「・・・五話目は私ね。アリス・マーガトロイド、人形遣いよ。
・・・ねえ、突然だけど、阿求は何か、芸術品を作った事はない?いえ、そんな大層なものじゃなくて良いの。例えば小説、絵巻物、カラクリ人形に、粘土細工とか絵画とか・・・
誰しも、興味はあると思うの。そして感じた事があるはず。
『作品には、少なからず人の心が表れる』ってね。
ううん、持論って程大したものじゃないけど、例えばピカソ某のゲルニカなんて胸を衝く悲痛さが一目で伝わるし、太宰某なんてそりゃもう自身の情けなさや理想とのギャップに苦しむ様が前面に出されているし、手塚某も自然、社会、権力、思想、ありとあらゆるものに思いを馳せていたのがガツンと伝わってくるの。昔話や童話で世相が分かったりするのも、それと似たような・・・
って、ああごめんなさい。話が逸れちゃった。言い出すと切りがないんだけど兎に角、私がそう思うって話。
勿論、それなりの考えを持つ理由はあるのよ。ただ、あまりいい話ではないから、怪談として話すんだけど。
・・・聞いてくれるかしら?
―
・・・あれは、私が人里で人形劇を見せるようになって間もない頃だった。家に着いて人形を片付けていると、物凄い勢いでノックの音が聞こえて来たの。
その時はわざわざ訪ねてくる知り合いなんていなかったから、騒々しいのもあって嫌な予感がした。
少し警戒しながらドアを開けると、そこには十四、十五才程度の知らない女の子が立っていたの。森の胞子も構わずに来たのか、袖で口を押さえながら、真っ青な顔で今にも倒れそうだった。
私はてっきり、また森に人が迷い込んだのかと思って、中に通そうとしたのよ。そうしたらその子、何を思ったか私を止めて、代わりに大声でそう言った。
『弟子にしてください!』
・・・だって。
詳しく話を聞くと、何でも私の人形に感動して自分でも作りたいけれど、悪いことにその娘の家は里の中でも厳しい家柄で、とてもそんな浮わついた真似は許してくれそうにない。でもどうしても諦めきれず、置き手紙を一枚書いて家出同然で追いかけてきた、て話だった。
最初はなんとはた迷惑な、と思って追い返そうとしたんだけど、その娘がまあ年頃のせいか頑固で、どうせ森の中には
親も追いかけて来ないからと粘り続け、とうとう日も沈み始めた。
流石に夜の森に放り出すわけにもいかなくて、その夜は兎に角家に泊めてあげたのよ。
で、次の日からどうしたと思う?帰らないどころか私の部屋の人形、完成体から作りかけ、果ては私の作業風景まで、一言も喋らずジーッと見ているのよ。
私は努めて無視するんだけど、何時間もそうされると流石に根負けしてね。定期的に親に手紙を書け、とか条件付きで、雑でも良いから一体だけ人形を作らせる事にしたの。
最初の一体ならさぞかし気合いが入るでしょうし、それで挫けるならそこまで。親御さんを説得する足掛かりにも出来ると踏んだのよ。
そして、次の日から人形づくりを教える日々が始まった。デザインの時点でどんどん理想が膨らんでくるのを宥めてなんとか納得させて、原型を何度も念入りに作らせて・・・、その子は事ある毎に粘土で細かい形を作りたがったけど、先走るのを毎回止めながら根気よく教えていった。
最初は正直、いつ投げ出してもおかしくないと思っていたわ。何を始めるにしてもそうだけど、どうにか形にするだけでも思った以上に相当な苦労がいる。私自身、覚えがあるわ。
でもあの子はなかなか挫けなかった。欲張った理想像を妥協して、思うように行かない、華やかさの欠片もない原型作りへの愚痴も減って行った。
昔から窮屈な家庭だったせいかしらね。自分の手で何かをする、っていう体験に夢中になった目をしていた。昔の私にそっくりだったわ。箱入りなだけに変に素直な所もあってね。実物の観察を忘れるな、と言ったら、『じゃあ裸になって下さい』とか言われたりもしたわ。まあ断ったけど。
とにかくそうして、いよいよ粘土を使って、人形らしい形に仕上げる段階まできたの。あの子はいよいよ張り切って、原型を粘土で念入りに包んで、もう私が言わなくても細かな部分にこだわるようになった。
お腹回りの滑らかさ、五本の指それぞれの長さ、太さ・・・。段階が進んでも楽になる訳じゃない。でもあの子は作り直しはしても諦めなかった。私も普段使う粘土が一気に無くなっても気にはならなかったわ。
あの頃には、本気で熱意に感心していたのよ。もし一つ完成したら、きっと弟子にしてやろう。
そう思っていた。あの時までは。
ある朝、女の子が手をしきりに気にしていた事があった。何だか袖に隠すみたいにして、私に見せまいとするのよ。
不審に思って、見せてと頼み込んだら、その子は渋々手の甲を差し出した。その瞬間にある事に気づいて、自分の失敗を悟ったわ。あの子はばつが悪そうにしていた。
その両手には、細かいブツブツが大量に出来ていた。その時に初めて、相手が肌の病気を持っていたと知ったの。粘土なんか弄ったせいに違いないんだけど、人形を作りたいばっかりに、ずっと黙っていたのよ。
最初は責めたわ。なんで黙っていたのって。あの子はごめんなさい、ごめんなさい、とばかり繰り返していた。医者に行けと勧めたんだけど、あの子は首を縦に振らなかった。
私も理由は分かっていたわ。まだ永淋も来ていない頃、里の医者に生まれつきの持病を治せる訳がない。そうすれば当然人形づくりをやめざるを得なくなる。私の家に来る理由がなくなれば、今度こそ両親も一層強く彼女を締め付けるでしょう。
私も悩んだけど、やはり一つきりの他人の体の事。心を鬼にして、嫌がる彼女を引きずって里まで連れていった。
それから日が沈むまで、苦い気持ちの連続だったわ。医者は悪気もなく人形だけはやめとけと言うし、女の子は嫌々と言い続けてしまいに泣き出すし、私はどちらの味方も出来ずに黙っているしかなかった。
その内医者はラチが開かないと見て、彼女の両親を呼び出した。その両親がまた酷く怒ってね、何日も娘が帰らないままだったんだから仕方ないけど、それだけじゃないの。
お前には将来嫁がせたい家がある、妻としてやってもらいたい事がある、今は他にすべき事があるだろう・・・って、まるでその娘本人の事はどうでも良いみたいな口ぶりだった。
私も流石に口を挟んだわ。今までの熱意は本物です。病気はそりゃ仕方ないけど、分かってやって下さいって。だけど『連れ去っておいて何を言うか!』って怒鳴られて、放り出されちゃった。
外に出る間際、女の子の泣きじゃくる顔が見えたわ。その時になって、あの子があれだけ弟子になりたいと言った理由が分かった気がした。
・・・それから、今度こそ彼女は里の中でも自由を失っていった。稽古や勉強の合間には必ず使用人が顔を出して、勝手な行動、もとい余暇を持たせないように親が手を回していったらしいわ。
らしい、っていうのは、ええ、彼女に直接聞いたのではないの。というより、病気での一件以来顔を合わせていない。
・・・書いてあったのよ。あの子の『遺書』にね。
死因は家の梁を使っての首吊りだった。私は葬儀にも呼ばれず、里で偶然参列を見かけただけだった。両親が私を見るなり金切り声をあげて、『人殺し!』と叫んであの子の遺書を叩きつけてきたわ。
遺書には、親の無理解の辛さ、私を悪く言われる悲しさ、そして何より、初めて夢中になれた人形づくりを、生まれついての病気でやめさせられた、これさえなければ上手くいっていたと、自分の体の不遇を嘆く文面が細々と綴られていた。
私は空しい気持ちで一杯になって、葬儀に居合わせる気にもなれずに家まで帰ったわ。
家に入り、椅子に座って溜め息を一つ。あの頃は少し狭かった部屋をボンヤリ眺めていると、ふっと彼女の作りかけの人形が目に入った。
粘土もつけられず、骨組みだけでとうとう完成しなくなったあの子の人形。まさか形見になるとは思わなかった。そう思って、ついフラフラと手に取ったの。
そうしたら。
つい、と糸で引かれるように体が勝手に動いて、人形を持ったまま、スタスタと作業部屋までひっぱられた。
首をギリギリ動かして、一生懸命周りを見渡したけど、ドアを開けた気配もなく、誰もいない。
そのまま戸棚から粘土を取り出すと、ドスンと椅子に腰を下ろさせられ、意思とは無関係に、やけに手際よく人形作りの格好を取らせられた。
これは一体、と冷や汗を流していると、頭の中に声が響いてきた。聞き間違いじゃない。やけにハッキリと。
『アリスさん、人形を作らせて』
それは紛れもなく、死んだはずのあの子のものだった。気づけば指先の細かいもたつきも、あの子そっくりだった。そうしてみるみる形が出来ていく。
もはや人間でも、幽霊ですらない。心残りのあまり人にとり憑き操る、とうとう怨霊になってしまっていた。
『今度こそ、遠慮なく先へ進めます・・・。これからも、お願いしますね・・・』
そう言う声は、やけに静かだった。
―
それから、その人形は一応完成したわ。髪の毛を植えて、服を着せて。
良かったじゃないか、って?それが違うのよ。あの子は満足出来なかった。
・・・ねえ、最初に言った事、覚えてる?
『作品には、少なからず人の心が表れる』。
人形はね、粘土が乾いたら、細かい形を造るために表面を削るのよ。あの子も無論その工程はやったんだけど・・・
手を、やたらと削るのよ。ざらつきが残っているって、まるで荒めのヤスリか何かみたいに、ゴリゴリと。心の中で止めようとしても、『まだです、まだ綺麗に出来ます』といって、端から見ても充分滑らかな人形の肌を痛め付けるように削り続けた。
一度、荒れたあの子の手を見ていたからかしら。まるであの発症した表面をかきむしっているみたいに見えた。あの子にとってはそうだったのかもしれない。
彼女は死んでも周り以上に自分が許せなかったんでしょう。両親の言いなりになり続けた情けなさ、そしてそこから脱する道を奪った他でもない自身の病気・・・。
自分を嫌ってばかりじゃ、良いものなんて作れやしないわ。事実何体完成させても、あの子は『違う、違う』とそれこそ憑かれたように人形を作った。同じように不格好な手の子達を、みるみる出来映えを雑にしながらね・・・。
それに悲観したのかしら。しばらくしてパッタリと体を操られる事はなくなった。正直ホッとしたわ。疲労は全部私の体に返ってくるし、眠り込んで死ぬかと思うことが、何度もあったのよ。
・・・まあとにかく、今はこうして、普通にしていられるんだけど・・・
もし、もしも、また操られるような事があれば、それが一番恐ろしいわ。何もかも諦めた怨霊が、舞い戻ってきたら。
作るのは難しいけど、壊すのは凄い簡単だから、ね。
私の話は終わり。聞いてくれてありがとう」