幻想郷の怖い話   作:ごぼう大臣

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長くなってテンポも悪いので二つに分けました。


四周目・比名那居 天子END-『噂の真相』 前編

 ・・・天子さんの六話目が終わった。なんだか怖い話というよりは都市伝説が生まれるまでの解説、興味深いと言った方が当たっているような話だったが、それはそれで良しとしよう。箸にも棒にもかからない最初の戯言よりは万倍ましである。

 

 しかし、問題は肝心の七話目、トリを話す人間がまだ来ていないという事である。せっかく六つも話しておいて、ここで解散となるのは実に惜しい。

 ふと時計を見る。今まで気にしていなかったが、あと一時間もしないうちに日付が変わってしまう。何人かは妖怪だから良いだろうが、私はそろそろ目蓋が重たくなってきた。

 次第にこくり、こくり、と視界が揺れだした、その時。

 

「わりい、遅くなった!」

 

 突如大声とドタドタという足音が響き、ガラリと勢いよく襖が開かれる。そこにはやや陰鬱なこの部屋の雰囲気に相容れない、明るい金髪と笑顔の人物が立っていた。

 

「魔理沙?」

 

 アリスさんがその人物を見て声をあげた。そう、長い金髪に魔女そのものの黒い服ととんがり帽子。手には好んでよく乗る箒。アリスさんと同じく魔法の森に住む魔法使い、霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)その人である。

 

 彼女は「よっ」と片手を上げて挨拶すると、空いている場所に腰を下ろし、「今、話の途中だったか?」と無遠慮に聞いてきた。

 大して悪びれる様子もない。タメ息が出たが、この人は元からこんな人である。司会の私がふて腐れていても仕方がない。

 

「もう皆は話し終わりましたよ。あなたが来るのを待っていたんです」

 

「え、まじかよ。うわー、聞きたかったな。そりゃ残念」

 

 魔理沙さんは頭をかいて笑った。自業自得と口をついて出そうになったが、彼女も切り替えが早い。いきなりぐいっと身を乗り出すと、声をわざとらしく潜めてこう言った。

 

「じゃ、私の番だな。皆はこんな話を知ってるか?」

 

 良くも悪くもムードメーカーと言えるだろう。話し出すと一気に雰囲気が変わり、皆が注目しだした。普段ヘラヘラしてはいるが、何だかんだ頼りにもなる彼女の人柄がなせる技であった。

 しかし、ほぼ同時に、次の語り口で若干気まずい色が皆の顔に浮かび出す。

 

「無縁塚の、桜の木にまつわる噂を・・・」

 

 無縁塚、桜、そのワードはつい先ほど、天子さんの話に出てきた大事なキーである。私達の胸中に浮かんだ悪い予感を知ってか知らずか、魔理沙さんは怖い声色を作りながら更に続ける。

 

「里の子供らの間で、ある噂が流れた。『無縁塚の外れの桜の木に、日付が変わる瞬間に三回回ると、冥界への階段に行ける』って話だ」

 

 ・・・予感は的中した。多少変わってはいるが、天子さんの話に少なくとも酷似しているに違いない。全員が反応に困ったような曇った表情をしているのを見て、自信のあった顔が徐々に崩れてゆく。

 

「な、なんだよ、まだ序盤だぜ?」

 

「ああいえ、そういう訳ではなくて・・・」

 

「ごめん、私が先にその話しちゃってたの」

 

 私の弁解を遮り、天子さんがぶっきらぼうに言う。え、と魔理沙さんが眉をしかめた。

 

「なにい?お前まであの噂を嗅ぎ付けたのか!?」

 

「退屈だからねー、いや元々は話すつもりなかったけど、あんたが来ないからさ」

 

 天子さんは冷淡に経緯を話した。とはいえその目は魔理沙さん本人ではなく、暇そうに弄る爪の間に注がれている。

 天子さんにしてみれば噂が無責任に改変される、なんて予想した後にまさしく面白おかしく語る人間が現れたのだから、もしかしたら退屈を通り越して『疑いもせずにペラペラ喋る人間』と馬鹿にしているのかもしれない。

 彼女は確かに多少軽薄だが、それで鼻で笑われるなどあんまりな話だ。ぞんざいな態度にむすっと拗ねたような顔になる魔理沙さん。

 

「ま、まあ、たまたま同じ話だっただけじゃないですか。気にする事ないですよ」

 

 早苗さんが慌てた様子で宥めるが、すかさず意地悪なメンバーが口を挟む。

 

「ハナから遅刻しなければ良かったのでは?」

 

「そうそう、さんざん待たされ挙げ句聞かされ損ときた。時間を無駄にしたね」

 

 青娥さんが嫌らしく目を細め、正邪さんが気だるげに肩を鳴らす。

 傍観している場合ではない。こんな後味の悪い幕引きがあるものか。かくなる上は私が八話目でも話してお茶を濁そうか。七不思議の数に合わないとかは、この際どうでもいい。このままでは魔理沙さんはしょげてしまうか、下手すれば理不尽に耐えきれず弾幕勝負を・・・

 

「いや待て、分かった。少し聞いてくれ」

 

 巡視していると、魔理沙さんが急に手のひらをつき出した。予想に反した毅然とした声に、皆がほんの少したじろぐ。

 

「確かに、私の不手際は謝ろう。けど私だって、ただ遅れた訳じゃないんだぜ?ある場所の下見に行っていたんだ」

 

「ある場所?」

 

 レミリアさんが首を傾げると、ずいっと魔理沙さんは前のめりになってこう言った。

 

「そう、ズバリ無縁塚にだよ。確かに一本だけ、それっぽく外れに木が立っていたのさ」

 

「もしかして・・・」

 

 アリスさんが言いかけてから、魔理沙さんは勢いよく立ちあがると拳を握り、大声で言った。

 

「そう!今から実際にその場所に行って、噂を確かめてやろうじゃないか!今からいけば丁度日付が変わるぜ!」

 

 魔理沙さんは意気揚々と立て掛けていた箒を手に取り今にも飛び出しそうな雰囲気だ。だが、周囲の面々はいまいち気乗りしなさそうに顔を見合わせる。

 そりゃそうだろう。日付が変わる時分に妖怪なんて見慣れたであろう人妖が、これまた割りと身近な冥界に行かないかと言われたら、それほどワクワクとはすまい。

 あるいは魔理沙さんなぞは好奇心から楽しめそうに見えるが、生憎私も含めてこの場はひねくれ者揃いである。

 

 しかし、私が頭の中でそんな風に納得していると、ややあってスッと立ち上がる人物がいた。アリスさんである。

 

「私は行く。折角だし」

 

「お、サンキュー!まあ気楽に行こうぜ」

 

 魔理沙さんはさっきまで孤立していたのに気づいていないのか、アリスさんにペラペラ軽口を叩いている。その反応はと言えばそれほど楽しそうに見えないが、付き合って相づちを打つのは近所のよしみだろうか。

 そう思って眺めていると、レミリアさんもゆっくりと腰を上げる。

 

「私も行くわ。遅くなったついで」

 

「あ、私も私も!」

 

 早苗さんがパタパタと後を追う。私も仕方なし、と背中についていくと、肩を竦めて天子さんが傍に来ていた。そして「やれやれ」と呟いて残りの二人を見る。

 

 すると、壁に寄りかかった正邪さんが肩を竦めた。

 

「はっ、肝試しかよくだらねえ。どうせ大したもん出やしねーよ。カメムシのケツでも嗅いでた方がマシだぜ。なあ?」

 

 正邪さんは同意を求めるように隣の青娥さんを見る。が、青娥さんはその顔を一瞥すると軽やかに腰を上げる。

 

「貴女と一緒にされては不本意ですわ。ごめんあそばせ」

 

「なっ!おいどういう意味だそりゃ!?」

 

「あーもー早くしろよ。置いてくぞ?」

 

 魔理沙さんが呆れたように手招きすると正邪さんは「チッ」と一つ舌打ちし、行灯の火を乱暴に吹き消すと廊下の列に割って入った。結局は部屋の一団まとめての七話目が始まったのである。

 

 

 

 

 魔理沙さんの箒に乗せてもらって二十分位だろうか。暗い中に小ぢんまりとした桜の木々が見えてきた。

 魔理沙さんは勢いよくその中に降り立つと、振り返りもせず早足である木に向かっていく。

 

「これだこれ!上から見ても間違いねえ!」

 

 ある桜の木の木をペタペタと叩きながらいう。見た目は何の変哲も無い桜だが、確かにほんの少しだけ周りに他の木が無いように見えた。他の人達も興味深い様子で眺めている。

 

「んじゃとっとと始めちゃいましょうよ。桜の木に体当たりだっけ?」

 

「あれ、三回回るんじゃないのか?」

 

「ぶつかる方にしましょうよ。この人数で輪になるなんて、まどろっこしい」

 

 レミリアさんがそう言うなり、一瞬腰を屈めたかと思うと、ひょいと跳ぶ。

 その瞬間、ふっ、と姿を消した。

 

「ど、どこへ!?」

 

「早苗、落ち着け。どうやら本当に冥界に行けるみたいだな」

 

 魔理沙さんは訳知り顔で頷いていた。ぶつかる寸前、木の目の前が入口なのだろう。しかし、私はそこであの噂の時間の事を思い出す。

 

「ってあれ?だとしたら丁度今が夜中の零時?」

 

「へ?あー時計持ってなかったな。皆、今のうちだ!」

 

 魔理沙さんが慌てて呼び掛ける。下見なんてしても、結局適当な人だ。まあ、噂で夜中なんてありがちだし、気にする事かは分からないが。

 ともあれ、皆が次々と木に飛び込み、吸い込まれるように消えていった。一人、二人といなくなり、ついには私一人になる。

 

 まさかこの先が冥界でも何でもない、異界だったらどうしようか、なんて不安も無い訳ではないが、取り残されるのは一番怖い。一息ついて、木に向かって走る。

 

「うっ!」

 

 一瞬頭痛がし、視界が白く染まった。

 


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