幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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四周目・比名那居 天子END-『噂の真相』 後編

 

 

「・・・」

 

 二、三回瞬きする。眩しさはない。どうやら冥界には来れたようで、薄気味悪い色の景色の中を白い煙のような魂が飛び交っている。

 下を向くと底の見えない程の階段。無数ともいえる石段が目の痛くなる程に連なっている。

 

 さて、噂では振りかえらず、すぐ帰れと言われていたが、他の皆はどうしているのだろうか。

 私の周りには誰もいる気配がない。他の人達もこの階段のどこかに一人でいるのだろうか。だとしたら、下に降りるべきか、登るべきか・・・

 

 連中の性格からして、てっぺんのお屋敷まで行って乗り込む可能性が高い。とはいえ予想が出来ても、この階段以外現実離れした空間を、一人で動き回れるものだろうか?

 そんな風に考えていると、俯いた視線の先にちらと人影が見えた。そしてそれらはどんどん大きくなる。

 

「阿求さん?」

 

「なにやってんだお前、ぼーっとして。」

 

 早苗さんに魔理沙さんだ。いつもの調子で階段に沿って飛んで来たらしい。表情に恐怖は欠片もない。

 

「てっぺんに行くんですか?」

 

「当たり前だろ。とことん究明しなきゃ、私の立つ瀬がないぜ。」

 

 魔理沙さんはあっけらかんと言い放つ。ちょっぴりでも怖がった私が馬鹿みたいだ、と一人で肩を落とした。

 そして顔をあげると、また飛んでくる人影が見える。

 

「先行くわよ。のろまさん」

 

「もう、お子様は元気ねぇ」

 

「くそ、階段長すぎだろ・・・!」

 

 

「お先に」

 

 レミリアさん、青娥さん、正邪さん、アリスさんが順番に飛んで脇を通り抜けていく。階段、いや怪談とは何だったのか。もはや恐怖の色どころか風情の一つもありゃしない。

 そんな風に呆れていると表情に出てしまったのか、早苗さんが横から宥めてきた。

 

「こういうのは怖さを期待する振りをして、ノリを楽しむものなんですよ。現代でもそうでした」

 

 ふふ、と諦観混じりに笑う彼女。平和になると呑気な連中は増えるものだ。こんな調子で夜中に叩き起こされるであろう人に少し同情する。

 とにかく気を取り直し、また魔理沙さんに掴まって上へ。すると先に行った四人に加え、もう一人見知った人物が階段の一番上で囲まれるようにして立っていた。

 

 その人物こそが、冥界の階段を見張る幽霊とのハーフ、魂魄 妖夢(こんぱく ようむ)さんである。肩越しに自分の半身である幽霊を浮かべ、寝巻き姿にも関わらず刀を二本腰に挿している。

 近づくにつれて、銀髪のおかっぱに隠された表情が、明らかに苛立っているのが見てとれた。

 

「さて、あなたが言い出しっぺですか?」

 

 妖夢さんの目がジロリと魔理沙さんに向けられる。しかし魔理沙さんは軽快に降りて駆け寄ると、周りの天子さん他を押し退け妖夢さんに詰め寄る。

 

「その通り!なあ、今夜は子供らの冥界の噂を確かめに来たんだ。ちょいと手伝ってくれ」

 

「・・・・・・」

 

 私には後頭部しか見えないが、妖夢さんの渋面から察するによほど神経を逆撫でする笑顔を向けられているのだろう。しばらくそのまま見つめあった後、妖夢さんがやたらと大きなタメ息をついた。

 

「あの三人組以来、少しは収まったかと思ったのに・・・」

 

 一瞬そっぽを向き、独り言のようにそう呟いてから、妖夢さんが観念したように両手を上げる。

 

「分かりましたよ。でも聞きたいこと聞いたら帰ってくださいね?」

 

「心配しなくても長居は無用だ。私も眠いしな」

 

 妖夢さんの目に殺意の光が宿る。明らかに寝起きのしょぼくれた瞳にも、くっきり浮かび上がるほどだ。そのあと瞼を悩ましげに閉じ、額を押さえて「で、ご質問は?」と促す。青娥さんが笑いを噛み殺していた。

 

「まず前提としてだ。お前やお前のご主人が里の子供を手にかけた、なんて事は無いよな?」

 

 妖夢さんはその問いを鼻で笑い、噛んで含めるような口調で言う。

 

「一度もありません。里の人間を安易に殺すのがタブーなのは、あなただって知っているでしょう。精々私が追い返す程度ですよ」

 

「へえ、追い返す、てのは、顔を合わせたのか?」

 

 魔理沙さんはわざとらしく語尾を上げる。妖夢さんは面倒臭そうに頷いた。

 

「最初は、ね。『登ってはいけない』と噂にあったでしょう。恐らくそれが広まってからは、すぐ帰ってくれましたよ」

 

「なるほど、お前の注意は結局、噂を盛り上げただけって訳だな?」

 

 魔理沙さんがからかうと、妖夢さんはグシャグシャと頭をかく。否定はしなかった。『来ちゃ行けないよ』と言い聞かせたは良かったが、皮肉にも怖い話の禁忌のような広まり方をしたわけだ。

 

「気配で部外者は分かるっつーに、ピンポンダッシュかよ・・・」

 

 どうやら手を煩わされる事自体は減らなかったらしい。敬語も無しにぼやきだした。

 しかし、そこでレミリアさんが横やりを入れる。

 

「じゃ、私達が来たのも分かってたの?出迎えてくれたら良かったのに」

 

 ぼやいていた顔のまま妖夢さんが向き直る。その眉の皺は刃で彫ったかの如く深い。

 レミリアさんはその表情を見てクックと笑みを漏らしていたが、私は気が気でなかった。なんと図々しい要求をするのか、からかうにも限度がある。たしなめようとレミリアさんに一歩踏み出すと、丁度同じタイミングでレミリアさんが私に振り向いた。

 射すくめられる形で、私ははたと止まる。間もなくレミリアさんは私を指さして言った。

 

「阿求なんて飛べもしないのに一人だったのよ?体も弱いのに、歩かせるの?」

 

 やばい、私に振られた。妖夢さんの目が私を見る。視界の端ではレミリアさんが愉快そうに見つめていた。期待に応えるつもりも無いのに、私の頭はフル回転して体に働きかける。

 

「そ、そういえば何故みんなバラバラだったんです?」

 

 口をついて出たのは、大して興味もない急ごしらえの質問だった。私の裏返った声に妖夢さんは鼻白んだように数度瞬きし、ぽつぽつと話し出す。

 

「それは・・・寿命ですよ。死ぬ運命が近い人ほど、こちら側、階段の上の方に出るんです」

 

「じゃ、阿求は一番早死にするってか」

 

 正邪さんが問うと、妖夢さんは遠慮がちに頷いた。しかし私は気にならない、と目で合図する。三、四十年で転生する代もあるのだ。魔理沙さんや早苗さんより短命なのも不思議ではない。どうせ記憶は受け継ぐのだ。しかし彼女は浮かない顔のままだった。

 

「以前つい寿命の事で脅かしちゃいましてね・・・また思い出しちゃった」

 

 妖夢さんは俯いて首を振る。魔理沙さんも流石にん、と黙るが、そこで無遠慮にも青娥さんが『聞いても良いかしら?』と言って進み出た。妖夢さんはしばし目を泳がせ、重い口を開く。

 

「丁度この辺に、子供が一人、ポンと出てきたんです。つい黒い蝶の話をしちゃったのですが・・・」

 

「いきなりこの辺に、ってのは死ぬ直前?」

 

「ええ、あれ以来収まりましたが・・・悪いことをしました」

 

 妖夢さんは寂しげに首を振った。皆もしんみりと黙り込み、しばし涼しい空気が流れる。

 

「なにもあなたが悪いんじゃないわ。その子が死ぬのは仕方無かったじゃない」

 

「そう・・・ですかね」

 

 アリスさんがなぐさめると、妖夢さんは弱々しく頷く。これ以上根掘り葉掘り聞こうという者はなく、魔理沙さんがパン、と両手を打つ。

 

「よし、じゃあそろそろ帰ろうぜ。妖夢、邪魔したな」

 

「ええ、それでは」

 

 魔理沙さんと妖夢さんがするりと互いに背を向けたのを合図に、皆がぞろぞろと階段を降り出す。噂の余韻などはなく、皆少々悪いことをしたかなぁ、と後ろ髪を引かれる思いに見えた。

 

 

 

 

 結局そのまま無縁塚の元の場所まで戻り、何となく皆の顔を窺う。怖くもなく、楽しくもない、何とも言えない微妙な表情だ。

 魔理沙さんが、ふと口を開く。

 

「結局なにも無かったな」

 

「噂なんてそんなものよね」

 

「ああ、アクビが・・・」

 

 各々が気を抜いて感想を言い合う。所詮は噂か。私にもあんなヨタ話を無邪気に語り合えた時期があったのだろうか。すこし口惜しい。

 

「さて、帰るか」

 

「そうね」

 

「輪になって回る方は?」

 

「もういいでしょ、眠いし」

 

「えー、そう言わずに」

 

「この期に及んで文句いわない」

 

 少々ごねた人もいたが、一人が飛び立つと自然と次々について行った。私も魔理沙さんの箒に乗せてもらう。

 景色の中にぼんやりとした月が現れた。普段は空を飛んだりも出来ず、こうして誰かと空に浮かんで景色を眺めるという経験は、これからもあまり無いだろう。

 

 そう思って前は魔理沙さんに任せ、私はろくに掴まりもせずに辺りの木々や町並みを眺めていた。

 すると急に、視界がガクガクと揺れる。

 

「きゃっ!?」

 

 慌てて魔理沙さんにしがみつくと、魔理沙さんは慌てた様子で振り向いて「大丈夫か!?」と叫んだ。

 

「な、なんとか・・・」

 

「あー良かった。寝ちまう所だったよ」

 

「気をつけて下さいよ」

 

 私は下を見ないようにして念を押した。私はただの人間で、居眠り運転されて落ちれば助からない。魔理沙さんはそのせいでバツが悪いのか、大きな声で言った。

 

「あーもう、誰だ、更に輪になって回ろうとか言ったやつ」

 

 それはほんの冗談の筈だった。しかし、その一言で皆の動きがはたと止まる。戸惑った魔理沙さんだったが、皆は互いに顔を見渡し、首をかしげた。

 

「ど、どした?」

 

「魔理沙じゃないの?」

 

「私も、あなただと思ってた」

 

「言い出しっぺだし、ねえ」

 

「え!?いや違う違う!」

 

 皆に次々と尋ねられ、魔理沙さんは勢いよく首を横に振る。それは狼狽といっても良いくらいで、とても嘘には見えなかった。

 

「じゃあ誰が・・・」

 

「私は知りませんわ」

 

「私だって・・・」

 

 皆が口々に否定する。しかし、正邪さんが「違う」と言った瞬間、魔理沙さんがバッと指を指す。

 

「嘘だ!お前だろ!いくらつまらねえからって!」

 

「は?何言って・・・」

 

「あーそれなら納得だわ」

 

「また別の時にくれば良いじゃない」

 

 皆は本人が否定するにも関わらず、よってたかってからかっていた。まあ、天邪鬼が疑われるのは分からないでもない。

 

 しかしどうして。私は何故か、言い知れぬ不安のようなものを感じていた。何かあったかしら、と記憶を辿ると、ふと最初の方の妖夢さんの言葉が甦る。

 

『あの三人組以来、少しは収まったかと思ったのに・・・』

 

 その時、背中に冷たいものが走った。そして頭が勝手にセリフをなぞる。自身の記憶力、疑いようもない。

 

『一度もありません。里の人間を安易に殺すのがタブーなのは、あなただって知っているでしょう。』

 

『気配で部外者は分かるっつーに、ピンポンダッシュかよ・・・』

 

『それは・・・寿命ですよ。死ぬ運命が近い人ほど、こちら側、階段の上の方に出るんです』

 

『丁度この辺に、子供が一人、ポンと出てきたんです。つい黒い蝶の話をしちゃったのですが・・・』

 

『ええ、あれ以来収まりましたが・・・悪いことをしました』

 

 間違いない。最後に脅かしてしまったという子供は、『噂が収まる直前の三人組』の一人で『たまたま死ぬ間際だった』のだ。黒いものに怯える噂とも合致する。

 では、他の二人は?天子さんは『三人が相次いで死んだのは間違いない』と言っていた。寺子屋もあり管理されている里で、勝手に子供が死人にされるものか。

 

 三人組以来、冥界の階段に来なくなった子供。

 最近になって出てきた新しい噂。

 

 そして、誰が言ったのか分からない、新しい噂を試したがる謎の声。

 

 

 恐る恐る、今はもう遠くなった無縁塚を振り返る。見えるはずも無いのに、誰かがじっとあの桜から見ているような、そんな気がした。


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