「うぃーす。二話目、二話目かぁ・・
鬼人 正邪だ。とりあえずよろしく。
で・・・怖い話な。正直なところ、思い浮かばないんだよな。不愉快な事ならいっぱいあるんだが。
そもそも、私の話す事って、楽しめるかね?こちとらしがない天邪鬼だもんで、何かしら嫌な思いをさせなきゃ、味気無いんだよなあ。
いや、こいつは性分だぜ。そうなったら怖い話のネタなんかも、ぺらぺら話せる引き出しなんて持っていませんや、あっはっは。
・・・え?そんなんは良いから始めろって?
分かったよ。じゃ、とりあえず最近の出来事を一つ。
―
私は、まあ今もそうだが、幻想郷をあちこち放浪していてね。屋根の下で寝るのが珍しい位で、やることもなくフラフラする生活だった。
そんである日、特に不味い場所に踏み込んじまったことがあった。
迷いの竹林さ。知っているだろ。あの一度入れば抜け出せないといわれている、人間も妖怪も入りたがらない難儀な所さ。
普段からの退屈さが祟った。面白半分で歩いて抜けてみよう、なんて考えて、なんの準備もなしにテクテク入ったのが間違いだったんだ。
結果は、見渡す限りの竹、目印どころか起伏さえありゃしない道、あっという間に迷っちまった。諦め悪くさまよっていたから、飛ぶ体力も無くなった。そんな状況で無理に空を浮かんで、もし巫女やスキマ妖怪に見つかれば間違いなく捕まるだろう。
結局歩き続けるしかなくなって、いつしか周りはもう真夜中。飲まず食わずだったからヘロヘロで、足元もろくに見えてやしなかった。
そのせいだろうね。急に目の前の何かにドスン、とぶつかった。
『あ、ごめんなさい!』
頭上で慌てた女の声がして、私はそいつを睨み付けた。するとそこには、四十くらいのおばさんが突っ立ってたんだ。
後ろで髪をお団子にして、何の変哲もない着物を着て、まあ多分里の住人なんだろう。目立つものといえば、地味なおんぶ紐と、顔の後ろからチラチラ覗く、くるんだ形の毛布。多分赤ん坊連れだったんだろうな。
こんな場所で、それも夜中に赤ん坊を?って少し疑問に思ったんだが、そいつは私が何も言わないでいると、出し抜けにこう切り出してきた。
『すみません、この辺りになんでも治すお医者様がいらっしゃると聞いたのですが・・・』
その顔は随分と憔悴し弱りきって、声も辛そうだった。初対面の私に向かって何度もペコペコ頭を下げていたよ。
その様子と台詞で、なんとなく察しがついたよ。多分赤ん坊が厄介な病気にでもかかって、竹林に飛び込んだんだろう。あの薬師は里にあまり顔を出さないし、案内人もなしに夜中に来るのを見れば、余程切羽詰まっていたんだろうさ。
それはそうと、問題はそんな奴に関わっちまった事さ。なにぶん道が分からず途方にくれているんだろうが、それは私も同じ。気の毒だがどうしようもない。
『悪いが知らないね。他を当たりな』
私はさっさと流して逃げ出そうとした。運が良ければ道に詳しい奴に会えるかも知れないんだ。無駄な情けをかける気は無かった。
ところがだ、女は私の背中にすがり付いて、悲痛な声で叫んだ。
『待ってください!私一人じゃどうしようもないんです。このままでは息子が死んでしまいます!!』
掴むその手は痛い位で、声色は泣きじゃくって酷いものだった。普通の奴なら間違いなく良心が動くんだろうさ。
けど、こちとらそんな善良な市民じゃないぜ。大体、下手に付き合って右往左往して、間に合わなかったりしてみろ。余計な恨みを買うのは御免だ。
別々に行けば、一人は助かるかも知れないんだ。私にはどうする気もない。そう早口で言ってやりたかったけど、肝心の女がどうにも離してくれる気配がない。とうとう根負けして、溜息ついて振り向いた。
『分かったよ。言っとくけど私だって道は知らないかんな』
『いいえ、ありがとうございます。心細さが紛れるだけでも十分です』
女はまた何度も礼を言って、私について歩き出した。その方角が西か東か、北か南かも分かりゃしなかったが、歩かない事にはどうしようもなかった。
見える景色は相変わらず、竹が何本も群れて生え、その隙間を縫うように狭苦しい道が伸び、闇の中に溶けている。
気まぐれで入った私も、焦って踏み入った連れの女も明かりを持っていなかったから、勘に頼るしかなかったよ。
耳に聞こえるのは虫の声と、二人分の足音、それに薄ら寒い風の音が、時折ひゅるりと吹き抜けるだけだった。
女は心細さが紛れるなんて言ったが、これじゃ一人と殆ど変わりゃしないだろ。
私もどうも薄気味悪い空気に耐えられなくなって、後ろの女にちょいと尋ねてみた。
『そういや、あんたは竹林にどの位いるんだい?』
私は昼から歩き回っていた訳だが、心細いとか言い出すあたり、もしかしたら私より先に入っていたかもしれない。そうすれば女の方が道を知っているのでは、なんて淡い期待を持ったのさ。
けど、女は頼りない口調で答えた。
『さあ・・・日付けが何度か変わったのは覚えているんですが・・・』
『はぁ?』
思わず眉をしかめたよ。日付けが、って何日も日を跨いで竹林にいるってか?私はしばらく女と見つめあっていたけれど、向こうは戸惑って目をしばたかせるだけだった。冗談、では無さそうだ。
しかし、ただの人間が赤子を連れて、何日もあの迷路みたいな竹林を彷徨うって、にわかには信じられないよ。見たとこ奴は殆ど着のみ着のままだったし、なんの準備もなしに妖怪にも襲われずに無事だなんて、奇跡としか思えなかった。
いや、実際に目の前にはいるんだが、確認せずにはいられなかった。
『アンタ、何日もその格好で歩き回っていたのか?』
『いいえ、一応食べ物や水筒は持ってきていたんです・・・。もう無くなりましたけど』
どうやら飲まず食わずではなかったらしい。だが、それにしても子供を屋根も布団も、安全すら見込めない場所でつれ回すもんかよ。死んでしまうかもなんて抜かしたが、そりゃ病気よりもアンタのせいと違うのか。
そんな文句が口をついて出かけたけど、あいにくその時は私も疲労困憊で、女が多少場所が分かるかもしれないって可能性の方が気になった。
精一杯の作り笑いを浮かべて、じゃあ先を行ってくれ、とそそくさに道を譲った。女は『自信ないわ』とか言ってたが、そこをなんとか、私よりゃましだ、期待してるぜ、なんて気持ち悪い励ましを言って背中を押し、どうにか先導してもらえることになった。
これでなんとか事態が好転してくれと願ったよ。ところが、だ。
前の女は口一つ聞かず、さっきにもまして静かだな、なんて思った矢先、突然女は『あ!』と声をあげた。
『この辺り、見覚えがあります!こっちです!』
言うが早いか、女はバタバタ駆け出した。私は慌てたけど、急いで背中を追いかけたよ。
けど、すぐに女はピタリと止まった。急だったもんで、つんのめり思わずぶつかりそうになりながら、私は彼女を睨んだ。
『どうしたんだよ!?』
そしたら、奴は振り返りもせずに、ポカンとした声でこう言った。
『・・・あれ?行き止まり?』
女を避けて前を見ると、そこには到底通れそうにない程竹が密集していた。女先に進めるようなことを言ったが、どうやら道を間違えたらしい。
女はごめんなさいと頭を下げ、引き返してまた別の道を歩き出した。私も黙ってついていったよ。迷いの竹林なんて言われる位だし、気にしても仕方がない。
・・・その時はそう思ったんだよ。一度ならよかった。
けどその女はそれから何度も、この広場に一度来た、あの岩は覚えている、なんて言っては私を振り回した。しかもその女の予想は丸っきり当てにならず、沼に嵌まり込むわ、竹が折れて道を塞いでいるわ、兎に角ことごとく進めず引き返してばかりだった。
さすがに私もいまいましく思えてきたよ。一体何がしたいんだと。たまたま会った他人に付き合ったばかりにとんだ無駄足だ。ただでさえ一向に出られずイライラしてたってのに。
すでに棒になった脚を引きずりながら、私はふと女の背中の、おんぶされた赤子を見た。
眠っているのか、或いは病気でグッタリしているのか知らないが、赤子は泣き声一つあげなかった。それを奇妙に思う余裕もなくて、私は後ろからじっとしている赤子に向けて『いいか、ギャアギャア泣き出して手間かけさせないでくれよ』と、女が振り返らないからと遠慮なく顔に出して、酷いことを念じていた。
とはいえ、そう考えたくもなるってもんだぜ。こちとら今すぐ地べたでも寝転がりたい気分だっていうのに、見知らぬ女に付き合って、あっちに行ったりこっちに行ったり。正直もう巫女やスキマ妖怪なんてどうでもいいから、さっさと飛んで帰ってしまいたかったよ。
と、ここまで考えて、私の頭に名案、もとい今更なアイディアが浮かんだ。
目の前の二人を連れて飛べばいいんだよ。途中で巫女たちに会ったとしても、戦う体力はないだろうが、人質にして逃げたらいい。そうだそれがいい。帰り際に上から永遠亭に放り込んじゃえば一石二鳥じゃないか、そうしよう。
とまあ、そんな風に考えて、後ろから捕まえてやろうと、忍び足で近寄ったんだ。手始めに赤子の方からね。
そっと、音を立てないよう、気付かれないように近寄って、赤子に手をかけた。
しかし、その瞬間。
『きゃあっ!?』
悲鳴をあげて、いきなり女の体が縦に揺れた。
落とし穴だよ。知っているだろ?竹林の兎がはしゃいで掘っている迷惑な穴さ。私も手の中の赤子ごと下に引きずり下ろされる感覚がしたよ。
反射的に踏ん張ろうとしたけれど、相手は無防備だからね。なすすべもなく落っこちて、私の持つ赤子のとの間のおんぶ紐がピンと張った。
ヤバイ、女が宙吊りになる、と焦った直後。
ビリリィ、と古い布が裂けるような嫌な音がして、私の体は後ろによろけた。ドスン、と二人分の尻もちの音がして、女は穴の中に、私はそのそばにひっくり返った。
どうにもおんぶ紐が千切れたらしい。私の腕の中には赤子に毛布と、おんぶ紐の袋と切れ端が残っていた。
安物でも使ってたのかな、なんてボロボロの紐を眺めていたら、
『ねえ、赤ちゃんは!?あの子は無事!?』
・・・って、穴の中から女の叫ぶ声が聞こえた。いの一番にそれかよ、と呆れながら、はいはい無事だよ、と答えようとした瞬間。
ふとおかしな事に気づいた。今は誰よりも近くにいる赤子、そいつが、こんな事になってもまだ泣き声一つあげない。それどころか間近にいる筈なのに、息づかいも聞こえて来ないんだ。
不審に思ってひっくり返してみた。今までは女の背中に面して分からなかったが、くるんだ毛布の隙間から白い毛のような物が見えた。
頭まで普通くるむかい?それも二重に。息苦しいだろうに、って思って、つい顔んとこの毛布を、パッと取った。
すると。
『ぎゃっ!?』
私は悲鳴をあげて飛び退いた。中には何があったと思う?
・・・赤子なんかじゃない、兎だよ。・・・それも、死体だった。白い毛は既に見るも無惨にゴワゴワで、所々禿げて、体が痩せ細って干からびていた。目元は黒ずんで、耳は萎びた花びらみたいに、千切れそうになって張り付いていた。
訳が分からず、座り込んだまま呆然としていたら、女の必死な叫び声で我に返った。
『ねえ、大丈夫なの!?何とか言って!』
いつの間にか這い上がって顔だけ出して見つめていた。私を、いや兎の死体をね。
その顔は真剣そのもの。女は本気で、兎を子供だと思って連れ回していたんだ。それも状態から見て、何日も。
考えた途端に気味悪くなって、私は寒気をごまかすように、いきり立って怒鳴った。
『ふざけんな!アンタ正気か!?』
私が言うと、女はまともになるどころかワナワナと震え出して、丸っきり話の通じない様子でこう言い出したんだ。
『そんな大声出さないで!泣き出しちゃったじゃない!』
冗談じゃない。兎が、死体が、鳴き声の一つでもあげてたまるもんか。
『こいつは死体だ!兎の死体だよ!よくみろ馬鹿野郎!!』
『何ですって!狂ったのアンタ?!』
私は女の言葉には耳を貸さず、吐き捨てるように叫んでから死体を放り出した。そして言うことを聞かない脚をバタバタさせて、どうにか立ち上がって逃げ出したんだ。
どうかしてる。兎に角女から逃げることで頭が一杯だった。その時、足が急に引っ張られる感覚がして、ばたんと頭から私は地面に突っ伏した。
『ぐあっ!』
立ち上がろうとしたけれど、引っ張られる力は物凄いものだった。這ってでも逃げようとしたが、引き潮に捕まったみたいにズルズルと戻されていく。
振り返ると、あの女が穴から上半身だけ這い出て、今までと打って変わった鬼か般若のような面相で私を睨んでいた。
片腕で死体を抱え、もう片方は私の足を爪が食い込みそうな程に掴み、まるで地獄の怪物が私を引きずり込もうとしているみたいだった。
私も片足を蹴って体全部で抵抗したけど、地面を跳ねただけだった。どこにそんな力があるというのか。ついに、私の爪先が穴に入った。
その時だった。
ぼんっ、と枯れ木が崩れたような音がして、女の背中に火がついた。続けざまに、頭にもう一つ。
『ヒイィーーーッ!!』
女は金切声をあげながら、あっという間に火だるまになった。私が咄嗟に足を引っこ抜いて逃げると、女は穴の中に力なく落ちていった。鬼が一転、地獄で焼かれる罪人みたいだった。
穴からうめき声が響き、吐き気のする焦げた臭いと煙が充満する中で、私は動けずに呆然としていた。すると、誰かがゆっくりと歩いてくる足音が聞こえた。
振り向くと、そこには白いシャツと赤いモンペ、銀髪の藤原妹紅(ふじわらのもこう)が立っていたんだ。
『・・・・・・』
『・・・・・・』
私は暫く何も言えないまま、そいつと向かい合っていた。とりあえず助かった。いやこいつが助けてくれたのか。と纏まらない頭で考えて、ある事に気づいてハッとなった。
あの女、狂っていたとはいえ人間じゃないのか、殺してしまって大丈夫なのか?
そう尋ねようとした時、妹紅は私の疑問をよそに女のいた方角を向き、こう呟いた。
『あの亡霊、まだ居やがったか・・・』
そう聞いて、私は這って駆け寄り、穴の中を覗いてみた。まだ火はプスプスと燻っていたけれど、人形の炭も、その一部も、骨の一本も見つかりはしなかった。その中に釘付けになっていた私に、妹紅は独り言のように、こんな事を語って聞かせてくれた。
―妹紅も、知り合いから聞いたらしいが・・・昔、まだ永遠亭が里に知れ渡る前に、人里である女が子供を亡くした。彼女はいたく悲しんで、いなくなった子供に話しかけたり、人形を子供に見立てて世話をしたり少しずつ病んでいったそうだ。
周囲も気の毒がりながらどうにも出来ず、打つ手がないまま月日が過ぎていった。
そんな折り、チラリと永遠亭の噂が里で囁かれるようになった。とはいっても、最初は与太話の類いとして、だった。案内人、妹紅の事もあやふやで、竹林に入って名医に会おうなんて言い出す奴は、大抵ただの冗談だった。
あの女を除いて。
ある日、女はいつも抱いていた人形と家のありったけの食糧を持ち出して、忽然と姿を消した。誰もが竹林に行ったんだと噂したが、おいそれと探しにも行けず、永琳から会ったという話もなく、元々厄介払いしたいと思われていたのか、次第に皆、忘れていった。
『じゃ、アイツはずっと死んでも迷っているのか?』
私が聞くと、妹紅は頷いた。
『ああ、兎を子供だと思って、捕まえては連れ回してる。
亡霊は死体を見たら死んだことに気づくんだが、子供は元より母親もとうに土の下だろう。どうしようもねえよ』
妹紅はそう言って、肩をすくめた。
妹紅についていって竹林を出た頃には、もう空は白んでいた。彼女は最後に『また竹林の何処に出るか分からないから、なるべく近づくなよ』とだけ言って、ぶらぶら帰っていった。
―
・・・私ね、妹紅の帰り際の背中を見ながら、ふと考えたことがあるんだ。
格好良い?いやいや冗談じゃない。そんなポジティブな事なわけねえだろ。
じゃ、何かって?ああ・・・
アイツも、いずれあの亡霊みたくなるのかなあ、ってさ。
だって奴は死なないんだろ?いずれは知り合いから何から亡くして、狂ったって不思議じゃない。死なないぶん、永遠に苦しみは続くだろうさ。あの亡霊と何も変わりゃしないじゃないか。
・・・阿求、アンタも不死みたいなものだったかな?余計な思い出引きずって迷惑かけるようになるなよ。もっとも、私はその時生きてやしないだろうが・・・。
妹紅が近づくなっていったのは、とうとうおかしくなりかけていた自分のことだったり・・・って、考えすぎか。とにかく妹紅も阿求も、これからは関わらないようにするよ。
おっと、喋りすぎたな。私の話は以上。次を頼むよ。」