幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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五周目
五周目・一話目-比名那居 天子


 「私が一話目?ふーん・・・

 とりあえず自己紹介しとくわ。比名那居 天子、よろしくね。

 ねえあなた、ろくろ首って知っている?そう。あの夜になると首が伸びたり飛んだりして、行灯の油を舐めるとか好いた人間のもとに飛んでいくとか言われている、あれ。

 人里にいる奴を知っている?なら話は早いわ。里で又聞きした話でも良いかしら。

 ん、災難や問題?特にないわよ。ああ、怖い話って言うから警戒してる?心配しなくても、最後まで聞いてもらえれば分かるわ。きちんとオチもついているし、お気に入りなのよ。

 

 じゃあ行くわね。これは里のちょっとした馬鹿な小噺・・・

 

 

 

 

 里のある大きなお屋敷に、一人の使用人が住み込みで働いていた。といっても、大勢いる男の中でもそいつは一際だらしない奴で、朝寝坊や遅刻は当たり前、皿を割ったり雑巾を洗う水をひっくり返したりドジの絶えない、いつ辞めさせられてもおかしくない奴だった。

 その日の朝も、布団から出ると他の同僚はとうに着替えて働きに出た後で、男は毎度の事と慌てる事もなく、旦那様の前での朝礼に参加しようとノコノコ歩いていった。

 

『・・・ん?』

 

 ところが、どうもいつもと様子が違う。旦那様がズラリと並んだ使用人にあれこれ言うのはいつもの事、しかし今日はその隣に見知らぬ女が立っている。

 その女はまだ男より年下、旦那の娘くらいの見た目で、黒と赤の服と真っ赤なスカート、マント、おまけに赤い髪の毛ととにかく目立つ容貌だった。

 着物だらけの屋敷の中で浮いていながら凛凛しい雰囲気を放つその娘に見とれていると、いつの間にか朝礼が終わったのか皆がぞろぞろと各々の仕事場に散っていく。

 あっ、と思った頃にはその場には男と、旦那と、娘の三人。ぼんやり突っ立っている姿はすぐに旦那の目に留まった。

 

『こら!また寝坊か!』

 

 男は逃げ出す訳にも行かず、そろそろと旦那の前に出た。すると旦那は隣にいる娘を指して、こう言う。

 

『他の皆にはもう紹介したがな。今日から新しく奉公してくれる』

 

『・・・赤蛮奇(せきばんき)。よろしく』

 

 娘、赤蛮奇は口元まで覆うマントの中で呟いた。その態度がどうにもふてぶてしくて、男は初対面からどうにもイヤーな心地がしていた。

 しかし丁度その時、旦那は男と赤蛮奇を交互に見て、よりによってこんな事を言い出したの。

 

『遅れたついでだ。お前、お茶の汲み方でも教えてやれ』

 

『えぇ~、あっしがですかぁ?』

 

『やかましい、さっさとせい』

 

 男は露骨に嫌な顔をしたけれど、旦那に睨まれて男はしぶしぶ赤蛮奇に手招きした。彼女はまた済ました顔で一言も喋らずついてくる。しかも後ろから旦那が『男を見張っといてくれよ、赤蛮奇』とかイヤミったらしく言うものだから、ますます男は面白くない。

 まあ我慢しながらお茶の葉の場所やら湯の沸かし方やら教える訳だけど、赤蛮奇は相変わらずニコリともせず、『うむ』とか『かしこまった』とか一言二言しか喋らない。

 それでいて試しにやらせてみると、これが男よりずっと手際が良い。雫一滴溢さず温度も完璧。湯呑みの並びまでついでにササッと整理してくれて、男は内心、面白くないを通り越して焦りだした。

 この赤蛮奇という奴、ただ者ではない。このまま仕事に慣れていけば差は開き、自分の株まで下がるに違いない。

 男は少しでも良い所を見せようと、いつもとは打って変わってバタバタと忙しない働きをするようになった。しかしその焦りが足を引っ張ったのか、男がつい、赤蛮奇にぶつかってしまった。

 

『おっと・・・』

 

 男はすんでのところで体勢を立て直したけど、体格の小さい赤蛮奇の方はどたんと倒れ込んでしまったわ。

 

『す、すまん、大丈夫か!?』

 

 男は慌てて助け起こそうとした。けど、その時ある事に気づいてしまったの。

 

 床に突っ伏した赤蛮奇の首が、変な方向に曲がっている。マントのせいで分かりにくいけれど、胴体から離れて頭だけ転がったような・・・

 男は一瞬見間違いかと疑った。けど赤蛮奇が『おっと』と言って素早く起き上がる拍子に、今度こそ転がった頭が胴体についていってないのが分かった。マントの先にあるはずの首が、無い。

 

『ヒャア~っ!』

 

 男は悲鳴をあげて、一目散に廊下へ駆け出した。息急き切らして旦那の部屋に飛び込むと、顎をガタガタ震わせながら必死でさっきの事を訴える。

 

『だ、旦那様ぁ!赤飯、じゃなくて赤蛮奇、ポン●ッキ、じゃなくてばんきっき』

 

『なんじゃ、落ち着け。何言っているか分からんぞ』

 

 旦那が呆れた顔をすると男は泣きそうになって、さっきの出来事を細かく伝えた。すると鼻で笑うかもしれない、と思っていた旦那は意外にも、神妙な顔つきになって黙りこんだ。

 

『・・・?』

 

 男は旦那の表情の理由が分からず、怯えておろおろしたままだった。旦那はしばし巡視すると、ぼそりとこう尋ねた。

 

『・・・見たのか』

 

『は?』

 

 思いの外冷静な反応に男は顔をしかめて固まった。旦那はその様子に構わず『見たなら仕方ねえ・・・』と独り言のように呟いて、こんな話をしだした。

 

 

 

 

 先日、旦那が河原を散歩していた時、草むらに奇妙なものが落ちていたらしい。

 それが赤い髪の女の子、あの赤蛮奇の首だったの。野ざらしにも関わらず血色の良い、生首が眠っている、とでも言えるような光景だった。

 最初は旦那も仰天して、つい先程人死にが出たかとましまじと見つめたけれど、ひっくり返して回してみても血の跡一つさえない。かといって作りものかといえば、頬の薄い赤みといい指で触った感触といい、生き物でないとは思えない。

 

 旦那は不気味に思いつつも、放って置く気にもなれず、人目につかないように使用人からも隠して屋敷に持ち帰った。

 そして、やがて日も沈み使用人も明日に備えて寝入った頃・・・

 

 旦那はどうにも拾った首の事が気がかりで眠れずにいた。押し入れに仕舞ったのをこっそり出して眺めてみると、やはり目を閉じて安らかな寝顔だった。それどころか耳を澄ませば寝息まで聞こえてきそうだ。

 首を見慣れた旦那はそんな風にふざけた事を考えて、つい、と耳を傾けてみた。

 ところが、聞こえてきたのは場所も内容も予想外のものだった。

 

『首やーい、首やーい』

 

 突然、とうに皆が寝静まった筈の里の街道から、女が叫ぶ声が聞こえた。何かを探しているような声色だったが、妙な文句。聞き間違いでなければ探しているのは『首』?

 旦那はまさかと思って例の生首に向き直ると、微かに月明かりで照らされて顔の陰が浮き出ている。

 そして次の瞬間、かっと目を見開いて

二つの瞳の光が旦那を捉えた。ぎょっとして肩を硬直させると今度はなんと口を開き、よく通る声でこう叫び出す。

 

『おぉい、ここだ、ここだ』

 

 旦那は目を見張って腰を抜かすのもままならなかった。得体が知れないとはいえ、生きている人間そのものの声でもって、言葉を喋り出すとは。しかもこの首の、若い娘の声は、街道からのそれとそっくり同じ・・・!

 旦那がわなわなと震え出すと、街道から屋敷の戸口に向かって、スタスタ足音が近づいてきた。ひい、と小さく息を呑むと、間もなくドンドンと戸を叩く音が。

 

『・・・・・・!』

 

 心臓がうるさくなるのをこらえ、暗闇の中を震える足取りで玄関に向かう。たどたどしい手つきで鍵と戸を開けると、扉の隙間、少し見下ろした場所に見知らぬ娘の顔が。

 その顔、まさしくあの拾った首と瓜二つ。一体何者、いや他人の空似か、と首の方を振り返ると、なんと寝室に置いてきた筈の首が浮かんでひとりでに、スゥーッとこちらに向かって飛んで来るではないか。

 流石に旦那も飛び退いて、『な、何だテメエは!?』と怒鳴ると、腕の中にぽすんと首を抱え、娘は落ち着き払ってこくんと頭を下げる。

 

『脅かしてすまない。あなたが首を拾ってくれていたんだね』

 

 旦那はその態度に調子が狂ったのか、ポカンとして娘を見つめていた。すると娘の方から正体と経緯を話してくれたの。

 

 曰く、彼女は赤蛮奇というろくろ首の一人であり、複数ある首の一つをなくしてしまい、普段は妖怪の身分を隠しているが故、拾われるのを見られてはまずいと夜中に探し回っていたら旦那の屋敷に行き着いた。どうか今夜の事は内密に願いたい、との事。

 人間のふりをして害を為そうなんて事は決してない。それに勿論ただで見逃せとは言わない、一つくらいなら頼みを引き受けようじゃないか、というものだから旦那も次第に落ち着いて、代わりに頼み事を何にしようかと考えた。

 有名な落語なんかじゃ拾ってくれたお礼に女の霊と一晩を・・・なんて噺があるけれど、そこは年もいって分別がある旦那。お互いの益も考えてこう持ち掛けた。

 

『御前さん、人里にある程度慣れていなきゃいかんはずだ。ワシの所で働かんか?』

 

 

 

 

 ・・・結局その取引が成立し、今朝に新しい働き手として赤蛮奇が屋敷に来たという訳だった。

 聞かされた男は正直半信半疑だったけれど、旦那の神妙な顔つきを見るにどうも嘘とは思えない。

 しかし事実だったとして、『はいそうですか』で済む話では到底ない。本当に一つ屋根の下で働いたりして安全なのか、男は承服できずに旦那に詰め寄った。

 

『しかし、本当によろしいんですかい?今に本性を現したり・・・』

 

『そう怯えるない。ワシも歳をとった。妖怪だろうが若い娘のお茶が呑めたら満足よ』

 

『だからって、あの妖怪でなきゃいかん理由は・・・!』

 

 男は食い下がろうとしたけれど、なにぶん雇われた、それも日頃失敗ばかりの身、『お前が一人前の働きをしてくれたらなあ』なんて言われて取りつく島もない。

 そんな言い争いですったもんだしている内、背後からあの声が響く。

 

『失礼、お茶をお持ち致しました』

 

 気づくとお盆にお茶を乗っけた赤蛮奇が立っていた。ぎょっとして男がその場を退くと、旦那は途端に笑顔になり

 

『やあ、ありがとう。後はこの男に後片付けを教わっておくれ』

 

などと調子の良いことを言って、体よく男を放り出すと赤蛮奇に茶を受け取り、やあ、茶柱が立ってらあ、なんて楽しそうに話すものだから、男は陰で毒づいた。

 すけべえな旦那め。ありゃあ妖怪にたぶらかされてやがる。きっとその内赤蛮奇も面の皮が剥がれるに違いない。

 妖怪の企みを暴き、手柄を立てる。ふとそんな出世ストーリーを男は思い浮かべた。何より初めて見た時から無愛想で自分より仕事が出来そうな赤蛮奇に、男は悪い印象を勝手に膨らませていたのだ。そして一人で許しちゃおけねえ、と一計を案じる。

 掃除を教える途中、わざと用があると言って隠れ、男は戻ってくるなりこう言った。

 

『おい、旦那に買い物を頼まれてな。案内がてらついて来てくれや』

 

 勿論旦那は何も知らない。赤蛮奇を連れ出す為の嘘だった。そうとは知らずに赤蛮奇は二人で屋敷を出て店の方へと向かった。

 男は親密になる気はなく、赤蛮奇も元より無口な性格。互いに何の会話もないまま里の中心部に近付くと、人間と、それに妖怪の姿もちらほらと見えるようになってきた。

 

『妖怪ってのはこうしてみると身近だが、やっぱり隣にいたりしたら怖いなあ』

 

 男は何気ない風を装って呟いた。しかしチラリと赤蛮奇に視線を移すと丁度気まずそうな視線とぶつかる。

 

『人気のない場所へ行こう。話がある』

 

 赤蛮奇の緊張も予想していた。やはり転げた首を見た男を、彼女は気にしていたのだ。正体がばれたくないというのなら、街のすぐそばで秘密を出汁に詰め寄れば本性を暴けるに違いない。男はそう睨んだ。

 狭い裏路地に入り、男は声を潜めて尋ねた。

 

『お前は妖怪だな?誤魔化しても無駄だ。俺もお前の首が取れたのを見ちまった』

 

『・・・ああ、やっぱり知っていたか』

 

 存外素直に認めたものだ。根は正直なのかもしれない。しかし正念場はここから。

 

『何を企んでいる?』

 

『何が』

 

『とぼけるな、ただで妖怪が働くなんて信じられん。旦那の命か屋敷の財産、そんな所か?』

 

 男が壁に追い詰めると、赤蛮奇は面倒臭そうに息を吐いた。

 

『変な勘繰りはよしてくれ。私は平穏に暮らせていれば、満足なのだよ』

 

『それを信用できれば苦労はしない。今なら屋敷を出ていくだけで済むんだ』

 

『・・・!』

 

 屋敷を追い出す、そう語気を強めた時、赤蛮奇がふっ、と間近で見てようやく分かるほど、瞳に困ったような色が浮かんだ。

 その時、男もつい目を見張った。つまらなそうな表情ばかり印象に残っていたせいで、急にそこから赤蛮奇が別人のように見えてきたのだ。

 視線を泳がせてみれば、貧相でこそあるが肩は小さく、体はすらりとして、何よりスカートから覗く脚は傷一つなく綺麗で目を奪われた。

 思えば、ここにいるのは男と赤蛮奇の二人きり。それに秘密を握っているとなれば、旦那のように頼みの一つ二つ三つは聞いてくれて良いではないか。最初のなけなしの功名心はどこへやら、代わりに燃えるは官能の火。

 里にはまだ、スカートなんてそれほど普及していなかった。愚にもつかない町娘の小袖姿くらいしか知らなかった男にとって、赤蛮奇の脚はそれはそれは刺激的だった。ああ、今、手を伸ばせば・・・!

 なんて、男がすっかり妄想にふけっていた頃。

 

『おーい、赤蛮奇ー。いないかー』

 

 いつの間に来ていたのか、表通りから旦那の呼ぶ声が。まずい、この状況を見られては只では済まない!男が慌てて顔を上げると・・・

 首が、ない。ハッとなって周囲を見渡すと脚に見とれている間に、赤蛮奇の首が浮かんで表通りに顔を出していた。

 

『おぉい、ここだ、ここだ』

 

 やばい、逃げ出そうとすると、今度は赤蛮奇の胴体ががっしと男の腕を掴む。離せ、離せ、ともがいていると、行く手を塞ぐように怒りに顔を歪ませた旦那が仁王立ち。

 

『てめぇには愛想がつきた。何処へでもいっちまえ!』

 

 男は言い訳する間もなく道端に放り出され、ほうほうの体で逃げ帰った。その先は屋敷に勤めて以来帰っていなかった、今は母親が一人の実家。

 

『あれ、どうしたんだいお前。まさかまた勤め先でバカをやったんじゃないでしょうね!?』

 

 幼少より男の間抜けぶりを知る母親は、そう問い詰めた。男は気が動転したまま、母親に言い返す。

 

『てやんでぇ、えらいことがあったんだぞ!』

 

『なんだい、えらいことって』

 

『聞いて驚け、首がとんだ!』

 

 

 ・・・お後がよろしいようで。」


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