なんで野郎のケツなんぞ一生懸命書いたんだか
「よーし、私の番ね。
五話目を勤めるは私、比名那居 天子。よろしくね!
・・・ねえ阿求。貴方、神様って信じる?ええ、あの拝んだりする神様よ。
残念、私は偉いけど神様ではないの。エロくも無いわよ。あ、別に拝んでくれたっていいのよ?いいのよ?むふふ。
ん、早苗どうかした?目ぇキラキラさせて・・・はいはい、アンタの話は次にちゃんと聞いたげるから。
んで、えーとなんだっけ。そう、神様ね。それ絡みで、聞いた話よ。
―
これは、去年の秋、妖怪の山で起こった話よ。しがない下っ端白狼天狗が、休みの日に山を歩いていた。紅葉が綺麗な時期だったのもあって、のどかな山道だったわ。
そこにふと、気になる物が目に入った。
黄や赤の落ち葉の上にポツポツと、黒くトゲトゲした丸い物が落ちている。おっ、と思って上を見上げると、案の定、栗の木が立派に成長したイガに包まれた、大振りな栗を幾つもぶら下げている。
彼は大喜びよ。見たところまだ誰も手をつけていない。早速上着を脱ぐと、まずは地面に落ちた栗のイガを踏みつけて剥いた。そうやってあらかた地面の栗を採っただけで、包んだ上着の中で固い実がじゃらじゃらと煩い音を立てた。
その時点で十分すぎる位採っていたのだけれど、頭上の数え切れない程の栗を見ると、まだ満足出来ない。それはもう、少し揺らせばドサドサ落ちてくる位あるんだもの。足下の石でもぶつければ、もっと。
そこで、彼は食べきれるかどうかの心配も忘れて、いつまでも枝に向けて石を投げては、落ちれば落ちただけ栗をかき集めていった。
栗をぎっしり詰めて手が震える程の重さになった頃、気づけば日はすっかり傾いて、景色が茜色に染まっていた。
流石にそろそろ帰るか、と彼が腰をあげる。するとヒヤリとした夕暮れの風が背中を撫でた。
寒かったのかしらね。彼はようやくの帰り際になって、よせば良いのに木の根本にオシッコをして、意気揚々と栗を抱えて帰って行った。
-
その日の夜。
虫の声も止んだ丑三つ時、彼は妙な寒気に苛まれて眠れずにいた。隙間風とか、そんなものじゃない。なんだか、布団まですり抜けてくるような、底冷えする冷気だった。
暫くは彼も気のせいだと思って寝ようとしたのだけれど、冷気は収まるどころか一向に消えない。イライラして寝返りを打とうとした時、彼はギクリと目を見張った。
体が動かない。意識の上では確かに壁の方を向いた筈なのに、背中は布団に張り付き、手足は誰かが押さえつけているように重く、視線すら天井に釘付け。
すわ金縛りか、と眉をしかめ、どうにかもがこうとしたけれどピクリとも動かない。焦って視線をグルグル忙しなく動かすと、視界の端に二人の影が映った。
二人とも同じくらいの背丈で、一人は袖の膨らんだふっくらした服に、葡萄がくっついた変な帽子。もう一人は色は見えないけど赤っぽい服に、頭に葉っぱのようなアクセサリーを着けている。
彼はハッとした。あの、山に姉妹で棲む秋の神様じゃないか。
眼球をギリギリ横にずらしたままじっとしていると、二人で何かの袋をズルズル引き摺って歩み寄ってきた。彼の顔のすぐ横にその袋をドスンと置くと、彼の左右から見下ろすように座り込んだ。
『こんばんは』
葡萄つきの帽子を被った妹がニコリと微笑んだ。彼は口さえ動かせず、話も出来ない。
『私は静葉。秋静葉だ。こっちが妹の秋稔子。
今夜来た理由は他でもない。貴様が卑しくも栗の木に小便をしおった件についてだ』
姉の方が厳しい表情で淡々と言った。白狼天狗もまずい状況だと察したでしょうね。どうにか口を利こうとモゴモゴしていると、『おっと』と姉が呟いて、ついっ、と指を微かに動かした。
すると、白狼天狗の口が途端に開いて一気に空気が入り込む。胸が苦しくてひとしきり咳き込み、困ったような顔の二人に、おずおずと尋ねる。
『あの・・・俺は何か罰を受けるんで?』
ひきつった笑顔で姉妹を交互に見ると、二人は薄ら笑いを浮かべて顔を見合わせた。眉をしかめた瞬間、姉の方が、彼の傍の袋を引き寄せて歯を見せて笑い、口を開く。
『ここにあるのは貴様が採った数と同じだけの栗がある。
但し、イガつきのな』
姉が袋を揺らすと、艶のある皮がぶつかるあの音ではなく、ガサガサと耳障りな音が鳴った。
白狼天狗が眉をしかめると、急にひょい、と体が浮き上がった感覚がした。
『わ、わっ!?』
いきなり体が軽くなったような気がして彼は焦ったけれど、金縛りは相変わらず解けない。幾分か近くなった天井に視線を写すと、妹がひょいと覗き込んだ。
『今特製のお布団敷くからね~』
『ふ、布団?』
どうやら妹に持ち上げられているらしい白狼天狗の耳に、姉ががさごそと、先程の袋から何かを取り出す音が聴こえた。
そういえばイガつきの栗がどうとか・・・、そう彼が巡視した瞬間、また不意にドスン、と下に落とされる。相変わらず手足は動かないままだったから、為す術もなく全身を打ち付けた。
ところがね、背中の感触は、予想した敷き布団のものじゃなかった。何やらもぞもぞした、落ち着かないものが一面に敷かれている。なにこれ、と口に出そうになった、次の瞬間。
『―いっ・・・!?』
にわかに肌を刺すような痛みが走り、彼は声にならない悲鳴をあげた。
正体はすぐに見当がついた。栗だ。例のイガつきの栗に体を横たえる格好なのだ。この針のむしろのような激痛は敷き詰められた栗に違いない。
『いだだだだだ!!』
彼は身をよじる事も出来ずに叫び続けた。気を付けでぶっ倒れた姿勢だったから体を庇うものはない。重力にしたがってイガが服の生地を突き抜けてブチブチと体に食い込んでゆく。
『ちょ、ギブ、謝りますから!許してぇ!』
彼は情けない声で言った。まあなんとも間抜けな格好なんだけど、普通なら反射的に仰け反って転げ回るところを、出来ないんだからねぇ・・・。意外と辛かったんでしょうよ。
しかし、姉妹の行動はまだ続く。
今度は、寝巻きの帯を緩め始めた。
『え、ナニしてんですか!?』
着物が左右にばさりと開かれ、彼は仰天した。ところが剥いだ妹は涼しい顔。
『だって、服越しじゃ物足りないでしょ?』
『ふぇ?』
まさか、と聞き返そうとした瞬間。
『そーれっ』
まな板の上のカレイみたいに体をひっくり返される。そしてさっきとは比べ物にならない痛みが胸から足先にかけて電流のように走った。
『んぎゃああぁー!』
裸に剥かれた分だけ激しく、満遍なく栗が食い込んだ。とはいえ場所によって痛みは違うんだけどね。腰を引けず、痛みも引かず、とうとう黙りこんで涙まで流しちゃった。
でも、神様ってのは無慈悲なもんよ。あっけらかんとこう言ったの。
『じゃ、次は掛け布団だ』
『ほら、袖を脱がして、と・・・』
二人は寄ってたかって彼の着物を脱がした。そして背中の襟を掴んでずり下ろし、毛の逆立った尻尾が露になる。
『や、下はまずいですって!』
『案ずるな。私は葉っぱの神様だ』
『だから何!?』
哀れ、真っ赤になった白狼天狗の抗議も空しく、彼は針ネズミみたいになった自分をぼんやりと想像しながら、いつしか意識を失っていた。
―
・・・彼が目を覚ました時には、もう日が高く昇っていた。
『はっ!』
汗だくの体を起こす。起きた拍子にキチンと被さっていた掛け布団が捲れ、乱れた着物がずるりと肩を滑る。
はぁはぁ言いながら辺りを見渡すと、彼以外には誰もおらず、イガのついた栗など一つもない。
夢だったのか、そう胸を撫で下ろして、水でも飲もうと彼は井戸に向かおうとした。
すると、玄関まで行った彼の目に、あるものが留まった。
彼が採った栗。数が多すぎたので処理もせず、袋に詰めて涼しいからと土間に置いたものだった。
『あー、これも早めに食べなきゃな。あの神様なんぞ気にせず・・・・』
等と呟きながら、何気なしに袋を覗き込んだ。すると。
『いっ・・・』
一瞬息を呑んで、中の"それ"が動いた瞬間、彼は土間に尻餅をついて叫んだ。
『うぎゃああああア~~~っ!!』
袋のなか一杯に、栗から孵化した虫がモゾモゾと動き回っていたんですって。彼は神様の祟りだと言って聞かなかったそうよ。
・・・これで話は終わり。さ、次を頼むわ』