

 

 そして行き場の話になると決まって、あの融けたアーマーも話に上がりました。神奈子様は処分しろとの考えを変えませんでしたが、では何処に?と返されます。同じく、あの温泉は、地霊殿は、焦熱地獄はどうするのかと不安の範囲は際限がありません。たとえ放棄するにしても放ったらかしで誰かが立ち入っては危険ですし、解体したらしたでどう処分するか。

 そもそも、処分に使った場所は大丈夫なのか・・・

 

 神奈子様は決まって、極力現地でどうにかしてくれと言いますが、さとりさんは当然首を縦には振りません。

 

『もしヤバイものを押し付けられたとあっては、こっちには荒くれものの妖怪が』

 

『いやこっちこそ天狗との兼ね合いが』

 

 話は平行線です。しかし住まいに危機が迫るさとりさんの方が事情は深刻で、『地霊殿を捨てたらペットたちはどうする、野放しか見殺しか』と迫っていたのを覚えています。

 私も黙ってばかりはいられず、『おいでください。出来る限り、地上でも支援します』と勝手に口を挟んでいました。 しかし、さとりさんは死んだ魚のような目で睨んできました。そして子供が泥遊びをした後のように手のひらをこちらに向け、こう言うのです。

 

『本当ですか?心を読む上に、今や謎パワーがへばりついているんですよ、うへへ』

 

 さとりさんは必死でふざけた振りをしていましたが、私は胸が締め付けられるような気がしました。彼女は昔の迫害された時を思い浮かべたのでしょうが、現代でも、恥ずかしながら似通った心理がありふれていた覚えがあったのです。

 しかし確かに、急に家を、それも元はといえば神奈子様の実験で立ち退けだなんて、ひどい話です。

 

 結局落としどころは見つからず、仕舞いには『お前の所の鴉だろう』『あなたが訳の分からない力を与えたんじゃないか』と決まって言い合いになりました。

 その時の神奈子様の姿は・・・・・・私達を守る、という面もあったのでしょうが、ある時は革新のエネルギーがどうのと言いながら、危険な一面が見えると責任は被りたがらず、少々情けなく見えました。

 『家庭の幸福』というものでしょうか。

 

 ズルズルと話は続きました。地底からの縦穴から地上まで力が及んでいる恐れがあるから入り口の土を削るだの、立ち入れない場所への調査に河童の造ったロボットを使うだの。

 それでも『もう大丈夫!』なんて言われた事は一度たりともありません。難しい問題といえばそれまでですが、こんな深刻なら最初から神様の力なんか手を出さなければ良かったのでは、と内心思っていましたよ。

 ・・・・・・はっきり言って、安全へと向けて前進出来ているのか、丸っきり分かりゃしない。

 

 私だって他人事と思って言っているんじゃないんです。不安ですし、身を切りもしたんですよ。・・・・・・具体的にはお小遣いが減らされました。焦熱地獄の修繕諸々に使うとの事でしたが、私は温泉ぐらいしか恩恵の記憶は無く、理不尽な気がしたものです。

 同時に、こんな方向にまで、本当に色んな種類の影響があるものだと、その時妙に関心しました。

 

 ・・・・・・ここまでが今まであった事の大体のあらましです。愚痴みたいになってすみません。でも、話しておかなきゃ、と思ったんです。

 だって、地上も地底も、殆ど人々が事情を知らないんです。外の世界ならすぐに嗅ぎ付けられるんでしょうが、こちらにそんなネットワークはありませんから。

 ましてや、互いに構造は崩したくない、反感は買いたくない、面倒は被りたくない、そんな心理が共通ならむべなるかな、です。

 

 お空さんは神奈子様に再度元通りにされ、あれほど揉めたゴミ捨ての話も、いつの間にか話はついていました。

 ・・・多分、地底は幻想郷よりずっと広いですから、どっか隅にでもコッソリ捨てたんじゃないですか?

 いえ、文句は言いませんよ。どうしようもないと言われれば、なるほど納得します。

 でももし万が一、お空さんのバージョンアップ版をもう一体作ろうなんて話になれば、反対するでしょう。ただでさえ地底の隅でカラスがまた力を取り込むかも知れないというのに、もう沢山です。

 

 ・・・ええ、もう沢山。皆さんに聞かせておいてなんですが、私もあれこれ考えるのが億劫になってきました。

 皆さん、出来れば今回の話も忘れちゃってください。無理して覚えておく話でもありませんし、私もこの一件は忘れたいのです。なんせ話す最中すら、頭が痛くなってきましたから。あはは。

 

 ・・・もう私はいいですよ。次に行っちゃって下さい。」

 


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