「さて、もう六話目かぁ・・・。
あ、私、天子。比名那居 天子よ。よろしくね。
で・・・どうしようかなぁ、一杯ネタがあるから、何を話そうか迷うのよねえ。そうだ。アレにしよ。ちょっと聞いてよ。
・・・あの夜雀が出している、鰻の屋台があるじゃない。あれね・・・馴染みの妖怪にだけ、内緒で人肉を出しているんだって。
終わり」
・・・
・・・・・・え?
それだけ?確かにぎょっとする人はいるかもしれないが、いくらなんでもサラリとしすぎている。
天子さんは満足げに微笑を浮かべているが、周りの皆は白け顔だ。ここは一つ、無粋ながら水を向けてみよう。
「あのう・・・本当にこれで終わりなんですか?」
「ええそうよ。七人目に聞かせてやれないのが残念だわ。」
一種のジョークであろうか。彼女ははにかみながら肩を竦める。私も七人目がいないのは残念だが、天子さんの話を聞かせてやりたいとは到底思わない。
「何よ、まだ聞きたいの?」
「え、ええ。次の人もまだですし・・・」
「ったく、しょうがないわね」
作り笑顔に気づいているのかいないのか、顎に手を当てて考え始める。少しは練られた話をしてくれると良いが。
「あ、そうそう。あのひまわり畑に住む妖怪がいるじゃない?あの土の下にはね。あの妖怪を怒らせてしまった人間が埋まっているんだって。
終わり」
・・・
「ああ、それとね。その死体の上に咲いたヒマワリは、花びらが真っ赤だからすぐに分かるんですって。
・・・今度こそ終わり」
・・・この人、本気だ。さっきのですっかり落ちをつけた気になって、得意満面に周りを見渡している。
彼女の目には呆れた半開きの、十二の瞳がどう映っているのだろう。眩しさに顔をしかめているとでも思っているんだろうか。
「にしても、遅いわね次のやつ」
話題を変え始めた。つくづく周りが見えていない・・・
いや、これは寧ろチャンスか。お茶を淹れるなりして閑話休題に持ち込めるかもしれない。そう思ってひっそりと腰をあげる。
「仕方ないわね。じゃあもう一つ、取って置きの怪談を話してあげましょう」
あ、ちょっと待って、と止めに入る間もなく、彼女の口は動き出していた。
「これは、ついこないだの話なんだけど・・・
―
あの『無縁塚』ってあるじゃない。桜がいつも綺麗なんだけど、霊が溜まりやすい場所でもあるから、里の人間、特に子供は滅多に近づかない場所でもあるわ。
そのせいかしらね?私も全部は知らないけど、妙な噂がたつようになった。
『蒼白い女が立っていた』
『隅っこのボロ小屋にネズミ人間が出る』
『死者が持って行けなかった財産が地下に眠っている』・・・
まあ、与太話の類いなんだけど、どういう訳かある一つの噂だけがまことしやかに囁かれ始めたのよ・・・
曰く、『塚の外れに立っている桜の木に、日付が変わる瞬間に体当たりすると、死者の階段にいつの間にか立っている』というものだった。
他の似たような噂はしばらく経つ内にたち消えになるんだけど、これだけは『本当だった!』と騒ぐ奴が出たらしくてね・・・。途切れるどころか更に尾ひれがついて、内容がどんどん細かくなっていった。
そんな折り、また三人の子供がこっそり里を抜け、無縁塚の噂を確かめようと集まった。
その頃には噂の内容に禁止事項がくっついていた。
『階段についたら、決して上に登ってはならない。また、降りる間、決して後ろを振り返ってはならない』
どこかで聞いたような感じがするけど、だからこそ広がったのでしょう。子供らはすっかり伝聞まみれの都市伝説でも確かめる気分で、手を繋いで一斉に飛び込む準備をした。
準備は里で売っている申し訳程度の御札が数枚。いざとなるとやっぱり緊張したけど、目の前にあるのは一本の桜の木。互いに冗談めかして『離すなよ?』と確認し、三人は一斉に走り出した。
そして、桜の木に激突する瞬間・・・!
・・・全員が意識を失った、らしいわ。
―
程なくして、二人が目を覚ました。どちらも額に汗を浮かべてはぁはぁと息を荒げている。
まだ眠っている一人を挟んで、二人は顔を見合わせ、どちらともなく口を開く。
『見た?』
『見た』
『階段あったよね』
『あったあった!』
『上登った?』
『無理無理無理!すぐ一目散に戻ったっつーの!』
とまあこんな風に、恐怖体験も喉元過ぎればなんとやら。しばらく階段の周りの景色がどうだとか、段数がどれだけあるんだろうとかいう話題で盛り上がっていたんだけど、何分かして、次第に目を覚まさない残りの一人が気になってきた。
『ねえ、僕たち生きてるよね?』
『生きてる生きてる!馬鹿いうな』
『でも・・・ならこいつは、死・・・』
片方が悪い予感を口にしそうになった瞬間、二人の脳裏にある可能性が浮かんだ。ひっ、と息を呑んで、慌てて問いかける。
『振り返らないで降りたよね?』
『あ、ああ・・・俺はな』
『僕もだよ。でも・・・』
真ん中の少年は、横たわったままピクリともしない。暗い中でも瞳の光がなく、目蓋を閉じているのが分かった。
二人はいつしか、単なる噂の中のルールに本気で怯えはじめていた。振り返ったらどうなるかまでは伝わってなかったし、そもそも細かい部分は好き勝手な付け足しだと、少年たちも高をくくっていた。
だけども、現に起きない仲間を見て、自分たちがとんでもない事をしでかしたのではないかと、どっと悪寒が背を走った。
噂のルールは、考えてみれば武勇伝の如く噂を広めた誰かが言った事。無事に戻ってきたから伝わった、といえない事もない。
最初に言い出した一人がどんな風に語ったかは知る由がないが、噂の広がり方、巷での話しぶりに騙され、破ってはいけないものを、つい軽はずみで・・・?
二人がついにベソをかきはじめた時、突然一人がガバッと勢いよく体を起こした。
『わあーーーっ!!』
あたり一面に響き渡る悲鳴に、二人が飛び退く。叫んだ奴は立ち上がりもせず、しばらく三人で固まっていると、急にボンヤリと空を見ていた真ん中がぐるりと左右の二人を見る。
『・・・みんな』
それだけ言い、フラフラと立ち上がった。周りの二人も次第に警戒を解いて、その子に駆け寄る。
『大丈夫?僕らが分かる?』
『・・・うん』
『階段行ったのか!?何か見たか!』
『・・・うん』
寝ていた子は頷いてはいたけれど、その目は虚ろで、暗闇に浮き出るほどに顔色はまっ白だった。肩は微かに震え、何かに怯えるように気のない返事を繰り返すばかり。
振り返ったに違いない。二人は顔を見合わせ、唾を呑み込んだ。当の彼は何を目にしたのか、とても語ってくれそうにない。
それでも彼は仲間の先を歩くように、一歩よろめきながら前に踏み出した。
その瞬間。
『ぎゃあああーーーっ!!』
さっきまでの覇気のなさが嘘のように、先ほどより一層激しい悲鳴が、寝ていた子から上がった。他の二人がぎょっとして彼をみると、地面に目を落としてワナワナと震えている。
そこには、三人が持ってきていた御札の、黒く変色した使い古しが落ちていた。恐らく階段に行った時に悪いものを受けたんでしょうが、何故か彼はその燃えかすみたいな札を異常なほど怖がっていた。
『なに?これがどうしたの?』
仲間が心配になって訪ねると、怯える少年は消え入りそうな声で、確かにこう言ったそうよ。
『蝶が・・・黒い蝶が・・・』って。
・・・黒い蝶々は昔から不吉なものとされていてね。死の使いともいわれるのよ。
彼がそれを知っていたかは分からないけど、その日以降、彼はとにかく黒色の、特にヒラヒラしたものを怖がるようになっていった。
墨のこびりついた半紙、黒い蝶々の折り紙、果ては夕飯に出たキクラゲまで。
少年は為す術もなく段々おかしくなっていって、ついに無縁塚で倒れて帰らぬ人となった。
で、なんの偶然か他の二人も、その後それぞれ妖怪に襲われて死んでしまった・・・。
これで、"今巷に広がっている噂"は全部。
でもごめん。もう少しだけ聞いて欲しいの。
私、思うんだけど・・・この話、そのうち『三人とも呪いで死んだ』って改変がされると思うのよ。
理由?その方が面白いから・・・って、信じてない?でもね、確信はあるの。
ちょっと里で噂の元を探ってみたんだけど・・・どうやら、『無縁塚に行った三人が後々死んだ』てのだけは間違いないらしいの。
うん、黒い蝶々がどうとかは、後付け。まあ元々霊が来る場所で肝試しなんかするおバカさんたちだからね。不注意で死んだとしても、それほどおかしくはないでしょ。
つまり、噂が伝わる途中で三人が死んで、呪いでも関わっているかのように肉付けして触れ回った誰かがいた訳よ。
もっと言えば、『振り返ったらどうなるか』を隠して話した奴もいたと思う。大体、おかしいと思わない?霊の世界の階段って、要するに冥界でしょ?半霊のアイツが見張っているし、主の姫様だってみすみすガキンチョを死なせたりなんかしないでしょう。
・・・これは推測だけど、最初に言い出した奴は軽く注意でもされて帰されたんでしょう。でもそれじゃつまらないから、さも恐ろしい場所に行ったかのように誇張した。それからまた想像力を膨らませて怖くして・・・多分それを繰り返したんでしょうね。噂なんてそんなもの。
でもね、油断しちゃいけないわ。膨れに膨れた噂話を確かめようとして、もし取り返しのつかない事があっても、だーれも責任なんて取ってくれないんだから。
だから私は話す時に限って、わざとふざけるの。間違っても興味が湧かないようにね。・・・ま、行くなら止めないけど?
私の話は終わり。あー、疲れた」