屋根から逆さに列をなす、亡者の群れ。そいつらとにらみ合い、もう何時間にもなる。だのに相変わらず雨足は変わらないどころか更に激しくなり、雨垂れはボダボダと乱暴な音を立てる。
縁側に流れ落ちた血が雨と混じり、黒い景色の中で灰色の光が妙なシルエットを写し出す。
重苦しい空気もそろそろ限界だ。身体中を張り付く汗は最早外にいるのか中にいるのか分からないほどにジットリと湿り、猛り狂う心臓と対照的に表面ばかりを嫌な感じにヒヤリとさせる。
息を吐くのもままならず、かふ、と咳のようなものを吐き出した瞬間、ふわりと少しだけ空気が変わった気がした。
え、と思って辺りを見渡すと、天子さんがゆらりと立ち上がり、前に進むんだか戻るんだかぎこちない足取りで私達の前に立つ。
物の怪達の前で仁王立ちする天子さん。立ち向かおうというのか。そんな心配を吹き飛ばすように、天子さんは片足を前に出して畳にめり込む程に踏みしめ、背を向けたままこう言った。
「桃にはね、神聖な力が宿るの。」
帽子にくっついた桃をもぎ取り、前屈みになって片手の桃を背に隠す。この構え、どこかで・・・
「イザナギが黄泉の国を訪れた際、襲いくるイザナミ達を撃退した聖なる果実・・・」
両手で桃を掲げ振りかぶり、次に片足を踏み出す。そうか、これは野球!
「喰らいなさい!江夏も真っ青の、退魔の一球!」
深く踏み込み、弦を離れた矢のごとく桃が天に向けて飛んでいく。
それは亡者の間をすり抜け、雨粒をその勢いで放物線のままに弾けさせながら、その勢いで小さくなり、星となって、消えた。
「・・・・・・」
「退魔の一球(笑)」
正邪さんが鼻を鳴らした。亡者の群れが攻撃を察してか、狼の雄叫びをあげる。ギシギシと狂ったように体を揺らす姿を見て、天子さんが小さく飛び上がった。肩がプルプル震えている。
「うわーん!」
踵を返して泣きながら、何故か私にしがみついてきた。遠慮なしのボディプレスが襲いかかる。私は元来軟弱なのだ。天界の桃を食らって頑強になった体は、最早凶器に等しい。というか、これでは逃げられないではないか。
息も絶え絶えにもがきながら、やっと顔だけ自由を確保する。天子さんの髪で半分隠れた視界には、既に目に見えて邪気を放つ亡者達がいた。
もう駄目だ。天子さんにしがみついて死を覚悟した、その瞬間。
どばしゃあ、と泥を吹き散らしながら、目にも見えない速さで空から何かが降ってきた。目を見張ると、その人は不敵に顔を上げる。
「待たせたな」
雨に濡れた艶かしい黒髪、赤いリボンに泥を被ってはいるが紅白の鮮やかな、変な巫女服。
神社生まれのRさんだ。
Rさんは口から何かの種をプッと吐き出し、御札を掲げる。
「人々に仇をなし、桃までぶつける小悪党め!
破あぁーーーーーーーーーッ!!」
叫ぶが早いか御札が亡者の背中に刺さり、目も眩むような白い光と共に亡者達が紙屑のように消え去った。
「七人目が登場するとろくな事がない。覚えておくことね」
Rさんは呆気に取られる私達を尻目に縁側に草履を放り出すと、濡れた体も気にせず居間を素通りして寝室に去っていった。
神社生まれってすごい。改めてそう思った。