「紅魔館の主、レミリア・スカーレットよ。それじゃあ三話目を話させてもらおうかしら。
阿求、貴方は確か、何百年も前から転生を繰り返してきたんですってね。だからどうって訳じゃないんだけど、やっぱり親への感覚って、変わっているのかな、と思って。
私も、顔もよく覚えていないのだけどね。やっぱり親子っていうの、昔から皆が関心を持っていたんでしょうね。
昔話一つとっても、子供を助けるため腕が生えてきたり、死んでも霊になって子供を育てたり、逆に継子を実子と比べて憎んでしまったり・・・
そういう話って、不思議と世界中に似たものがあるのよ。奇跡なんて滅多に信じてやしないけど、親子の情っての?凄いものだと感じる人が、昔からいたって事ね。
なんでこんな事話したかっていうと、私の身内が似たような現象にあってね。それほど後味のいい話でもないから、怪談としていけると思うわよ。
―
以前ね、退屈だから咲夜の調理場を見に行った事があった。そうしたら、珍しく門番の美鈴(めいりん)が一緒にいたの。
『美鈴?何してんの?』
『ああ、お嬢様』
振り向いた美鈴は中華包丁を持って、手が血塗れだった。ぎょっとして後ずさったけど、咲夜が横から説明してくれたわ。
『人間丸ごとの解体に少々手間取りまして、手伝ってもらっていたのです』
そう言われて覗き込んだら、成る程二人の間から見える大きなまな板の上には、既に血抜きされて所々切られた、女の死体があった。
・・・ああ、気分悪くしたらごめんね。でも貴女も知っているでしょう。私達も妖怪だし、外から流れてきた人間を食べるのよ。まあ、その時も一見殺人現場なんだけど、魚を捌くようなものだと思ってちょうだい。
そんな訳だから、美鈴は妖怪で力持ちなのもあって、フンフン鼻唄を唄いながらゴリゴリ死体を切っていたわ。暫くは『うひゃあ』って思いながら眺めていたんだけど、ふと、美鈴が内臓の一つを取り上げて、お、と声をあげたの。
私も何だろうと思って見せてもらったんだけど、何か平べったい肉の塊に、管のようなものがついていたわ。美鈴がしげしげ眺めていたから珍しいのかと思って、『何それ?』って聞いたら、咲夜がまた話してくれたわ。
『恐らく胎盤でしょう。赤ちゃんがお腹の中にいる間、それを通して栄養を送るんです』
咲夜はお腹の辺りで身ぶり手振りまじえて教えてくれたんだけど、死体の方を見て『あれ?』ってなったの。
だって、美鈴が捌いた場所を覗いても、どこにも赤ん坊なんていないんだもの。そう言ったら、美鈴が少しまごついた後、わざとらしく首を捻った。
『え、あーその・・・』
『途中で死んだのでしょうね』
美鈴がごまかす間もなく、咲夜が本当の事を言ってくれた。あの子たまに無遠慮な言い方するのよ。私も気にしてなかったけど、美鈴が気まずそうな顔をする横で、淡々と教えてくれたわ。
『普通、出産から少し経てば胎盤は排出されるんですが・・・へその緒切った辺りで力尽きたんですね』
咲夜はそう言って、少し目を伏せた。私もいい気持ちではなかったからね。つい聞いちゃったのよ。
『赤ん坊は・・・もう?』
『母体がこの状態となると生き延びる確率は・・・多分ゼロでしょう。』
『そっか・・・』
二人で顔を見合わせて、お通夜みたいにしんみりしていたわ。ふと見ると、横で中華包丁と胎盤持ったまま所在なさげの美鈴が。
『美鈴、それ貴女にあげるわ』
『えぇ!?』
気分が気分だったし、食べなれないモノだから譲っちゃった。
その日の夕食は見物だったわ。あの子、故郷では不死の妙薬と名高いだのウンチク言ってたんだけど、いざ食べるとなるとそりゃ緊張していてさ。無理しているのが丸分かりだった。
でもまあ、元から無理のきく子だったからね。時間はかかったけど無駄に頑張って完食して、普段通りの職務についたのよ。
・・・で、その夜。
館内の仕事も大体が片付いて、幻想郷全体でもそろそろ妖怪の時間になろうかという頃。
美鈴は門の前で、来客もとうに来ない中で終業まぎわの退屈な時間を過ごしていた。
景色は夜の闇に溶けて目を引くものの一つもない。辺りは虫の声が響くばかり。あんまりにも静かで代わり映えするものもなくて、あの子はうーんと伸びをしたりしていた。
そんな時。
静かだった耳に急に、人が泣き叫ぶような声が聞こえた。でもよく聞くと、普通の泣き声とはどこか違う。
甲高い、赤ん坊特有のけたたましい声。
あの子は最初、眉をしかめたわ。こんな場所に赤ちゃんが?ってね。でもビイビイと泣くその声は気のせいどころかますます大きくなって、注意しなくともすぐに泣いている子の場所がすぐ分かる程になった。
紅魔館の庭、門の内側から、それは響いていたの。
普通ならあり得ないわ。美鈴は赤ん坊なんか入れた覚えはなかったし、鍵のかかった門を乗り越えるなんてまず出来るわけがない。何度も聞き間違いかと疑ったけど、実際に格子の隙間からその場所に目を凝らすと、すぐにそれが見えた。
確かに、庭の真ん中で赤ん坊が泣いていた。近くには他に誰もいなくて、暗闇の中で親を探すように、頼りなげに這い回っている。
美鈴は急いで門を開けると、その赤ん坊の近くに駆け寄った。でも、すぐ足元の辺りまできて、やはりその子が普通で無いことに気付いたの。
『うっ・・・!』
その赤ん坊は、まるでゾンビのような見ためだった。皮膚は全身どす黒く、指先からは白い骨が覗き、目は瞳孔が開いて黒い影を落としている。
あの子も初めは、ぎょっとして逃げ出そうとしたわ。でも近くにいる美鈴に気づきもせず、相変わらず泣き続けるその子を見て気が変わった。
哀れな幽霊かもしれない。或いは元からこんな姿の妖怪か。いずれにせよ放っておく事は出来なくて、美鈴は気味悪さをグッとこらえ、その赤ん坊を抱き上げた。
『おーよしよし、怖くないからねー』
上ずって棒読みだったけれど、あの子は頑張ってあやしていたわ。するとどういうわけか、その赤ん坊はたちどころに、ピタリと泣き止んだの。
『おろ?』
何故急に?と疑問に持つ間もなく、今度はお腹にぐりぐり顔を擦り付けて、甘え出した。戸惑いながらもじっとしていると、微かに赤ん坊が喋っているのよ。
嬉しそうな声で『ママ、ママ』って。
あの子も段々慣れてくると、赤ん坊が可愛く思えてきてね。『そっかー、お母さんが恋しかったかー』とか言いながら抱き直そうとした。
その瞬間。
美鈴のお腹、ちょうど赤ん坊が顔を埋めている辺りの内側から、ゴロゴロした違和感を感じたの。それも突然によ。
腹痛じゃない。もっと激しく、何かが中から蹴ってくるような・・・
美鈴が違和感に気を取られていると、赤ん坊が一際ぎゅっとお腹に顔を押し付けた。
すると、
バリッ、って張り裂けるような音と共に、お腹の中から二本の腕が飛び出して、赤ん坊を掴んだの。
『うひゃああっ!』
美鈴もこれには仰天して、赤ん坊を離して飛び退いた。腕がその赤ん坊を受け止め、更に美鈴が離れた分だけ、お腹の中から腕から先がズルズルと抜け出てきた。
長い黒髪に細い肩、上半身が一気に飛び出て、続けて足先まで蛇のようにするりと、大人の女が現れ、赤ん坊を抱き上げたの。
美鈴は目の前の光景に何も言えずに、パクパクと息を交換するのが精一杯だった。そうして真っ青になってポカンとしていると、その腹から飛び出した女が、クルリと視線を向けてきたの。
・・・それは確かに、青白く不気味さを増してはいたけれど、昼間に切ったあの死体の女だったと言うわ。彼女は一瞬だけフッと微笑むと、腕の中の赤ん坊と一緒に、景色に溶けるように消えていった。
気がつくと、美鈴は庭の真ん中で、一人でへたりこんでいた。ハッと我に返って辺りを見渡すと、赤ん坊も女もおらず、お腹の傷も痛みどころか、痕さえない。
美鈴は大慌てで館に飛び込んで、私達に一部始終を話した。私もその時にこの話を聞いたんだけど・・・、最初は夢でも見たんじゃないかって、到底相手にしなかったわ。結局適当に受け流して、寝室に追いやったの。
・・・けどね、まだ続きがあるのよ。館にはね、人骨を一時的に置いておく部屋があったんだけど・・・
咲夜が翌日、処分の為に入ったら、妙な事に気づいた。
確かに骨の人数は管理していた筈だったんだけど、一人ぶん、子供の骨が増えていたんだって。それも、一番新しかったあの女の遺骨に、しがみつくように・・・
―
・・・結局、美鈴が見たのは死んだ親子の霊だったのかしら。でもだとしたら、自分を食べた輩に対して、母親も随分と優しいものよねぇ。
もしかしたら、自分はどうでもよくて、子供に優しくしてくれたのが余程嬉しかったのか。いえ、たまにそういう母親もいるっていうじゃない。
・・・でも、もし美鈴が赤ん坊を気味悪がって、邪険に扱ったりしたら、今頃どうなっていたのかしらね?
・・・ふふ、いえ、やめておきましょう。素直に死後の再会を喜んでおきましょうか。
さて、私の話はここまで。次も退屈にさせないでよ」