「私が次ね。私の名前はアリス。アリス・マーガトロイド。魔法の森に独り暮らしの魔法使いよ。
得意分野は人形を操る魔法。・・そうね。折角だから人形の話にしましょうか。」
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「・・・私はね、さっき人形を操ると言ったけど、その人形も一から作っているの。金髪にスカートの、女の子の人形が好きでね。もう何千体・・・いいえ、もう数えきれない程作っているわ。
ただ、その中には、他人には見せないけど失敗作も沢山あってね。そういうのはどうしているかっていうと・・・
私は、よく処分せずに残しているわ。人形によっては爆弾として使って、爆発させたりしているけど、あれは元からそういう用途だから。失敗作っていうのは、見せる気も、使う気も起こらない、何か違うなってヤツをいうの。
人によっては、ああ、芸術家とかの話だけど、気に入らないのは思いっきり壊したり、燃やしたりなんかする人もいるのよ。もうこれ以上、存在すら許せない、という風にね。
可哀想、て思う?ええ、それはよく分かる。周りから見ていればそう言いたくなるわ。優しい人なら尚更。
でも、私はそうは思わないわ。何故かって?それが思い入れの強さの裏返しだと思うからよ。一生懸命魂を込めて、時間をかけて作って、それが思い通りに出来なかったからこそ、壊したくなるような激しさが生まれるんじゃないかしら。それで未練が吹っ切れたら、今度こそもっといい作品を作れるかもしれないもの。人によっては、だけどね。私は未練が優って残しちゃうタイプだけど。
・・・前置きが長くなったわね。ようするに、私が壊さずにいた失敗作、これからするのはソレについてよ。
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「・・・もうどの位前になるかしら。ある失敗作を泣く泣く断念した事があった。それは"自立人形"、操る事なく自分で考え、行動、学習する究極の人形よ。
私と同じくらいの大きさのその子が、動き出して笑うのを何度も夢見たけど、とうとうピクリともしなくて、私は落胆しながら手を加えるのをやめたの。私としては完璧なつもりで、見た目も今にも動き出してきそうだったから余計悔しかった。
それで、いざどこかへ仕舞おうにも、等身大を置いておける場所なんて中々無くてね、そんなの考えて無かったから。その上未だに踏ん切りがつかなかったから、部屋の椅子に座らせて置いたの。テーブルとお茶でも置いたら本当に人が座っているみたいで・・・ああごめんなさい。とにかくいつでも見れる場所に置いておきたかったのよ。
暫くそうしていたわ。私にとってはあと一歩の佳作とも言える代物だったから。でもまあ他人にとってはそうじゃなかったりしてね。友達の一人なんて
『うお!?誰だコイツ!!』
から始まって、
『何だよ驚いたー。不気味の谷現象だぜアハハ』
なんて笑って、失礼な話よね。
まあ冗談なのは分かるんだけど、多少は悲しかったわね。別にからかったソイツが悪いんじゃない。私が未だに例の人形を引きずっていたのよ。現に次の人形の制作も、殆ど取りかかれていなかった。
そんな風に悶々とした日々が続いた、ある夜の事。ベッドに入ったはいいけど、何故だか眠れない。背中をずっと誰かに見られているような気がしてね。そんなのが何時までも続くと流石に気になって、確かめようと寝返りをうった。
すると、座らせていた人形と目が合った。今までそんな強い視線なんて感じなかったんだけど、この子が見てたのか、と納得はしたの。けど、見ている内に、何故だか悲しくなるような、怖いような気がして、見ていたくないと思わせるんだけど、その一方で逸らしてはいけない、と目が離せなくなった。人形は何かを訴えかけるような光が宿っているように見えた。私が作った主だからかしら?
ええ、私もそう考えていたわ。
あの現象を目にするまでは。
長い間、そうやって見つめあっていた時の、ふとした瞬間。
人形の両目から、スゥー、と何かが流れてきたの。水じゃない。明かりを消した中ではそれは黒く見えた。慌ててカーテンを明けて、月明かりを頼りにその黒い何かを指につけてまじまじと見てみた。
よく見ると赤くて、オマケに鉄臭い。血よ。それが分かった瞬間、寒気がして顔を上げた。あの子が目の前でドロドロと、服に滴る程に血の涙を流していたわ。
その夜は結局、一睡も出来なかった。朝になって見てみると、人形は見るも無惨に血塗れになっていたわ。起き抜けに見ていたら死体と間違えて卒倒したかもしれない。流石に放って置けなくてね、これは良くないモノだと直感したの。
・・・それで、具体的にどうしたかって?霊夢の所に行けば簡単だったんでしょうが・・・また未練が邪魔をする。だってあの子の手にかかれば、お祓いと称してぶん殴って焼却処理するに違いないもの。なんとか自分で出来る方法を考えた。それで一つの案が浮かんだの。
新しく人形を作って、それに負の力を移す事は出来ないか、とね。
とりあえず即急に解決すべきなのは分かってたんで、有り合わせのモノで人形を急いで作ったわ。出来はイマイチだったけど、すぐに"完成"した。まあ元々最後には処分しなきゃいけない物だしね・・・。
その新しい人形を、元々の人形の隣に置いとく事にした。最初っから憑かせりる為にと作ったんだし、それでなんとかなると高を括ったのよ。
・・・でも、その日の夜。布団の中で二体の人形を眺めてみると、何だか物悲しい気分になったのよ。有り合わせで適当に、処分する為に作るなんて初めてだったからか、それが自信作と隣同士に並べてあったからなのかしら。そして、ふと疑問が浮かんだ。
『この子は、何の為に生まれてきたんだろう。』
今までそんな事考えた事もなかった。それに、そんな事自分が一番よく分かっているでしょうに。でもその時は確かに、その人形、本物の人とは似ても似つかないその子でも答えてくれるような気がしたのよ。そう信じて、人形の目をジッと見ていた時。
また、血の涙が人形の目から流れ出した。今度は二体。移す事は出来ずに、二体に分散してしまったの。残念だけど、このままじゃ処分は出来ない。もう一体作って今度こそ自信作から呪いを取り払わなきゃ。その時私はそう決心した。
・・・それからは、人形づくりに違う意味で没頭したわ。何度も何度も新しく作っては"此方に来い"と念じ、夜に血の涙を流すか観察する。するとまた憑かれた人形が増える。たまに疲れきって寝ちゃうけど、目覚めて期待を込めて目を開けて、全員が血だらけな光景は中々くるものがあったわ。今では何度も繰り返して、それも慣れちゃったけど。
もう・・・何十体は越えてるんじゃないかしら。今では何で人形を作り続けているのか、いえ・・・そうまでして何故最初の人形から呪いを取り払いたいのかすら、分からなくなる瞬間がある。揃って急ごしらえだから、どんどん出来は悪くなるし、その子達の血も毎晩・・・ああごめんなさい。愚痴みたいになっちゃったわ。これで・・・」
アリスさんが気を取り直すように笑みを浮かべた、その時。
「・・・っ!?」
突然顔をしかめ、片目を押さえて塞ぎこんだ。
「アリスさん!?」
身を乗り出して叫ぶと、ゆっくりアリスさんは顔を上げ、作り笑いをした。
「なんでもないわ・・・。最近人形作りばかりで疲れたのかしら。」
「・・・!」
私以外、本人も気づいていないようだったけど・・
私には確かに見えた。アリスさんが目元を拭った片手に、赤い血がついていたのを。
「・・・?私の話はここまでよ。次の人お願い。」